「ふー。お腹いっぱい!」
ごちそうさまの代わりのような、アルマの言葉。
テーブルの上の料理は綺麗さっぱり消えて、昼食は終わりとなった。
『あれだけ食べれば満腹だろうよ……』
脳内で響くダイゴローの呆れ声は、まるで僕の代弁だった。
アルマは小さい体で僕の三倍、いや五倍くらいは食べていたのだ。最初の方でニーナから「食いしん坊」という指摘があったが、まさか、これほどとは……。
でも他のメンバーは驚いていないので、これがアルマの日常茶飯事らしい。
「それで、食事代は割り勘かな……?」
今さらながらに、尋ねてみる僕。
最初に料理や飲み物を取りに行ったのは四人だから、その場で彼女たちが支払っている。まだ僕は一銭も出しておらず、ちょっと気になっていたのだ。
立て替えてくれた分を払うつもりで、懐から財布代わりの革袋を取り出そうとしたが、クリスタに止められる。
「あら、その必要はないわ」
「食事は『みんなのお金』だからね!」
とアルマも続けるが、ちょっと意味がわからなかった。
僕の表情を見て、リーダーのニーナが、きちんと説明し直す。
「冒険者として稼いだお金から、一部を共同資金としてプールしてるの。食費や家賃や武器防具は、そこから払う形でね。それがカトック隊のルール」
「なるほど、それで『みんなのお金』……」
パーティーが異なれば、新しい決まりが出てくるのも当然だ。
エグモント団では、寮費は五人で均等に割って、食事代やそれぞれの装備は自腹だった。初心者同士で結成したパーティーだからだろうか、あまり深く考えることなく、自然とそうなっていた。
「個人の装備も『みんなのお金』から出す、というのは面白いな」
という僕の呟きに対して、
「当たり前でしょ? 武器や防具が悪くて実力が発揮できなかったら、困るのは本人だけじゃなく、一緒に戦うパーティーみんなだからね!」
キッパリと告げるニーナ。
ああ、これが本来の『冒険者パーティー』の考え方なのか! 大袈裟かもしれないが、感動すら覚えてしまう。
こういう話題には興味があるとみえて、珍しくカーリンも話に加わってきた。
「そういえば、お前……。魔法剣士のくせして、魔法剣は使わなかったな。剣が安物で魔法に耐えられないのか?」
「それもありますが、僕の技量自体も未熟なので……」
「ふむ。ならば、まずは……」
と、続けたそうな素振りを見せるけれど。
カーリンを止めるように、クリスタがパンと手を叩く。
「はい、はい。話の続きは、帰ってからにしましょう。もう食休みは十分よね?」
「そうだね。さあ、我が家に帰ろう! 新しい仲間を連れて!」
立ち上がったニーナに続く形で、僕たちは、冒険者組合を後にするのだった。
南の丘にある、赤い屋根の一軒家。
今朝は他人の家として訪ねて、玄関先で引き返した同じ家に、今度は住人として足を踏み入れる。少し不思議な感覚だった。
「ただいまー!」
おかえりなさいと返す者はいないけれど、アルマが元気に挨拶しながら、駆け込んでいく。
その後ろから、僕たちも家の中へ。
入ってすぐのところに二階へ続く階段があり、一階のメインは、リビング兼ダイニングの広い部屋だった。天井も壁も、木材の色を少し活かしたブラウン系統。オレンジ色に近いライトブラウンであり、落ち着いた暖色系のイメージだった。
憩いの場として、木製の大きなテーブルが置かれているが、今はそこで休むのではなく、
「それじゃ、キミの部屋へ案内するね」
ニーナに言われて、彼女と一緒に階段を上る。
二階はそれぞれの寝室になっていて、
「ここが私とアルマの部屋で、隣がカーリンとクリスタで……」
と、順番に説明していくニーナ。基本的に、二人で一部屋のようだ。
『男はバルトルトだけだから、もちろん一人部屋だな?』
言わずもがなの、ダイゴローの言葉。
そもそも、僕をカトック隊に加えるという話になった際、クリスタが「男性メンバーが加入した時のために空き部屋もある」と言っていたはず。その点、僕はきちんと覚えていた。
「……そして、ここがキミの部屋!」
バーンと手を広げて、仰々しくニーナが示したのは、一番奥の部屋だった。似たようなドアがあるだけで、寮や宿屋と違って部屋番号もないから、外見的には他の二つの部屋と区別がつかない。
『間違って女の子たちの部屋に入ったりするなよ?』
その点は大丈夫だ。場所的に一番奥というだけで、もう間違えようがないのだから。
心の中で、そうダイゴローに返している間も、
「お風呂とトイレは一階にあるからね。あと食事も一階のダイニングで」
ニーナは説明を続けてくれている。最後に、
「荷ほどきもあるだろうし……。しばらくは、ゆっくり部屋で休んでてね。それじゃ!」
と言い残して、彼女は去っていった。
一人になって、いざ部屋に入ってみると、中は爽やかな印象だった。
ライトブラウンに塗られた一階や、木材の色そのままの廊下とは異なり、壁も天井もスカイブルー。
『部屋にいながらにして、青空の下みたいだな』
他の二部屋も同じだろうか。あるいは、女子部屋は男子部屋と違って、もっと女の子っぽい色なのだろうか。
ここはカトック隊が建てた家ではなく、あくまでも借りているだけだから、わざわざ内装を塗り替えるとは思えない。でも元々の色に合わせて部屋分けした、という可能性はあるだろう。
『そんなに気になるなら、女の子たちの部屋、見に行ったらどうだ?』
いや、そこまで気にするポイントではないし、あまり意味なく女性の部屋を訪れるのも避けたい。
それよりも。
改めて、ぐるりと室内を見回してみる。
左右に一つずつベッドがあり、本来ここも二人用らしい。壁際には棚があるので、そこに鞄ごと荷物を放り込んだ。ニーナには荷ほどきと言われたが、今すぐ出しておかないといけない物は何もなかった。
机も椅子も見当たらない。でも座るのはベッドで構わないし、書きものをする時は、一階へ降りて大テーブルを使えば十分だろう。
窓からは、午後の日差しが入り込んでいた。窓際に歩み寄って外に目を向ければ、一本の大木が視界に入ってくる。ちょうど建物の裏側に位置する部屋だから、裏庭がよく見えるわけだ。
そこまで確認したところで、ドアをノックする音が聞こえてきた。振り返ると、開きっ放しの扉の横に、クリスタとカーリンが立っているのが見えた。
「入っていいかしら?」
「もちろん、どうぞ」
大袈裟な言い方だが、初めての来客だ。いや同じ家の住人だから『来客』と呼ぶのは変かもしれないが、初めて部屋に招く女性であることは間違いない。少し緊張する。
「昼食の時に話したように……」
二人の用事は『みんなのお金』の徴収だった。クリスタに言われるがまま、カーリンが手にする白い布袋の中へ、今日窓口で受け取ったお金の半分を入れる。
『報酬の半分を共同資金として持ってくのって、結構えげつないんじゃないか?』
ダイゴローの口調には、苦々しさも感じられるが……。
僕にとっては、理不尽なパーセンテージではなかった。武器や防具を買う必要がなく、食費もかからないのであれば、むしろ半分も手元に残ったところで使い道がないくらいだ。
『そういう価値観なのか、この世界の冒険者は……』
ダイゴローと脳内で言葉を交わす間に、
「ゆっくり休んで、夕飯の時間になったら降りてきてね」
と言って、クリスタとカーリンも去っていった。
再び一人になった僕は、皮鎧だけ脱いで、ゴロンとベッドに横になる。
夕方までは時間もあるし、さて、何をして過ごそう?
そんな考えが頭に浮かんだのは、ほんの一瞬だった。目を閉じた僕は、そのまま眠りに落ちたのだから。
朝から色々とあって、こうして新しい生活もスタートして……。肉体的にも精神的にも、思った以上に疲れていたらしい。
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