「ありがとう。キミにそう言ってもらえると、私も助かるよ」
僕の言葉で、後ろめたい気持ちが軽くなったらしい。わずかに下がっていたニーナの眉尻が、元の位置に戻る。
「じゃあ、ちょっとした懺悔も終わったということで、話を続けるね。カトックに出会ったのは、まだ私が冒険者になったばかりの頃で……」
遠い目をして、ニーナは語り出す。
『もともと「カトックのことを二人に話しておきたい」って言って始めたんだから、話を続けるというより、ようやく本題に入る、って感じだよなあ?』
頭の中で聞こえるダイゴローのツッコミは無視して。
僕はニーナの話に耳を傾けた。
他の冒険者学院よりもワンランク上の、王都の学院で学んだニーナ。しかも、普通より二年早く卒業している。
以前にその話になった際、ニーナは謙遜してみせたものだが……。卒業したばかりの頃は、彼女の意識も違っていたらしい。
「自分は優秀な冒険者に違いない、って慢心があったのね。最初、私は冒険者パーティーには属さず、ソロでやっていくつもりだったの」
「さすがニーナちゃん! 一人でも大丈夫なくらい、強いもんね!」
アルマが挟んだ合いの手に対して、ニーナは苦笑いを浮かべながら、大きく首を横に振る。
「今とは違うのよ、アルマ。今でも私、一人パーティーなんて無理だと思うけど……。あの頃は、もっともっと実力不足だった。でも、自分の力がわかってなくて……」
南の方にある、ザルムホーファーという街。そこが、ニーナの冒険者生活のスタート地点だった。
単独パーティー設立の届けを、冒険者組合へ提出。記章を作ってもらった途端、意気揚々と、近くのダンジョンへ向かった。
「もちろん、いきなり危険なダンジョンへ行くつもりじゃなかったよ。初心者向けの森ダンジョンって聞いてたから、初実戦には相応しい、って思ったんだけど……」
そもそも、ザルムホーファーの街から問題の森まで行く間にも、野外フィールドでモンスターと遭遇する。しかし運が良かったのか、あるいは後々のことを考えれば逆に不運だったのか、そこで出てきたのは、ニーナ一人で相手できる程度のモンスターばかり。
だから余計に自信をつけて、森の中へ乗り込んでしまった。
「……雑魚狩りして気を良くしてるうちに、森の奥まで入っちゃってね。そうしたら、鎧衣ゴブリンの集団が出てきて、しかも囲まれちゃって……」
「うわあ、大変! だって、冒険者デビューした日なんでしょ?」
「そうだよ、アルマ。だから、無謀な行動だったの。若かったのよね、私も」
そう何年も昔の話ではないのに、年寄りじみた言葉を口にする。ニーナなりの、冗談なのかもしれない。
『俺の世界でも、それっぽい格言があるぜ。「認めたくないほどの、若さゆえの過ち」みたいな』
真面目な口調ではないので、ダイゴローは、冗談に冗談を被せたつもりだったのだろう。でも、僕は全く笑えなかった。
鎧衣ゴブリンは、ゴブリン系統の中でも、しょせん下の方のランクだ。今でこそ、たいした敵ではないと思えるが、冒険者学院を卒業したばかりの新人にとっては、結構な強敵のはず。そんなモンスターに取り囲まれるというのは……。
『ああ、そうか。バルトルトには、既視感があるわけか』
そう。
自分の手に余るようなモンスターの集団、という意味では、僕が巨人ゴブリンに出くわした時と、状況が似ているのだった。僕の場合は、ダイゴローと出会ったおかげで、助かったのだが……。
あの時のことを思い出して、神妙な表情になっていたらしい。
「そうだね。キミと同じだよ」
突然ニーナが声をかけてきたので、僕はドキッとする。
ダイゴローのことは秘密なのだから、僕が考えていた内容など彼女にわかるはずがないし、もしも理解されたら困ってしまう。それなのに『同じ』とは……?
「キミが謎の冒険者に助けられたように、私も助けられたの。それがカトックだった」
カトックについて思い浮かべて、ニーナは感傷的な表情になっている。
一方、僕はホッと胸を撫で下ろしていた。彼女は、僕が『謎の冒険者』を頭に浮かべたと思っていたらしい。
『そういえば、もう謎の冒険者じゃなくて、森の守護者って呼ぶことに決めたんだろ? でも定着してないみたいだぜ?』
ダイゴローが茶々を入れるが、それは無視して。
僕は、全力でニーナの誤解に乗っかることにした。
「そうだね。僕の場合は、お礼を言うことも出来なかったけど……。ニーナは、それをきっかけにカトックと知り合ったんだね」
「うん。あの時のカトックは、本当に救世主だったの……」
幸せそうな笑顔で、ニーナは当時の出来事を語る。
疾風のように現れた冒険者が、バッサリと一撃で斬り伏せた一匹。それは、ニーナを背後から狙う個体だった。続いて「君も戦え!」とニーナを激励しながら、彼女が一匹と斬り結ぶ間に、次々と鎧衣ゴブリンを屠っていく。
「……まるで騎士のようだったよ。赤い装飾の入った白い金属鎧も、いかにも騎士鎧って感じ!」
目を輝かせるニーナに対して、アルマも微笑みを浮かべる。
「ちょうどニーナちゃんの鎧みたいだね」
そういえば。
僕も最初、ニーナの金属鎧に対して、庶民の装備にしては立派すぎると感じたものだった。「もしかして貴族のお姫様なの?」と尋ねて、笑われたくらいだ。
『ニーナ自身が言ってたよな。もともとは皮鎧だったけど、カトック隊のリーダー就任に際して今のに変えた、って』
ダイゴローの指摘で思い出す。その時、クリスタも「先代のリーダーの格好を真似た」と言っていたから……。
『俺もバルトルトも、勘違いしちまったよなあ? 鎧の変更は、リーダー交代に伴う儀式みたいなものかと思ったが……。そうじゃなくて、個人的な憧れだったらしい』
カトックについて語るニーナは、本当に素敵な表情になっていた。恋する乙女と言ったら言い過ぎだろうし、おそらく恋愛感情とは違うのだろうが……。少なくとも、彼女がカトックに好意を抱いていたことだけは、誰に目にも明らかなレベルだった。
「戦闘の気配や物音を聞きつけて、困ってる人がいるって判断して、助けに来てくれたんだって。今ならば『冒険者としては当たり前』って思えるけど、まだ駆け出しだった私には、それも騎士道精神みたいに感じられたの!」
「だからね」
再びニーナは、突然こちらに顔を向ける。
「キミと出会った時、キミも似たようなシチュエーションで助けられた、って言ったから……。てっきり『カトックに違いない!』って、思っちゃってね」
「ああ、それで……」
適当に合いの手を挟みながら、当時のニーナの様子を思い浮かべる。グイグイ迫ってきたり、僕の返事に落胆したり……。
今になってみると、色々と納得できた。全ては、カトックに対する彼女の想いの強さ故だったのだ。
一方、少し感傷的になった僕とは異なり、意外にもアルマが、冷静な疑問を口にしていた。
「ねえ、ニーナちゃん。今の話だと、ニーナちゃんを助けに入ったのはカトックくん一人みたいだけど……。カーリンちゃんとクリスタちゃんも、もうカトック隊のメンバーだったんでしょ?」
確かに、カーリンとクリスタの方が、ニーナより加入が早かったはず。入浴順序のルールに伴って聞かされていたのを、改めて思い出した。
「うん、もちろん。カトックに少し遅れて、カーリンとクリスタも来てくれたよ。私が倒した鎧衣ゴブリンは一匹か二匹で、残りは全部、三人でやっつけちゃったの」
僕がカトック隊に出会った時だって、最初に目に入ったのは、こちらに向かってくるアルマ一人だった。戦闘中ではなかったので、さらに後ろから三人が来ていることにも気が付いたが……。
ニーナの場合は余裕がなくて、その分、カーリンとクリスタを認識するのが遅れたのだろう。
『というより、インプリンティングみたいなもんだろうな。生まれたばかりの動物が、最初に見た生き物を親だと思い込む現象……。この世界にもあるだろ? それとも、まだ知られてないか?』
専門用語はないが、そういう概念そのものは一般常識だ。
赤ん坊と親の関係で例えるのは、少し違うような気もするけれど……。最初に救援に来てくれた一人だけが強く印象に残った、というのは理解できる話だった。
その上、その一人がパーティーのリーダーであり、唯一の異性でもあったのだ。カトックを特別視するには十分な理由となっただろう。
「こうして、一人パーティーなんて無理、って思い知らされてね。カトック隊に拾われて、しばらくは四人で楽しくやってたんだけど……」
ニーナの口から『カトック隊に拾われて』という言葉を聞くと、なんだか感慨深い。その『拾われた』ニーナが新しいリーダーとなり、今度は僕を『拾って』くれたのだから。
あの時ニーナが「一人パーティーはダメ」と強く言っていたのも、彼女自身の経験を踏まえた上だったのだ……。
我が身を振り返っていた僕は、次のニーナの言葉で、彼女の話に意識を向け直すことになった。
「……今から数ヶ月前。あの森で――出会ったのと同じ森で――、カトックは消えてしまったの」
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