転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第34話 武器屋と武闘家(9)

公開日時: 2020年11月5日(木) 17:30
更新日時: 2023年5月8日(月) 16:14
文字数:3,023

   

「顔がなかった、ですって? のっぺらぼうかしら? そんな感じのモンスターだった、ってこと?」

 聞き返すクリスタ。

 女性武闘家が言葉を返すより早く、僕の頭の中でダイゴローが騒ぎ始める。

『おいおい! のっぺらぼうのモンスターもいるのかい!』

 いや、それは違う。のっぺらぼうというのは、目も鼻も口もないというお化けの名称であり、空想上の存在に過ぎない。子供向けの怪談に登場するお化けで……。

『ああ、それならわかる。俺の世界でも、そういう妖怪が出てくる怪談ならあるぞ』

 ならば説明の必要はあるまい。

 モンスターだって生き物だ。ウィスプのような異形型モンスターは、いわば例外的な存在。例えばゴブリンのように、人型モンスターならば、呼吸のための口や鼻、視覚器官としての目などが存在するのが、自然の摂理だ。のっぺらぼう型モンスターなんて、聞いたことがなかった。


「いやいや、そうじゃない」

 紫髮の女性は、重々しく首を振る。

「顔のパーツがない、ってんじゃなくて、顔そのものがなかったんだ。いわば『虚無』って感じでね」

 面白い記憶ではないのだろう。彼女は顔をしかめながら、また林檎酒シードルを口に運んだ。

「あたし自身、自分の目を疑うような話だから、あんたたちが信じられないのも無理はないが……」

「いいえ、私は信じるわ」

 クリスタはキッパリと告げてから、僕とカーリンに目を向ける。

 まるで許可を与えるかのように、カーリンは首を縦に振った。よくわからないが、僕も頷いておく。

『なあ、バルトルト……。わからないまま同意するのは、無責任だぞ……』

 と、ダイゴローからの苦言。

 判断を放棄して適当に頷いたのであれば、確かに『無責任』と言われても仕方ないが……。これは、僕なりに考えた結果だった。

 何であれ、クリスタのすることならば間違いないはず。そのように僕は、彼女に全幅の信頼を寄せた上で、賛成の意思を示したのだ。

 僕たちの態度を見てから、クリスタは女性武闘家に向き直り、

「私たちも『回復の森』で、異様なモンスターに出くわしてるの。実は……」


 機械化された巨人ギガントゴブリンが出現。交戦したが、とてもかなわない。大ピンチの場面に、見知らぬソロ冒険者が現れて、助けてくれた……。

 そんな経験談に続いて、クリスタはさらに告げる。

「私たちが出くわしたのは、一応は巨人ギガントゴブリンの亜種みたいだけど……。でも、見たことも聞いたこともないタイプだったのは間違いないわ。そんな怪物が徘徊する以上、何が出てきても不思議じゃないでしょう?」

「なるほどねえ。巨人ギガントゴブリンの進化型かい……」

 女性武闘家は、いっそう険しい顔つきになっていた。

 僕たちよりは少し年齢が上に見えるし、それに、色々なパーティーの助っ人をしているという彼女だ。冒険者としての経験は豊富であり、ならば今までに、巨人ギガントゴブリンの脅威度を肌で感じる機会もあったのだろう。だからこそ、さらに上回る強敵を想像して、表情が変わったに違いない。

「それでね。泉の異変の話も考え合わせたら、『回復の森』で、何か大変な事態が起こっているように思えて……。調べてみたくなったの」

 クリスタとしては、ベッセル男爵から依頼されて調べている――この問題を解決したら報酬が得られる――という点は、伏せておくつもりらしい。僕たちがこの件に首を突っ込んだ理由を「『回復の森』で不可解なモンスターと戦ったから」という話で説明したのだ。

 確かに、あの依頼を掲示板で知る前から「調べてみよう」という話が出ていたので、一応は嘘にならないはず。少し卑怯な気もするけれど。

『「聞かれなかったからね」理論というやつだな。会話術のテクニックとして、俺の世界にも存在するが……』

 言葉を飲み込むダイゴロー。その口調から判断すると、僕だけでなく彼もまた、こういう話し方は不誠実だと感じているようだった。


「それで、探していた早起き鳥アーリー・バードは見つかったの?」

 こちらの事情を語った後で、相手の仕事の方に話を戻すクリスタ。聞きたいことは聞き終えたから、雑談モードに入ったらしい。

 ビジネスではなく、冒険者同士のプライベートな会話なので、こちらの用件だけ終わらせてすぐに立ち去るのは失礼、と考えたのだろうか。

「ああ、うん。一匹は確保したんだけどさ……」

 と、女性武闘家は苦笑いする。

 捕まえた早起き鳥アーリー・バードを依頼人のところへ持って行ったら「これはオスだ。僕が欲しいのはメスなのに!」と言われたそうだ。

「それでも、早起き鳥アーリー・バード早起き鳥アーリー・バードだ。一匹分の報酬はもらえた上に、さらに探し続けることになってね。結果的には、むしろ良かったよ」

「じゃあ、まだ毎朝、あなたたちは『回復の森』へかよっているの? 明日も早くから行くつもり?」

『ここだな、クリスタが知りたかったポイントは。この姉ちゃんたちに道案内させよう、って腹づもりだ』

 ダイゴローの指摘で、僕も彼女の意図を理解できた。先ほどは「雑談モードに入ったらしい」と思ってしまったが、それは大間違いだったのだ。

『おう、バルトルトも注意しろよ。穏やかな笑顔の裏では、何を考えているやら……。クリスタは案外、甘くないぞ』

 という人物評は聞き流して。

 改めて、頭の中で現状を整理してみる。

 黒ローブの怪人について目撃情報を確認できたのだから、次にやるべきことは、その怪人を捕らえて真相を白状させる、という仕事だろう。

 そのためには、正確な目撃ポイントまで同行して、そこに隠れて見張るのがベスト、とクリスタは考えたに違いない。

 しかし。

 女性武闘家は、首を横に振った。

「いや、もう『回復の森』には行かないさ。ダンジョンですらない、別の森を今は探索してるよ。早起き鳥アーリー・バードの生息地候補は、他にもあるからね」

「あら、残念……」

「だから案内はしてやれないが……」

 白い歯を見せて、ニッと笑う武闘家。彼女の方でも、クリスタの魂胆はお見通しだったようだ。

「……あたしが黒ローブを見かけた場所なら、詳しく教えてやるぜ。これを見れば誰でも行ける、ってくらいにな」

 彼女は懐からメモ用紙を取り出して、簡単な地図を書き始めた。


「何かあったら、いつでも声をかけておくれよ。掲示板にも貼ってあるからさ!」

 上機嫌で手を振る女性武闘家。彼女一人をテーブルに残して、僕たちは食堂ホールを後にした。

 泉の怪人の目撃談を信じる冒険者が現れて、よほど嬉しかったのだろう。結局、互いに名乗ることすらないままだったが……。

『いいじゃねえか。掲示板のメッセージで連絡取れる、ってことは、そこには名前だって書いてあるんだろ?』

 ダイゴローの言う通りだった。

 彼女のように「臨時メンバーを繰り返す」という『フリーの冒険者』がたくさんいるとは思えないから、もしも似たようなメッセージが貼られていても、女性の武闘家というだけで特定できるに違いない。

「面白い話が聞き出せたわね」

「うむ。ニーナたちの方は、どうだろうな?」

 ニンマリとした笑みを浮かべるクリスタと、表情を変えないカーリン。後ろを歩く僕も、二人からは見えないのを承知の上で、自然と頷くのだった。


 ニーナやアルマと別れた場所へ戻ると、二人も冒険者寮での聞き込みを終わらせて、戻ってきていた。他の冒険者たちの邪魔にならないよう、壁際に固まっている。

「みんな帰ってきたー!」

「そっちは、どうだった?」

 ニーナとアルマの出迎えに対して、三人を代表して応じるのはクリスタだった。

「ええ。収穫はあったわ」

「そっか。私たちの方は……」

 と、まずはニーナから、別行動の間の成果を語り始める。

   

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