転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第102話 ゴブリンの村(9)

公開日時: 2021年1月23日(土) 17:30
更新日時: 2023年10月30日(月) 22:05
文字数:3,371

   

 問題のゴブリンが初めて現れたのは、今から二週間ほど前の出来事だった。子供たちが公園で追いかけっこをして遊んでいた中に、いつの間にか紛れ込んでいたのだという。

「ほら子供って、特に小さな子供は、あんまり人見知りせずに、誰とでも平気で遊ぶだろ? ある程度の年齢になると、知らない人は他人扱いだが、小さい頃は一言でも話しただけで友だち、みたいな……」

 だから見たことのない子供が一人くらい混じっていても、誰も違和感を覚えない。今回それが『子供』ではなく一匹のモンスターだった、という話らしい。

 もちろん、いくら小さな子供とはいえ、ゴブリンが人間ではないことくらい理解できるはず。だが誰にも危害を与えないどころか、一緒に遊んでいて楽しいとなれば、もはや人間の子供と何の変わりもない。普通に夕方まで過ごしていたのだが……。

「子供たち自身は良くても、大人から見れば大問題だ。子供を迎えに行った親たちが、モンスターがいるのを見つけて、目を丸くしたわけさ」

「今でこそ無害なゴブリンとわかっていますけど、最初は違いますからね。その状況ならば、たとえ私でも驚いたはずですわ」

 珍しくパトリツィアが、カールの言葉に頷いてみせた。

 ところが彼は、呆れたような視線を彼女に向ける。

「まだ言い張ってるのか、無害なゴブリンだ、って」

「当然です。実際ここまで、あのゴブリンに怪我を負わされた子供なんて、一人もいないでしょう?」

「そういう問題じゃない。モンスターなんだぞ?」

「あら、それは偏見ですわ。あのゴブリンを見ていれば、モンスターにも良い個体と悪い個体がいる、と理解できますから……」

 話の途中だったのに、僕たちをそっちのけにして、カールはパトリツィアと議論を始めてしまった。

「子供には、その違いがわからないだろ。一匹の良い個体が強く印象に残ったら、もう『モンスターは悪くない』って感覚になっちまう。大きくなって今度は普通に悪いモンスターに出くわした時、それだと逃げ遅れるじゃないか!」

 危険なものは何であれ危険。そういう意識を刷り込んでおかないと、いざという時、その『危険』に対する対処が遅れる、と言いたいらしい。

 これまでカールが主張してきたゴブリンの脅威というのは、直接的な凶暴性の話ではなく、こんな間接的な意味だったのだ。

『でもカールの言い分もわかる気がするぜ。もちろん共感じゃなく理解の方の「わかる」だけどな』


「実際、今は危険な時代なんだよ。街や村の中で普通に暮らしていても、モンスターと出会う可能性がある。アーベントロートの話もあるからな」

 カールはパトリツィアから視線を逸らして、僕たちの方を向いた。アーベントロートのモンスター襲撃事件について、肯定してもらいたいのだろう。

 しかし。

「でも、アーベントロートの場合は……」

 ニーナが苦笑しながら、チラッと仲間の顔を見る。「どこまで話そうか?」と問いたげな目をしており、クリスタが小さく頷くのを確認してから、カールへの言葉を続けた。

「……あれは、とても特殊な事例ですからね。普通じゃない理由があって襲ってきたモンスターでしたし、しかも、その元凶は取り除いたので解決済み。二度と起こらない、と断言できる事件です」

 そもそも、街の中まで入り込まれたというより、その前に入り口の辺りで撃退した、という感じだった。その点でも、今回の話とは大きく違うはず。

「そうなのか?」

「ほら、ごらんなさい。あなたの主張は全て、事実誤認の上に成り立っているのよ、カール」

 パトリツィアに煽られて、カールがムッとする。

 また二人の言い争いが始まりそうな雰囲気になり、慌ててニーナが仲裁に入った。

「まあまあ、二人とも……。それより、話の続きを聞かせてもらえませんか? 夕方になって大人たちがゴブリンを見つけて、それからどうなったのです?」

「ああ、それは……」

 と、カールが話を再開する。


 ゴブリンを目にした大人たちは、子供をその場から避難させると同時に、急いで手勢をかき集めた。アーベントロートみたいな自警団は存在していないが、似たような感じなのだろう。屈強な若者たちに声をかけたらしい。

 臨時で結成された、対モンスターの村人軍団。大工道具や農具、台所の包丁など、刃物を手にした者たちが集まったのを見て、今度はゴブリンの方が驚いた。慌てて逃げ出したのだという。

「みんなでモンスターを追い立てたわけだ。追い払うことに成功した、と満足する者もいたが、それだけじゃなかった。二度と同じ事態が起きないよう、今のうちに駆除してしまおう、と考える連中もいたんだ。だから逃げるモンスターを追いかけたんだが……」

 カールは残念そうに、首を横に振る。

「……結局その日は、姿を見失ってしまった」

「いつの間にか現れたゴブリンですからね。いつの間にか消えるのも当然でしょう」

 カールとは対照的に、パトリツィアは微笑みを浮かべている。

 また二人の意見が対立しそうなのを察知して、その前にニーナが話を促した。

「それからどうなったのです? 二週間前の事件が『初めて』ということは、その後も似たような事件が……?」

「そうだ。あれ以来、問題のゴブリンは頻繁に村に現れるようになった。だいたい二日か三日くらいの間隔かな……?」

「説明役を買って出たくせに、曖昧な記憶ですね、カールは」

 少しだけ勝ち誇ったような口調で、パトリツィアが補足する。

「最初の一週間で二度、最近一週間で三度。合わせて、五回ですわ」

「回数はともかく、結局いつも同じことだ。子供たちが遊ぶ場に現れて、大人たちが追い立てると、モンスターが逃げちまう。その繰り返しだ」


 だいたいの事情は、これで理解できた。

 そう僕は思ったのだが、

「ダメですわ、カール。それでは誤解を招くでしょう?」

 パトリツィアが、話をひっくり返すようなことを言い出した。

「確かに初めての時は、子供たちが遊び終わる頃に親が迎えに行き、そこで大人もゴブリンを発見。そういう展開でしたけど……」

 ここからは、語り手がパトリツィアに交代する形になった。

 彼女の説明によると。

 親たちは一応、子供には「モンスターと遊ばないように」と言っておいたらしい。それでも、いざゴブリンが現れると、友だち感覚で一緒に楽しく遊んでしまう。

「子供というものは、そういうものですからね……」

 苦笑するパトリツィア。眼鏡の形状からの第一印象――ダイゴローの言葉を借りるならば「教育ママ」――とは異なり、彼女は案外、子供に理解のある母親なのかもしれない。

「でも、頭を抱える親もいましたの。それで……」

 二度のモンスターの出現の後。

 親たちは、子供たちだけで遊ばせるのをめにした。外で遊ぶこと自体を禁止するのは可哀想ということで、子供が遊ぶ際には必ず、一人以上の大人が付き添う決まりになったのだ。

 だから三度目からは、モンスターが現れる瞬間、大人も現場に居合わせた形になる。ところが、遊びに夢中になっていた子供だけでなく、真剣に見張っていたはずの親ですら気づかないくらい自然に、いつの間にかゴブリンが子供に紛れ込んでいたのだという。

「そんなバカな、と思いましたよ。監視役の大人が怠けていたに違いない、って」

 まだ当時はパトリツィアも、問題のゴブリンを一般的なモンスターとして認識していた。子供には近づけたくない、と考えていたのだ。

「そんな私が、四度目のゴブリン出現に立ち会うことになったのです」

 彼女自身の娘パウラを含む、五人の子供たち。彼らが問題なく遊べるよう、目を皿のようにして警戒していたはずなのに……。

「ふと気づいたら、あのゴブリンが、子供たちの輪の中に入っていたのです!」

 パトリツィアは、驚いて硬直してしまったという。止めに走るどころか、叫ぶことすら出来ず、そのまま眺めるだけ。娘のパウラがゴブリンに話しかけるのを見て、ようやく体が動き出した。

「でも娘の様子を見て、私にもわかったのです。このモンスターは無害だ、って。他とは違う、って」


「ちょっと待って。一つ質問していいかしら?」

 それまで食べながら黙って聞いていたのに、ここでクリスタが食事の手を止めて、疑問を投げかける。

「娘さんがゴブリンに話しかけた、と言いましたけど……。彼女の言葉は、きちんとゴブリンに伝わっていたのかしら? ゴブリンの方でも、娘さんに言葉を返していましたか?」

   

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