「ええっ?」
今度は演技ではなく、僕は本気で驚いてしまう。
いくら何でも、アルマに敵認定されるとは思っていなかったのだ。
「いやいや、それは言い過ぎなのでは……?」
さすがに弁解したくなったが、そんな僕に対して、アルマはキッパリと首を横に振った。
「ダイゴローくんも、ギギちゃんを狙ってるんだよ! それで獲物の取り合いみたいな形で、青い鎧の人と争い始めたのー!」
なるほど、そういう解釈なのか。
アルマの「結果的には助かったんだけど」の意味が、ようやく理解できた気がする。だが転生戦士ダイゴローの正体である僕としては、あの武闘家と一緒にされたらモヤモヤした気持ちになり、落ち着かなかった。
「バルトルトくん、納得いかないって顔してるー」
「いや、そんなことないけど……」
アルマの指摘に慌てながらも、ボロを出さないように注意しつつ、僕は僕なりに主張してみる。
「……でもさ。ほら、今までは僕たちを助けてくれた人だろう? それが、なぜ今回に限って敵側に回り、ギギちゃん狙うのかな?」
「そっか。バルトルトくん、そこがわかってなかったのかー」
アルマの口調が軽くなり、表情も柔らかくなった。
「じゃあ、バルトルトくんに問題。ダイゴローくんは今まで、なんで私たちを助けてくれたのかなー?」
「えっ、突然のクイズ?」
「難しい話じゃないよ。ちゃんと頭を使って、考えてみてねー」
生徒を教え導く教師のような気分なのだろうか。アルマの顔には、誇らしげな色が浮かんでいるが……。
転生戦士ダイゴローの意図を問題にするのであれば、その正体が僕である以上、僕こそが一番の正解を知っていることになるのだ。
『でも正直に答えるのは無理だからな。それにさ、そもそも国語のテストでは「作者の気持ちを答えよ」って問題を作者自身は正解できない、とも言われてるぜ。肝心なのは正解ではなく、出題者の解釈に沿ってるかどうか、ってことだ』
後半はよくわからない話だが、前半は確かにダイゴローの言う通りだった。
カトック隊の一員だから、仲間が危機に陥った時には変身して助ける。そんなこと、口が裂けても言えないわけで……。
「ごめん、わかんないや」
少し考えたふりをした後、白旗を上げる。アルマと並んで歩きながら、小さくお手上げのポーズまでやってみせた。
「もう降参なの? バルトルトくん、早過ぎるよ……」
「だって、考えるだけ無駄な気がしてさ。素直に教えを乞う方がいいかな、って思えて」
「そこまで言うなら教えてあげるー! ダイゴローくんは魔族を狙ってるんだよー!」
嬉々として説明し始めるアルマ。
ポイントとなるのは、アーベントロートからの帰りに、馬車の中でクリスタが話していたこと。魔族を倒すために『森の守護者』は世界中を飛び回っている、という解釈だった。
「アーベラインの『回復の森』も、アーベントロートの薬草の森も、ダイゴローくんが出てきたのは、魔族がいたからだよね?」
「ああ、なるほど」
と、僕は頷くことしか出来なかった。
クリスタがあんな考えを持ち出した時は、これで今後いくら変身しても「なぜカトック隊を追うようにして現れるのか」と怪しまれずに済む、と安心したのだが……。
「アーベントロートの事件では、ダイゴローくんが来たのは、まさに魔族が正体を現した直後。だから、わかりやすいよね」
「うん」
「『回復の森』では魔族がいない時も出てきたけど、改造ゴブリンは魔族に関係するモンスターだったし、既に『回復の森』で魔族が暗躍していた、というのもあるでしょ? ほら、やっぱり魔族絡み!」
「つまり、僕たちを助けてくれたのは、魔族探しのついでに過ぎない。本来の目的は、そっちだったのか……」
「そういうこと!」
これでスッキリ。そう言わんばかりに、アルマは晴れ晴れとした表情になっていた。
「そうなると、今回も……」
アルマの顔から明るさが減って、少し難しい表情を見せる。
「……おそらく魔族狙いだよね、ダイゴローくんは」
「そう考えるのが自然だろうね」
間違っているのを承知の上で、アルマの推理に同意してみせた。なんだか複雑な気分だ。
「だから、ある意味では私たちと同じなんだよ。ダイゴローくんもギギちゃんを介して、魔族に辿り着こうとしてるの!」
アルマの考えを整理してみると。
転生戦士ダイゴローも、三人組の冒険者ドライシュターン隊と同じように、ゴブリンのギギを狙っていた。ただしドライシュターン隊とは異なり、その背後にいる魔族が目的。だから僕たち同様、ギギを殺されては困る立場になるわけだ。
「なるほど。筋が通った考え方だね」
「でしょ? ギギちゃんの身柄を確保したいんだよ、ダイゴローくんは。青い鎧の人たちよりは穏便だけど、私たちの敵であることは確かだよね。三つ巴の戦いだよー!」
敵とか戦いとか言ってしまうのは大袈裟であり、せいぜい競合相手くらいだろうか。
そう思いながらも、僕の口から出たのは、全く別の言葉だった。
「ダイゴローってやつの意図をそう考えると……。アルマにはギギが懐いているし、ギギの話も理解できるのだから、アルマの存在は大きいね。僕たちが断然有利といえる」
おべっかのつもりはないが、アルマを持ち上げる形だった。
彼女がブロホヴィッツで「もしかして、私、お荷物?」と言ったのを僕は忘れられず、アルマに自信をつけてもらいたい、という気持ちがあるのだろう。
「ははは……。そうかもしれないね」
嬉しそうに笑うアルマを見て、僕も心が軽くなるのだった。
「複数の勢力から狙われているのだとしても……。とりあえず今日のところは安心だね。森まで無事に転移させたんだから」
「うん」
アルマが頷いたのを見て、今さらながらに、小さな疑問が浮かぶ。
「そういえば……。送り返しただけなんだね。アルマも一緒に転移して、ギギや魔族の住む家まで案内してもらおう、とは考えなかったのかい?」
「えっ?」
驚いたような声を上げてから、アルマはムスッとした顔を見せる。
「もしかしてバルトルトくん、私のこと、考えなしの子供だと思ってるー?」
「いや、そんなことないけど……」
たった今、転生戦士ダイゴローの行動意図について、しっかりと構築された推理を聞かされたばかりだ。
それ以外にも、以前にニーナと三人で話をした時。五人一緒の場合とは異なり、人数が少なくなればアルマはしっかり者になる、というのを思い知らされる場面があった。
「みんなと離れて、私一人で魔族のところに乗り込むなんて、無謀だからねー。私だって冒険者だから、それくらいの状況判断は出来るんだよー?」
「ああ、そうだよなあ。ごめん、ごめん。ほら、例えばニーナには『魔族と接触する機会があるなら逃したくない』って雰囲気もあったから……」
深い意味はなく、僕は適当な言葉を口にしただけだった。
ところが、これがアルマから興味深い発言を引き出す。
「ニーナちゃんはそうかもしれないけど、私は違うよー。魔族のお家に一人で行くほど、カトックくん探しにこだわってないもん」
一瞬、僕は言葉を失ってしまった。
カトック探しのために、その手がかりとなり得る魔族を追いかけよう。その基本方針にはアルマも大喜びで賛成している、と僕は思っていたのだ。
ぽかんとした僕の顔を見ながら、アルマは続ける。
「ダイゴローくんも、私と同じじゃないのかな? ニーナちゃんやクリスタちゃんやカーリンちゃんと違って、カトックくんと面識ないから、そこまで強い思い入れはないでしょ?」
「まあね。ニーナには言えないけど」
絶句から立ち直った僕は、ここだけの話として、正直に告げた。
するとアルマも、首を縦に振ってみせる。
「そうだよねー。だから、カトックくん探しが何よりも優先、とまでは思えないよ。適当なダンジョン探索よりは、大きな目標のある冒険の方が楽しいから、カトックくん探し、私も基本方針としては賛成だけどね。でも一人で魔族のところへ行く、みたいな危険を冒す気は、全くないよー」
「その気持ちは僕もわかる。魔族のアジトに乗り込むのは、カトック隊みんなで行くとしても怖いかも、って気持ちもあるくらいだ」
そう言って、僕は朗らかに笑う。今日のアルマとの会話の中で、今が一番、腹を割った話になっている気がした。
「うん、みんな一緒でも危険だよねー。今までの二度の魔族も、カトック隊だけじゃ倒せなかったし……」
明るいアルマの声が、少し真面目な口調に変わる。
「……その意味では、今回ダイゴローくんが出てきてくれたのは、かえって良かったかも。魔族と戦うことになったら、またダイゴローくんの手を借りる必要、ありそうだもんねー」
「そうだよなあ。情報入手が目的だとしても、最後には戦いになりそうだ……」
僕が神妙な面持ちでアルマの分析に賛同する間、心の中では、ダイゴローが失笑していた。
『おいおい。考えなしどころか、アルマが一番しっかりしてるぜ。ニーナたちよりも、よっぽど状況理解してるんじゃねえのか?』
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