転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第134話 モンスターな英雄(8)

公開日時: 2021年3月1日(月) 17:30
更新日時: 2023年10月30日(月) 22:14
文字数:3,189

   

「……!」

 驚きのあまり、声が出なくなってしまう。

 言いたいことは色々とあったが、言葉にならなかったのだ。

 それは僕だけでなく、カトック隊の仲間たちも同じだったのだろう。

 僕たちの様子を見て、ドライシュターン隊の三人も察したらしい。

「こいつの顔に、見覚えがあるのか?」

 赤い髪のリーダーの問いかけは、ニーナに向けられていた。彼女はこちらのリーダーであり、今まで『怪物いじりマッド・ドクター』と会話していたのもニーナだからだ。

 しかし、彼女には答える余裕がなかった。カトックの顔を見せられて、僕たちの中でもニーナが一番、強い衝撃を受けていたに違いない。

 絶句する彼女に代わって、クリスタが返事をする。

「見覚えあるも何も……。私たちが探している人物の顔よ」

 だが十分な返答ではなかったらしい。赤髪の戦士は、少し混乱したような表情を浮かべている。一瞬「ならばこの魔族こそが探していた人物なのか?」とでも思ったのだろうか。

 誤解が生まれたのだとしても、それ以上は彼に説明しようとせず、クリスタは『怪物いじりマッド・ドクター』に向き直った。

「魔族の間で流行はやっているのかしら? カトックの顔を借りることが」


「ハハハ……。そんなはずないでしょう」

 魔族はカトックの顔のまま、クリスタの言葉を笑い飛ばす。

「しょせん人間は下等生物です。その中の一人にこだわるなんて、魔族らしくないですよ。この顔だって借り物のお面であり、私が好きで選んだわけではありません」

 そう言って、おのれの頬に手をやる『怪物いじりマッド・ドクター』。

実験体モルモットの八三七号を追って、私も人間の村まで行くつもりでしたからね。姿は短時間ならばカメレオン・パウダーで消せますが、気配の方は、そうもいかない。少し共同研究したこともある同族から、こんな時のためのお面をいただいていたので、それを被ってきたのですが……」

 カチリ、という小さな音がした。

「……でも村まで行かずに済みましたからね。それに、あなたがたは魔族の存在も承知している。ならば、もう隠す必要もないでしょう」

 アーベントロートの『機械屋メカ・アーティスト』と同じだった。

 目の前の『怪物いじりマッド・ドクター』が、文字通り仮面を脱ぎ去るようにして、偽りの『カトック』の顔を取り外す!


 胸がモヤモヤするような不快感が、周囲一帯に広がった。

 もう三度目なので、僕たちには馴染みがある。魔族独特の空気だった。

『瘴気とか妖気とか、そんな言葉で表現される感覚だな。漫画やラノベで出てくるやつだ』

 ダイゴローが、そんな軽口を叩くほどだが……。

 初めて遭遇した者たちは、当然のように、強いインパクトを受けていた。

「なるほど、これが魔族か……」

「おいおい。だけど、相手にとって不足はないぜ!」

 赤い金属鎧の戦士と青い軽装鎧の武闘家が、それぞれの戦斧バトルアックスこぶしを、改めて構え直す。勇ましい姿ではあるが、二人とも顔には冷や汗が浮かんでいた。

 紺色ローブの魔法士は、目深に被る帽子と口元まで上げたローブのせいで、相変わらず表情が読めないが、

「こんなの見ちゃったら、もう信じるしかないよね。魔族の存在を」

 彼も内心、動揺しているのだろう。

 三人とも、魔族の顔に視線を向けていた。

 気配と同じく、これも今までの魔族――『機械屋メカ・アーティスト』や『毒使いポイズン・マスター』――とそっくり。首から上にあるのは、モヤモヤと曖昧な、黒い楕円形だった。

 真っ暗な中にポツポツと、小さな光点が浮かんでいるような見え方だが、それは僕から見た場合に過ぎない。他の者たちにとっては、完全な暗黒。不気味さを感じさせる暗闇のはずだった。


「おやおや、やはり人間は野蛮ですねえ。しかも愚かです。力の差をわきまえないのだから……」

 こちらの臨戦態勢を見て、魔族が呟く。やれやれと肩をすくめるような口調だった。

 ドライシュターン隊だけでなく、僕を含めてカトック隊の方でも、既に武器に手をかけていたわけだが……。

「……私は武闘派ではなく、研究肌の魔族です。争い事は、それ相応の者に任せますよ」

 まるで、その言葉が合図であったかのように。

 視界の片隅で、ふわっとギギの体が浮き上がった。

「ギギッ?」

「ギギちゃん!」

 当のゴブリンも、寄り添っていたアルマも、当惑の声を発する。

 慌ててそちらに目を向けると、宙に浮かんだギギが、手足をバタバタさせていた。アルマが手を伸ばしているが、届かない。既にギギは、それほどの高さまで持ち上げられていた。

 まるで、見えない巨大な腕に掴まれて、引っこ抜かれたような有様だ。その状態で、魔族の方へと運ばれていく。

『「見えない巨大な腕」というより、クレーンゲームだな。アームに捕捉されて、穴に向かって運ばれていく、景品のぬいぐるみだぜ』

 僕にはわからない用語を使って、悠長なコメントをするダイゴロー。

 もちろん現実の僕たちには、彼のような余裕はなかった。

「ギギちゃん!」

「待て、アルマ!」

 慌ててゴブリンを追いかけようとするアルマを、カーリンが力ずくで止める。右手で槍を構えたまま、左手一本で、後ろからアルマを抱きかかえていた。しかも彼女を抱えたまま、ジリジリと後退あとずさりしていく。

 そんな二人の様子を見て、ハッとしたようにニーナが叫んだ。

「何かいるわ! みんな退がって!」

「俺たちもだ!」

 ニーナに続いて、ドライシュターン隊のリーダーも、二人の仲間に指示を飛ばす。

 僕たちは皆一様に、サッと跳んで、大きく後退した。

 真っ先に危険を察知したのは、カーリン一人だったかもしれないが、ようやく他の者たちも理解したのだ。見えない敵がこの場にいることを。

『ゴブリンのギギを向こうへ運び去った張本人だな。バルトルトが言うところの巨大な腕であり、俺が言うところのクレーンゲームのアーム……。その正体だ』

 僕の中でダイゴローがまとめたのは、まさにピッタリのタイミングだった。

 ちょうど、その『正体』が姿を現し始めたのだから。


 ギギや『怪物いじりマッド・ドクター』と同じく、カメレオン・パウダーを使っていたのだろう。その効果が切れてうっすらと見えてくるさまは、ゴブリンや魔族の場合と同じだった。

 ただし、大きさは全く違う。

 今度のは、身の丈が数メートルの怪物。

 メカ巨人ギガントゴブリンだった。


 出現ポイントは、今の僕たちと『怪物いじりマッド・ドクター』の中間くらい。

 この距離までメカ巨人ギガントゴブリンが近づいたら、普通ならば大きな足音が聞こえたり不気味な気配が漂ったりするから、いくら姿が見えずとも、もっと早くに気が付いたはずだが……。

『でも今回は、あの魔族がいたからな。魔族の瘴気が濃いからモンスターの気配なんて紛れてしまうし、足音に関しては、魔族が慎重に行動させてたんだろうさ』

 ダイゴローの説明で、僕は『怪物いじりマッド・ドクター』に目を向ける。

 ちょうどカーリンがアルマを抱きかかえるのと同じように、魔族も左腕をギギの体に回していた。だが、その先の対応は大違いだ。魔族にはカーリンのような思いやりはなく、右手でギギの背中を強くパン、パンと叩いていたのだから。

 その姿はまるで、言うこと聞かない子供を折檻する、暴力的な父親のようだった。

「ほら、わかりますか? この実験体モルモットは興奮すると、私が刻んだ紋章が浮かび上がって来るのですよ。これこそが、私の所有物であるという証です」

 躾のために叩いているのではない、と言わんばかりに、そんな説明を口にする『怪物いじりマッド・ドクター』。

 確かに今、ギギの背中には、赤黒いあざが浮かび上がっていた。以前にも見た、六つ突起の星形だ。

 わざわざあざを出したのも含めて、『怪物いじりマッド・ドクター』の言葉は、僕たちに向けられたものなのだろうが……。

 今の僕たちには、魔族に注意を向けている余裕はなかった。


「これが君たちの言っていた怪物、メカ巨人ギガントゴブリンか……」

「ええ、そうよ。でも、私たちだって……」

 赤髪の戦士の呟きに応じるクリスタ。

 いつもの穏やかな微笑みの中に、焦りの色も混じっているように、僕には感じられた。

「……いっぺんに複数の個体を見るのは、初めてだけどね」

 今回のメカ巨人ギガントゴブリンは、なんと三匹同時に出現したのだ!

   

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