転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第107話 ゴブリンは友だち(3)

公開日時: 2021年1月29日(金) 17:30
更新日時: 2023年10月30日(月) 22:06
文字数:3,502

   

 その声は、僕たちの背後から聞こえてきた。

 振り返ると、眼鏡をかけた女性が一人、店の入り口に立っている。僕たちについて来れず、途中で脱落したはずの、パトリツィアだった。

 特に息を切らしている様子はないから、今来たばかり、というわけではないらしい。どこから聞いていたのか知らないが、ある程度は話を理解しているからこそ、自分が案内する、と言い出したのだろう。

「いたのか、パトリツィア……」

 カールも、彼女の存在には気づいていなかったようだ。

 彼の言葉は無視して、パトリツィアはこちらに歩み寄り、微笑みかけた。

「一番手近ではないですけど、まあまあ近いところに、ちょうど私の娘が遊んでいる公園がありますわ」

「自分の娘をゴブリンに差し出すつもりか……?」

「あら、そんな言い方はめてくださいな」

 今度はパトリツィアも、カールに反応する。

「このゴブリンのこと、私は信用していますからね。それに今日は、こちらの冒険者の方々もいますわ。安全なのですから、娘のところへ連れて行っても問題ないでしょう?」

 自信に満ちた顔をするパトリツィア。僕たちへの信頼云々は別にしても、それならば自分で娘を見守れる形になるから、彼女としても好都合なのだろう。

 同じ点に思い至ったらしく、周りの村人たちの中からも、

「そうか、その手があったか……」

 という声が聞こえた。

 村人たちの反応はともかくとして、パトリツィアが案内役を買って出てくれたのは、こちらとしても渡りに船だ。

「それじゃ、お願いします!」

 とニーナが改めて頼み、僕たちは、パトリツィアの引率で玩具店を出るのだった。


「俺も行くぞ。パトリツィアだけじゃ心配だからな」

 立場の異なる彼女だけを、僕たちと一緒にさせたくないのだろう。カールも同行することになり、パトリツィアと並んで、先頭を歩く。

 二人に続くのが、ニーナとアルマの前衛コンビに加えて、アルマに手を引かれたゴブリンだ。僕とクリスタとカーリンの後衛トリオは、いつものようにその後ろであり、チラッと振り返ると、さらに何人かの村人が一行いっこうに加わっていた。

 出発地点である玩具店は、商店や民家が多い地域に位置していたため、小さな村とはいえ、それなりの数の村人が通りを歩いている。ゴブリンを含めた集団を目にして、ギョッとした表情を浮かべる者もいた。

 そんな中、

「ねえ、ギギちゃん。パウラちゃんって覚えてる? 前にもギギちゃんと遊んだ、って話だけど……」

「ギギッ……?」

「そうだよね。名前だけ言われてもわからないよね。でも大丈夫、きっと会えばわかるよね?」

「ギギッ!」

 アルマは人々の視線などどこ吹く風で、ゴブリンと仲良さそうに話している。

 僕は単純に、その様子を微笑ましく眺めていたのだが……。

「これだけ近くにいても、モンスターの気配は全く感じられないな」

「そうね。私たちはアルマほど敏感じゃないけど、でもこの距離なら、それとなく感じられるはずだわ。普通ならばね」

 カーリンとクリスタは、僕を挟んで、真面目な話を始めた。

 僕たちがこの事件に関心を持った理由の一つ、モンスターの遮蔽ステルス能力についての問題だ。

「こうして見ると、特殊装備は何もないようですね」

 僕も会話に参加してみる。

 アルマに『ギギちゃん』と呼ばれるゴブリンは、武器を持たないことと体の大きさ以外、外見的には、ごく一般的な最下級のゴブリンだ。アーベントロートの特別な鎧衣アーマーゴブリンとは異なり、身につけているのは、腰に巻いている布切れ一枚だけだった。

「まさか、あの腰の布切れが、魔族特製の……」

「それは考えすぎじゃないかしら」

 僕の言葉に、クリスタがクスリと笑う。

「うむ。まだ断言は出来ないが、俺も装備ではないと思う。この個体そのものが、人間や動物に近い気配なのではないか?」

「そうなると、視覚的に姿を消す、という能力もないのかしら? 気配が人間の子供と同じだったから、その場に現れても気づかなかった、というだけで……」

「そちらに関しては、俺たち自身がゴブリン出現の瞬間に居合わせないと、何とも言えないだろう」

 二人の考察を聞きながら、僕は改めて考えてしまった。

 人間のような気配を発するモンスターとは、いったい何者なのだろう、と。


「パウラちゃーん!」

「あっ、ママだ!」

 目的地に到着したパトリツィアは、僕たちに何か言うより先に、その場で遊んでいる子供の一人に手を振った。

 同じように手を振り返してきたパウラは、五、六歳くらい。可愛らしい女の子であり、こうして二人を見比べると、母親と似た目鼻立ちなのがよくわかる。

 ここで遊んでいるのは十人程度で、パウラと同じ年頃の子供ばかり。今日案内された二つの公園とは異なり、遊具のたぐいは一切設置されていない場所だが、それらの公園と比べて、二倍か三倍くらいの広さがあった。ただの空き地なのかもしれないが、芝生が敷き詰められていて、子供が遊び回るには相応しい広場になっていた。

「ママだけじゃない! この間のゴブリンくんもいる!」

 こちらを向いたパウラが、母親の近くにいるギギに気づくと、

「ほんとだ!」

「またゴブリンくんが遊びにきた!」

 他の子供たちも、嬉しそうに反応。走り回って遊んでいたようだが、足を止める者もいれば、こちらへ駆けてくる者までいた。遊びを中断してまで、ゴブリンのギギを歓迎しているらしい。

 ……と僕は思ったのだが、そうではなかった。

 僕たちの方に寄ってきた一人は、ギギの肩をポンと叩いたのだ。

「はい! 次はゴブリンくんが鬼だよ!」

 そう言い放つと、男の子はまた走り出そうとしたが、アルマに声をかけられて、一瞬だけ足を止める。

「鬼ごっこしてたの?」

「そうだよ、お姉ちゃん。でもゴブリンくんにタッチしたから、今はゴブリンくんが鬼!」

 それだけ言うと、鬼だった子供は、ワーッと逃げていった。

 何人かの子供たちは逆に近寄ってきたが、「今はゴブリンが鬼」という認識なので、距離を置いた場所で立ち止まっている。いつでも逃げ出せる体勢をとりながら、アルマに話しかけてきた。

「ゴブリンくん、お姉ちゃんが連れてきてくれたの?」

「お姉ちゃんも一緒に遊ぶ?」

「うん!」

 アルマは満面の笑みで応じてから、遠くの子供にも聞こえるように、大声で宣言する。

「それでね! このゴブリンくんの名前は、ギギちゃんだよー! みんな、ちゃんと覚えてねー!」

「ギギッ……!」

 ゴブリン本人が嬉しそうに鳴くものだから、子供たちも素直に受け入れた。アルマが命名したばかりとは知らずに。

「わあっ! ゴブリンくんにも、お名前あったの?」

「よろしくね、ギギちゃん!」

「ギギッ!」

 挨拶を交わした子供たちも、

「じゃあ、鬼ごっこ再開だあ!」

 先ほどの男の子と同じく、蜘蛛の子を散らすように離れていく。

 最後に残ったアルマも、ゴブリンのギギから手を放して、

「ギギちゃん、わかる? 鬼ごっこだよ。今はギギちゃんが鬼」

「ギギ……? ギッ、ギギギッ?」

「うん、そうだよ。それで合ってる。じゃあ、ちゃんとつかまえてねー!」

 遊びのルールを確認した後、やはり逃げるようにして走り出した。

 一瞬だけ遅れて、ギギは彼女を追いかける。

「ギギッ!」


「凄いものだな。本当に、ゴブリンに『鬼ごっこ』を理解させたのか……」

 感心したように呟くカール。

 少しは態度が軟化したのかもしれないが、「ゴブリンが理解した」ではなく「ゴブリンに理解させた」という言い方だから、まだゴブリンを認めたわけではないようだ。人語を理解するモンスター自身ではなく、モンスターと会話するアルマの方を『凄い』と言っているに過ぎなかった。

 一方、パトリツィアは少し違う見方で、このゴブリンの特殊性を改めて強調してみせる。

「言ったでしょう? うちのパウラも、あのゴブリンと話をしていた、って」

「それは聞いていたが……」

 カールは眉間にしわを寄せる。

「……こうして見ていると、やっぱりモンスターじゃないか。本当に大丈夫なのか?」

 カールやパトリツィアだけでなく、ついてきた村人たちや僕たちカトック隊が見守る先では、ゴブリンのギギが、子供たちを追い回していた。

 もちろんギギは、鬼ごっこという遊びの中で『鬼』の務めを果たしているに過ぎない。だがカールたち村人にしてみれば、まるでモンスターが人間の子供を襲っているように見えてしまうらしい。たとえ頭では「違う」と理解していても、本能的な恐怖が消えないのだろう。

 そんな中。

 おそらく少数派であるパトリツィアは、誇らしげな顔で娘を眺めながら、この場の光景に理解を示すのだった。

「モンスターと思うからいけないのですよ。外見的な偏見さえ捨て去れば、普通に子供たちの友だちでしょう? 一緒に遊ぶ、立派な仲間じゃないですか」

   

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