「顔がなかった、ですって? のっぺらぼうかしら? そんな感じのモンスターだった、ってこと?」
聞き返すクリスタ。
女性武闘家が言葉を返すより早く、僕の頭の中でダイゴローが騒ぎ始める。
『おいおい! のっぺらぼうのモンスターもいるのかい!』
いや、それは違う。のっぺらぼうというのは、目も鼻も口もないというお化けの名称であり、空想上の存在に過ぎない。子供向けの怪談に登場するお化けで……。
『ああ、それならわかる。俺の世界でも、そういう妖怪が出てくる怪談ならあるぞ』
ならば説明の必要はあるまい。
モンスターだって生き物だ。ウィスプのような異形型モンスターは、いわば例外的な存在。例えばゴブリンのように、人型モンスターならば、呼吸のための口や鼻、視覚器官としての目などが存在するのが、自然の摂理だ。のっぺらぼう型モンスターなんて、聞いたことがなかった。
「いやいや、そうじゃない」
紫髮の女性は、重々しく首を振る。
「顔のパーツがない、ってんじゃなくて、顔そのものがなかったんだ。いわば『虚無』って感じでね」
面白い記憶ではないのだろう。彼女は顔をしかめながら、また林檎酒を口に運んだ。
「あたし自身、自分の目を疑うような話だから、あんたたちが信じられないのも無理はないが……」
「いいえ、私は信じるわ」
クリスタはキッパリと告げてから、僕とカーリンに目を向ける。
まるで許可を与えるかのように、カーリンは首を縦に振った。よくわからないが、僕も頷いておく。
『なあ、バルトルト……。わからないまま同意するのは、無責任だぞ……』
と、ダイゴローからの苦言。
判断を放棄して適当に頷いたのであれば、確かに『無責任』と言われても仕方ないが……。これは、僕なりに考えた結果だった。
何であれ、クリスタのすることならば間違いないはず。そのように僕は、彼女に全幅の信頼を寄せた上で、賛成の意思を示したのだ。
僕たちの態度を見てから、クリスタは女性武闘家に向き直り、
「私たちも『回復の森』で、異様なモンスターに出くわしてるの。実は……」
機械化された巨人ゴブリンが出現。交戦したが、とても敵わない。大ピンチの場面に、見知らぬソロ冒険者が現れて、助けてくれた……。
そんな経験談に続いて、クリスタはさらに告げる。
「私たちが出くわしたのは、一応は巨人ゴブリンの亜種みたいだけど……。でも、見たことも聞いたこともないタイプだったのは間違いないわ。そんな怪物が徘徊する以上、何が出てきても不思議じゃないでしょう?」
「なるほどねえ。巨人ゴブリンの進化型かい……」
女性武闘家は、いっそう険しい顔つきになっていた。
僕たちよりは少し年齢が上に見えるし、それに、色々なパーティーの助っ人をしているという彼女だ。冒険者としての経験は豊富であり、ならば今までに、巨人ゴブリンの脅威度を肌で感じる機会もあったのだろう。だからこそ、さらに上回る強敵を想像して、表情が変わったに違いない。
「それでね。泉の異変の話も考え合わせたら、『回復の森』で、何か大変な事態が起こっているように思えて……。調べてみたくなったの」
クリスタとしては、ベッセル男爵から依頼されて調べている――この問題を解決したら報酬が得られる――という点は、伏せておくつもりらしい。僕たちがこの件に首を突っ込んだ理由を「『回復の森』で不可解なモンスターと戦ったから」という話で説明したのだ。
確かに、あの依頼を掲示板で知る前から「調べてみよう」という話が出ていたので、一応は嘘にならないはず。少し卑怯な気もするけれど。
『「聞かれなかったからね」理論というやつだな。会話術のテクニックとして、俺の世界にも存在するが……』
言葉を飲み込むダイゴロー。その口調から判断すると、僕だけでなく彼もまた、こういう話し方は不誠実だと感じているようだった。
「それで、探していた早起き鳥は見つかったの?」
こちらの事情を語った後で、相手の仕事の方に話を戻すクリスタ。聞きたいことは聞き終えたから、雑談モードに入ったらしい。
ビジネスではなく、冒険者同士のプライベートな会話なので、こちらの用件だけ終わらせてすぐに立ち去るのは失礼、と考えたのだろうか。
「ああ、うん。一匹は確保したんだけどさ……」
と、女性武闘家は苦笑いする。
捕まえた早起き鳥を依頼人のところへ持って行ったら「これはオスだ。僕が欲しいのはメスなのに!」と言われたそうだ。
「それでも、早起き鳥は早起き鳥だ。一匹分の報酬はもらえた上に、さらに探し続けることになってね。結果的には、むしろ良かったよ」
「じゃあ、まだ毎朝、あなたたちは『回復の森』へ通っているの? 明日も早くから行くつもり?」
『ここだな、クリスタが知りたかったポイントは。この姉ちゃんたちに道案内させよう、って腹づもりだ』
ダイゴローの指摘で、僕も彼女の意図を理解できた。先ほどは「雑談モードに入ったらしい」と思ってしまったが、それは大間違いだったのだ。
『おう、バルトルトも注意しろよ。穏やかな笑顔の裏では、何を考えているやら……。クリスタは案外、甘くないぞ』
という人物評は聞き流して。
改めて、頭の中で現状を整理してみる。
黒ローブの怪人について目撃情報を確認できたのだから、次にやるべきことは、その怪人を捕らえて真相を白状させる、という仕事だろう。
そのためには、正確な目撃ポイントまで同行して、そこに隠れて見張るのがベスト、とクリスタは考えたに違いない。
しかし。
女性武闘家は、首を横に振った。
「いや、もう『回復の森』には行かないさ。ダンジョンですらない、別の森を今は探索してるよ。早起き鳥の生息地候補は、他にもあるからね」
「あら、残念……」
「だから案内はしてやれないが……」
白い歯を見せて、ニッと笑う武闘家。彼女の方でも、クリスタの魂胆はお見通しだったようだ。
「……あたしが黒ローブを見かけた場所なら、詳しく教えてやるぜ。これを見れば誰でも行ける、ってくらいにな」
彼女は懐からメモ用紙を取り出して、簡単な地図を書き始めた。
「何かあったら、いつでも声をかけておくれよ。掲示板にも貼ってあるからさ!」
上機嫌で手を振る女性武闘家。彼女一人をテーブルに残して、僕たちは食堂ホールを後にした。
泉の怪人の目撃談を信じる冒険者が現れて、よほど嬉しかったのだろう。結局、互いに名乗ることすらないままだったが……。
『いいじゃねえか。掲示板のメッセージで連絡取れる、ってことは、そこには名前だって書いてあるんだろ?』
ダイゴローの言う通りだった。
彼女のように「臨時メンバーを繰り返す」という『フリーの冒険者』がたくさんいるとは思えないから、もしも似たようなメッセージが貼られていても、女性の武闘家というだけで特定できるに違いない。
「面白い話が聞き出せたわね」
「うむ。ニーナたちの方は、どうだろうな?」
ニンマリとした笑みを浮かべるクリスタと、表情を変えないカーリン。後ろを歩く僕も、二人からは見えないのを承知の上で、自然と頷くのだった。
ニーナやアルマと別れた場所へ戻ると、二人も冒険者寮での聞き込みを終わらせて、戻ってきていた。他の冒険者たちの邪魔にならないよう、壁際に固まっている。
「みんな帰ってきたー!」
「そっちは、どうだった?」
ニーナとアルマの出迎えに対して、三人を代表して応じるのはクリスタだった。
「ええ。収穫はあったわ」
「そっか。私たちの方は……」
と、まずはニーナから、別行動の間の成果を語り始める。
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