僕たちカトック隊がクラナッハ村に来てから、既に数日が経過している。
二日前には、パトリツィアから村の地図も受け取っていた。親切にも、ゴブリンが現れた公園の場所に印をつけてくれた地図だ。
だからそれを頭に浮かべれば、現在地は把握できるし、アルマとゴブリンが向かった馬小屋までのルートも、なんとなくわかるわけで……。
とにかく一人と一匹に追いつこうと、僕は頑張って走り続ける。
『ペースが落ちてるぞ、バルトルト。さっきまでは、もっと速かっただろ?』
転生戦士ダイゴローに変身していた時と、変身状態を解いた今とを比べられても困る。これが、本来の僕の身体能力なのだから。
というより、変身中はドライシュターン隊の武闘家に合わせて、わざとペースを落として走っていたはず。さすがに、あれより今が遅いということはないだろう。
僕はダイゴローの冗談に苦笑いしながら、全力で走るのだった。
「あっ、バルトルトくん!」
「はあ、はあ……」
僕の姿を見てアルマが声をかけてきたが、こちらは挨拶を返す余裕もない。道の真ん中で足を止めて、肩で息をするだけだった。
『金髪幼女に出くわして「ハア、ハア」と息を荒げるなんて、まるで変質者だなあ』
ダイゴローの戯言も無視する。そもそも、いくらアルマが子供っぽいとはいえ、さすがに『金髪幼女』扱いは失礼だろう。
膝に手をついて、自然に視線が下がっていた僕は、顔を上げてアルマを見つめ直す。
アルマとの合流は、走っている間の予想とは大きく異なっていた。アルマとゴブリンの背中が見えてくるかと思いきや、彼女一人だけ。しかも、こちらへ向かって歩いてくる形だった。
『合流ポイント自体、思っていたより手前だろ? アルマたちに追いつくまで、もっとかかると考えてたんじゃねえか?』
真面目な話をし始めたダイゴロー。その点は、確かに彼の言う通りだった。
かなり馬小屋に近づいた辺りでようやく追いつく、と想定していたのだが、まだ村外れではない。周りを見回すと、疎らではあるものの、民家がいくつも視界に入るような地域だった。
「やあ、アルマ。ギギがいないということは……。無事に送り届けた後かい?」
ようやく息を整えた僕は、確認の意味で問いかける。
アルマは満面の笑みで頷いてから、こちらを気遣ってくれた。
「それよりバルトルトくん、大丈夫? あの武闘家の人に、やられちゃったんだよね?」
「ああ、うん。それは……」
「ちょっと待って。こんなところで立ち話も何だし、みんなのところへ戻ろうよー。私も報告することあるから、歩きながらお話だよー」
さわやかな午前中の日差しの下、アルマと二人で歩く村の道。
クラナッハ村が平和な田舎村であることを改めて感じて、のんびりした気分になる。少し前まで変身して戦ったり、慌てて走ったりしていたのが、嘘のようだった。
たまにすれ違う村人たちの視線にも、あたたかさが感じられた。冒険者の格好はしているものの、しょせん僕もアルマも、大人たちから見れば若い少年少女だ。まるで兄と妹が仲良く歩いているように見えるのかもしれない。
『兄と妹なんて言い方したら、微笑まし過ぎるが……。まあカップルに見えないことだけは、確かだろうぜ』
さもおかしそうに笑うダイゴローも、一応は僕の見方に賛同しているらしい。
そんな感じで、ゆったりと足を進めながら。
僕とアルマは、これまでの経緯を語り合うのだった。
「あの武闘家は強かったよ。とても僕一人じゃ歯が立たなくて……」
「仕方ないよ、バルトルトくん。カーリンちゃんでも止められなかったんでしょ?」
アルマの口からカーリンの名前が出てきて、僕は少し驚いたが……。
広場での状況を思い返してみると、納得できるのだった。
赤い戦士と青い武闘家に対して、それぞれニーナとカーリンが応戦し始めた後で、アルマは逃げ出したのだ。なるほど、だから彼女も対戦カードを理解していて当然だった。
「うん。カーリンが突破された場面そのものは、僕も見てないんだけどね。カーリンはわからないけど僕の場合、あの武闘家のキックで、しばらく意識を失って……」
と、ここまでは正直に説明できるが、その先は無理だ。
少し心苦しく思いながら、間違っているのを承知で、尋ねてみる。
「……でも、僕が戦った甲斐はあったみたいだ。時間稼ぎにはなったから、あの武闘家に追いつかれることなく、アルマたちは転移装置まで辿り着いたんだよね?」
「あー。バルトルトくんには悪いんだけど……」
眉間にしわを寄せて、アルマは少し悲しそうな表情を見せた。
「……私とギギちゃん、すぐに追いつかれちゃってね」
「ええっ? でも無事にギギを送り届けた、って言ったよね? じゃあ、どうやって……。まさか、アルマ自身が撃退したのかい?」
「そんなわけないでしょ! だって私だよー?」
半ば自虐的に、大袈裟に笑い飛ばすアルマ。
彼女は己の戦闘力の乏しさを嘆いていたくらいだ。そんなアルマに対して、違うとわかっていながら「アルマ自身が撃退」なんて言ったのは、僕のミスだったかもしれない。知らないふりをする必要があり、演技することで頭がいっぱいだったため、気配りが足りなかったようだ。
僕の小さな反省心など見透かせるわけもなく、アルマは言葉を続けていた。いかにも大ニュースと言わんばかりに、目を丸くしながら。
「びっくりしないで聞いてね。また出たんだよ、ダイゴローくんが!」
「えっ! 『ダイゴローくん』って、ピチピチの三色スーツを着た、あの……?」
自分でも白々しいと思うくらいに、大袈裟に驚いてみせた。
心の中で『クックッ……』と声がするので、僕の過剰演技に、ダイゴローは笑いをこらえているらしい。
「そう! 前にバルトルトくんが『森の守護者』って呼んでた人!」
「へえ! こんな田舎村にも現れたのか……。それで、また助けてもらったの?」
明るく「うん」と返されるはず、と思って尋ねたのに、予想に反して、アルマの表情が曇る。
「うーん。結果的には助かったんだけど……」
「あれ? 違うのかい?」
「少しややこしいから、まずは事実だけ説明するね」
微妙な表情のまま、アルマは語り出した。
アルマ目線での『事実』としては……。
彼女とゴブリンが武闘家に捕まりそうになったタイミングで、問題の『ダイゴローくん』が登場。青鎧の武闘家と、交戦状態に陥ったという。
「そうやって二人で潰し合ってくれてる間に、私とギギちゃんは逃げることが出来たの。あの青い鎧の人とダイゴローくん、今頃まだ戦ってるんじゃないかなー?」
戦いの顛末を見届けていない以上、そういう想像になるのだろう。サッサと決着がついたならば、また追いかけてきたはず、という考え方だ。
実際には、武闘家は見当違いのところを走り回っている最中だ。真実を知っている僕は、ニヤニヤと笑いたくなるが我慢。代わりに、小さな疑問を口にしてみた。
「ええっと……。話を聞く限りだと、そのダイゴローって人が武闘家を足止めしてくれたみたいだけど、違うのかい?」
「違うよ、バルトルトくん。よく考えてみなよー」
アルマは僕に、呆れ混じりの目を向ける。
「私とギギちゃんを助ける理由、ダイゴローくんにはないでしょ? ダイゴローくんも青い鎧の人と同じで、私たちを追いかけてきたんだよー」
アルマの言葉を聞いた瞬間、僕の頭に浮かんだのは「しまった!」の一言だった。
転生戦士ダイゴローに変身して瞬間移動で駆けつけた際、理想の出現ポイントから少しズレたことが、アルマの誤解に繋がったのだろう。
もしも想定通り、武闘家の前に立ち塞がる状態で現れていたならば、アルマも「助けに来てくれた!」と判断したに違いない。
だが実際には、振り返った彼女の視界に入る形だったから……。
「バルトルトくん、ちゃんと聞いてるー?」
「うん、聞いてるよ」
考え込む僕の様子は、上の空のようにも見えたらしい。軽く咎めてから、アルマは難しい顔で、話を続けるのだった。
「大事なポイントだから、しっかり覚えておいてね。これまで何度か助けてもらったけど、今回はダイゴローくん、私たちの敵だからね!」
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