防御したのではない。
反射したのだ。
あの極大の火炎を。
「ハッハッハ! 愚かな人間たちよ、自らの魔法で焼かれてしまいなさい!」
偽カトックの高笑いが響く中。
クリスタの放った超炎魔法は、そっくりそのまま、僕たちの目前に迫りつつあった。
なまじ最大規模をイメージした魔法だっただけに、かなり大きな炎の塊となっている。横に跳んでも逃げきれないレベルであり、このままでは魔族の言う通り大きなダメージを食らうことになるが……。
「ファブレノン・ファイア・シュテークスタ!」
クリスタが再び超炎魔法を唱えた。回避できないならば同じ魔法をぶつけて相殺するしかない、と考えたらしい。
かろうじて彼女の策は間に合って、僕たちのすぐ前で、超炎魔法同士が激突する。
互いの魔力と火力の衝突により、大爆発が起こった!
轟音と共に、モウモウと立ち込める爆煙。
もちろん、爆発の衝撃自体も凄まじかった。
その場に踏み止まることも出来ず、爆風で吹き飛ばされる者もいたくらいだ。僕もその一人であり、気が付いた時には、戦場となっている広場から外へ弾き出されていた。大木の裏側に回ってしまっており、この位置からでは、煙が晴れても仲間たちの姿は見えないだろう。
僕と一緒に吹き飛ばされて倒れている者も、少しは近くにいるようだが、自警団メンバーやモンスターばかり。カトック隊の仲間たちではなかった。
彼女たちの声は、離れた場所から聞こえてくる。
「けほっ、けほっ!」
「みんな! 大丈夫?」
「カーリンちゃん! マヌエラちゃん! バルトルトくん!」
むせているのは誰かわからないが、みんなの安否を確かめようとしたのはリーダーのニーナであり、三人の名前を口にしたのはアルマだった。
飛ばされて姿が見えなくなったのは、僕だけではないようだ。
「俺は大丈夫だ!」
「あたしも平気さ!」
二人に続いて、僕も返事をする。今の状況を利用させてもらおう、と考えながら。
「僕も大丈夫です! ちょっと動けそうにないですが……。心配せずに、戦ってください!」
「よし! こいつらサッサと片付けて、バルトルトを助けに行こう!」
ニーナの指示が聞こえてくる中、
『バルトルト、お前、嘘ついたな? これが狙いで』
ダイゴローが確認の意味で尋ねてきたので、僕は大きく頷く。
もちろん、僕の「動けそうにない」は大嘘だった。
ああ言っておけば、こちらに構っていられるほどの余裕がない以上、しばらくは放置されるはず。そう目論んだ通りになったのだ。
これで少し、自由に行動できる時間が出来たので……。
『そうだよな。あの機械人形、明らかにメカ巨人ゴブリン以上の強敵だ。普通の人間じゃ倒せねえ。つまり、お前の出番だ!』
もう一度ダイゴローに対して頷きながら、銀色のアイマスクを取り出して、目に当てる。
「変身! 転生戦士ダイゴロー!」
三色スーツに包まれた僕は、物理的に少し大きくなると同時に、全身に力がみなぎってくるのを感じた。
これならば、あのキング・ドールとも戦えそうだ!
「瞬間移動!」
戦場へと舞い戻る僕。
転移した先は、強敵キング・ドールの目前だった。
腰に手を当てたポーズで胸を張り、いかにもヒーロー登場と言わんばかりの姿を見せつける。
ちょうど立ち込めていた爆煙が消えつつあるタイミングなので、まるで煙の中から現れたように見えたに違いない。
「あっ、あの人は……」
「バルトルトくんが命名した……何だったっけ?」
「『森の守護者』だ!」
背中に浴びせられたのは、ニーナとアルマとカーリンの声。
一方、前方からは魔族が反応を見せていた。
「おや? あなたは……。普通の人間とも、冒険者の方々とも違う。むしろ神のニオイを感じますね」
顔がないのでわかりにくいが、カトック隊の方にチラリと視線を向けたらしい。ポンと手を叩いて、魔族は納得の声を上げる。
「なるほど。ニーナさんたちと面識あるということは、『毒使い』と戦う際に協力したのですね? ……というより、あなたが『毒使い』を倒したのでしょう? いくら彼が油断していたとはいえ、普通の冒険者に殺されるほど、魔族はヤワじゃないですからねえ」
続いて、機械人形に指示を出した。
「キング・ドール! 相手は神の息がかかった戦士です。もう手加減する必要はありません。思いっきり戦いなさい!」
「クヮン、クヮン、クヮン……!」
両腕を振り回して、機械人形が殴りかかってきた!
「くっ……!」
すぐさま僕も殴り返したが、あまり効果はないようだ。
それでも続けるしかなく、互いの攻撃を避けながら、あるいは受け止めながらの、パンチの応酬が始まった。
『おい、バルトルト! 大丈夫か?』
押されているのが僕の方なのは、ダイゴローにも明らかなのだろう。いや彼だけでなく、後ろで見ているカトック隊の仲間たちにも、気づかれていたはず。
キング・ドールは前へ前へと足を踏み出しており、逆に僕は、ジリジリと後退りする有様だった。
「ハッハッハ! 神の戦士といえども、その程度ですか? 私の最高傑作には、到底敵わないようですね!」
偽カトック――『機械屋』――の声は、とても嬉しそうだ。悔しいけれど、言わせておくしかなかった。
『どうする、バルトルト?』
キング・ドールが繰り出すのは単なるパンチのようだが、僕の方では、実は途中から魔法拳を用いている。右の拳には炎の魔力を、左には氷の魔力を乗せていたのだ。
つまり、メカ巨人ゴブリンを倒したのと同じ戦法だった。あの時は、炎と氷のダブルの正拳突きを叩き込むことで、急激な温度変化を与えて、金属装甲を脆く出来たのだが……。
今回も一応、左右のパンチが同一箇所にヒットした部位はある。しかし、効いている様子は全くなかった。このキング・ドールは、やはりメカ巨人ゴブリンとは、素材の頑丈さが大違いらしい。
『接近戦はダメだ、バルトルト! 距離を取れ!』
ダイゴローのアドバイスに従って、大きく後ろへジャンプ。
とりあえず、機械人形から離れてみたのだが、
「おや、逃げるつもりですか? でも無理ですよ。私のキング・ドールからは逃げられません」
顔のない偽カトックが再びニヤリと笑ったように、僕には感じられた。
「見せてあげなさい、キング・ドール! 生きた人間やモンスターには出来ない、機械人形ならではの素晴らしい攻撃を!」
「クヮン、クヮン、クヮン……!」
創造主の命令に応じて、キング・ドールが両腕を前に突き出す。この距離ではパンチが届くはずもないのに、何をするつもりなのか?
僕は一瞬、不思議に思ったが、答えはすぐに明らかになった。
キング・ドールの手首から先が本体から分離して、矢のような勢いで射出されたのだ!
『これって、あれか! ロケット噴射のパンチか!』
飛んできた右手と左手を、僕は叩き落とそうとしたが……。
弓から放たれた矢とは違うのだ。一直線に向かってくるように見えるが、必要ならば空中で軌道を変えることも可能だった。
こちらの迎撃をヒョイッとかわして、キング・ドールの右手は、僕の顎にヒット。頭の中がグワングワンと揺さぶられるような衝撃であり、意識が飛びそうになるが、かろうじて僕は耐えた。
同時に、左手の方は、みぞおちに叩き込まれる。こちらも強烈な一撃であり、思わず体が前屈みになってしまう。
しかも間髪を入れずに、横から頬を殴られ、後ろから背中を叩かれ……。
「ちょっと待て! おかしいだろ?」
つい僕は叫んでしまう。
両の手首が飛んできたにしては、攻撃の手数が多すぎるのだ!
『よく見ろ、バルトルト。左右のパンチだけじゃねえ!』
次から次へとやってくる痛みに耐えながら、改めてキング・ドールに視線を向けると。
機械人形は、すっかり姿を変えていた。腕が飛び出し、足が飛び出し、頭が飛び出し……。
残った胴体部もバラバラになって、全てこちらに向かってくるところだった。
「くっ……!」
前後左右、時には斜め上からも、重い石礫のような攻撃が襲いかかってくる。あらゆる方向から襲われて、まさに逃げ場もなければ避けようもない状態だった。
『こいつは凄いぜ! 全方位攻撃だ!』
先ほどの『ロケット噴射のパンチ』発言の時もそうだったが、なんだかダイゴローの声は嬉しそうだ。僕が一方的にやられているというのに、なぜだろう?
『ああ、すまねえ。漫画やアニメでお馴染みのやつを実際に見れて、ちょっと興奮しちまった』
と、すぐに素直に謝るダイゴローだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!