転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第144話 モンスターな英雄(18)

公開日時: 2021年3月13日(土) 17:35
更新日時: 2023年10月30日(月) 22:16
文字数:3,516

   

 その日の夕方。

 宿屋の前の広場で、僕たちは大勢の村人に囲まれていた。

 クラナッハ村を発つカトック隊、そしてドライシュターン隊を、見送りに来てくれた人々だ。

 アーベントロートでの光景を少し思い出すが、あの時とは明らかに違う点もいくつかあった。

 まず第一に、朝ではなく夕方だということ。夕方発の馬車で街や村を出るのは、僕にとっても初めての経験だ。

『ちょうど夜行バスと同じか? いや、そんな立派なもんじゃねえな。夜行バスだって、乗り心地が悪い移動手段の代表例みたいに言われてるが……。この場合は、むしろ荷物運搬用のトラックだろうな。そういやあ、夜の高速道路は、そんなトラックばかりだって言うぜ』

 ダイゴローの世界の用語が多くて正確な意味はわからないが、何となくは伝わってくる。

 彼の『荷物運搬用』という言葉の通り、今回の僕たちは、旅人用の馬車ではなく、荷馬車に便乗する形なのだ。


 午前中の森の中、魔族のアジトで玩具屋のオーラフが提案したのが、これだった。

「だったら、ついでにこっちの三人と一緒に、ブロホヴィッツまで乗ってくか?」

 いくらドライシュターン隊と共闘したとはいえ、モンスター退治の報酬を僕たちにまで支払う義務はないし、そのつもりもない。だが手伝ってくれた礼として、ブロホヴィッツまで送り届けるくらいは構わない、という話だった。

 ありがたい申し出であり、僕たちカトック隊は、喜んで受け入れることにした。

 オーラフは最初こちらと敵対していたのに、これほど親切な話を持ち出してくれるのだから、元来は気立ての良い人物なのだろう。

 ただし、あくまでも荷馬車なので、店の品々をブロホヴィッツまで運ぶのがメイン。届け先の営業時間だけでなく、普通の馬車より馬のスピードが遅いのも考慮して、夕方出発で朝到着が商品運送には適しているのだという。

 こうした事情で、珍しい時間帯の馬車旅が決まったのだ。


「お姉ちゃん、また来てね!」

「今度は僕たちとも遊ぼうよー」

 村の子供たちが、アルマを取り囲んでいる。

 これも、アーベントロートの時とは違う点だった。今回、見送りに来ているのは、大半が子供たちなのだ。

 ゴブリンのギギが村の子供たちとは友だちだった関係で、アルマも彼らに慕われていたようだ。直接アルマと遊んだ子供たちも来ているが、それだけにしては人数が多すぎる。子供たちの間では「ゴブリンと仲良しのお姉ちゃん」と認識されており、面識ないにもかかわらず、来てくれた子供もいるのだろう。

「うん。みんなもアーべラインまで来る機会があったら、私を訪ねてねー!」

「アーべライン? それ、どこ?」

「わかんない。お姉ちゃん、教えて」

「アーべラインはね、ブロホヴィッツの街から馬車で一週間くらいのところだよー」

 子供たちに返事するアルマは、すっかり元気そうに見えるが……。

 ギギと遊んだ彼らと話をすればするほど、ギギのことを思い出してしまい、内心では悲しい気持ちが蘇るに違いない。


 ここに来ている子供たちは、既にギギの死を知らされているはずだった。

 大人たちは「モンスターが冒険者をかばって死んだ」という事実を、きちんと伝えたのだという。まだ幼い子供たちも多く、死ぬということにピンと来ない者もいるだろうが、そういう概念を教えるには良い機会だと思ったらしい。

 さらに「友だちが死んだわけではない」「モンスターだから死んだのだ」という点も強調されたようだ。その辺りは、カールが危惧していた「特殊な個体のせいで、モンスターに対する子供たちの感覚が麻痺したら困る」という問題にも関わっているのだろう。

 結局ゴブリンは死んでしまい、もう村には来なくなった。ギギを疎ましく思っていたカールたちにとっては良い結果であり、ギギを子供たちの友だちとして扱っていたパトリツィアたちにしたところで、人間を守るために死んだならば仕方がない、と思えるはず。

 薄情な言い方になるが、結果的には、良い落とし所になったのかもしれない。

 そのカールとパトリツィアの二人も、当然この場には来ており、

「あんたたちには、色々と世話になったな」

「こうした事件を抜きにして、またクラナッハ村へ来てくださいね」

 半ば社交辞令のような別れの挨拶を、僕たちに向けている。リーダーとしてニーナが「ええ、ぜひ!」という型通りの言葉を返しているが……。

 そうした光景を見ながら、僕はふと思ってしまった。

 結局いつも二人で一緒に行動していたし、もういっそのこと、カールとパトリツィアで再婚したら良いのではないか。

 こんな考え、もしも本人たちが耳にしたら、激怒して否定するだろうけれど。

『俺も二人はお似合いだと思うぜ。見ろ、それぞれの子供たちだって、仲良く遊んでるじゃねえか。シングルファーザーとシングルマザー、まさにれ鍋に綴じ蓋だろ?』

 いやいや、さすがに、それは失礼な言い方だろう!


「そろそろ出るぜ。荷台に乗ってくれ」

「荷馬車ですからね。乗り心地は期待しないでください」

 御者台のオーラフとデニスに声をかけられて、

「乗せてもらえるだけで十分ですから! ありがとうございます!」

 頭を下げるニーナに続いて、僕たちは台車へ乗り込んだ。

 樽や木箱などがたくさん積まれており、先に上がっていたドライシュターン隊の三人もいる。それでも何とか、僕たちは五人とも座るスペースを確保。真ったいらな板の上に腰を下すと同時に、馬車は走り始めた。


「思いがけず大物を仕留めたからな! 経験値だけじゃなく、討伐換金も楽しみだぜ!」

「ブロホヴィッツの街に着いたら、君たちも冒険者組合へ向かうのかい?」

 荷台の上での談笑。

 青い武闘家の言葉を受けて、赤い戦士は、僕たちカトック隊へ話を振ってきた。

 メカ巨人ギガントゴブリンは魔族でも魔族専属の怪物でもなく、普通にモンスター扱いだから、確かに経験値や討伐料は得られるはず。最終的に二匹のメカ巨人ギガントゴブリンをどのように倒したのか、僕は見ていないから断言できないが、おそらく共同でとどめを刺した形であり、経験値も討伐料も両方のパーティーに入ってくるのではないだろうか。

「どうだろう? 私たち、頻繁に換金するんじゃなくて、まとめて行うことが多いんだけど……」

「特に今回は無理でしょうね。そんな暇ないと思うから」

 ニーナの言葉を遮って、説明を始めるクリスタ。それはドライシュターン隊の三人に対する返事というより、僕たちカトック隊の仲間に、重要なポイントを思い出させるためのものだった。

 ブロホヴィッツの冒険者組合で確認した長距離馬車のスケジュールでは、東へ向かう便で一番早いのは三日後、その次は八日後という話だったはず。

 今回の事件の時間経過を振り返ってみると、ブロホヴィッツでクラナッハ村について聞いたのを事件スタートつまり一日目だとすれば、今は八日目の夕方。一日目から見た『八日後』となる九日目の朝に、僕たちはブロホヴィッツの街に到着する予定であり……。

「そっか! ちょうど馬車が出る朝なんだ!」

「ええ。ギリギリのタイミングだけど、飛び込みで長距離馬車に乗れるんじゃないかしら?」


 ふと見れば。

 こうした会話にアルマは一切参加しようとせず、荷台の端にある柵に腕を乗せて、ボーッと外の景色を眺めていた。

 これまでの馬車の旅でも、彼女は窓の外へ視線を向けることが多かったので、違和感はないのだが……。

 親しい者を亡くしたばかりの少女が、暮れゆく夕方の空を眺めている。それはまるで、物悲しさの漂う一枚の絵のようだった。

 彼女は今、ギギのことを思い出しているのではないだろうか。

『なあ、バルトルト。さっきクリスタは、ブロホヴィッツ滞在を今回の事件の一日目としてカウントしてたが……』

 僕の感傷を破って、心の中でダイゴローが話しかけてきた。

『……あの日アルマは、自分は戦力にならない、足手まといだ、って嘆いてたんだよな』

 それは僕もハッキリ覚えている。陽気なアルマらしくない、と強く印象に残ったからだ。

『でも今回、魔族を倒す決め手になったのは、アルマの鞭だったろ? あれが伸び縮みするようになったのは大きいぜ。アルマは覚醒したわけだ。ギギの死をきっかけにしてな』

 だから無駄な犠牲ではなかった。

 ダイゴローは、そう言いたいらしい。

 理屈としては理解できるが、心からの共感は出来なかった。少し薄情な考え方ではないか、と僕は思ってしまう。


 自分の身を犠牲にして仲間を守るというのは、この上なく英雄的な行為に違いない。

 だから。

 ギギはモンスターでありながら、立派な冒険者だったのだ。

 僕たちカトック隊の一員だったのだ。


 おそらくアルマと同様に、夕方の空を見上げながらギギに想いを馳せて……。

 亡くなった仲間に向けて、僕は心の中で、ビシッと敬礼するのだった。

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