銀色の星形ペンダント。
それをカトックがつけていないと理解した時点で、僕は半ば無意識のうちに、自分の胸元へ手をやっていた。
触れてみて、確認する。大丈夫、僕のそれは失くなっていない。ニーナから渡されて以来、ずっと同じ状態で、首から下がっていた。
パーティーの証となる紋章であり、冒険者の紀章も兼ねた、大切なペンダントだ。特に後者の意味では、身につけていないと、モンスターを倒しても経験値や報酬が得られない。だが『身につけている』だけで良いので、外から見える形で出しておく必要はなかった。
それこそクリスタやカーリンのように、ポケットや懐にしまい込む冒険者もいる。僕が首に掛けているのは、特に深い理由があるわけではなく、エグモント団の頃からの習慣に過ぎなかった。
一方、例えばニーナの場合は、街やダンジョンで出会う人々にカトック隊の紋章をアピールするためのはず。カトックも同じく首に掛けているという想定で、「同じものをぶら下げた冒険者、見かけたよ」という人が現れるのを期待していたようだが……。
肝心のカトックが持っていないのであれば、ニーナの努力は無駄だったことになる。
「カトック隊の紋章? ああ、もしかして……」
一瞬だけ怪訝な表情を見せてから、カトックはパッと明るい顔になって、懐に手を入れた。
「ニーナさんが言うのは、これのことでしょうか」
と言いながら取り出したのは、鎖に繋がれた銀色のペンダント。一見するとカトック隊の紋章みたいだが、
「えっ。違う……」
唖然としたような、ニーナの呟き。
カトックの手の中にあったのは、星とは少し形状の異なる飾りだった。星形ならば五つの突起があるわけだが、これは六つ。別の表現をするならば、三本の棒を組み合わせたような形であり、僕がイメージしたのは、絵本などで見る雪の結晶のイラストだった。
『おう、雪の結晶とは、詩的な表現じゃねえか。俺に言わせれば、アスタリスク・マークだぜ』
ダイゴローは軽く茶々を入れるが……。
どちらにせよ、カトック隊の紋章でないのは明らかだった。
僕たちの顔に浮かぶ困惑の色を見て、カトックも同じ表情になる。
「違うのですか? 私が森で発見された時からの持ち物なので、失った記憶の手がかりになると考えて、大切に持ち歩いていたのですが……」
「カトックさんにゆかりのアクセサリーなら、自警団のシンボルマークにしようか、って話も出たくらいだ。いや『出たくらい』どころか、もう街の飾り職人に発注まで済ませたんだが……」
横から口を挟んできた銀髪の男も、不思議そうな様子だ。
「……あんたたち、昔のカトックさんの仲間なんだろ? なんで違う形なんだ?」
と質問してくるが、誰も答えられるはずがない。
「そんなの、こっちが聞きたいくらいだよ……」
消え入りそうなニーナの声は、泣き言のように感じられた。
紋章に関して新たな謎が生まれてしまったものの、今この場で検討できるものではなく、
「とりあえず、今日のところはお引き取りください。私たち自警団は、これから後片付けがありますから」
そうカトックは言い切った。
ここはダンジョンや野外フィールドではなく街の中なのだから、モンスターの死骸を、自然に分解されるまで放置しておくわけにはいかない。それに、逃げた露天商を呼び戻したり、露店の修理を手伝ったりもするのだろう。一応は医院の方へ様子を見に行く、というのもあるかもしれない。
とにかく彼らが忙しいのは理解できたし、先ほどのカトックの発言から、僕たちに手伝わせるつもりはないというのも、きちんと伝わっていた。
回復魔法の使えるクリスタだけは、怪我をした自警団の応急処置という形で、少しだけ働かせてもらったのだが、それもすぐに終わる。
だから、
「それじゃ、また明日!」
表情とは裏腹の、朗らかな――無理しているかのような――声で告げるニーナ。そんなリーダーに率いられて……。
僕たちカトック隊は、カトックと自警団の人々を広場に残したまま、おとなしく立ち去るのだった。
「街が襲われたっていうのに、こんなこと言うのは不謹慎だろうけど……」
帰り道。
前を歩くマヌエラが、ボソッと呟く。
「……なんだか戦い足りない気分だぜ。さあ行くぞ、ってタイミングで、水差されたからなあ!」
途中からは明るく冗談っぽい口調になって、隣に並ぶニーナの背中を、バンと叩いた。カトックとの対面を早々に切り上げることになり、ニーナは落ち込んでいるだろうから元気づけてやろう、という気持ちかもしれない。
反対隣からも、ニーナに声をかける者が一人。
「元気出してよ、ニーナちゃん。今日はカトックくん大変そうだから、仕方ないよね。明日は、ゆっくりお話できるんじゃないかな?」
前を歩くのがこの三人で、少し離れた後ろから、僕とクリスタとカーリンが続く。ちょうど、ダンジョンや野外フィールドにおける布陣と同じだった。もちろん、街中でモンスターが出現するはずないから、前衛と後衛に分かれて進む必要はないのだが……。
『いや街中だって、そんなに安全じゃないだろ? ついさっき、ゴブリン連中が襲ってきたばかりじゃねえか』
あれはアーベントロートの入り口にある広場だ。さすがに、こんな中心までモンスターが入り込むのは考えられない。
それくらいのこと、ダイゴローもわかった上で、わざと言っているような口調だった。
とはいえ、ダイゴローの言葉のせいで、改めて先ほどの戦闘について考えてしまい……。
「カトック隊とは、ずいぶん違うんですね。カトックの戦い方というか、指揮の仕方というか……」
半分は独り言として、残り半分はクリスタやカーリンに話しかけるつもりで、僕はそう口にした。
「あら」
短く反応するクリスタ。キラリと目が輝いたようにも見えるので、何やら面白がっているらしい。
一方、日頃は口数の少ないカーリンの方が、ハッキリと食いついてきた。やはり彼女は、こういう話題が好きなのだろう。
「……どういう意味だ? どう違うというのだ?」
「ええっと……。『どう』と言われると……」
具体的に意識していたほどではなく、少し考える時間が必要だったが。
口に出すことでまとまる考えもあるに違いない。そう思って、出来る限り語ってみる。
「……ほら、カトック隊の戦い方って、もっと『その場の戦力は最大限に活かす』みたいな感じでしょう?」
『ことわざでも「立ってる者は親でも使え」って言うもんな』
ダイゴローの言い方は悪いが、使える者は何でも使う、という方針だ。
例えば、僕が最初に――当時は臨時メンバーとして――カトック隊に加わった時。僕としては、ただ森の外まで護衛されるだけかと思いきや、しっかり戦いに組み込まれていた。初戦闘で「どこまで戦えるのか」を見定められたのも「その後の戦闘では完全に戦力として計算されている」という意識に繋がった。
その話を例に出しながら、僕は続ける。
「だから、それがカトック隊の基本方針なら、カトックがリーダーだった頃から受け継がれたものかと思ったのですが……。ニーナの代になってからであり、以前は違ったのですね」
今回のカトックは、僕たちの協力を不要と切り捨てたくらいだ。それなりに納得できる理由はあったものの、少なくとも『その場の戦力は最大限に活かす』とは正反対の方向性だった。
昔のカトックを知らない僕は、そう理解していたのだが……。
「いや、それは違うぞ」
少し難しい顔をしながら、カーリンが否定する。
「あの時、俺は『かつてのカトックとは太刀筋が違う』と指摘したが……。太刀筋だけでなく、仲間への戦闘指示も変わっていた、ということだ。かつてのカトックならば、俺たち六人も含めて、戦闘プランを立てていたに違いない」
「そうなんですか?」
ならば、それに関しても、記憶喪失の影響でガラリと変わってしまったのだろうか。
驚いたような声の僕に対して、今度はクリスタが説明を返す。
「考えてごらんなさい。ニーナの知ってる『冒険者パーティーのリーダー』は、カトックだけでしょう? 彼女は彼を見習って、リーダーしてるのよ」
『ニーナはカトックしか知らない、というだけじゃなく、強く慕ってるわけだからな。その意味でも、カトックを踏襲してるんだろうさ』
と、ダイゴローも補足する。
つまり、現在ニーナが率いているカトック隊のやり方は、カトック時代のものと全く同じ、という話になるようだが……。
少し混乱する僕に対して、クリスタが微笑みかける。
「難しく考えることはないのよ。でも、あなたって、なかなか面白い点に気が付くのね。そういう見方って、大切だと思うわ」
彼女の表情は、深い思惑を秘めた笑顔にも見えるけれど。
とりあえずクリスタに褒められたようで、僕は満更でもない気分だった。
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