暗くなってきた森の中、僕たち五人は、来た道を戻る。
しばらく歩くと、転移してきた地点に辿り着いた。
少し開けた場所であるが、最初に来た時よりも、鬱蒼とした雰囲気は濃くなっている。それだけ暗さが増してきたという証であり、まだ魔法陣の存在は見えるものの、改めて僕は時間の経過を感じるのだった。
「一応、試してみようか?」
「そうね。村側と同じで、どうせ無理でしょうけど……。試すだけなら、それほど時間もかからないわ」
ニーナの言葉に応じて、クリスタは早速しゃがみ込み、転移魔法陣に手をついた。
これでニーナの「試す」の意味を理解して、僕もクリスタの真似をする。他の仲間たちも、同じく魔法陣に触れて……。
「じゃあ、魔力を込めよう! せーのっ!」
ニーナの号令で、僕たちは魔法陣を作動させようと頑張ってみる。だが、何も起きなかった。
「まあ、仕方ないよね。こっち側も、やっぱりモンスターじゃないと動かせないか……」
口調にも表情にも落胆した素振りはなく、ニーナはスッと立ち上がる。
「それじゃ、地道に歩いて帰ろう! みんな、さらに気をつけてね!」
このまま進めばクラナッハ村に辿り着く、と聞かされてはいるけれど、実際に通るのは初めてなのだ。いっそうの警戒心と共に、さらに暗くなっていく森の中、僕たちは再び歩き始めるのだった。
「わあ! お星様、きれいー!」
森を出た頃には、完全に夜になっていた。
アルマの言う通り、空には星々が瞬いている。もしも真っ暗闇だったら困っただろうし、雲ひとつない澄み切った夜空なのは、不幸中の幸いなのかもしれない。
「さてと。村の南側にある森、って話だったけど……」
「その話、間違ってなかったみたいね」
「ニーナちゃんもクリスタちゃんも、ひどーい! ギギちゃんが言ってたこと、信じてなかったのー?」
三人とも、冗談を言い合うような、軽やかな口調だ。帰るべきクラナッハ村が視界に入って、安心したのかもしれない。
キョロキョロと辺りを見回すまでもなく、少し離れた斜め前方に、集落の灯りが見えていたのだ。
小さな村だから、クラナッハ村には、夜でも煌々とした歓楽街なんて一つもないはず。それでも遠くから眺めれば、家々の魔法灯の光が集まって、大きな存在感を示す形になっていた。
『さっきバルトルトは、今夜が晴天なのは不幸中の幸いだ、って言ってたが……。暗い夜だからこそ、民家の灯りも目立つんだろ? じゃあ真っ暗闇だとしても、困るどころか、かえって見えやすくなってたんじゃないのか?』
クラナッハ村はブロホヴィッツの北側に位置しており、僕たちは三日前、南から村へ来る形だった。しかし途中で大きな森の中を通った覚えはないから、今夜の森は村の真南ではなく、南南東あるいは南南西の方角だったのだろう。
『馬車も初めてじゃないから、いちいち意識しなくなったが……。窓の外に森が見えることは結構あるもんな。そういう森の一つが今夜の森、つまり魔族の隠れ家だったんだろうさ』
まだ魔族そのものを見ていないのに、ダイゴローは、あの森に魔族がいると断言する。まあ僕もほぼ確信しているので、特に異論はないわけだが。
『とりあえず、魔族云々じゃないだろ? お前が、改めて位置関係を気にし始めた理由は』
そう、ポイントは、もともと僕たちが南から村へ入ったこと。つまり、村の入り口に相当する広場は、クラナッハ村の南端に位置しており……。
まっすぐ進んで村に到着すると同時に、泊まっている宿屋が視界に入ってくる。
「帰ってきたー!」
嬉しそうに叫びながら、建物へ駆け込むアルマ。
「さすがに、ちょっと疲れたわ……」
「特にクリスタは、魔法いっぱい使ったもんね。みんな、今夜はグッスリ眠ろう!」
ニーナに率いられて、僕たちも宿屋へ入るのだった。
翌朝。
食事の席で、クリスタが面白い提案を持ち出した。
「今日は、村の探索は止めにしない?」
僕は最初、クリスタの意図がわからなかった。だが、それは僕だけではなく、
「もしかしてクリスタ、まだ疲れてる? 今日一日、ゆっくり休みたい?」
「クリスタちゃん、あんなにグッスリ眠ったのにー? 寝ている間に悪戯されても気づかない、ってくらいだったよねー」
「そうじゃないわ」
クリスタは微笑みながら、ニーナとアルマの言葉を否定する。
「一応確認しておくけど、寝ている間の悪戯って、言葉の綾よね? アルマもバルトルトも、私に変なことしてないでしょうね?」
「大丈夫だよー」
「ちょっと待って。なんで僕の名前が出てくるんですか」
そんな軽い冗談を挟んでから、クリスタは本題に入った。
「私が言いたいのは……。村の中を調べるのではなく、直接あの森へ行くのはどうかしら、って話なの」
そもそもカトック隊の目的は、村を訪れるというゴブリンそのものではなく、その背後にいるかもしれない魔族だった。
人間には使えない魔法陣とか、魔族が改造したメカ巨人ゴブリンとか、魔族関与の可能性はどんどん高くなっている。魔族がいるのであれば南の森の中だ、というところまで特定できた。
昨日はゴブリンのギギに案内してもらう予定であり、案内役がいなくなった時点で引き返したが……。
「今日は、昨日とは違うわ。一晩きちんと休んで私の魔力も回復したし、それはカーリンやバルトルトも同じはず。それに朝から行けば、暗くなる前に、かなり調査できるでしょう?」
転移魔法陣の広場で感じたように、夕方と夜では、かなり雰囲気が違っていた。つまり、日の光が届きにくい森の中とはいえ、全く届かないわけではない。昼間ならば一応の明るさはあり、僕たちだけで探索するとしても、問題はないはずだった。
「ギギちゃんのこと、どうするのー?」
アルマが疑問を差し挟む。
その住処がわかればゴブリンのギギは用済み、と言っているように聞こえたのかもしれない。その場合、問題のモンスターと仲良くなった彼女にしてみれば、薄情に思えるのは当然だった。
「それも放置するつもりはないわ」
アルマを安心させるように、クリスタは彼女に微笑みかける。
「私たちが不在の間にギギちゃんが来たら、って心配よね。そうなったら、また大人たちが武器を持って追い回すかもしれない。でも……」
ゴブリンの出現頻度は、これまで聞いた限り、一週間に二回か三回。実際に僕たちが遭遇したのも、昨日と三日前だ。二日連続で現れるというのは、今まで一度もなかった。
だから今日は、ギギが村を訪れる可能性は極めて低いはず。つまり、僕たちが村を離れても、今日ならば大丈夫。それがクリスタの考えだった。
「そっか。私たちがいなくても、ギギちゃんが虐められる心配はない、ってことか……」
アルマも納得したらしい。
その様子を見て、ニーナが結論を出す。
「じゃあ、決まりだね。今日は、昨日の森へ行こう! ギギちゃんの案内なしでも、私たちだけで、魔族を見つけ出しちゃおう!」
朝食の後。
冒険者としての装備を整えて、一階へ向かうと、いつものように受付で声をかけられた。
僕たち以外に泊り客はおらず、女将さんも手持ち無沙汰なのだろう。
「また村の中を歩き回るのかい?」
「いえ、今日は村の外を調べてみるつもりです」
「おや、例のモンスターがどこから来るのか、何か手がかりでも得られたのかい?」
「まあ、そんなところです」
ニーナは笑いながら、そう返していた。
詳細は伏せたまま、最低限の情報だけは明らかにしておく形だ。正直に告げるのではなく「今日も村の中を調べて回る」でも構わないかもしれないが……。
何か事件が起こって、村の誰かが――例えばカールやパトリツィアなどが――僕たちを探す可能性もある。その時になって嘘が露呈するよりも、あらかじめ言っておいた方がいい、という判断なのだろう。
こうして、僕たち五人は宿屋を出て、朝の広場へ。
昨日までは、ここから村の中心へ向かう形だったが、今日は反対方向だ。
「じゃあ、行こう!」
「行き先は、ギギちゃんのお家だねー!」
ニーナとアルマを先頭にして、歩き始めたのだが……。
そんな僕たちを呼び止める声が、広場の中央から聞こえてくる。
しかも、明らかに人間の声ではなかった。
「ギギッ、ギギギッ!」
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