「残念だったわね。目新しい話は何もなくて」
防具屋を出たところで、若干ではあるが、クリスタの顔が暗くなる。おっとり笑顔が標準の彼女にしては、珍しい表情だった。
「……ちゃんと情報が得られたら、これも必要経費になったでしょうに」
これ見よがしにクリスタが振ってみせたのは、買ったばかりの小さなぬいぐるみ。剣をデフォルメしており、実際より刀身のバランスが小さくなっているせいか、なんだか僕のショートソードに似ているように見えてしまう。
『なんだい、バルトルト。「憧れのお姉さんが購入した私物は、僕に因んだものだ! 嬉しい!」みたいに思っちゃってるのかい?」
ダイゴローが、僕の中でニヤニヤするが……。
別に僕は、自分がクリスタから特別に想われている、と考えたわけではなかった。そもそも僕の方でも、クリスタを『憧れのお姉さん』などと特別視はしていない。カトック隊の女の子たちは、四人全員が均等で……。
『なあ、バルトルト。そういう言葉は、あまり口にするもんじゃないぞ』
僕の考えを遮って、突然、真面目な口調になるダイゴロー。
『心の中にいる俺には、きちんと伝わるさ。お前が本心からそう思ってる、ってな。でも他人が聞いたら「ムキになって否定するところが、かえって怪しい」と言われて、逆効果だぞ』
ありがとう、ダイゴロー。でも、僕がこんな話を出来る相手は、相棒のダイゴローだけだ。他人に対して言う機会もないから、その点は大丈夫だと思う。
……と、脳内で語り合っている間に。
ぬいぐるみをローブのポケットにしまうクリスタに対して、カーリンがポツリと一言。
「いや、どうあっても必要経費にはならんぞ」
「あら。たいした額じゃないから、別に構わないけど……。でも『塵も積もれば山となる』って言葉もあるものねえ」
クリスタが肩をすくめると、僕の中にいるダイゴローがツッコミを入れる。
『「山となる」ってほど大量に、こんなもの買い込んでるのかい!』
それが聞こえたはずもないが、ちょうどタイミングよく、クリスタが僕の方を振り返った。
「……こんな感じで、共同資金で支払うかどうか微妙な場合。最終的な決定権は、リーダーとサブリーダーに託されているのよ」
冒険に関する全般は、プールしている共同資金で賄う。だから今現在やっているような、店の者から情報を引き出すための買い物は、調査仕事の必要経費という扱いで『みんなのお金』から出す形になるのだが……。
だからといって、何を買っても良い、というわけではなかった。個人の趣味嗜好に走って、あまりにも無駄なものを買うのであれば、それは私物の購入。共同資金を使うには相応しくない。
その線引きを決めるのが、リーダーであるニーナとサブリーダーであるカーリン、というルールだった。
なるほど、そういう事情があるならば。
こうやってパーティーを二つに分けて行動する際、リーダーとサブリーダーが別々の班になった理由の一つが、この『決定権』の問題だったのだろう。
また一つカトック隊のルールを教えてもらえて、僕は単純に、心の中でクリスタに感謝する。一方、その僕の中にいるダイゴローは、
『ぬいぐるみが必要経費にならなくて残念、ってクリスタが言い出した時は、ずいぶんとケチくさい話をしてると思ったが……。あれは本心じゃなくて、バルトルトにシステムを説明する事例として、わざと言ってたんだな』
と、クリスタの発言の意図を分析していた。
やはりダイゴローは僕より頭が回るようだ。こうして解説してくれるのは助かる。
そう思った矢先に、僕の高評価を覆すかのように、ちょっと下卑た口調になるダイゴロー。
『クックック……。カーリンに決定権があるんだから、クリスタよりカーリンにゴマすっておいた方がいいぞ。少なくとも、こうやって買い物してる間は』
嫌な言い方だなあ。もちろん、彼が冗談を言っているに過ぎないのは、僕にも十分わかっていたけれど。
やがて、空の色が変わり始めた頃。
「そろそろ夕方ね」
「うむ。この辺で切り上げて、戻るとしよう」
クリスタの言葉にカーリンが頷いて、冒険者組合へ向かうことになった。
結局。
いくつかの店を回ったが、面白い話が得られたのは、最初の武器屋だけだった。ダイゴローの『最初がラッキー過ぎた』という言葉が、まさに正解だったらしい。
武器屋はともかく、防具屋の中には、泉の異変について全く知らない店すらあった。客層が完全に違う店だったのだろう。そんな店での買い物は、噂話を集めるという本来の意味では、全くの無駄なのだが……。
むしろ、そういう店でこそ買う物があったのは、ちょっとした皮肉なのかもしれない。最初の防具屋と同じように、小さなぬいぐるみや、もっと小型のストラップ――武器にぶら下げるようなアクセサリー――など、クリスタが「可愛らしいもの」をいくつか買ったのだ。
ぬいぐるみは部屋に飾るとしても、武器を持たないクリスタには、ストラップを付ける場所もないだろうに……。
『気にするな、バルトルト。そもそもが女子向けアクセサリーだ。実用的な話は、二の次なんだろうさ』
と言ってのけるダイゴロー。元の世界では、案外、この手の買い物に付き合う機会も多かったのだろうか。
冒険者組合アーベライン支部、通称『赤天井』。
ここの窓口で依頼の件を確認して、ベッセル男爵の屋敷へ行き、街で情報収拾というのが、今日一日の活動だった。だから今、スタート地点に戻ってきた気分になる。
中に入ると、そろそろ夕方の混雑が始まる時間帯だった。受付窓口には冒険者の列が出来ているし、掲示板の辺りでは、たむろしている者たちも見られる。
そうした人々を避ける形で、掲示板と反対側の壁際に、ニーナとアルマが立っていた。僕たちに気づいて、二人とも大きく手を振っている。
歩み寄ると、ニーナが声をかけてきた。
「どうだった?」
「ええ。それなりに収穫は得られたわ。そっちは?」
聞き返すクリスタに対して、
「おいしかったー!」
アルマがニーナより先に、天真爛漫の笑顔で答える。みんなの予想通り、散々食べて回ったようだ。
「それはそれとして……」
と、ニーナはアルマの言葉を流して、真面目に答え直す。
「……こっちも、面白い話があったよ。フルーツ売ってる露店で聞いたの。例の泉に毒を投げ込んでる怪人を見た、って目撃談」
ニーナの発言で、クリスタとカーリンと僕は、顔を見合わせた。
三人の態度から、ニーナも察したらしい。
「あれ? その様子だと……」
「あなたの言ってる目撃者って、紫色の女性武闘家かしら? 私たちが聞いた、唯一の新しい情報がそれなんだけど……」
「うん、それ。同じ人みたいだね」
ニーナは苦笑いを浮かべる。
せっかく複数の有益な情報が得られたと思ったのに、実際には一つだけだった。そう考えれば残念だが、違う見方も出来るだろう。
複数の筋から同じ話が入ってきたということは、それだけ信憑性が高い、という考え方だ。
『無理にポジティブ思考をするにも限度があるぞ、バルトルト。目撃談が複数あれば「信憑性が高い」と言えるだろうが、今回の場合、目撃者は同じ。つまり、情報の出所は一つだけだからな?』
ダイゴローの言葉が、頭の中で響き渡る。前向きな気持ちに水を差されたようなものだが……。
対照的に、耳から入ってきたのは、明るい声だった。
明後日の方向を見ていたアルマが、パッと指を差して、僕たちの注意を引いたのだ。
「ねえ、みんな。それって、あの人のことかな?」
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