転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第62話 カトック隊西へ(13)

公開日時: 2020年12月7日(月) 17:30
更新日時: 2023年5月11日(木) 16:10
文字数:3,179

   

 夕焼け空を背景にして、アーベントロートが見えてきた時。

 そこは、アーベラインやブロホヴィッツ、これまで乗合馬車で通ってきた他の街と比べて、半分くらいの規模に感じられた。僕は改めて、最初のマヌエラの説明にあった「本当に小さな街」「むしろ村って言った方がいいくらい」という言葉を思い出す。

 そんなアーベントロートの中に、馬車は入っていき……。

「さあ、着いたよ!」

 と言いながら御者が馬を停めたのは、日時計らしき石柱を中心とした、こじんまりとした広場だった。

「お世話になりました!」

 リーダーであるニーナに続いて、

「ありがとー!」

「ありがとうございました」

 他の者たちも、挨拶しながら馬車を降りていく。

 ブロホヴィッツで降車した時と、同じような光景だ。

 ただし今度は、僕たちだけのために、ここまで走ってくれた小型馬車なのだ。だから僕は、同じ「ありがとうございました」でも、いっそうの気持ちを込めて口にするのだった。


 ブロホヴィッツと違う点は、他にもあった。

「さあ、こっちだ」

 今度は、広場周辺の詳しい案内が、従姉妹いとこからの手紙に同封されていたらしい。地図を手にしたマヌエラは、広場に繋がる小道の一つに、自信を持って向かっていく。

 彼女に先導される形で、僕たちも歩き始めた。

「この先にあるのが、カトックが世話になってる教会なのね?」

「違うんじゃないかしら。まずは、マヌエラの従姉妹いとこのお宅へ行くのでしょう?」

 そんな言葉を交わすニーナとクリスタに、マヌエラが振り向いて説明する。

「クリスタが正解だ。とりあえず、挨拶に向かうよ。あたしたちは、そこに泊めてもらう形になるからね」

「あら。あなただけじゃなくて、私たちまでお世話になって構わないの?」

 少しだけ驚いた様子のクリスタ。

 僕も彼女と同じく、てっきり宿屋に泊まるものだと思っていたのだが……。

「もちろんさ。従姉妹いとこの家は広いからね。六人くらいは余裕だし、大歓迎だって言ってたよ!」

 誇らしげな顔で、マヌエラは保証するのだった。


 マヌエラに案内された先は、郊外にある農園だった。

 もともと街というより村という感じのアーベントロートだ。街外れまで来れば、土地は余っているのだろう。広々とした緑の中にある、青い屋根の大邸宅だった。

「大きなおうちー!」

「そっか。これなら、カトック隊みんなで泊まれるね……」

 アルマやニーナが、感嘆の声を上げる。

 僕は僕で、それこそ宿屋みたいだ、と思ってしまう。

『そうだな、バルトルト。まるで、田舎の小粋なペンションだ。北海道の大自然にありそうな……』

 相変わらず言葉の意味はよくわからないが、どうやらバルトルトも、僕と同じように感じたらしい。


「いらっしゃい! 遠いところをわざわざ……。あたしゃ嬉しいよ!」

「リーゼル、久しぶり! 会いたかったよ!」

 僕たちを出迎えたのは、マヌエラと同じく、紫色の髪を持つ女性だった。年齢もマヌエラ同様、二十代前半あるいは半ばくらい。体つきも武闘家のマヌエラとよく似ているが、冒険者ではないのだから、おそらく畑仕事でついた筋肉なのだろう。

 親愛の情を込めて、グッとハグする二人。それを解いてから、改めてマヌエラは、こちらへ向き直った。

「紹介するよ。これがあたしの従姉妹いとこ、リーゼルさ!」

「どうも。歓迎しますよ、カトック隊のみなさん」

 軽く頭を下げてから、リーゼルは、後ろに控えている者を指し示す。

「それで、こっちがあたしの旦那……」

「フランツです、よろしく」

 三十過ぎくらいの、茶髪の男性だ。半袖のシャツを着たその姿からは、細身だが筋肉質という雰囲気が漂っていた。

「まずは、みなさんをゲストルームへ案内してもいいんだけど……」

 リーゼルは、チラッとフランツと目を合わせて、彼が頷いたのを確認してから、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「……みなさんは、カトックさんに会いに来たんですよね? だったら、先にカトックさんのところへ案内した方がいいのかねえ」

「今から早速、連れてってもらえるんですか?」

 案の定、ニーナが食い気味に反応を示した。

 対照的に、落ち着いた口調で、クリスタも言葉を挟む。

「もしかして、私たちが来ること、既にカトックには伝えてくださってるのかしら?」

 しかしリーゼルは、ニヤニヤ笑いながら、首を横に振った。

「いやいや、まだなんだけど……。ほら、こういうのは、先に言っちゃったら面白くないからね。サプライズのために、カトックさんにも、彼の周りの自警団の連中にも、秘密にしてますよ」

 カトックとの再会は、ニーナにとっては真剣な問題だ。ある意味、これまでの活動の集大成とも言えるはず。

 それをサプライズ·パーティーのように扱われたら、さぞかし気を悪くするのではないだろうか。

 チラッとニーナの方を見ると、露骨に顔を曇らせたわけではないものの、微妙な表情になっている。リーゼルも気づいたらしく、少し説明を加えた。

「ああ、誤解しないでくださいね。サプライズにしたのは、みなさんのためでもあるんです。ほら、カトックさんは記憶喪失だろ? だったら予備知識なしに、みなさんの顔をいきなり見たら、その衝撃で記憶が蘇るんじゃないか……。そう思ったのさ!」

『おいおい。そんな、しゃっくりじゃあるまいし……。記憶喪失って、びっくりさせると治るものなのか?』

 僕の心の中では、ダイゴローがツッコミを入れている。

 この方面に関する専門知識はないので、僕には判断しかねるが……。誰も口に出して反論しない以上、そういう考え方もあるのだろう、と納得するしかなかった。


 彼女の夫フランツを一人残したまま、今度はリーゼルが案内役となって、僕たちはカトックの居場所へと向かう。

「カトックさんは、今日は自警団を率いて、例の森へ行ってるはずでね」

「じゃあ、私たちも森へ行くんですか?」

 リーゼルの説明に、やはり真っ先に飛びつくのはニーナだった。

 先導役のリーゼルと、並んで歩いている形だ。それだけ気がはやっているからだろうが、カトック隊のリーダーとして僕たちの先頭に立っている、という見方も出来るかもしれない。

「いやいや、違うよ。あたしゃ、あんな危険な森には入れないからね」

 と、大袈裟に肩をすくめるリーゼル。

 一瞬だけ夕方の空を見上げてから、ニーナの方を向いて、笑みを浮かべる。

「でも、安心おし。もう戻ってきてる時間だろうさ。だから教会に行けば、カトックさんに会えるはずだよ」

「ありがとう!」

 明るい表情のニーナ。彼女の心の中は、今やカトックのことでいっぱいに違いない。

 それよりも僕は、だんだんリーゼルがフランクな話し方になっている、という点に意識を向けていた。

 僕たちカトック隊は、ある意味アーベントロートの英雄とも言えるカトックと、同じ冒険者だ。リーゼルの家に泊めてもらう立場だが、リーゼルにしてみれば、ごく普通のゲストではなく、最上のもてなしをしたいくらいかもしれない。

『それは言い過ぎかもしれんが……。まあ最初の出迎えの態度には、ちょっと、そんな雰囲気もあったかな』

 と、僕の中のダイゴローも、部分的に賛同してくれる。

 でも、それでは『泊めてもらう立場』の僕としては、恐縮してしまう。だから、少しくだけた態度で接してもらえる方が、気楽に思えるのだった。


 かなり街の中心へ入ったようだが、まだ家並みはまばら。牧歌的な村のような小さな街なのだ、と改めて感じさせられる。

 そんな雰囲気の地域に、目的の教会は存在していた。独特のシンボルマークを屋根に備えた、灰色の建物だ。

『ほう。この世界でも、教会は十字架なのか……』

 というのが、建物を目にしたダイゴローの第一声だった。どうやら彼の世界でも、シンボルマークは同じらしい。

 僕が心の中の声へ意識を向けている間に、先頭を歩く二人は、教会の正面扉に辿り着き……。

「カトックさん、いるかい?」

 大声で呼びかけてから。

 返事を待たずして、リーゼルが扉を開いた。

   

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