ニーナの質問に対して、偽カトック――自称『機械屋』――は、すぐには口を開かなかった。
無言で困った表情を見せる魔族。その態度から、ニーナは悪い想像をしたに違いない。
「カトックの姿を借りている、ということは、まさか……。カトックを殺して、その皮を剥ぎ取って……」
顔面蒼白になって、へなへなと崩れ落ちるニーナ。土の上に、ぺたりと座り込んでしまった。
かなりグロテスクな光景を、彼女は思い描いたらしい。
ニーナとは異なり、僕は偽カトックの「姿を借りる」発言を「カトックの姿を模している」程度に解釈していた。あるいは、本物を使うにしても、死体を被るのではなく、生きた肉体に憑依するという形だ。
僕自身がダイゴローと融合しているだけに、魔族のような伝説の存在ならば、同じく人間と融合することも可能ではないか、と考えたのだ。
『おい、バルトルト。俺を魔族扱いするとは、失礼だぞ?』
わかっている。
ダイゴローの場合、僕の意識を乗っ取るような真似はしていないから、その点は大きく違う。偽カトックの場合、もはやカトックの意識で行動していないのは、誰が見ても明らかだった。
「いやはや、そんなふうに思われていたとは……。心外です」
困惑の色を深めながら、偽カトックが、ようやく言葉を絞り出す。
「人間に化けるために、顔そのものを奪って使うなんて! それほど私が残忍に見えますか? これでも私は、平和的な魔族なのですよ。だからこそ私に、今回のような任務が割り当てられたというのに……」
魔王や魔族といえば、伝説の悪魔であり、モンスターよりも容易に人間を襲いそうなイメージだ。でも本人が言うように、それでは「モデルケースとして一つの街を支配してみる」という仕事には向かないはず。それに、今まで上手くカトックを演じてこれたのだから、確かに『平和的な魔族』なのだろう。
そう僕は納得してしまったが、クリスタが反対意見を口にする。
「平和的な魔族ですって? 聞いて呆れるわ。洗脳なんてやり方で人間の意思を踏みにじった時点で、あなたは『平和』とは対極に位置するのよ」
「おやおや。クリスタさんまで、少し誤解しているようですね。これは嘆かわしい」
そう言ってから、ジルバを指し示す偽カトック。
「例えば、彼を見てごらんなさい。すっかり私に洗脳されていますが、でも私は、完全に彼の意識を奪ったわけではありません。彼は彼なりに、自分の意思で考えて行動していますよ」
これは驚きの発言だった。今度は、クリスタも僕と同じように感じたらしい。
「あら。あの人って、あなたの指示通りに動く、あなたの考えを代弁するだけの操り人形じゃないの?」
「違いますよ。ほら、昨夜だって……」
苦笑というより冷笑という感じで、カトックは口元を歪める。どこかで見たような笑い方だった。
「……アーベントロートを襲うモンスターに関して、ジルバさんは『冒険者がモンスターの領域を侵すから、モンスターも人間の縄張りに攻めてくる』と力説していたでしょう? この私が、そんなこと考えるわけないじゃないですか。両者に区分はなく、どちらも魔王様によって支配されるべき世界なのですから」
ああ、そうだ。昨夜その話になった際も、偽カトックは、今と同じ表情になっていた。
あの時は意味がわからなかったが……。ジルバの――いや彼だけでなく世間一般の――「人間とモンスターは住み分けしている」という考え方を、偽カトックは心の中で笑い飛ばしていたのだ。
「他にもあります。ジルバさんの言っていた、あなた方冒険者をアーベントロート自警団の一員にしよう、というプラン。あれも、私の発案のはずがないでしょう? 洗脳の効かないあなた方を街に留めておくのは、私には大迷惑ですからね」
それでも強制的にジルバを止めなかったのは、どうせ僕たちがジルバの考えに従うわけはない、と確信していたからだろう。
「それに、昨夜の話といえば!」
偽カトックはこちらに向き直り、ガバッと両腕を広げる。
「昨夜の暴動を止めたのは、この私です。これこそ、私が平和的な魔族であるという、最大の証拠ではないですか!」
「あれはカトックを演じる上でのポーズではなく、本心だったと言いたいのかしら?」
「そうですよ、クリスタさん。この街の方々は、いや人間という存在は全て、いずれ魔王様が世界を支配した暁には、その庇護下に入る大切な臣民ですからね。なるべく傷つけたくないのです」
『そのくせ今ここでバルトルトたちを殺そうっていうんだから、ちょっとダブルスタンダードじゃねえか? まあ、そっちは「仕方なく」だとしても、自警団の連中だって、一般市民と区別してるよなあ?』
ジルバ以下の自警団メンバーは、洗脳された上に、ここで僕たちと戦わされるのだ。これでは捨て駒みたいなものだろう。
しかしダイゴローの言葉は僕にしか聞こえていないので、反論もツッコミもないものとして、偽カトックは話を続けるのだった。
「今現在だって、私はとても平和的でしょう? こうして自警団の方々とモンスターを用意しておきながら、すぐに戦わせるのではなく、少し待たせている。あなた方との会談が終わるまでね」
偽カトックの話の間、モンスターもジルバたちも襲ってこないのは、カーリンが槍と目で牽制しているおかげかと思ったが……。一番の理由は、偽カトックが「待った」をかけているからのようだ。
「ほら、あなた方は、もうすぐ死んでしまうわけです。だから心残りがないよう、ここで私が真相を明かして、あなた方の疑問に答えようという配慮です」
『何が配慮だ、笑わせる。ただ自分が語りたいだけだろ? 自分が悪事の黒幕だった、って告白は、自慢話みたいなもんだぜ。漫画やアニメ、というのは俺の世界の創作物だが、そこに出てくる典型的な悪役じゃねえか!』
またもや僕にしか聞こえないツッコミだが、偽カトックの態度は、僕から見てもそのように思えた。
「そうそう、モンスターといえば。最初に彼らが現れた際、アルマさんが『いきなり! どうして?』と不思議がっていましたが……」
偽カトックがチラリと、アルマの方を見る。
アルマは魔族の視線に気圧されることなく、険しい目つきで睨み返すが、彼は気にせず言葉を続けた。
「……彼らの鎧は、私の手による特別製ですからね。モンスター特有の気配など、当然のように隠れてしまうのですよ」
特殊な鎧衣ゴブリンが着ている、不思議な鎧。モンスター襲撃事件で初めて見た時から、皮鎧でも金属甲冑でもないのはわかっていたし、軽くて頑丈というのも感じていた。なるほど、魔族がこしらえた防具ならば、人智を超えた性能になるわけだ。
『しかもこいつは「機械屋」を名乗るくらいだ。魔族の中でも、特に物作りが得意なんだろうぜ』
ダイゴローとは別に、クリスタも彼女なりの意見を口にする。
「つまり、モンスターの気配を消すための鎧なのね。こうして突然の出現を可能にするために……」
「それは少し違いますね」
バッサリと否定する偽カトック。
「モンスターの気配なんて、わざわざ消す意味ありませんよ。そのための素材ではなく、別の目的で開発したのを流用しただけです。私が隠さないといけなかったのは……」
魔族は、己の顔に手をかけて、カチリという小さな音を立てる。
それが何の音なのか、考えるまでもなかった。
文字通り仮面を脱ぎ去るようにして、偽カトックは『カトック』の顔を取り外したのだ!
その瞬間。
胸がムカムカするような嫌な空気が、辺り一面に広がる。
初めてではなく、以前にも経験ある感覚だった。『回復の森』で黒ローブの怪人――『毒使い』――が発していたのと、全く同じ気配だ。
「どうです? うまく出来ているでしょう? ニーナさんが想像したような、人間の顔そのものなんて必要ないのですよ。私が作った仮面さえあれば、外見を変えるだけでなく、魔族の妖気も隠せるのですから」
そう語る魔族の、本当の顔は……。
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