赤い鎧の戦士が言う『双方』とは、彼らドライシュターン隊と、僕たちカトック隊のことを示すはず。
しかし、よく考えてみると、これは『双方』どころか、みんなが丸く収まるような落とし所ではないだろうか。
ギギ以外のゴブリンをギギだと言い張って討伐しても、また村へギギが来てしまう可能性は残っているが……。
その場合。
ドライシュターン隊としては「ギギに倣って、新しいゴブリンが来るようになっただけ」と申し立てれば良い。
彼らの雇い主が恨んでいるのは、お店を荒らした一匹だけなのだ。違うゴブリンなのであれば、無関心ではないにしても、それほど大きく気にしないだろう。
村の人々に関しては、まずパトリツィアのような穏健派は、最初からギギを殺さないでほしい立場だから、文句を言うはずがない。
カールたち強硬派だって「まだ今は殺さない」という考えだから、問題ないわけで……。
いや。
カールたちだけは、不満が残るのだろうか?
ギギであれ別のゴブリンであれ、とにかく村へモンスターが来ること自体に反対の立場なのだから、討伐部隊が来た機会に、最終的には処分してほしかった、と思うかもしれない。
でも、そもそも今回のゴブリン討伐部隊は想定外だったのだから、予定通り村全体で話し合って、その結果次第で、今度こそ村の総意として新たに討伐部隊を雇うだけではないだろうか。
『ああ、そうだぜ。向こうのリーダー、なかなかの策士じゃねえか』
ダイゴローも同意するのであれば、間違いないだろう。
僕の口からは、自然に感嘆の声が漏れていた。
「なるほど、うまく考えたものですね」
なぜか一瞬、その場に沈黙が訪れた。
場違いなことを言ってしまったのか、と少し心配になるが、
「そうね。バルトルトの言う通り、素晴らしい提案だわ。でも……」
すぐにクリスタが続いてくれたので、僕は内心ホッとする。
ただし、その発言内容そのものは、あまり良い方向性ではなかった。
クリスタの微笑みに、小さな苦笑いが混じる。
「……残念ながら、それを受け入れるのは難しいわね。今の私たちでは、まだモンスターの住処まで案内できそうにないから」
「そうだね。私たちだって、これから正確な場所を突き止めよう、って段階だったし……」
「やっぱり、ギギちゃんに案内してもらうのが一番! ダメかなー?」
ニーナは単純にクリスタに同意しただけだが、アルマは向こうのリーダーに対して、許しを乞うような目を向けていた。
赤い戦士は、困ったような苦笑いを浮かべる。
「先ほども説明したように、それこそ無理な話だな。ギギというゴブリンが村まで来てしまえば、俺たちとしては、討伐せざるを得ない。そして妨害しようとする君たちと、また戦闘になるだろう」
改めて立場を明確にした後、彼は質問を口にした。
「もう少し詳しく聞かせてくれないか? そのモンスターの巣の場所、具体的には、どこまで把握できたのだ?」
すぐには誰も答えず、リーダーのニーナが僕たちの顔を見回す。
魔族が絡む話なだけに、どの程度の情報を明かすべきか、即断は出来ないようだ。
すると目が合ったクリスタが、彼女の代わりに口を開いた。
「あなたたちがどこから聞いていたのか知らないけど、この二人に対して、ちょうど説明している途中だったのよ」
カールとパトリツィアにチラリと視線を向けてから、彼女は続ける。
「ギギちゃんの案内で問題の場所へ向かう途中で、ギギちゃんも怖がって逃げちゃうような、恐るべきモンスターに出くわしてね……」
「ああ、そんな話をしていたな。手強いモンスターがどうのこうの、って」
思い出したように頷く赤い戦士の横で、青い武闘家も口を挟む。
「その『手強いモンスター』というのは、どんなやつだ? 巨人ゴブリンか?」
ワクワクが顔に出ている。バトルジャンキーらしき彼は、とにかく強い敵と戦うのが楽しみなのだろう。そうした関連には直感が働くとみえて、巨人ゴブリンの名前を挙げたのも、当たらずといえども遠からずだった。
「いい線いってるけど、少し違うわ。ただの巨人ゴブリンだったら、私たちだって、あれほど苦労しないもの」
「あいつらが改造ゴブリンと呼ぶモンスターだ。俺たちは最初、巨人ゴブリンの亜種だと思っていたのだがな」
珍しくカーリンが会話に加わる。彼女もあちらの武闘家と似た部分があり、強敵に関する話題には、つい参加したくなるのかもしれない。
しかし、せっかくの発言を、クリスタがやんわりと却下してしまう。
「確かに正式名称は『改造ゴブリン』なんでしょうけど、その呼び名、知らない人の前では言わない方がいいわね。弱そうに聞こえて、正しいイメージの妨げになるわ」
続いて、カーリンから僕へと視線を向けるクリスタ。顔に浮かぶのは見慣れた微笑みのはずなのに、なぜだか少し雰囲気が違うように感じられた。
「むしろバルトルトの言っていた呼び方がいいんじゃないかしら。あなた、確か『メカ巨人ゴブリン』と言っていたわね?」
思わず「えっ」と驚きの声を上げそうになった。
もともとメカ巨人ゴブリンと呼び始めたのは、僕ではなくダイゴローだ。ダイゴローとの間で使う呼称であり、カトック隊のみんなの前では言っていないはずなのに……。
『いや、違うぞ。少なくとも最近一度、口を滑らせてるじゃねえか』
すかさずダイゴローが脳内で、僕の記憶違いを正してくれた。
『ほら、あのギギってやつの生みの親。そいつが「怪物いじり」だとわかった時だ。お前は驚いて「あのメカ巨人ゴブリンを作った魔族!」って叫んだだろ?』
言われてみれば、そんな気がする。
こうして僕が微妙に納得している間に、ドライシュターン隊の三人も、わかったような態度を示していた。
「巨人ゴブリンの亜種、メカ巨人ゴブリンか。要するに、ただでさえゴブリン系統の中では最上級クラスの巨人ゴブリンに、さらに人為的な改造が施してあるのだな?」
「そういうこと。話が早くて助かるわ」
少し前に言われた言葉を、そっくりそのまま相手に返してから、クリスタは具体的な説明を始めた。
「メカ巨人ゴブリンは、防御面でも攻撃面でも、大きな特徴があって……」
まず防御面では、体に直接ネジ止めされた金属装甲。普通に戦っていては、こちらの攻撃は全く相手に届かない。
そして攻撃面では、筒状の左腕から撃ち出される光弾。初めて遭遇した際、これでニーナとカーリンが戦闘不能に陥り、クリスタも防御魔法を展開することしか出来なくなった。
「あの時は私たち、ダイゴローが助けてくれなかったら、全滅していたでしょうね。一昨日だって、そのダイゴローの攻略法を真似したからこそ、私たちだけでメカ巨人ゴブリンを倒せたのよ」
クリスタの説明は、十分すぎるほど親切で細かい。僕はそう思ったが……。
ドライシュターン隊のリーダーは、顔に疑問の色を浮かべて、ポツリと呟く。
「ダイゴローって誰だ?」
「そこの武闘家が言っていた『あの変なピチピチスーツを着たやつ』の名前だ。昨日、拳を交わしたのだろう?」
クリスタより先に、カーリンが返答。
そして向こうでも、質問した赤い戦士より先に、青い武闘家が反応を示していた。
「ああ、あいつか! うん、あいつは強かったからなあ。なるほど、あいつなら、そんな怪物とも渡り合えそうだ」
「そのダイゴローでさえ、メカ巨人ゴブリン相手には策を弄していたのだ」
一昨日の森の中と同じく、カーリンが始めたのは、魔法拳のコンビネーションという話だった。続いて、カトック隊だけでメカ巨人ゴブリンを倒したやり方も、具体的に語る。
「……というように、炎魔法と氷魔法の繰り返しで装甲を脆くすれば、屠ることは可能だ。だが俺たちの場合、一匹倒すだけで魔力が空になり、それ以上進むのは断念したのだ」
話をまとめたカーリンに対して、赤髪の戦士が、大きく首を縦に振ってみせる。
「なるほど、よくわかったよ。メカ巨人ゴブリンについてだけでなく、君たちがモンスターの巣まで行けなかった、という事情も」
続いて彼は、振り返って仲間の一人に声をかけた。青い鎧の武闘家ではなく、紺色ローブの魔法士の方だ。
「今の話を聞いて、どう思う?」
「あっちのお姉さんと共同なら何とかなりそうだけど、僕たちだけでメカ巨人ゴブリンと出くわしたら、もうお手上げだね。こっちは僕しか魔法が使えないし、それも雷と炎と風のみ。一手足りない感じだよ」
ダボダボしたローブの首回りで口元を隠したまま、魔法士は中性的な声で答える。続いて仲間に対してではなく、僕たちの方へ質問を投げかけた。
「聞いていいかな? さっき青いお姉さんが『あいつらが改造ゴブリンと呼ぶモンスターだ』って言ってたけど……。あいつらって誰?」
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