結局、旅人の宿に泊まることにした。
アーベラインの街は、大陸を横断する乗合馬車のルートにも入っている。訪れる旅人は多いし、それ目当ての宿屋もたくさんあった。
『そんな面倒なことせずとも、カトック隊の一軒家へ行って、泊めてもらえばいいじゃねえか』
おいおい、僕の体の同居人は、いったい何を言い出すのだ?
『だって、まだバルトルトはカトック隊の一員なんだろ? 冒険者はパーティー単位で生活するルールなんだろ? だったら、そう要求する権利があるって話だ!』
ニヤニヤ笑っているような、ダイゴローの口調。
相手が男同士ならば、僕もそう考えたかもしれないが……。カトック隊は、女の子ばかりのパーティーなのだ。
確かに冒険者というものは、一般の人々ほど、男女が一緒に暮らすとか、同室に泊まるとかを気にしない。例えば冒険旅行に出てしまえば、パーティー全体で一つのテントに泊まるのは、日常茶飯事となるからだ。
その場合、たとえ一緒に眠ったところで、男女の関係になったりしないのが冒険者のマナー。「男女二人が同じ部屋に泊まるということは……」みたいな、一般の人々の価値観とは大きく違う点だった。
『だったら、いいじゃねえか。バルトルトも、あの女の子たちの家へ行くくらい……』
いやいや、僕が例に挙げたのは、冒険旅行中の話だ。テントから出た途端モンスターに遭遇する危険もあるから、いつでも戦えるよう、気力も体力も満タンにしておくのが必須。体力の無駄遣いとなる行為は厳禁。……という状況から生まれた価値観のはず。
もしも、平和な街中における日常生活で、男女二人が同室だったら……。さすがに、それは恋人同士とみなされるだろう。
『同じ部屋に泊めてもらえ、とまでは言ってねえよ。カトック隊は一軒家で暮らしてる、って言ってただろ? 空いている部屋の一つくらい、あるんじゃねえか?』
だとしても、それを僕が要求するのは間違っている。そもそも、僕がカトック隊の紋章を返し忘れたのが、全ての原因なのだから。
『そうかなあ? 別れる際に「返して」って言い忘れた、あのニーナって娘にも責任はあると思うぞ』
そう言われると、僕が百パーセント悪いわけではない、という気もしてくるが……。
『だいたい、あの場で返したら、今日モンスターを倒して稼いだ報酬、窓口でもらえなかったんだろ?』
既にシステムを理解しているダイゴロー。確かに、先にペンダントを返した場合、パーティー所属の件は解決しても、そちらの問題が発生する。
そうなると、最善手は……。街に入ったところで別れるのではなく、一緒に『赤天井』まで来てもらって、窓口で換金。さらにパーティーを抜ける手続きまで同席してもらい、そこでサヨナラして、僕は一人パーティーを設立。こうすれば良かったのだろう。
『そんなこと考えても、後の祭りだ。それより、今からカトック隊のアジトへ行こうぜ! 泊めてもらいに!』
と、僕を促すダイゴローに対して。
心の中だけでなく、僕は口に出して、キッパリと告げるのだった。
「どちらにせよ……。だからといって『泊めてください』なんて言いに行くのは、僕は嫌だからね! 恥ずかしいよ!」
飛び込みで泊まれる宿を探した結果。
一泊二食付き、銀貨二枚。これが、今晩の僕の住処となった。
銀貨二枚と言えば、銅貨にして二十枚分だ。旅人の宿にしては安い部類かもしれないが、僕にとっては大金だった。
食事だって、冒険者組合ならば安上がり。窓口業務は夕方までだが、食堂ホールは二十四時間営業だから、『赤天井』で食べる予定だったのだが……。
「うちは素泊まりはお断りだよ」
というのが宿の方針らしく、こういう形になってしまった。
しかも。
いざ口にしたら、宿の夕食は、お世辞にも「美味しい!」というレベルではなかった。冒険者が昼飯にする携帯食よりはマシだが、そんなものと比べる時点で問題あるだろう。
これを食べた旅人たちが「アーベラインの料理はこの程度」と感じるのかと思うと、僕は少し悲しくなった。
夕食の後、さっさと部屋へ戻る。僕に割り当てられたのは、二階の角部屋だった。
入り口近くにシャワーとトイレがあり、食事以外は部屋から一歩も出ずに済む設計だ。メインの寝室――と呼ぶには大袈裟かもしれないが――は、ベッドが一つと、簡単な書きものが出来る小さなテーブル、それだけでいっぱいになる広さだった。
今日は一日、色々あって疲れたので、ゴロンとベッドに横になる。
目を閉じたら、そのまま眠ってしまいそうだが……。ダイゴローが話しかけてきた。
『お金の話で思い出したんだが、カトック隊の女の子たち、冒険者組合に来なかったよな?』
窓口が閉まる時間まで『赤天井』にいたわけではないから、僕が去った後で彼女たちが来た、という可能性もある。でも、おそらく違うのだろう。
『あの娘たちは、今日の分の換金、しなくていいのか?』
「別に、一日で記録が消えるわけじゃないからね」
そういえば、この辺りのシステムは、まだダイゴローに説明していなかったかもしれない。
僕のような「その日の稼ぎは、その日のうちに」という冒険者ばかりではなく、雑魚モンスター程度ならば少額だから数日分まとめる、というタイプもいるのだ。彼女たちは、そういう習慣なのだろう。
『そうか……。まあ、とりあえず。ペンダントのことで、またカトック隊の娘たちに会える口実が出来たんだから、良かったな!』
こうして宿屋のベッドで寝ていると「余計な出費に繋がった」という実感がヒシヒシと湧いてくるが……。ダイゴローのような、前向きな考え方もアリかもしれない。
「今晩の訪問は遠慮したけど、明日は、なるべく早く彼女たちのところへ行くよ。このペンダントを返して、きちんと手続きをして……」
そうダイゴローに告げて、僕は目を閉じた。
「……って、寝てる場合じゃないだろ!」
『おお、びっくりした。どうした、そんな大声を出して?』
「どうしたもこうしたもないよ。せっかく二人きりになったんだから、今のうちに色々と聞いておかないとね」
考えてみれば、僕はダイゴローのことを知らないのだ。別の世界から来て、僕に不思議な力を与えてくれた、というだけ。しかも、その『力』――変身能力――に関しても「詳しくは後で説明する」と言って保留にされている点があった。
『そうだったな。確か……』
変身を他人に知られてはいけない、ということ。
変身時間が十分間に限られている、ということ。
少なくとも、この点だけでも詳しく知りたい。実際に変身して戦うのは僕なのだから、好奇心でも何でもなく、必要な情報だった。
『ああ、うん。それは……。神様がそう決めた、じゃ説明にならんよなあ?』
ダイゴローは僕は煙に巻くつもりだろうか。
『いやいや、真面目な話をしてるんだぜ。それじゃ、順を追って……。まず異世界転生ってわかるか? 俺の生きてた世界では、ちょっとしたブームになってるんだが』
異世界転生。
知らない用語だが、雰囲気的には「別の世界で生まれ変わる」という意味だろうか。
『そう、それだ! まあブームと言っても、本当に生まれ変われるのか、どこへ行けるのか、その辺のことは死んでみるまでわからない。ただ、そう信じてるやつが増えてきたってだけで……』
「ダイゴローもその一人だった。そして信心の通り、死んだら僕の世界へやってきた。……という話だよね?」
そこまでは、僕も何となく理解している。ただ、それと変身能力の制限が、結び付かなかった。
ダイゴローと融合したから『転生戦士ダイゴロー』に変身できる、ということは、あれが彼の生前の姿なのだろうけど……。『転生』してしまった以上、無条件で元の姿を取り戻すことは出来ない、と神様が決めたのだろうか。
『それは違うぞ、バルトルト! 俺も生きてた頃は、お前みたいな普通の人間だ!』
慌てた口ぶりで、ダイゴローが僕の思考を否定する。
『意識が繋がった一瞬、お前だって俺の世界を見ただろ? あんな三色スーツのヒーローが暮らす世界じゃなかったよな?』
言われてみれば。
馬なし馬車とか高い建物とかの印象が強烈で忘れていたが、普通に歩いている人々も見たような気がする。それも『転生戦士ダイゴロー』のような姿ではなく、僕たちみたいな人間で……。
「だとしたら、ダイゴローと融合することで、なんで変身できるようになったんだ?」
『そこに関わるのが、神様ってもんだ。つまり……。ヒーローに変身する能力、それこそが、俺が神様からもらった転生特典だったのさ!』
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