「あなたも無事だったのね! 良かったわ……」
僕を見て、最初に言葉を発したのはクリスタだ。その顔には、安堵の色が浮かんでいる。
「わーい!」
「キミも来てくれたの? ありがとう!」
アルマとニーナも声を上げ、カーリンは言葉の代わりに笑顔を見せていた。
「バルトルトくんがね、助けに来てくれたんだよ! モンスターに向かっていったら、一発で吹っ飛ばされちゃったけど」
気を失っていたニーナとカーリンに、アルマが事情を語る。それから僕の方を向いて、説明を続けた。
「変な服着た大きな人が来て、強いモンスターをやっつけちゃったのー!」
なるほど、僕は今まで茂みの中にいたから、その辺りの事情は知らないことになっているのだ。
「へえ、そうだったのか……」
「不思議な人だったよ! 森の原住民かな? 最後に『ジャッ』って鳴き声みたいなの出してたから、人じゃなくてモンスターの一種かも……?」
「こら、アルマ! 命の恩人に、そんな言い方は失礼でしょ!」
アルマとニーナのやりとりを見て、苦笑してしまう。
別れ際の挨拶として――「それじゃあ」の短縮形で――「じゃっ!」と言ったつもりなのに、鳴き声扱いとは……。
倒れて見ていなかったニーナやカーリンには、本当に『モンスターの一種』として刷り込まれてしまうかもしれない。
でも、その心配は杞憂だった。すぐさまクリスタの訂正が入ったのだ。
「通りすがりの冒険者だったみたいね。昨日あなたを助けたのと同じ人かしら?」
「赤青銀の三色スーツなら、たぶん同じ人でしょう」
クリスタに対して、肯定を返す僕。既に見られた以上、あの格好を恥ずかしがって隠す必要もなくなったのだ。
「そう、それよ。やっぱり、あの人なのね」
納得しながらも、クリスタは少し眉間にしわを寄せていた。まだ何か腑に落ちない点があるらしい。
「ところで……。あなたはどうして、こんな森の奥まで一人で来たの?」
「ああ、それは……」
この話題を振ってくれたのは、僕としても好都合だった。
「これを返そうと思って、カトック隊を探していたのです」
首から下げたままだった、星型ペンダントに手を触れる。
クリスタは、ニーナの方にチラッと顔を向けた。ジト目というのだろうか、呆れたような視線だった。
「ニーナ……。昨日のうちに、返してもらってなかったのね?」
「えへっ。忘れちゃった」
「嘘おっしゃい。わざとでしょう」
追加のような言葉は小声であり、ニーナも特に反応を返さなかった。
何か意味ありげだが、深く掘り下げない方が良さそうだ。敢えて流して、僕は言葉を挟む。
「とにかく僕は、これを返しに来たので……」
「待って!」
ペンダントを首から外そうとした途端、ニーナに止められた。
「それでキミはどうするの? 次に入る冒険者パーティー、もう決まった?」
「いや、いっそ一人で気ままにやっていこうかな、って……」
隠す必要もないから、素直に今後の予定を口にしたのだが。
「それはダメだよ!」
「ええ、オススメできないわね」
ニーナとクリスタ、二人がかりで却下されてしまった。
「失礼な言い方になるけど……。あなたのレベルでは、まだ一人パーティーは無理だわ。さっきだって、私たちに加勢しようとしてくれた心意気は買うけど、でも無謀な行動だったでしょう?」
「行くとこないなら、もう少しカトック隊で面倒みるよ。今のキミを放り出したら、すぐモンスターにやられるだろうし……。それじゃ私たちも寝覚め悪いもの」
そう言ってくれたのは、クリスタとニーナだけではない。
「二日続けて一緒に戦った縁だもんね! わーい!」
「一人でやっていける力がつくまで、俺が鍛えてやろう」
と、無邪気なアルマや、無口なカーリンにまで歓迎される。
『良かったじゃねえか、バルトルト。今晩からは、寝床の心配もなくなったな!』
いやいや。
女の子たちが暮らすところに、男一人で混ざって構わないのか……?
僕の心配は顔に出ていたらしく、クリスタが優しく笑う。
「ふふふ……。あなたって、わかりやすいわね。大丈夫よ、家には空き部屋もあるから。男性メンバーが加入した時のために」
「ああ、それなら……」
僕の言葉は、ニーナに遮られた。
「キミも異存ないみたいだね? じゃあ、決まり! カトック隊にようこそ!」
こうして。
カトック隊から抜けるために来たのに、逆に、仲間入りが正式に決まるのだった。
まだ午前中だが、本日の冒険は切り上げる形になった。ニーナとカーリンを回復魔法で癒したのは応急措置に過ぎないから、きちんと専門の魔法医に診てもらおう、という話になったのだ。
「この『回復の森』って、あんな危険なモンスターも出るダンジョンだったのね……」
「僕も知りませんでした。巨人ゴブリンの亜種でしょうか? 初めて見るモンスターでした」
帰り道は、昨日と同じく、前列がニーナとアルマで、後列がカーリンと僕とクリスタ。だから自然と、僕はクリスタと言葉を交わす形になる。
「どうかしら? 見たことも聞いたこともないモンスターだったけど……」
彼女くらい経験ある冒険者が言うのだから、よほど特殊なモンスターだったに違いない。
「……肝心の泉が『回復』っぽくない件も含めて、この森って、何やら色々ありそうね」
「いっそ私たちで、少し調べてみようか?」
前を歩くニーナが、軽く振り向いて言うと、
「賛成! いつも適当にモンスター狩るだけじゃ、飽きちゃうもん!」
と、アルマが喜びの声を上げた。
モンスター・ハンティングに対して『飽きる』と言ってしまうのは、冒険者として相応しくないかもしれないが……。
その気持ちはわからないでもない、と僕は思うのだった。
森を出るまでの間、モンスターとの遭遇は二回だけだった。どちらも後列からの魔法攻撃が主体で、剣や槍による直接攻撃は最低限に留める戦い方だ。ニーナとカーリンの負担を減らすためなのだろう。
森から街までの草原地帯では、一度も戦闘はなく……。
「それじゃあ僕は、いったん『赤天井』へ寄って、預けた荷物を取ってきます。みんなは、先に帰っていてください」
アーベラインに入ったところで、そう言ってみたのだが、
「私たちも一緒に行くよ。あそこなら医務室もあるし……。それに、たまには冒険者組合に顔出さないと、倒したモンスターの換金も出来ないからね」
「そうね。しばらく行ってなかったから、いい機会じゃないかしら」
「わーい! どれくらいもらえるのかな? 楽しみー!」
ということで、五人全員で向かうことになった。
いざ冒険者組合に着くと、
「掲示板、見てくるー!」
受付窓口へ直行するのではなく、掲示物のコーナーへ走っていくアルマ。誰も「待ちなさい」すら言わない。
「まだアルマには、冒険者組合の存在自体が物珍しいみたいね」
と、微笑むクリスタ。
なるほど、僕のように毎日ここへ通うのではなく、カトック隊は、たまにしか来ないようだから……。そういうパーティーで冒険者を始めると、アルマみたいな反応になるのだろう。
僕も初めてきた頃は、掲示板に貼ってある依頼状とか私信とか、自分には関係ないものばかりだったのに、食い入るように読んでいた気がする。
「私たちは、先に窓口に並んでましょう」
と、リーダーのニーナが言っているそばから、バタバタと足音を立てて、早くもアルマが戻ってきた。
「面白い依頼があったよ! ちょうど『回復の森』に関するお仕事!」
少し予定変更。
僕たちも窓口ではなく、掲示板の方へ。
「ほら、これ!」
アルマが指し示したのは、ベッセル男爵という貴族からの冒険仕事だった。貴族が関わるというだけで、僕などは気後れしてしまうが……。子供っぽい無邪気さを持つアルマにも、冒険者としての先輩である他の三人にも、物怖じしている様子は全く見られなかった。
ベッセル男爵は『回復の森』を管理する貴族であり、森の泉が汚染される原因を突き止めて元通りにしてほしい、というのが依頼内容だ。
「ちょうどいいよね? さっきニーナちゃんも『森を調べてみよう』って言ってたから!」
アルマの言葉に、僕たちは顔を見合わせた。勝手に調べるよりも、仕事として報酬を得られる方がいいに決まっている。
「みんな同じ考えみたいね? じゃあ、決まり! 久しぶりに、冒険仕事を引き受けましょう」
「わーい、お仕事、お仕事!」
ニーナの宣言に、アルマが喜びの声を上げた。
というわけで。
窓口でも、少しだけ予定変更。
冒険者の記章を渡してモンスター討伐分のお金をもらう前に、まずは仕事を引き受ける手続きだ。
「掲示板に貼ってあった依頼書の番号一五八九、『汚染された泉の調査』、カトック隊で引き受けます」
「はい、わかりました。依頼番号一五八九ですね。それでしたら……」
受付のお姉さんは、ニーナの言葉をすんなり受理しそうになったが。
窓口カウンターの向こう側で、隣の事務員からチョンチョンと腕を叩かれて、言葉を飲み込んだ。
「……?」
「その件なら、あっちの窓口でも、ちょうど今、他のパーティーが……」
「あら、競合? じゃあ二組とも依頼者のところへ行ってもらって、そこで要相談かしら……?」
冒険者に聞かせるためではなく、内輪の話だから、小声でやりとりされていたが……。
僕たちにも聞こえてしまった。
なので、その『あっちの窓口』の方を見る。
二つ隣だった。
受付の窓に首を突っ込む勢いの冒険者パーティーが、やはり競合の件を耳にして、ちょうど僕たちの方に顔を向ける。
「あっ!」
驚きの声を上げる僕。
競合相手は、若い男女の四人パーティーであり……。
『おい、バルトルト。もしかして、お前の知り合いなのか?』
そう。
カトック隊と同じ仕事を引き受けようとしていたのは、昨日まで僕が所属していたパーティー、エグモント団だったのだ!
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