転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第44話 泉のひみつ(6)

公開日時: 2020年11月16日(月) 17:30
更新日時: 2023年5月8日(月) 16:17
文字数:3,594

   

「ヴォヴォヴォヴォ……!」

 ヴェノマス・キングから伸びる触手の向かう先は、こちらではなかった。まだ僕とは距離のある、仲間たちの方角だ。

 どうやら、ニーナとカーリン――主人あるじを殺した二人――が標的ターゲットらしい。

『まるで仇討ちだな。あの怪人の言い残したような暴走とは違って、むしろ素直な……』

 怪物の心境を想像している場合ではない!

 ニーナもカーリンも、ようやく立ち上がったばかりで、ジャンプして避けるのは難しそうだった。クリスタが防御魔法を唱えたとしても、彼女の場所からでは、二人をカバーする形で光壁を展開するのは無理だろう。

 ならば。

「僕が行く!」

 気合の叫びと共に、泉に向かって走り出して……。

 短い助走の後、転生戦士ダイゴローの驚異的な跳躍力で、大地を蹴った!


 水面の上に飛び出した僕は、中央に浮かぶヴェノマス・キングのところまで、一気に凄い距離を跳んでいく。

 最後に少し体を捻って、

「えいっ!」

 触手を伸ばしていた怪物に、肩から体当たりだ。

 その勢いで、ヴェノマス・キングの触手の軌道が、ほんの少しずれる。

 あくまでも『ほんの少し』だったが、それで十分だった。触手の先端はニーナやカーリンを捕らえることなく、二人の横を抜けていったのだ。

 チラッと仲間の方を振り返り、そこまで確認したところで……。

 足場のない空中から泉の中へ、僕はヴェノマス・キングと一緒に、ドボンと水没するのだった。


 毒の蔓延する泉に落ちていくのは本日二度目だが、アルマを助けに飛び込んだ時とは違う。今回は転生戦士ダイゴローに変身した状態であり、色々と身体能力が――毒に対する耐久性も含めて――向上している。

 先ほどと比べたら、それほど辛くはなかった。

『油断するなよ、バルトルト!』

 わかっている。

 でも、この粘度の高い毒の中でも、普通に目を開けていられる。この点は、戦いにおいて大きなポイントになった。

 ヴェノマス・キングを逃さないよう、その全身を左腕でギュッと抱き抱える。頭部しかない怪物だと思えば、いわばヘッドロックみたいなものだろうか。

 その状態をキープしながら、右手でパンチの連打。

『左手でやってるのがヘッドロックなら、こっちはナックルパートだな!』

 僕の頭の中では、ダイゴローが嬉しそうに盛り上がっているが……。

 戦っている僕の方は、そんな気分とは程遠かった。あまり有効打にはなっていない、という感覚だったのだ。

 こいつの主人あるじには魔法が効かず、ニーナやカーリンといった冒険者の剣と槍で始末したわけだが、見た目からして違うように、特性が同じとは限らない。この怪物に対しては、物理攻撃は効果が薄いのかもしれない。

 むしろ逆に、殴っている僕の手の方が痛いくらいだ。ヒリヒリするというより、ピリピリするような……。

 気のせいか、左腕にもジンワリとした痺れを感じる。

『毒の塊を抱きかかえて、素手で殴ってるようなもんだろ? そりゃあ、バルトルトの方がダメージ受けるのも当然だぜ!』

 そもそも相手が毒の塊というだけでなく、毒の水に取り囲まれた状況なのだ。完全に、僕には不利な戦場だった。

『ああ、そうだ! 早く脱出しろ!』

 ちょうど、沈み込んでいくのも終わりとなり、足が泉の底に届くタイミングだった。

 僕はヴェノマス・キングを羽交い締めにして、両脚で思いっきり、底の固い土を蹴る。

 転生戦士ダイゴローの驚異的な跳躍力により、僕の体は再び、水面に向かってグングン浮上し始めた!


 僕とヴェノマス・キングは、一つの塊となって、ザバーッと水面から飛び出す。

 そこに、クリスタの呪文詠唱が聞こえてくる。まるで、僕たちが出てくるのを見計らって、あらかじめ用意していたかのようなタイミングだった。

「エントフェアネン・ギフト!」

 クリスタの魔法が、こちらに向かって飛んできて……。

 白い光が、僕とヴェノマス・キングに直撃する!

『おい、バルトルト! クリスタのやつ、お前もろともっちまおう、って魂胆か?』

 ダイゴローは慌てるけれど、大丈夫。

 彼女が唱えたのは、解毒魔法だった。僕には使えない魔法だが、詠唱語句くらいは、僕だってきちんと覚えている。だから安心して、受け入れたのだった。

 実際。

 温かく感じられるほどの魔法に包まれて、少し気分がラクになったくらいだ。完全ではないが、泉で受けた毒が浄化されたのだろう。

 逆に。

「ヴォヴェヴォヴェエエ……!」

 ヴェノマス・キングは苦しそうな声を上げて、悶え苦しんでいた。

『おう! こいつは毒の塊みたいなもんだからな!』

 ダイゴローが再び、怪物を『毒の塊』と呼ぶ。このフレーズが気にったのだろうか。


 同じような脱出方法だったが、アルマを助け出した時とは微妙に違う。

 今回は近くの岸へ向かうのではなく、水面までの最短距離、つまり直上めがけて進めるようにと、湖底を蹴り上げていた。

 だから泉から飛び出した後も、その勢いのまま、僕の体は天に向かって飛び続けているが……。

 この挙動は少しの間しか続かないのが、自然の摂理。すぐにまた、自由落下で再び泉に落ちると決まっていた。

 だから、その前に。

 ヴェノマス・キングから、パッと手を放す。

 そして。

 一瞬だけ空中で自由になった怪物を、さらに頭上に向けて、力いっぱい蹴り上げる!

『おう! まるでサッカーボールだな!』

 ダイゴローが例えた通り、子供が蹴って遊ぶボールのように、ポーンと空高く飛んでいくヴェノマス・キング。

 それを見上げながら、僕は一瞬のうちに、様々なことを考えていた。


 水中で戦った時に感じた、物理攻撃が効かないという手応え。

 主人あるじである怪人とは性質が違うらしい、という想像。

 ならば、むしろ魔法攻撃の方が有効なのではないだろうか。

 実際、クリスタの解毒魔法は効果があったように感じられた。だから今この瞬間、ヴェノマス・キングは弱っているはずであり……。

『行け、バルトルト! お前の必殺技は、ただの魔法じゃねえ! 魔力そのものをぶつけるんだから、もっと効くはずだ!』

 頭の中で、まるで僕の思考を総括するかのように、ダイゴローの声が鳴り響いた。


 朝の清々しい青空に、顔を向けたまま。

 右腕に炎の魔力をイメージして。

 左腕に氷の魔力をイメージして。

 両腕をクロスさせることで、その二つを一体化して……。

 空に浮かぶ敵めがけて、放つ!

「ダイゴロー光線!」

 強烈な破壊力と共に、光のラインが渦を巻きながら進んでいく。

 その直撃を受けた怪物ヴェノマス・キングは……。

「ヴォヴェヴォヴェエエ……!」

 再びの絶叫と共に。

 一瞬バチバチと火花を発した後、空中で爆散するのだった。


『おいおい、爆発しやがったぜ。攻撃の効き方は黒い怪人とは違ってたのに、最期だけは主人あるじと同じじゃねえか。まるで殉死みたいだな?』

 確かに、巨人ギガントゴブリンのようなモンスターとは、異なる散り方だった。これはこれで、何か意味があるのかもしれないが……。

 色々と考えるのは後回しだ。

 ちょうどヴェノマス・キングの爆発を見届けたところで、僕の体は、上昇の最高点に到達したらしい。一瞬だけフワッと止まったかのように感じた直後、重力に引かれて落下し始めていた。

 このまま放っておいたら、また毒の泉に落ちてしまう。さすがに、そんな事態は勘弁してほしい。

 でも大丈夫。今ならアレが使える。戦闘中は無理だが戦場への行き来に限定すれば使用できる、とダイゴロー言っていた特殊能力だ。

 落下しながら腰に手を当てた僕は、強く念じる意味で、口に出して叫んだ。

瞬間移動テレポーテーション!」


 無事に転移した先は、湖岸の茂み。アルマが休んでいるところだった。

『そうだよな。カトック隊のみんなから見れば、バルトルトはアルマと一緒に、泉の中から謎の戦士に助けられた、って話になってる。だから、ここで発見されないと不自然だよなあ?』

 と、僕の意図を理解するダイゴロー。

 そんなことよりも。

 アルマの様子が心配で、そちらに目を向けたが……。

 顔色は悪いものの、きちんと呼吸をしていた。この様子だと、解毒魔法や回復魔法で治療すれば大丈夫だろう。

 まだ少し雑魚ゴブリンは残っていたはずだが、最下級のゴブリンだけならば、ニーナたち三人の敵ではない。すぐに全滅させて、ここへやってくるはずだ。

 安心した僕は、変身を解いて……。

 その瞬間。

 全身の力が抜けたかのように、大きく体がふらついた。

 以前も「体のサイズが急に変わるから」という理由で戸惑ったが、今回は、それだけではないらしい。ホッと一安心して、気が抜けたようだ。

『得体の知れぬバケモノを相手にしただけじゃなく、必殺技だって三発も撃ったんだ。精神的にも肉体的にも、フラフラだろうさ。もう今日は無理せず、ゆっくり休め』

 ダイゴローにもそう言われるくらいだが……。

 もはや無用なアドバイスだった。

「おーい! 二人とも大丈夫?」

 ちょうど仲間たちが近づいてきたのを、理解したタイミングで。

 まるでその声を子守唄にするかのように、すっかり力尽きた僕は、アルマの隣に倒れ込み、意識を失うのだった。

   

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