転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第52話 カトック隊西へ(3)

公開日時: 2020年11月26日(木) 17:30
更新日時: 2023年5月8日(月) 16:19
文字数:3,520

   

『おおっ! 同い年の女の子から、部屋に招待されたぞ! さあ、どうする、バルトルト?』

 僕の頭の中で、ダイゴローが囃し立てるのと同時に。

「わあ! ニーナちゃん、大胆だー! 男の子を部屋に招くなんてー!」

 現実でも、ここぞとばかりに、アルマがニーナをからかっていた。

「……私、お邪魔? お邪魔かな? だったら、他へ行こうかなー?」

 ニーナは『私の部屋に』と言ったものの、確かに、そこは彼女一人の部屋ではない。アルマの部屋でもあるのだ。だからアルマは、こんなことを言い出したのだろう。

 しかし。

 アルマのニヤニヤ顔を見れば、本気で言っているのではないと、誰の目にも明らかだった。

「冗談やめてね。わかってるだろうけど……。アルマもいてくれないと困るの。二人に対して、話しておきたいんだから」

「うん、茶化してごめん。真面目な話なんだよね、ニーナちゃん」

 軽く頭を下げるアルマや、真剣な表情のニーナと共に。

 二人の部屋へ、僕は足を踏み入れた。


 この家に来て、女子部屋に立ちるのは、今回が初めてだ。

 まず最初に感じたのが、ほんのりと漂う甘い香りだった。香水とか芳香剤とか、そんな人工的な匂いではなく、自然なものだ。

 そういえば、カトック隊に拾われて、彼女たちと一緒に行動し始めた時。『回復の森』という野外を歩いていたにもかかわらず、四人の女の子に囲まれた状態では、甘い香りが鼻をくすぐって、ドキドキしたものだった。あれと同じなのだろう。

 いつの間にか慣れてしまって、ダンジョンでは気にならなくなっていたが……。ここは個人の部屋という狭い空間だから、同じ『甘い香り』が、ギュッと濃縮されているに違いない。

『じゃあ、何度も訪れるうちに、女の子の部屋の香りにも慣れちまうんじゃねえか?』

 明らかに冗談口調のダイゴロー。彼もわかっているのだ。僕が『慣れる』ほど『何度も』ニーナとアルマの部屋に入る機会はないだろう、と。

『まあ、それは冗談としても……。そもそも、この家全体に似たような匂いが立ち込めてたはずだぜ? お前が来るまでは、若い女の子だけの共同生活だったんだから』

 一階のリビング兼ダイニングは広い部屋だし、風呂場は石鹸やシャンプーの香りの方が目立つ。だから今まで気づかなかったが、言われてみれば、そうなのかもしれない。


「私たちの部屋へようこそ、バルトルトくん!」

 招いたニーナより先に、歓迎の言葉を口にするアルマ。

「おじゃまします」

 と、決まり文句を返してから、僕は室内を見回す。

 最初に男子部屋に入った時に想像した通り、女子部屋は、内装のイメージカラーが大きく異なっていた。

 僕の部屋のスカイブルーに対して、こちらの部屋はパステルピンク。壁も天井もその色で塗られて、床には、ピンクというより赤に近い絨毯が敷かれていた。

『バルトルトの部屋には、絨毯なんてなかったよな?』

 違いは、それだけではなかった。二人部屋としてベッドが二つあったり、壁際に棚が設置されていたりするのは同じだが、衣装戸棚ワードローブと大きな鏡があるのは、いかにも女の子の部屋という雰囲気だ。

 さらに部屋の真ん中には、一人用くらいの丸テーブルと、小さな椅子が二つ。これだけ家具があっても手狭に感じないので、部屋のスペース自体、僕のところより少し広いのだろう。

「さあ、バルトルトくん。ここに座って」

 アルマが僕に椅子を勧めながら、もう片方の椅子に自分で座る。

 これでは、ニーナの席がなくなるが……?

 そう思ってニーナに視線を向けると、

「大丈夫だよ。私はベッドがあるから」

 彼女は鎧姿のまま、右側のベッドに腰を下ろした。


 三人が座ったところで、すぐにニーナが語り始めるかと思いきや、そうではなかった。

 話したいことはあるのだが、どう切り出したら良いのかわからない、という雰囲気だ。ベッドのへりに手をついて浅く腰掛けているのも、彼女の心情の表れなのだろう。少し思い詰めたような表情だった。

「それで、ニーナちゃん……。何の話をしてくれるの?」

 と、アルマに水を向けられて。

 ニーナは、ゆっくりと口を開く。

「うん。カトックのこと、二人にも話しておこうと思って……」

「ニーナちゃんの前に、パーティーのリーダーしてた人だよね? あと、ニーナちゃんがずっと探してた人なんでしょ?」

 アルマはアルマなりに気を遣って、ニーナが話しやすいよう、言葉を挟んだのだろう。

 うつむき加減だったニーナは、顔を上げて、僕やアルマの目を見据えた。

「乗合馬車の中でアルマと出会って、アーベラインの街へ向かう、って話になった時……。目的は人探しだ、って最初に話したよね」

 アルマが頷くと、今度は僕に対して、

「『回復の森』でキミと会った時も、謎の冒険者に助けられた、って話に飛びついて……。それに、街に入ったところで、キミにハッキリ告げたよね。探してる冒険者がいる、って」

 と言ってきたから、僕は大きく首を縦に振る。

「だから二人とも、私たちカトック隊が誰かを探してる、ってことは、早い段階で知ってたよね。それがカトックという冒険者である、とまでは言ってなかったけど……。『カトック隊』って名前に無反応だった時点で、二人ともカトックの噂すら聞いたことがない、って私には理解できてた」

 このニーナの言葉に対して、僕は「あっ!」と声を上げたいくらいだった。

 あの時は、僕も特に意識していなかったが……。

 考えてみれば、人を探しているのにその名前を出さないのは、あの場で違和感を覚えてもおかしくないほど、不自然な話だった。

 だが、わかってしまえば『不自然』でも何でもない。既に『カトック隊』という名称の中に、目的の人物の名前が含まれていたのだ。

 この『カトック隊』というパーティー名が、もしもカトックを知る者の耳に入れば、結び付けて考えるはずであり……。

『つまり、カトック隊の名前を広めることが、カトック探しにも繋がってたわけだ。そうなると、泉の事件を引き受けたのは、こっちの理由もあったんだなあ……』

 ダイゴローに指摘されて、ようやく理解できた。あの冒険仕事には、僕が思っていた以上に、深い意味があったのだ。

 実際、泉の汚染問題を解決したことで、カトック隊の知名度は上がったはず。その結果、マヌエラがカトックの情報を持ち込んできたのだから。


 こうして、僕とダイゴローは脳内会話で、今までの出来事について再考していたのだが……。

「それと、二人は、これにも無反応だったからね。残念ながらカトックのこと知らないんだなあ、って」

 そう言いながらニーナは、首から下げている紋章――銀色の星形ペンダント――に手を触れた。

『ああ、なるほど。ニーナとしては、今でもカトックが同じ紋章をしているはず、と思ってて……。あれ? ということは……』

 またダイゴローが、何か思いついたらしい。そのタイミングで、ニーナが僕に話しかけてくる。

「ごめんね。最初にカトック隊の紋章をキミに渡した時、ちょっと考えちゃったんだ。これをつけたままキミが街を歩き回ってくれたら、『同じ紋章の男を見たぞ』って人に出くわすかも、って……。それで、わざと返してもらわなかったんだよ」

 ニーナが何を言っているのか、一瞬、僕にはわからなかった。でも脳内で、ダイゴローが補足してくれる。

『そう、ちょうど俺が今、考えてたポイントさ。ほら、カトック隊の紋章を返しそびれたせいで、ソロのパーティーが作れなくて、旅人用の宿屋に泊まる羽目になった……。そんな事件があったろ?』

 もちろん覚えている。あれから色々あったので、だいぶ昔のような気がするけれど、わずか一週間ほど前の出来事だ。

 僕は単純に、うっかり返し忘れただけなのだが……。ニーナの方では『わざと』だったのか!

 そういえば。

 翌日になって『回復の森』まで紋章を返しに行った際、僕がその旨を告げると、クリスタとニーナが、


「ニーナ……。昨日のうちに、返してもらってなかったのね?」

「えへっ。忘れちゃった」

「嘘おっしゃい。わざとでしょう」


 という言葉を交わしていたっけ……。

『つまり、ニーナには裏の意図があったし、クリスタはそれを見抜いていた、ってことだ』

 今さらのように明かされた真相に、僕は驚きの表情を浮かべてしまったのかもしれない。

「ごめんね。本当に、ごめんね……」

 と、ニーナが心底すまなそうに繰り返している。

「いや、そんなに気にしなくていいよ。だって、ほら……」

 どう言ったら彼女の罪悪感が消えるのか。よくわからないので、僕は正直に告げた。

「……おかげで、こうして僕もカトック隊の一員になれたんだからね。最初の時にペンダントを返していたら、この現在の状況はなかっただろ?」

 そう。

 結果的には、ニーナのおかげなのだ。

 そのように考えると、僕は自然に、頬が緩むのだった。

   

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