アルマが示した方角に目を向けると、一人の女性の姿があった。
受付窓口の区画を回り込むようにして、奥の食堂ホールへ向かっている。肩より少し長いくらいの、波打った紫色の髪が目立っていた。
着ているものは、典型的な女性用の武闘服。腕部の可動を重視したノースリーブ、つまり肩から先は全く防御されていないが、首回りは詰襟状になっており、ガッチリとガード。脚部は長い裾でカバーしつつも、キックなどの激しい動きに支障がないよう、側面に腰まで続くスリットが入っている、というタイプだった。
武器屋の主人が言っていた特徴と合致する。そう僕が視認している間に、
『おい、バルトルト! 「典型的な女性用の武闘服」なんて持って回った言い方してるが、要するにチャイナドレスじゃないか!』
ダイゴローが、またもや興奮の声を上げていた。
このタイプの武闘服は、生地が体にフィットし過ぎて女性独特のスタイルが強調されたり、スリットから艶かしい生脚がチラチラ見えたりして、無駄に扇情的ではないか、という意見もあるのだが……。
別にダイゴローは、そういう意味で『興奮』しているわけではないらしい。彼の世界にも類似の武闘服が存在しており、それで盛り上がっているようだ。
『ああ、そうだぜ! 考えてみりゃあ、チャイナドレスなんてものは……。ゲームでは女性キャラの武闘家だったり、香港映画でも女の拳法家だったりが着てる衣装だよなあ。なるほど、なるほど……』
あいかわらずダイゴローは、僕にはわからぬ用語を持ち出して、一人で悦に入っている。何にせよ、世界は異なっても似通った品があるというのは、理解が早くなるから良いことだと思う。
「ちょうどいいね! 話を聞きに行こう! でも……」
僕がダイゴローと脳内会話している間、他の者たちも、問題の女性武闘家に注意を向けていた。
特にニーナはリーダーとして、一瞬だけ迷ったような素振りを見せながらも、テキパキと指示を出す。
「……一人を五人で取り囲んだら圧迫感あるかもしれないし、また手分けした方がいいよね。私とアルマは、二階へ行くよ」
一枚の紙を取り出して、ひらひらと振ってみせる。ベッセル男爵から渡された、泉について証言した冒険者たちのリストだ。その大部分は、ここの二階と三階にある冒険者寮に住んでいるはずだった。
「ええ、お願い。じゃあ、私たちは彼女を追いましょう」
ニーナに応じてから、クリスタが、こちらに顔を向ける。僕もカーリンも、当然のように頷いた。
こうして僕たち三人は、また一時的に、ニーナやアルマと別行動になって……。
紫色の武闘家と話をするために、食堂ホールへ向かうのだった。
冒険から戻って一休みする者もいれば、早めの夕食という者もいて。
食堂ホールは、早くも冒険者たちで賑わい始めていた。
そんな中。
問題の女性冒険者は、一人で飲み食いしている様子。僕たちは、そのテーブルに近づいていく。
「ここ、空いてるかしら?」
向かい側の椅子に手を置きながら、クリスタが、紫髮の彼女に声をかけた。
食事の手を止めて、顔を上げる女性。
夕食は軽く済ませるタイプなのだろうか、あるいは、本格的な食事の前に「ちょっと一杯」という程度だろうか。テーブルの上の料理は、白身魚のカルパッチョだけ。飲んでいるグラスの中身は、色からすると林檎酒らしい。僕の好きな酒ではないが「辛口の林檎酒には生魚が合う」という話を聞いた覚えがあるので、納得のいく組み合わせだった。
……と、僕が食べ物を見ている間に、彼女は僕たちを一瞥。単純な相席ではなく、何か用事がある、と察したらしい。
「座るんだったら、どうぞ。でもスカウトなら、お生憎さま。ちょうど今は、所属してる冒険者パーティーがあるんで……」
「あら、違うわ。そうじゃなくて……。ただ、少し聞かせてほしい話があるの」
クリスタは女性の正面に座り、僕もクリスタの隣に腰を下ろす。
「『回復の森』の泉で、黒ローブ姿の怪しい人を見た、って話……。毒を投げ入れていたらしい、って聞いてね」
「へえ……」
女性武闘家の声には、感心したような響きが含まれていた。クリスタに向ける視線も、少し柔らかくなった気がする。
「どこで聞きかじったか知らないけど、あんたたち、あたしの話に興味あるとは……」
「もちろんよ! だって、大変な話じゃない? 詳しく知りたいわ!」
「そうかい、そうかい。あんたたちが初めてだよ、泉の話を真剣に聞こう、っていうのは。今までの連中、表面上は普通に対応しておきながら、腹の底では全く信じてないって顔だったからねえ」
そう言いながら、女性は林檎酒の残りを一気に飲み干す。空になったグラスを彼女がテーブルに置いたところで、
「そんな面白そうな話、無料で聞くのも悪いから……。一杯おごらせてもらおうかしら?」
と、クリスタが提案。すかさず、カーリンが飲み物を取りに向かった。
「私はフリーの冒険者でね。つまり……」
二杯目の林檎酒を口に運びながら、女性武闘家が話し始める。
ちなみに、カーリンが運んできたのは、彼女の林檎酒だけではなかった。僕たちの分もあるが、こちらは林檎酒ではなく、三人とも葡萄酒だった。
『好物の黒ビールじゃなく葡萄酒を持ってきたってことは、カーリンもクリスタも、本格的に飲む気はないわけだ。この姉ちゃんから話を引き出すために、形の上だけお付き合いする、って意味だな』
ダイゴローは、そんな分析をしているが。
それより僕は、別の点が気になっていた。この女性の話のスタート地点が、本題から大きく離れている、と感じたのだ。
「……特定のパーティーには属さずに、基本、一人で行動する。とはいえ、いわゆるソロの冒険者とも違う。あたしだけでダンジョンに潜るのは危険だからね。そういうのは、臨時でメンバー集めてるようなパーティーに、一時的に入れてもらうのさ」
肝心の用件とは違うものの、これはこれで、ちょっと興味深い話だった。武器屋で「いくつかのパーティーを転々とする冒険者かもしれない」と聞かされた時は、次から次へとパーティーを追い出されるイメージだったが……。
なるほど、こうやって臨時メンバーを繰り返す、という形態の冒険者もいるわけだ。また一つ、勉強になった気がする。
『何を今さら……。バルトルトだって、最初にカトック隊に入った時は、あくまでも「一時的」な加入のつもりだったろ?』
僕の場合は、本当にあの時だけの限定であり、暫定加入を繰り返す予定なんてなかった。だから、かなり事情が違うはずだ。
……と、僕とダイゴローが脳内でやり取りしている間。
クリスタは女性武闘家の言葉に、適当に合いの手を挟んでいた。
「あら。それで最初、私たちが話しかけたのも、スカウトだと思ってしまったのね」
「そうさ。あたしの手を借りたいなら声をかけてくれ、って掲示板にも貼り出してあるからね。てっきり、それを見て来たのかと……。でも、まさか、例の泉の件だったとはねえ!」
おお!
かなり遠回りするかと思いきや、案外、早く本題に入りそうだ。
「そう、泉のこと! 私たちは、武器屋で耳にしたのだけれど……」
「ああ、あの親父から聞いたのかい。あいつだって、あたしの話なんて疑わしい、って顔してたくせに……」
彼女は苦笑いを浮かべた後、真剣な目つきになった。
「だから、武器屋の親父には詳しく言わなかったけどね。あたしが問題の不審者を見かけたのは……。いつだったかな? そうそう、確か三日前だ。時間的には、早朝の出来事だったよ」
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