最初の戦闘を終えて、歩き続ける僕たち五人。
しばらく進むと、またモンスターに遭遇した。
「来た!」
真っ先に叫んだのはアルマだが、今度は遅かった。他の四人にも、その姿は見えていたのだから。
暗い森を照らす灯のように、ぼんやりとした青白い光が三つ、ふわふわと漂う。知らぬ者が見れば人魂と思うかもしれないが、これも立派なモンスターだった。
ウィスプ系のモンスター。色から判断すると、最下級の青ウィスプだろう。
ゴブリンのような動物型モンスターとは違って、生き物っぽくないから、テイマーのアルマにも察知しにくかったようだ。
体当たりくらいしか攻撃手段を持たない、弱々しいモンスター。ただし殴ったり斬ったりしても手応えがなく、物理攻撃は効きにくい。効果的に倒すには、魔法を使うしかない、という敵だった。
魔法系ジョブのいないパーティーは苦戦するだろうが、その点、カトック隊ならば心配ないはず。
実際、リーダーのニーナは、余裕の表情を浮かべていた。
「青ウィスプ三匹なら、クリスタ一人で片付けられるけど……」
少し苦笑しながら、ニーナは僕に目を向ける。
「まずはキミに、少し頑張ってもらおうか。さっきのクリスタの言葉、確かめてみたいし」
「えっ、僕が……?」
ニーナから視線を逸らして、つい隣のクリスタの方を見てしまった。
クリスタは、いつも通りの笑顔を浮かべるだけで、敢えて何も言わない。それでも僕は、優しい表情を目にするだけで、励まされる気分になった。
『緑の姉ちゃんのアドバイスって、あれだろ? バルトルトも強炎魔法が撃てるんじゃないか、ってやつだろ?』
と、説明を補うかのように、頭の中で響くダイゴローの言葉。
僕は一つ頷いてから、強炎魔法を唱えてみる。
「ファブレノン·ファイア·シュターク!」
おお!
きちんと発動した!
飛び出した火球は、前回のゴブリン戦における弱炎魔法と、同じくらいの大きさだったけれど……。
僕の炎が青ウィスプを三匹まとめて燃やす。一撃で消滅させる威力はなかったものの、それなりのダメージを与えたとみえて、青白い光は、その輝きを弱めていた。
弱ったモンスターに、すかさずクリスタの強雷魔法が炸裂する。
「ブリッツ·シュトライク·シュターク!」
魔力を伴う雷撃を受けて、モンスターは三匹とも、一瞬で消滅した。
「ありがとうございました。おかげさまで、僕にも強炎魔法が使えるようになりました!」
戦闘終了後、真っ先にクリスタに礼を述べる。自分でも、喜びで声が弾んでいるのがわかるくらいだった。
しかし。
「残念だけど……。あれは強炎魔法ではないわね。まだ弱炎魔法だわ」
クリスタのニコニコ顔の口元に、苦笑が混じる。
「あなたの詠唱『ファブレノン·ファイア·シュターク』のうち、最初の『ファブレノン·ファイア』だけで、魔法が発動したのよ。きちんと『シュターク』まで活きて強炎魔法になったら、もっと強い火力だったでしょうね」
『……だそうだ。ぬか喜びだったな、バルトルト』
とダイゴローが揶揄する間も、クリスタは魔法を扱う先輩として、真面目に解説してくれた。
「強炎魔法が正しくイメージできてないから、って可能性もあるけど……。むしろ、あなた自身のレベルが足りてないんじゃないかしら。さっきは『少し頑張れば強炎魔法も』と言っちゃったけど、無責任な発言だったみたいね。ごめんなさい」
「いやいや! クリスタに謝ってもらうなんて、そんな……。悪いのは、力の及ばない僕自身ですから!」
バタバタと大げさに手を振って、彼女の「ごめんなさい」を否定する。
そんな二人のやりとりは、傍から見ると、ちょっとした見世物だったのかもしれない。面白がっている表情のニーナが、僕に声をかけてきた。
「うん、キミの魔法の腕前、改めてよくわかったよ。キミの方も、クリスタのこと、もっと理解できたよね? こんな感じで、クリスタは様々な魔法が使えるの」
「最初の戦闘では、炎しか見せられなかったでしょう? 今度は色々と披露したかったんだけど……。雷を見せただけで、終わってしまったわね」
クリスタ自身の言葉に続いて、
「そう、クリスタちゃんは凄いんだよ! 攻撃だけじゃなくて、回復とか防御とかの魔法も使えるの!」
アルマも嬉しそうに話すし、静かなカーリンまで、黙って頷いている。
「あら、みんな言い過ぎよ。そんなに私をおだてても、何も出ないわ」
クリスタはそう言うが、これこそ謙遜なのだろう。
こうなると僕も何か言わねばならない、と感じてしまうが。
すでに『言い過ぎ』と本人が照れているので、少し話題を変えようと思った。
「へえ、攻撃に回復に防御に……。まさに万能ですね。回復といえば、そろそろ例の泉が近いんじゃないかな? ここ『回復の森』の、名前の由来にもなっている……」
「キミの言ってるのは、あの不気味な池のこと?」
「不気味な池……?」
反射的に、ニーナの言葉を繰り返す僕。
確かにあの泉は、泉にしては大きめだから、池と呼んでも構わないのだろう。覗き込んでも底までは見えないので、深さもかなりのものだった。
そこの水を飲めば、体力や魔力が回復するし、毒を受けたり体の一部が石化されたりという状態異常まで治療される。ありがたい効能であると同時に、その原理を考え出したら「得体が知れない」とか「不気味」とか感じるのかもしれないが……。
エグモント団にいた頃は、そのように考えたことはなかった。ただ便利な回復ポイントという認識だった。この感じ方の違いも、初心者パーティーと経験ある冒険者パーティーの差なのだろうか。
この時、僕は、そう思ったのだが。
それは間違いだった。
少し進んで、問題の泉に差し掛かったところで、
「なんですか、これ!」
僕は、大きな声を上げてしまった。
そこにあるのは、毒々しい紫色の水源。ドロドロと濁った水でいっぱいの、見るからに体に悪そうな泉になっていた。
「これじゃ、飲んで回復するどころか、ちょっと触れただけでダメージを食らいそう……」
「そうよね。だから私たち、この森ダンジョンが『回復の森』と呼ばれてるのが信じられないんだけど……。もしかしてキミ、この池を実際に見るの初めて?」
ニーナが僕の呟きに反応したので、首を横に振ってみせた。
「いや、初めてじゃないよ。そういえば、しばらく近くを通ってなかったけど……」
ここ『回復の森』は、低レベルなモンスターが多いので、エグモント団のような若い冒険者パーティーがモンスター·ハンティングをするには適している。
だから頻繁に狩場として使っていたし、今日のように、かなり奥まで立ち入る場合も多かった。ただし歩いて進んだのは最初の頃だけであり、最近は森の奥まで一気に、シモーヌの転移魔法でジャンプするようになっていた。
「少なくとも、僕が最後に見た時は、美しい泉だったよ。湖底が見えるほどの……と言ったら大袈裟だけど、とにかく感動的なくらい澄んだ水を湛えていてね。まさに神様が用意してくれた、奇跡の休憩スポットって感じだった」
「そっか。昔は、こうじゃなかったんだ……」
考え込むニーナの言葉に続いて、
「私たちが森を探索する時は、転移魔法は使わないの。だから毎回、この泉を見てるんだけど……。初めて見た時から、この状況だったわ」
と、クリスタが説明する。
つまり。
泉で何か異変が起こっていたのに、それをエグモント団は知らぬまま、モンスター·ハンティングの好スポットとして『回復の森』を使い続けていた、ということだ。
『知らないって、怖いな……』
ああ、ダイゴローの言う通りだ。
改めて紫色の泉に目を向けると、その毒気に当てられたかのように、背筋がゾッとするのだった。
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