今まで一匹でも苦労していたメカ巨人ゴブリンだ。三匹同時に相手するなんて、考えただけでも恐ろしい状況だが……。
幸い、ここは森の中を行く小道の途中。いくらか道幅が広がっているとはいえ、大きな広場というほどではない。メカ巨人ゴブリンのような大柄なモンスターが三匹、横一列に並べるほどのスペースはなかった。
実際、僕たちと直接対峙しそうなのは二匹だけ。残りの一匹は、少し魔族に近い位置で、ボーッと佇んでいた。おそらく、この一匹がゴブリンのギギを運んでいき、『怪物いじり』に手渡したのだろう。
その『怪物いじり』が、捨てゼリフのような言葉を吐き出す。
「血の気の多いあなた方の相手をするのは、番犬で十分でしょう」
僕たちに対する発言であると同時に、メカ巨人ゴブリンたちへの合図も兼ねていたに違いない。
「グワーッ!」
咆哮と共に、三匹のうち二匹が、左腕の武器を構えた。
メカ巨人ゴブリンの左腕は、肘から先が筒のような構造になっている。そこから発射される光弾は凄まじい威力であり、カトック隊が初めて戦った時は、これに苦しめられたのだった。
一昨日の再戦時にカーリンが解説したように、一番の対処法は、こちらが先に攻撃することにより、あちらが攻撃する時間を与えないこと。
だから今回も……。
「ファブレノン・ファイア・シュテークスタ! ファブレノン・ファイア・シュテークスタ!」
いきなりクリスタが、超炎魔法を連発。彼女の魔法は、それぞれ二匹のメカ巨人ゴブリンに直撃した。
「グワッ?」
「グワッ?」
頑丈な金属装甲に覆われたメカ巨人ゴブリンには、超炎魔法でも大きなダメージを与えることが出来ない。それでも攻撃を食らったモンスターは、その勢いで押される形になる。踏み止まるだけで手一杯であり、その間は二匹とも、こちらへ攻撃してこないのだった。
とりあえず最初にクリスタが二匹同時に狙ったのは、前列の二匹を押さえるためであり、少し無茶をしていたらしい。
「右側は私がやるわ! だから左側はお願い!」
呪文詠唱の合間に指示を飛ばしてから、今度は一匹に集中する。
「ヴェルフェン・アイス・シュテークスタ! ファブレノン・ファイア・シュテークスタ!」
初撃が超炎魔法だったので、続いて超氷魔法と、さらに超炎魔法。つまり、炎と氷のコンビネーションという、攻略法のルーティンに入ったのだ。
もちろん、クリスタが右側の一匹と戦っている間、左側の一匹を遊ばせておいたら大変な事態になるので、
「ヴェルフェン・アイス・シュターク! ヴェルフェン・アイス・シュターク!」
そちらはカーリンが強氷魔法で攻撃していた。二連発にしたのは『超』ではなく『強』だから、重ねるくらいでないと効果がない、と考えたのだろうか。
とはいえ、カーリンの魔法は氷系統のみ。『炎と氷のコンビネーション』のためには、炎魔法も必要なわけで……。
僕はチラッと、ドライシュターン隊の魔法士に視線を向ける。相変わらず目深な帽子のせいで、彼の目は見えにくいのだが、一応は互いの意図が通じ合えたらしい。
「ファブレノン・ファイア・シュターク!」
「ファブレノン・ファイア!」
紺色ローブの魔法士が唱える強炎魔法と、僕の弱炎魔法が重なった。
一つになった炎が、カーリンの強氷魔法で冷やされたばかりのメカ巨人ゴブリンに襲いかかる。
「グワッ!」
僕たちの攻撃を受ける二匹の後ろで、残る一匹のメカ巨人ゴブリンは、所在なさげにウロウロしていた。
こちらも魔法が使えず攻撃に参加できないメンバーがいるが、ニーナやドライシュターン隊の二人は、後ろのメカ巨人ゴブリンの動きに目を配っている。何かあったらすぐに対処できるよう、それぞれ武器を構えていた。
そして、そのメカ巨人ゴブリンよりもさらに向こう側では……。
「ギギッ! ギギッ!」
「おとなしくしなさい、八三七号! あなたは私と一緒に、研究所へ帰るのですよ!」
鳴き喚くギギを、『怪物いじり』が叱りつけていた。
魔族に右腕を掴まれたギギは、反対側の左手をこちらへ向かって伸ばしている。ちょうど、人間の子供が名残り惜しくて遊び場から帰るのを嫌がる、そんな姿を思い起こさせる光景だった。
その場合に親が強引にでも子供を連れ帰るのと同じように、『怪物いじり』はギギを引きずるようにして、この場から立ち去ろうとしていた。
「ギギちゃん!」
僕たちの方でもアルマが叫び、やはりギギの方へ向かって手を伸ばす。こちらはカーリンが抱きかかえて、しっかりと止めているはずだったが……。
さすがのカーリンでも、魔法攻撃に集中しながら、片手一本で仲間一人を押さえつけるのは難しかったらしい。
「あっ、アルマ!」
カーリンの声に振り返って見れば、いつの間にか彼女の手を振り解いて、アルマが走り出していた。
「行っちゃダメ! 危ないから!」
ニーナも止めようとして飛びかかるが、アルマはスルリとかわす。
アルマが走る先には三匹のメカ巨人ゴブリンがおり、それだけでも十分に危険なのだが、ましてや手前の二匹には、僕たちが炎魔法や氷魔法を浴びせている真っ最中。メカ巨人ゴブリンにやられる心配だけでなく、こちらの攻撃に巻き込まれる可能性もあった。
とはいえ、メカ巨人ゴブリンに光弾を撃つ暇を与えたくない以上、迂闊に魔法攻撃を止めてしまうわけにもいかず……。
「ファブレノン・ファイア・シュテークスタ! ヴェルフェン・アイス・シュテークスタ!」
「ヴェルフェン・アイス・シュターク! ヴェルフェン・アイス・シュターク!」
クリスタもカーリンも、呪文詠唱を続けている。仲間を巻き添えにするほど非情なはずはないので、ギリギリのタイミングで止めるつもりだろうか。
クリスタは一人で炎と氷のコンビネーションをやっているから、頃合いを見計らうのも難しくないかもしれない。
だが、カーリンの方は違う。
「ファブレノン・ファイア・シュターク!」
「ファブレノン・ファイア!」
紺色ローブの魔法士と僕が『炎』を担っており、三人で息を合わせる形だった。ギリギリで止めるというのも、非常に困難なのだが……。
心配しながらも魔法攻撃を続けて、その合間に、チラリとアルマの方へ目をやる。
ニーナをかわしたアルマは、メカ巨人ゴブリンへ向かって走るのではなく、左側の木々の間に飛び込んでいた。
これならば、僕たちとメカ巨人ゴブリンの戦闘には邪魔にならない。だがアルマは『怪物いじり』とギギを追うのを諦めたわけではなく、木々の間をガサゴソと分け入って、強引に進んでいた。
そして……。
「あっ!」
アルマの様子を見ていた僕は、間抜けな声を上げてしまう。
レースで一度コースアウトした競走馬がコースへ復帰するかのように、左側の木々から林道へ、アルマが戻ってきたのだ。
もちろん、僕たちとメカ巨人ゴブリンの間ではない。三匹のメカ巨人ゴブリンの向こう側だった。
少しだけ遠回りになって手間や時間もかかったが、戦闘区域を迂回することに成功したらしい。
「ギギちゃん!」
叫びながら、再び小道を走り出すアルマ。
アルマがそうしている間に、既に『怪物いじり』とギギの姿は消えていた。
この辺りは、少し道が曲がっている場所でもあり、走るアルマの後ろ姿も、すぐにカーブを過ぎて見えなくなってしまった。
『おいおい! アルマ一人で魔族を追うなんて、無謀にもほどがある!』
僕の心の中でダイゴローが叫ぶ。今まで黙っていてくれたのは、魔法で戦う僕の集中力を乱さないためなのだろうが……。
それでも我慢し切れず声を上げてしまうくらい、緊急事態なのだ!
もちろんダイゴローだけではなく、仲間たちも危機感を覚えていた。その一人であるクリスタが、呪文詠唱の合間に指示を飛ばす。
「バルトルト! アルマを追って!」
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