内心とは裏腹に、元気な笑顔で手を振りながら、先ほどの場所へ。
そんな僕を出迎えたのは、
「どうしたのだ、バルトルト。先に行ったはずのお前が、なぜ俺たちの後ろから現れる?」
まずはカーリンの詰問だった。
ドライシュターン隊の武闘家に肩を借りているというのに、弱々しさは全く感じられない。むしろ、ただでさえキツそうなイメージの目つきを、いっそう険しくしていた。
僕は思わず立ち止まるばかりか、彼女の迫力に気圧されて、少し後退りまでしてしまう。
確かに彼女の言う通りであり、どう言い訳するべきか、すぐには浮かんでこなかった。
それよりも、今回もアルマ救援を僕に任せてくれたクリスタに対して、申し訳ない気持ちで胸いっぱいだ。だからクリスタに目を向けたのだが……。
カーリンとは違って、クリスタの顔には疑問の色も非難の感情も浮かんでおらず、むしろ穏やかな微笑みを僕に向けてくれていた。
「きっと途中で迷ったのよねえ。間違った道へ入ってしまい、かなり走り回ったのでしょう? ほら、ずいぶんと疲れた感じに見えるわ」
「そうだね。私たちだって、分岐点で迷いそうになったもんね」
クリスタに肩を貸しているニーナが、同意の言葉を口にする。
「遠くで戦ってる気配や物音だけが頼りって、大変だよね。私たちは何人もいたから、少しは相談できたけど、キミは一人だったからね。迷子になっても、誰も責めないよ」
「道がこんなに枝分かれしてる、って知ってたら、あなた一人を送り出したりしなかったわ。あなたを行かせたのは私だから、少し悪かったと思ってるの」
クリスタが謝罪を口にし始めたので、僕は慌ててしまう。
「いやいや、クリスタが謝る必要なんてありません! 悪いのは、迷子になった僕なので……」
「そうだよなあ。しかも、走り回ってただけなのに、まるで戦ったみたいにヘロヘロなんだろ? 情けないぜ、男のくせに」
青い武闘家の発言だ。冗談口調であり、表情も同じだった。
この場の戦闘は全て終わっているので、軽口を叩く余裕があるのだろう。
だが冷静に考えてみると、僕はそうした状況を知らないはずであり……。
自分でも白々しく思いながら、敢えて質問してみる。
「ところで、あの魔族はどうなったのです? それと、魔族に連れ去られたギギは……?」
ギギの名前を口にした瞬間、少し心が痛んだ。亡くなる場面には僕も立ち会っており、ギギが犠牲になるのを防げなかったのだから。
『あの時、バルトルトが素早く動いていれば、助けられたかもしれない。だけど、そういうのは今さら悔やんでも仕方ないぜ。もう気にするな』
心の中では、僕を責めているのか、慰めているのかわからないダイゴローの声。
そして現実では、アルマの悲しい言葉が聞こえてきた。
「ギギちゃん、死んじゃったよ。私をかばって、私の代わりになって……」
スッと立ち上がるアルマ。
その足元では、ゴブリンのギギが、まるで眠っているかのように、仰向けで横になっていた。
僕が『怪物いじり』や赤メカ巨人ゴブリンと戦っていた間は、こんな姿勢ではなかったはず。ならば全てが終わった後、このような格好でアルマが寝かせたのだろう。ちょうど、死者を弔うように。
「どうやら、こっちにもメカ巨人ゴブリンが現れたらしいわ。それでアルマも危なくなったんだけど、ギギちゃんが身を挺してかばってくれたみたいなの」
まだ悲しみにくれるアルマに代わって、クリスタが説明する。
僕が戻ってくるまでの間に、アルマが一通り、みんなに事情を語ったに違いない。
「私たちが見たのは最後だけなんだけど、例のダイゴローが、また助けに来てくれてね……」
ここに出現した、二匹のメカ巨人ゴブリン。
その飼い主である魔族、『怪物いじり』。
それら全てを転生戦士ダイゴローが倒した、という話になっているらしい。
微妙に事実誤認があるのは、アルマも冷静ではないから正しく伝えられなかったのか、あるいは、最初から正しく説明しようという気持ちがなかったのか。もしも前者であるならば、そのうちアルマが訂正してくれるかもしれない。
実際、
「俺としては、今でなくて構わないから、もう少し詳しい話を聞きたいくらいだ」
とカーリンが言い出したのだから、みんなも「一応の説明」という程度の認識なのだろう。
「あの死体を見ろ」
ドライシュターン隊の武闘家に肩を借りたまま、自由な方の手でカーリンが指し示したのは、メカ巨人ゴブリンの死体。腹に風穴を開けて、大地に倒れている二匹だった。
「以前の倒し方とは、明らかに違うだろう? どうやってメカ巨人ゴブリンを始末したのか、とても興味がある。あのようなモンスターの対処法は、一つでも多く知っておきたい」
「ありゃあ、炎とか氷とか使って、装甲全体を脆くした感じじゃないぜ。一点集中、純粋な拳の力だけで貫いた、って様子だろ? あれなら俺にだって、鍛えれば出来るはず!」
青い鎧の武闘家も、カーリンと同じ点に関心を抱いているようだ。ある意味この二人は似たもの同士なのだろう、と僕は改めて思った。
「そういう細かい話は後回しにするとして……」
ニーナが苦笑いを浮かべたのは、僕と同じことを考えたのだろうか。
「……問題は、魔族の研究所だよね」
彼女の視線が、小屋の跡地へと向けられる。屋根や壁だった残骸だけでなく、建物の土台も含めて、すっかり消え去っていた。ダイゴロー光線に飲まれた上に、赤メカ巨人ゴブリンの爆発にも巻き込まれたのだろう。
だがかろうじて、そこに何かが建っていた、という痕跡だけは残っている。
事情を知らないはずの僕に対して、再びクリスタが説明してくれた。
「私たちが来た時には、ちょうどダイゴローが戦っていた最中で……」
相手はメカ巨人ゴブリンの一種。ただし普通のメカ巨人ゴブリンとは体色が異なっており、その最期もモンスターではなく、むしろ魔族に近かった。だから、もはや魔族直属の怪物だったに違いない。
彼女が述べた考察は、つい先ほどダイゴローが指摘したポイントと同じだった。
「なるほど」
感心したように僕は頷いてみせるが……。
「でも重要なのは、そこじゃないわ。ダイゴローが、魔族のアジトも一緒に消し去った、ってところよ」
クリスタは、何やらおかしな言葉を口にし始める。
「ほら、あのダイゴローって人、私たち以上にハッキリと、魔族と敵対しているでしょう? それこそ、魔族からも『敵』と認識されているくらいに。だから魔族関連のものは、何でも処分しちゃいたいのね」
完全に的外れな解釈だった。
実際には、たまたま最後に赤メカ巨人ゴブリンが小屋の跡地へ突っ込んでいったために、一緒に消滅させる形になっただけ。意図的に処分したかったわけでも何でもない!
でも正体を明かせぬ僕は、それを主張できないので、
「なるほど」
と、再び頷くしかなかった。
「残念だよね。あの研究所を調べれば、何か資料が見つかったかもしれないのに……」
ニーナの声には、失望の響きが含まれている。『怪物いじり』自身は、カトックのことなど知らないと言っていたわけだが……。
『でもカトックの顔を模した仮面を使ってたからな。カトックに関するものとは知らずに、文書なりアイテムなりを所持してた可能性はある。……とニーナは考えてるんだろうぜ』
なるほど、ダイゴローの言う通りだ。極めて低い確率ではあるが、せっかくここまで来たのだから、一応は調べておきたかったに違いない。
「そう落胆することもないわ。近くを探せば何か出てくるかもしれないし、建物そのものは消し飛ばされても、もしかしたら地下室があるかもしれないし……」
クリスタがニーナを励まそうとするが、彼女の言葉を、ドライシュターン隊のリーダーが遮った。
「だが、どちらにせよ、それも明日以降だ。見ろ」
赤髪の戦士は背中を揺すり、そこで休んでいる仲間の存在を強調する。
「こちらの魔法士もこの通りだが、君たちだって疲れ切っているのだろう? 特に、さっきから鋭い推理を披露している君だ。もう頭も回らないくらいの疲労感のはずだぞ。君こそが、最も激しく魔法を使ったのだからな」
そう言われて、クリスタの微笑みには苦笑いが混じり、ニーナはリーダーらしく宣言した。
「じゃあ、決まり! 今日は引き返すことにして、日を改めて、ここを調査しに……」
「待って、ニーナちゃん」
ギギを失った悲しみに沈み込み、口数の少なかったアルマが、ここで大きな声を上げる。
みんなの注目を集めると、アルマは再び静かな口調に戻り、提案するのだった。
「帰る前に、最後に一つだけ、お願い。ギギちゃんのお墓、作ってあげようよ……」
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