魔族の発言に、僕は身構える。
今度はあちらから攻撃してくる、という雰囲気だったからだ。
ところが、
「あっ!」
「えっ?」
驚きの声を上げる魔族と、間抜けな声を漏らす僕。
なんと『怪物いじり』は、突然その場ですっ転んだのだ!
こちらに向かって突進してきたならば、途中で何か――大地の窪みとか木の根っことか――に躓く可能性もあるだろう。
だが、今回の場合は違う。『怪物いじり』は同じ場所に留まったまま、悠長に喋っていたわけで……。
そんなことを考えたのは、ほんの一瞬。
見れば、魔族の足首には紐上のものが巻き付いていた。
アルマの鞭だ!
弾かれたようにして彼女に視線を向けると、
「ダイゴローくん! ギギちゃんの仇をとって!」
アルマは『怪物いじり』を睨みつけたまま、僕に声援だけを送ってくる。
そして鞭を器用に操り、魔族が起き上がるのを邪魔していた。
「ふざけた真似を……」
忌々しそうに吐き捨てる『怪物いじり』。
体を起こして立ち上がろうとするが、その度にアルマが引っ張るので、うまくいかない。体の自由を失った以上、もはや「当たらなければ意味がない」と豪語できる立場ではなかった。
そんな魔族を見据えながら、僕は右腕に炎、左腕に氷の魔力をイメージ。先ほど魔族が「大袈裟なモーション」と馬鹿にした動きで、両腕をバツ字状に重ね合わせた。
魔族の「避けてください、って言ってるようなもの」「あれを食らうのは、よほどの間抜けだけ」という言葉を思い出しながら、僕は叫ぶ。
「ダイゴロー光線!」
「やめなさい! 後悔しますよ!」
魔族は焦りの声を上げるが、もう遅かった。その場でバタバタするしかない『怪物いじり』に向かって、強烈な破壊力を伴う光のラインが、渦を巻きながら進んでいく。
もはや立ち上がることは諦めて、魔族は両手を足首へ伸ばし、力任せに鞭を引きちぎろうとしていた。しかしアルマの鞭は見た目以上に頑丈らしく、メカ巨人ゴブリンの装甲を貫いた怪力でも、断ち切ることは不可能らしい。
「ちっ!」
苛立ちをあらわにしながら、切るのも諦めて、解こうとする。巻き付いた鞭をようやく外して、顔を上げた瞬間、ダイゴロー光線が魔族に直撃した。
『グッドタイミングだな。おかげでアルマの鞭を、巻き添えにしないで済んだぜ!』
皮肉っぽい口調のダイゴロー。
アーベントロートの森では、キング・ドールと一緒に光線に飲み込まれたことで、ニーナの手斧が消滅している。それはアルマも覚えていたらしく、振り解かれてフリーになった鞭を、グイッと手元へ引き寄せていた。
チラッとアルマの方を見れば、ただ単純に引き戻したのではなく、魔力による操作で鞭自体を縮めていたようだ。いつの間にか、元の長さに戻っていた。
「私が死ねば……。あの実験体が暴走を……」
捨てゼリフのような言葉が聞こえてきて、再び『怪物いじり』に視線を向ける。
魔族だけあって、ダイゴロー光線の直撃を受けても消滅することはなく、しかし致命傷となるダメージを受けたとみえて、全身からバチバチと黄色い火花を発していた。
『今までの魔族と同じだな。というより、今の捨てゼリフ自体、以前の魔族が同じようなのを吐き捨ててたよなあ?』
ダイゴローの言葉で、僕が『毒使い』の最期を思い浮かべた瞬間。
バッタリと倒れた『怪物いじり』は、大爆発を起こすのだった。
ある意味、ダイゴローが思い出させてくれたおかげかもしれない。
魔族やその眷属の死に方は、生き物らしくない。機械でなくても、火薬なんてなくても、こうして爆発するのが、お決まりのパターン。その爆風は凄まじいので、とっさに僕はアルマの前に立ち、彼女が吹き飛ばされないよう、壁になっていた。
その状態で振り返ると、視界に入るのは、しゃがみ込んだアルマ。ギギの死骸を、ギュッと抱きしめていた。
「ギギちゃん……。ダイゴローくんが仇討ちしてくれたよ……」
物言わぬ死体に話しかけるアルマは、まだ気持ちが高ぶっているらしい。それでも『怪物いじり』に対して鞭を振るっていた時と比べれば、いくらか表情が穏やかになっているように見えた。
少ししんみりとして、僕は「終わった」という気分にすらなったが……。
『このギギのことじゃねえよな?』
ダイゴローの言葉で、ハッと我に返る。
魔族の最後の発言にあった、実験体が暴走するという話。確かにゴブリンのギギも『怪物いじり』から見れば実験体だろうが、ギギは既に死んでいる以上、そういう意味ではないはず。
『可能性としては一応、考えられるけどな。魔族の死をスイッチとして、実験体モンスターが蘇る、みたいな話』
不気味なことを言い出すダイゴローだが、彼だって本気ではない口調だった。
『ああ、そうだ。もっと大きな可能性は、魔族のアジトに危ないやつが残ってる、ってケースで……』
僕以外には聞こえるはずのない、ダイゴローの言葉。まるで、それに呼ばれたかのように、
「グワーッ!」
新たな咆哮と共に、広場にあった小屋が爆発する!
森の奥にある広場の、さらに一番奥まった辺りに建っている小屋だ。小屋の後ろ側などは、広場を囲む木々と隣接しているほどだから、もしも本当に爆発したならば、森の木々に燃え移って火事になっていただろう。
しかし大丈夫、いくら魔族のアジトとはいえ、魔族や魔族の眷属とは違うのだ。単なる木造建築が、火薬もなしに現実に『爆発』するわけがない。一瞬そう思ってしまっただけで、実際には……。
『壁や屋根が内側から吹っ飛んだ、って感じだな』
僕の表現が不正確だった部分を、ダイゴローが補正してくれる。
言い方はどうあれ、『怪物いじり』が研究室としていた建物は崩壊してしまい、中から大きな怪物が飛び出してきた。
『おいおい。今回の事件、こいつばかりじゃねえか』
ダイゴローが揶揄するように、またもやメカ巨人ゴブリンだった。
ただし、今までの個体とは、明らかに外見が異なっている。
体の大きさは同じだが、色が違うのだ。表面を覆う金属装甲も、剥き出しになっている部分の肌も、どちらも同じように赤かった。
『金属が赤いとなると、赤銅色だな。あるいは鉄錆のイメージか。だが、こいつはメカ巨人ゴブリン、それも「怪物いじり」の秘蔵っ子だろ? 銅や錆びた鉄みたいな、脆い金属のはずがねえ!』
この赤メカ巨人ゴブリンが、『怪物いじり』の言っていた「暴走する実験体」で間違いないだろう。
魔族が遺した、最後の怪物だ。
「グワーッ!」
そんな赤メカ巨人ゴブリンが、叫びながら突進してくる!
『気をつけろ、バルトルト!』
通常のメカ巨人ゴブリンと異なる点は、色以外にもあった。
赤メカ巨人ゴブリンは、頭部に不気味な三本角を生やしていたのだ。凶悪な鉤爪のように前方へ湾曲し、その先端は痛々しいほどに尖っていた。
よく見れば、真ん中の角の根元には、特徴的なマークも刻まれている。ギギの背中の痣と同じ、六つ突起の星形だった。
他の魔族との共同開発ではなく、普通のメカ巨人ゴブリンをさらに改造した時点で、赤メカ巨人ゴブリンは『怪物いじり』専属の実験体。そう主張している印だった。
そんな怪物が、ドカドカと走ってくる。頭突きをする姿勢で、三本角をこちらへ向けたまま!
闘牛という見世物で働く、闘牛士の気分になった。こんな角付きモンスター、できればヒラリとかわしたいところだが、背後にアルマがいる現状では、そうもいかない。
『俺が言いたいのは、そこじゃねえ! いや、後ろのアルマを気にしなきゃならないのも当然だが……。それより時間だ! わかってるな? タイムリミットは十分間だぞ!』
「わかってる!」
そう言い捨てて、僕は低姿勢で滑り込み、足からスライディングしていく。赤メカ巨人ゴブリンの足首を狙ったのだ!
「グワッ?」
モンスターの突進を下から掻い潜るようにして、僕のスライディング・キックは見事に命中。
前傾姿勢だった赤メカ巨人ゴブリンは、足元に衝撃を受けて、その場に顔から転んでしまう。
立った状態では見上げるような巨体のモンスターだが、地面に倒れてしまえば、ちょうど良い的になる。
金属装甲で覆われた部分には、炎と氷の魔法拳。
そして肌が露出した部分には、ボールを強く蹴るようなキック。
殴る蹴るの攻撃を、僕は次々と浴びせて……。
一方的に殴ったり蹴ったりしながら、今さらのように考えていた。
ダイゴローの『タイムリミットは十分間だぞ!』という言葉の意味。僕は反射的に「わかってる!」と返してしまったが、あの時点では、実はよくわかっていなかった。
ようやく今になって気づいたのだ。変身していられる時間は、もうわずかしか残っていない、ということに。
今回は、変身したまま森の中を走ってアルマを追いかけている。あれで時間を浪費したのが、今思えば痛手になっていた。
だから、この赤メカ巨人ゴブリンは、本当に素早く倒す必要があるのだが……。
そう焦り始めたタイミングで、いくつもの足音が響いてくる。仲間たちが追いついたのだろう、と思って振り向いた僕は、軽い絶望に見舞われるのだった。
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