先へ進んだアルマを追って、僕は森の小道を走る。
手っ取り早いのは瞬間移動だろうが、どの辺りまでアルマが進んでいるのかわからない。この道が真っ直ぐなのか曲がりくねっているのか、それすら見当がつかない。
だから自分の足で、地道に追いかけるしかなかった。
そもそも一昨日はメカ巨人ゴブリンと戦ったところで引き返したので、そこから先となるこの辺りは、もう未知の領域だ。
そんな『未知の領域』を奥へ奥へと進んでいくと、一つの事実に気が付く。
この森は道がかなり枝分かれしている、ということだ。
一昨日に僕たちが転移してきた広場は、一本の道の途中というより、そこから三本の小道が伸びている形だった。
だが、大きな分岐はそこだけであり、夕方の暗い状況では、横道は存在しないように感じられていた。今日、少しは明るい状態で見てみると、一昨日に通った場所にも、左右の木々の間に獣道が存在していることがわかった。
ただし、あくまでも獣道だ。明らかにメインのルートではなく横道であり、本道に沿って進むつもりならば入る必要はないから、迷う心配もなかった。
しかし……。
こうして森の奥まで入ってくると、道が大きく二つに分岐している箇所が、いくつも出現する。その度に僕は立ち止まり、魔族やアルマが向かったルートはどちらなのか、考え込む羽目になった。
幸い、転生戦士ダイゴローに変身したことで、僕の身体能力は飛躍的にアップしている。遠くの足音や気配など、普通では聞き取れないようなものまで感知することが出来て……。
「たぶん、こっちだよね?」
『ああ、俺もそう思うぜ』
ダイゴローと確認し合いながら、再び走り出すのだった。
感覚としては長かったが、実際には数分もしないうちに、アルマの背中が見えてくる。
「ギギちゃんを放して!」
そう叫ぶ彼女は、既に立ち止まっていた。
道の途中ではなく、大きく開けた場所だ。緑の木々に囲まれた、森の奥の秘密のスポットという雰囲気であり、こんな状況でなければ、ハイキングの穴場を発見した気分になっただろう。
転移魔法陣があった広場より大きく、ちょっとした邸宅の庭くらいのスペースだった。実際ここが『怪物いじり』の家であり、庭なのかもしれない。広場の奥には、小さな木造の小屋が建っていた。
その建物の前に、魔族が立っている。そこから数メートル離れた手前側で、アルマはギギの解放を要求しているのだった。
「ギギッ!」
「あなたもしつこいですねえ。何度も言っているでしょう? この実験体は八三七号という名前で、私の所有物なのですよ」
鳴き叫ぶゴブリンの背中を、魔族はパン、パンと叩いてみせる。少し前に見たばかりの光景であり、あの時と同じように、ギギの背中には赤黒い痣がハッキリと浮かび上がっていた。
「ギギちゃん!」
痛がるギギを見て、アルマが悲しそうな声を上げるが……。
だからといって、すぐに駆け寄ろうとはしなかった。ここまで一人で魔族を追いかけてきたのは無謀だが、アルマはアルマなりに、一応の分別を持っていたらしい。
なにしろ『怪物いじり』の左右には、恐ろしい『番犬』が並んでいたのだから。
二匹のメカ巨人ゴブリンだ。
「私の研究所まで追ってくるほど、八三七号を気に入るとは……。この実験体を作り出した私としては、誇らしい気持ちもないとは言えませんけどね。でも、やはり迷惑な気持ちの方が大きいのですよ。だから……」
魔族の声に、ゾッとするような響きが混じる。
「……ここで消えてください」
その言葉が合図だったかのように、メカ巨人ゴブリンたちの左腕から放たれる光弾。当然それは、アルマへ向けられたものだった。
あっという間の出来事だった。
あらかじめ光弾が撃たれるのを予測していれば、瞬間移動でアルマの前に出て壁になったり、その場からアルマを助け出したりも可能だっただろう。しかし、いくら変身状態の僕でも、光の類いが撃ち出された後では、もうアクションを起こしても間に合わない。
ただし。
この場には、僕よりも早く、それこそメカ巨人ゴブリンの行動を予測したかのようなタイミングで、動き出した者がいるのだった。
「ギギッ……!」
ゴブリンのギギだ。
彼は『怪物いじり』の手を振り解いて、いつの間にか、アルマの方へ走り出していた。
「ギギッ! ギギッ!」
苦痛の声を上げながら、両腕を左右に伸ばして精一杯、小さな体の面積を広げるゴブリン。アルマを守る盾となり、メカ巨人ゴブリンの光弾を全て、その背中で受け止めていた。
「ギギちゃん!」
「止めなさい、お前たち!」
アルマの悲鳴と、魔族がメカ巨人ゴブリンを制止する声は、ほぼ同時だった。だが、どちらも遅すぎた。
「ギギ……」
アルマの無事を確認して、安心したように鳴いた後、ギギはその場に崩れ落ちた。
「ギギちゃん!」
急いで歩み寄ったアルマが、ギギの体を受け止める。
ようやく僕も、アルマとギギのところまで駆け寄るが……。
もはや僕に出来ることは何もなかった。
アルマの腕の中でゴブリンはグッタリとしており、
「ギギちゃん! しっかりして!」
「ギギ……」
力なく返事した後、ピクリとも動かなくなったのだ。
ガクッとうなだれた首は、不自然な角度に曲がっている。それを見れば明らかだった。
子供たちと仲良くなって、一部の大人たちからは命を狙われて、僕たちカトック隊には守られて……。そんな特別なモンスターだったギギの、あっけない最期だった。
「なんということでしょう。せっかくの実験体が……」
魔族が口にしたのは残念そうなセリフだが、全くそれらしき感情は感じられず、むしろ他人事のような口調だ。
この場で最もギギを悼んでいるのは、どう見てもアルマだった。愛おしそうに死骸を抱きかかえており、背中を丸めて表情を隠しながら、嗚咽で体を震わせている。
だがアルマは、危険な魔族の目の前で、長々と悲しみに浸るような人間ではなかった。彼女だって、立派な冒険者の一人なのだ。
ガバッと顔を起こして、毅然と立ち上がるアルマ。その目には、もう涙は浮かんでいなかった。
「絶対に許さない! ギギちゃんの仇!」
叫びながら鞭を振るう!
「仇というのは、この番犬たちですか? それとも、指示を出した私のことですか? どちらにせよ、八三七号を殺すつもりはなかったのですから……。言いがかりは止めてもらいたいですね」
飄々と述べ立てる『怪物いじり』に対して、アルマは何も言い返さない。怒りの形相を顔に浮かべながら、鞭を大地にバシン、バシンと叩きつけていた。
彼女の行動を見て、僕は少し奇妙に感じてしまう。
しょせん彼女の鞭は攻撃用ではなく、モンスターの調教用だ。怒りに任せて振るったところで、いつものように地面に打ちつけるだけであり、むしろ大地に八つ当たりしているように見えた。
憎むべき魔族の立っている場所が、鞭の届く距離ならば、相手を打ち据えようとしている、と考えることも出来るだろう。だが何メートルも離れた現状では、それも不可能だった。
『お前の言いたいことは、俺にもわかるぜ。でもこういう時は、もう理屈じゃねえだろ?』
と、ダイゴローが半ば僕に賛同しつつ、アルマの気持ちにも理解を示した時。
アルマの振り下ろす鞭そのものが突然、大きな変化を見せる!
握りの部分に花の形をした飾りがあしらわれているせいか、かつて初めて目にした時、鞭の先端の膨らみを、僕は蕾のように感じたものだった。
その蕾みたいな先端が今、まさに開花のイメージで、パッと広がっていた。そして標的である魔族へ向かって、まるでゴム紐か何かのように、鞭の長さ自体もグングン伸びていく!
『おい、これって……』
唖然とするダイゴロー。
僕も同様だったが、この世界の人間である分、いち早く理解できていた。
アルマの鞭は、魔力を流し込むことで形状を変化させられる、一種の魔法武器だったのだ、と。
今までは武器に則した使い方が出来ていなかったけれど、怒りの感情を爆発させたのがきっかけとなり、アルマは正しく魔力を注ぎ込めるようになったのだ、と。
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