「そうね……」
ニーナ――ダイゴローが言うところの『桃色』――は、軽く首を振ってから、一瞬だけ下を向く。再び顔を上げた時には、つい今しがた落胆の色を浮かべたのが嘘のように、元気いっぱいの表情になっていた。
「いきなり変なこと聞いて、ごめんね。自分勝手な質問だったわ。それより他に、心配すべき点があったのに」
無理に明るく振舞っている、という声には聞こえない。むしろ、こちらの方が彼女には自然なように思えた。
すっかり立ち直ったニーナは、改めて僕を見つめる。初めて僕個人に関心を持った、と言わんばかりの目で。
「ねえ、キミ。どうして、こんな森ダンジョンの奥で一人だったの? もしかして、どこのパーティーにも所属しない、単独の冒険者なの?」
「わあ、一人パーティー! かっこいい!」
「話の腰を折らないで、アルマ」
横から『黄色』の子が口を挟んできたので、ニーナは軽くたしなめる。
そうか、この『黄色』の名前はアルマなのか、などと思っていると、
「とても、そうは見えないんだけど……」
ニーナが、チラッと周りに目をやった。
先ほどアルマが指差したように、土の上にはゴブリンたちの死体。
なるほど、助けられたというストーリーにしてしまうと、こういう疑問をぶつけられるわけだ。モンスターに囲まれて切り抜けられる程度の実力もないのに、一人で『回復の森』の奥にいるのは辻褄が合わない、ということだ。
でも、この点に関しては、正直に告げて構わないだろう。情けない話だから、あまり気は進まないが……。
「実は……」
無意識のうちに恥じてしまったらしく、自然に声が小さくなりながら。
所属パーティーをクビになったこと、そして置いていかれたことを、僕は語るのだった。
「ひどーい! 友だちを置いてっちゃうなんて、友だちじゃないよ!」
プンスカという表現が似合いそうな声と態度で、僕の代わりに怒ってくれるアルマ。まあ『怒る』といっても、子供によく見られる「当人は怒っているのに傍から見たら可愛らしい」という感じの怒り方だ。
一方、
「そっか。まあ、そういうこともあるよね。冒険者やってると」
ニーナの方は、かなり冷静な意見を述べていた。それほど年上には見えないが、まるで経験豊富な先輩冒険者のような口ぶりだ。
「でも、そういう事情なら、なおさらだね。こんなところに一人でいるのは危ないよね。早く森を出ないと」
「はい。今回は運良く助けられましたが、そんなラッキーも続かないでしょうから……」
と、自分で作ったストーリーに合わせて返す僕。
するとニーナは、うんうんと頷く仕草をしながら、ポンと手を叩く。
「じゃあ、こうしよう。キミ一人で森の出口まで辿り着くのは難しいから、私たちと一緒に行こう!」
……え? いいんですか?
心の中ではそう思ったが、言葉にならかった。ただ僕は、パチクリと瞬きするだけだ。
ニーナに続いて、
「私もニーナの意見に賛成だわ。そろそろ私たちも、今日の探索を切り上げて、戻る頃合いですもの。ちょうどいいわね」
と言う『緑』と、無言で頷く『青』。『黄色』のアルマは、無邪気な子供のように、はしゃいでいる。
「わーい、仲間が増えた!」
そんな四人の女性冒険者を前にして、
「ははは……。よろしくお願いします」
ようやく僕は、そう挨拶するのだった。
「それじゃ、一応……」
再びニーナが、一歩、僕に近づいてきた。
ドキッとしながらも、今度は後退りせずに耐える。
そんな僕から視線を切って、彼女は自分の腰に手を伸ばしていた。
よく見るとニーナは、左腰に長剣、右には小さな革袋を下げている。今は右腰の革袋から、何か取り出しているところだった。
「これ、首に掛けておいてね」
彼女が渡してきたのは、銀色の星形ペンダント。ニーナやアルマが首から下げているのと、同じものだった。
「これって……?」
「私たちカトック隊の紋章よ。もちろん、冒険者の記章を兼ねてるわ」
僕の質問に対して、ニーナは、何でもないような口調で答えてくれた。
でも、パーティーの証となる紋章は、大切なものだ。そんな簡単に他人には渡せないと思うのだが……。
「ああ、気にしないで。いくつも予備があるから」
まるで僕の心を読んだかのように、補足するニーナ。
『いや今の疑問に関しては、顔に出てたからな。お前って、わかりやすいやつだなあ』
と、本当に心を読めるダイゴローが、僕の脳内でツッコミを入れてきた。
それは無視して、さらに彼女の言葉に耳を傾ける。
「ほら、森ダンジョンを出るまでには、またモンスターが出ると思うし。だったら、キミにも記章が必要だろうし」
ああ、なるほど。冒険者の記章がないと、モンスターを倒しても、経験値や報酬が得られないから……。
つまり、一時的ではあるが本当にパーティーの一員として、モンスターと遭遇したら一緒に戦おう、ということだ。
最初にチラッと考えた「『回復の森』を出るまで、彼女たちにエスコートしてもらう」という話とは、少しニュアンスが違うらしい。
『でも、この方が嬉しいだろ? バルトルトだって冒険者なんだから』
そうかもしれない。
と、心の中でダイゴローに返しながら、
「そうですね。よろしくお願いします」
僕は女の子たちに向かって、改めて頭を下げた。
「じゃあ、歩き出す前に、もう一つ聞かせて。キミのジョブは? あと、名前は?」
「ニーナちゃん、それじゃ一つじゃなくて二つだよ」
「言葉の綾とか枕詞みたいなものだから、いいのよ。そこは数字じゃないの」
そんな言葉を交わす二人に、僕は自己紹介する。
「バルトルトです。十八歳の魔法剣士です。でも使える魔法は弱炎魔法くらいで……」
「よろしくね、バルトルトくん! 私はアルマ、十五歳のテイマーだよ!」
僕の言葉に被せるようにして、アルマが握手を求めてきたので、とりあえず応じておく。
なるほど、やはり年下だったのか。あと、テイマーというのを聞いて、腰につけた鞭にも納得できた。
テイマーは、調教師とも呼ばれる珍しいジョブだ。動物やモンスターの気持ちがわかるらしく、それを活かして、戦闘ではモンスターを操ったり、仲間にしたりするという。
一方、
「私がカトック隊のリーダーよ。キミと同い年だから、もっとフレンドリーに喋ってね」
そう言うだけで、ニーナは名前もジョブも告げなかった。ここまで他の者たちが『ニーナ』と呼びかけているので、名乗る必要はない、という判断かもしれない。
ジョブもわざわざ説明するまでもない、というならば……。剣と鎧から考えて、戦士あたりの、ありきたりなジョブだろうか。
「魔法士のクリスタよ。年齢は、あなたより少しお姉さん。でもタメ口で構わないわ。よろしくね」
今度は『緑』の自己紹介だった。笑顔に相応しい、聞いているだけで落ち着くような声。同じ「よろしくね」でも、アルマとは全く違う印象だ。
いかにも「優しそうなお姉さん」だから、クリスタが僕より年上というのは、とても納得できる話だった。
そして、最後が『青』で……。
「俺はカーリン。お前と同じく魔法剣士で、クリスタと同じく二十一歳だ」
ぶっきらぼうな言い方だった。しかも、クリスタが曖昧にした年齢を暴露してしまう形だ!
それに、一人称が『俺』とは……。外見も声も、あきらかに女性なのだが……。
そんなことを考える僕とは対照的に、
『いいじゃねえか。いわゆる俺っ娘というやつだ。うん、うん』
脳内のダイゴローは、なぜか、妙に満足そうな態度を示すのだった。
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