淀んだ泉の水面まで照らすような、眩しい光。
それは僕にも馴染みのある、転移魔法の輝きだった。エグモント団にいた頃は、これと同じ光に包まれて、何度も行き来していたのだから。
『つまり、誰かが魔法で転移してきた、ってことだな?』
ダイゴローの言葉に、首を小さく縦に振る。
その間に、魔法の光は弱まって……。
「……あ」
僕は間抜けな声を上げてしまう。
光の中から見えてきたのは、黒いローブを着た怪人ではなかった。
まずは、ガッシリとした体格の男で、着ているものは、青い袖なし武闘服。防御面積は広くないが、己の肉体そのものに自信を持って、動きやすさを優先させるのが武闘家というものだ。
続いて、細身の男。黒い軽装鎧は、見るからに「すばしっこい」とわかるような、シーフが好んで使うタイプだった。
さらに、理知的な顔をした男。キラリと輝く、白銀の鎧姿の戦士だ。
最後に、女の魔法士。回復系の魔法職が好む、白ローブに包まれている。
……と、見ただけで四人のジョブが理解できたように。
彼らは僕の知り合い、つまり、エグモント団の四人――ゲオルクとザームエルとダニエルとシモーヌ――だったのだ!
怪人出現と思って緊張していただけに、ドッと力が抜ける。そんな僕の肩を、ポンと後ろから叩く者が一人。
「残念、残念。別人だったね」
振り返ると、ニーナだった。彼女の肩越しに、アルマの顔も見える。二人は一時的に持ち場を離れて、こちらに注目していたらしい。
「泉を調べに来たのでしょうね。この時間に来たということは、黒フードの情報は持ってないみたいだけど」
冷静なクリスタの言葉で、改めて僕は、エグモント団の四人に目を向ける。
クリスタの言う通りなのだろう。もしも彼らが僕たち同様、早朝に目撃された怪人について知っていたならば、もっと早くに来ていたはず。今頃ノコノコ現れたということは、何も知らなかったということだ。単純に、泉そのものを調査しに来たに違いない。
ゆっくりと、四人は泉の周囲を歩き始めた。特にダニエルが、水際のギリギリまで近づいている。何度か紫色の水をすくって、容器に採集しているようだった。
『水質調査をするつもりか……?』
ダイゴローだけでなく、ニーナも同じ意見を口にする。
「持って帰って、水そのものを調べるみたいだね。なるほど、なるほど。そういうアプローチか……」
と言ってから、こちらに質問してきた。
「ねえ、キミ。あっちの魔法士って、解析魔法は得意?」
即座に、僕は首を横に振る。シモーヌは回復系と補助魔法がメインの魔法士だが、彼女のレパートリーの中に解析系は含まれていないはず。彼女の最大の自慢は、転移魔法が使えることだった。
「そうだよね。解析魔法が使えるくらいなら、わざわざ持ち帰ったりせず、この場で分析できるもんね」
納得の表情を浮かべてから、ニーナは続ける。
「あの様子だと、エグモント団の人たち、しばらく泉の周りをブラブラするっぽいよね。そんな状況じゃ、本命の怪人も姿を現さないだろうし、もしも出てきても、先に彼らと鉢合わせ」
「じゃあ、もう今日は待ってても無駄、ってことかな?」
嬉しそうな声のアルマに、ニーナは苦笑いを返す。
「喜べる状況じゃないけど……。そうだね、今日の見張りは終わり。さあ、撤収しよう!」
ニーナが撤収と言い出した時は、来た道を戻るのかと思ったが、そうではなく……。
あくまでも『見張り』から『撤収』するだけ、という意味だった。僕たちは、逆に森の奥へ向かって歩き始める。
先ほどまでは不満顔だったアルマも、今はニコニコしていた。帰りたかったというより、じっとしているのが退屈だっただけらしい。
「何度も探索に来た『回復の森』だけど、このルートを進むのは初めてよね?」
「うむ」
と、クリスタとカーリンも言葉を交わしていた。
『そういえば……。もともとカトック隊は、この森に足繁く通ってたっぽいもんな』
ダイゴローの言葉で、改めてその点を思い出す。
僕も『回復の森』には何度も来ているが、この森ばかりで他のダンジョンには行かない、というほど頻繁ではなかった。いくつもある初心向けダンジョンの一つとして訪れていたに過ぎず、エグモント団にいた頃は、二日も三日も連続で来ることはなかった。
それがカトック隊に入ってからは、毎日のように『回復の森』だ。今はベッセル男爵からの依頼があるので仕方ないが、この仕事がないとしても、似たような状況だったのかもしれない。
『ハッキリとは聞いてないが、彼女たちの口ぶりだと、そんな雰囲気だよなあ。他でモンスター・ハンティングをする場合もゼロじゃないだろうが、ほとんどは、この森だったみたいだ』
ダイゴローも、僕と同じ印象らしい。
ならば、もう今日は本来の目的は忘れて『回復の森』を散策する、というのが、カトック隊としては当然の行動なのだろう。
『いや、バルトルト。それは少し違うと思うぞ』
と、僕の思考に待ったをかけるダイゴロー。
『おそらく単純なモンスター・ハンティングだけじゃなく、一応は「本来の目的」も兼ねてるんじゃねえか?』
早朝に現れる怪人を捕まえるのが、今日の目的だったはずだが……。
『ほら、そこだ。バルトルトは微妙に勘違いしてる。怪人の姿が見られたのは確かに早朝だが、まだ早朝にしか現れない、と決まったわけじゃない。今くらいの時間になっても、泉に来る可能性はあるだろ?』
ああ、なるほど。他の時間にも泉に来ていたが、たまたま目撃されていなかった、という可能性か。
でも、ニーナやクリスタは「もう今日は待ってても無駄」と言っていたが……。
『それは怪人が来ないと決めつけたわけじゃなく、もし現れたとしても、エグモント団がいる状況じゃ彼らが邪魔で捕獲は無理、って考えだ』
ならば今の僕たちのように、むしろ泉から少しだけ離れた辺りを歩き回る方が、泉に向かってくる途中の怪人をキャッチできるかもしれない……?
そう考えると、ダイゴローの言う『一応は「本来の目的」も兼ねてる』というのが、僕にも納得できるのだった。
僕とダイゴローが脳内で言葉を交わしている間、
「エグモント団の人たち……。離れたところから私たちが見てたのに、全く気づいてなかったわね」
「うん、ちょっと面白いポイントだった」
クリスタの呟きに、ニーナが反応を示していた。
見れば、カーリンも頷いている。
僕には意味がわからなかったが……。キョトンとした表情を見て、クリスタが優しく解説してくれた。
「昨日の女性の話にあったでしょう? 振り向いたら顔がなかった、って」
「その話なら、僕もよく覚えています。顔がないなんて、ビックリしたから……」
「あら、そっちじゃないのよ。大切なのは、黒フードの方から『振り向いた』ってこと。木々の隙間に隠れていたはずの、彼女に向かってね」
「あっ!」
ようやく、僕にもポイントが理解できた。
今朝の僕たちは五人もいたのに、その視線に、エグモント団の四人は誰一人として気づかなかったのだ。対照的に、黒ローブの怪人は、たった一人から向けられた視線に反応できた、ということ。
それだけ怪人が敏感だったのか、あるいは……。
『他人に見られては困ることをしてたから周囲に気を配ってた、って証だな』
頭の中でダイゴローが、僕の考えをまとめてくれた。
こうして、改めて怪人に思いを馳せたタイミングで。
「来たよ!」
前を歩くアルマが、警戒警報のような声を上げる。
そう、もう『早朝』ではないのだ。モンスターたちも、すでに日常的な活動を始めていたらしい。
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