転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第140話 モンスターな英雄(14)

公開日時: 2021年3月9日(火) 17:30
更新日時: 2023年10月30日(月) 22:15
文字数:3,629

   

 魔族の発言に、僕は身構える。

 今度はあちらから攻撃してくる、という雰囲気だったからだ。

 ところが、

「あっ!」

「えっ?」

 驚きの声を上げる魔族と、間抜けな声を漏らす僕。

 なんと『怪物いじりマッド・ドクター』は、突然その場ですっ転んだのだ!


 こちらに向かって突進してきたならば、途中で何か――大地の窪みとか木の根っことか――につまずく可能性もあるだろう。

 だが、今回の場合は違う。『怪物いじりマッド・ドクター』は同じ場所にとどまったまま、悠長に喋っていたわけで……。

 そんなことを考えたのは、ほんの一瞬。

 見れば、魔族の足首には紐上のものが巻き付いていた。

 アルマの鞭だ!

 弾かれたようにして彼女に視線を向けると、

「ダイゴローくん! ギギちゃんのかたきをとって!」

 アルマは『怪物いじりマッド・ドクター』を睨みつけたまま、僕に声援だけを送ってくる。

 そして鞭を器用に操り、魔族が起き上がるのを邪魔していた。

「ふざけた真似を……」

 忌々しそうに吐き捨てる『怪物いじりマッド・ドクター』。

 体を起こして立ち上がろうとするが、その度にアルマが引っ張るので、うまくいかない。体の自由を失った以上、もはや「当たらなければ意味がない」と豪語できる立場ではなかった。

 そんな魔族を見据えながら、僕は右腕に炎、左腕に氷の魔力をイメージ。先ほど魔族が「大袈裟なモーション」と馬鹿にした動きで、両腕をバツ字状に重ね合わせた。

 魔族の「けてください、って言ってるようなもの」「あれを食らうのは、よほどの間抜けだけ」という言葉を思い出しながら、僕は叫ぶ。

「ダイゴロー光線!」


「やめなさい! 後悔しますよ!」

 魔族は焦りの声を上げるが、もう遅かった。その場でバタバタするしかない『怪物いじりマッド・ドクター』に向かって、強烈な破壊力を伴う光のラインが、渦を巻きながら進んでいく。

 もはや立ち上がることは諦めて、魔族は両手を足首へ伸ばし、力任せに鞭を引きちぎろうとしていた。しかしアルマの鞭は見た目以上に頑丈らしく、メカ巨人ギガントゴブリンの装甲を貫いた怪力でも、断ち切ることは不可能らしい。

「ちっ!」

 苛立ちをあらわにしながら、切るのも諦めて、ほどこうとする。巻き付いた鞭をようやく外して、顔を上げた瞬間、ダイゴロー光線が魔族に直撃した。

『グッドタイミングだな。おかげでアルマの鞭を、巻き添えにしないで済んだぜ!』

 皮肉っぽい口調のダイゴロー。

 アーベントロートの森では、キング・ドールと一緒に光線に飲み込まれたことで、ニーナの手斧が消滅している。それはアルマも覚えていたらしく、振りほどかれてフリーになった鞭を、グイッと手元へ引き寄せていた。

 チラッとアルマの方を見れば、ただ単純に引き戻したのではなく、魔力による操作で鞭自体を縮めていたようだ。いつの間にか、元の長さに戻っていた。


「私が死ねば……。あの実験体モルモットが暴走を……」

 捨てゼリフのような言葉が聞こえてきて、再び『怪物いじりマッド・ドクター』に視線を向ける。

 魔族だけあって、ダイゴロー光線の直撃を受けても消滅することはなく、しかし致命傷となるダメージを受けたとみえて、全身からバチバチと黄色い火花を発していた。

『今までの魔族と同じだな。というより、今の捨てゼリフ自体、以前の魔族が同じようなのを吐き捨ててたよなあ?』

 ダイゴローの言葉で、僕が『毒使いポイズン・マスター』の最期を思い浮かべた瞬間。

 バッタリと倒れた『怪物いじりマッド・ドクター』は、大爆発を起こすのだった。


 ある意味、ダイゴローが思い出させてくれたおかげかもしれない。

 魔族やその眷属の死に方は、生き物らしくない。機械でなくても、火薬なんてなくても、こうして爆発するのが、お決まりのパターン。その爆風はすさまじいので、とっさに僕はアルマの前に立ち、彼女が吹き飛ばされないよう、壁になっていた。

 その状態で振り返ると、視界に入るのは、しゃがみ込んだアルマ。ギギの死骸を、ギュッと抱きしめていた。

「ギギちゃん……。ダイゴローくんが仇討あだうちしてくれたよ……」

 物言わぬ死体に話しかけるアルマは、まだ気持ちが高ぶっているらしい。それでも『怪物いじりマッド・ドクター』に対して鞭を振るっていた時と比べれば、いくらか表情が穏やかになっているように見えた。

 少ししんみりとして、僕は「終わった」という気分にすらなったが……。

『このギギのことじゃねえよな?』

 ダイゴローの言葉で、ハッと我に返る。

 魔族の最後の発言にあった、実験体モルモットが暴走するという話。確かにゴブリンのギギも『怪物いじりマッド・ドクター』から見れば実験体モルモットだろうが、ギギは既に死んでいる以上、そういう意味ではないはず。

『可能性としては一応、考えられるけどな。魔族の死をスイッチとして、実験体モルモットモンスターが蘇る、みたいな話』

 不気味なことを言い出すダイゴローだが、彼だって本気ではない口調だった。

『ああ、そうだ。もっと大きな可能性は、魔族のアジトに危ないやつが残ってる、ってケースで……』

 僕以外には聞こえるはずのない、ダイゴローの言葉。まるで、それに呼ばれたかのように、

「グワーッ!」

 新たな咆哮と共に、広場にあった小屋が爆発する!


 森の奥にある広場の、さらに一番奥まった辺りに建っている小屋だ。小屋の後ろ側などは、広場を囲む木々と隣接しているほどだから、もしも本当に爆発したならば、森の木々に燃え移って火事になっていただろう。

 しかし大丈夫、いくら魔族のアジトとはいえ、魔族や魔族の眷属とは違うのだ。単なる木造建築が、火薬もなしに現実に『爆発』するわけがない。一瞬そう思ってしまっただけで、実際には……。

『壁や屋根が内側から吹っ飛んだ、って感じだな』

 僕の表現が不正確だった部分を、ダイゴローが補正してくれる。

 言い方はどうあれ、『怪物いじりマッド・ドクター』が研究室としていた建物は崩壊してしまい、中から大きな怪物が飛び出してきた。

『おいおい。今回の事件、こいつばかりじゃねえか』

 ダイゴローが揶揄するように、またもやメカ巨人ギガントゴブリンだった。

 ただし、今までの個体とは、明らかに外見が異なっている。

 体の大きさは同じだが、色が違うのだ。表面を覆う金属装甲も、剥き出しになっている部分の肌も、どちらも同じように赤かった。

『金属が赤いとなると、赤銅色だな。あるいは鉄錆のイメージか。だが、こいつはメカ巨人ギガントゴブリン、それも「怪物いじりマッド・ドクター」の秘蔵っ子だろ? 銅や錆びた鉄みたいな、脆い金属のはずがねえ!』

 このレッドメカ巨人ギガントゴブリンが、『怪物いじりマッド・ドクター』の言っていた「暴走する実験体モルモット」で間違いないだろう。

 魔族が遺した、最後の怪物だ。

「グワーッ!」

 そんなレッドメカ巨人ギガントゴブリンが、叫びながら突進してくる!


『気をつけろ、バルトルト!』

 通常のメカ巨人ギガントゴブリンと異なる点は、色以外にもあった。

 レッドメカ巨人ギガントゴブリンは、頭部に不気味な三本角を生やしていたのだ。凶悪な鉤爪のように前方へ湾曲し、その先端は痛々しいほどに尖っていた。

 よく見れば、真ん中の角の根元には、特徴的なマークも刻まれている。ギギの背中のあざと同じ、六つ突起の星形だった。

 他の魔族との共同開発ではなく、普通のメカ巨人ギガントゴブリンをさらに改造した時点で、レッドメカ巨人ギガントゴブリンは『怪物いじりマッド・ドクター』専属の実験体モルモット。そう主張している印だった。

 そんな怪物が、ドカドカと走ってくる。頭突きをする姿勢で、三本角をこちらへ向けたまま!

 闘牛という見世物で働く、闘牛士の気分になった。こんな角付きモンスター、できればヒラリとかわしたいところだが、背後にアルマがいる現状では、そうもいかない。

『俺が言いたいのは、そこじゃねえ! いや、後ろのアルマを気にしなきゃならないのも当然だが……。それより時間だ! わかってるな? タイムリミットは十分間だぞ!』

「わかってる!」

 そう言い捨てて、僕は低姿勢で滑り込み、足からスライディングしていく。レッドメカ巨人ギガントゴブリンの足首を狙ったのだ!

「グワッ?」

 モンスターの突進を下から掻い潜るようにして、僕のスライディング・キックは見事に命中。

 前傾姿勢だったレッドメカ巨人ギガントゴブリンは、足元に衝撃を受けて、その場に顔から転んでしまう。

 立った状態では見上げるような巨体のモンスターだが、地面に倒れてしまえば、ちょうど良い的になる。

 金属装甲で覆われた部分には、炎と氷の魔法拳。

 そして肌が露出した部分には、ボールを強く蹴るようなキック。

 殴る蹴るの攻撃を、僕は次々と浴びせて……。


 一方的に殴ったり蹴ったりしながら、今さらのように考えていた。

 ダイゴローの『タイムリミットは十分間だぞ!』という言葉の意味。僕は反射的に「わかってる!」と返してしまったが、あの時点では、実はよくわかっていなかった。

 ようやく今になって気づいたのだ。変身していられる時間は、もうわずかしか残っていない、ということに。

 今回は、変身したまま森の中を走ってアルマを追いかけている。あれで時間を浪費したのが、今思えば痛手になっていた。

 だから、このレッドメカ巨人ギガントゴブリンは、本当に素早く倒す必要があるのだが……。

 そう焦り始めたタイミングで、いくつもの足音が響いてくる。仲間たちが追いついたのだろう、と思って振り向いた僕は、軽い絶望に見舞われるのだった。

   

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