「……」
放心状態で佇む僕の頭に浮かんだのは、現状に至った経緯。
エグモント団というパーティーを追い出されて、その結果がこれだ。ダイゴローは「正体バレ厳禁!」と言っていたから、あの時、もしも僕が一人でなかったら、僕と融合なんてしなかったのだろう……。
などと、考えていると。
『おい、ボーッとするな! 終わったんだから、早く変身を解除しろ!』
ああ、そうか。変身できる時間は一回につき十分間だっけ。
『それもあるが、もう一つの理由だ! 誰かに見られたらどうする!』
正体を隠さねばならない、という条件については、たった今、僕も思い浮かべたばかり。厳密には、変身する瞬間とか、逆に元に戻る場面を見られなければ問題ないだろうけど……。
確かに、無駄に変身状態を続けていたら、その危険性も増すはずだった。
「あれ? でも……」
『イメージするだけでいい!』
こういう時、思考が筒抜けなのは、ちょっと便利だ。どうやって変身を解くのか、疑問を口にする前に、ダイゴローが教えてくれる。
うん。
頭の中で意識するだけで、元の姿になった。
薄茶色の皮鎧も、腰につけたショートソードも復活している。それは良いことだが……。
体の大きさも瞬時に戻った分、物の見え方が急に変わって、少し気分が悪くなったり、大地を踏みしめる足の感触が微妙に変わって、転びそうになったり。
『まあ、その辺は、これから慣れていくことだな』
頭の中で鳴り響くダイゴローの声は、苦笑しているようにも、僕を労っているようにも聞こえた。
こうして変身を解いたのは、実はギリギリのタイミングだったらしい。
「あ! やっぱり誰かいる!」
少し鼻にかかった、いかにも女の子という感じの甘い声が、後ろから聞こえてきたのだ。
慌てて振り返ると、森の小道を歩いてくる、一人の小柄な少女。
その少し後ろに、さらに三人の姿も見えた。全員女性であり、おそらく冒険者パーティーなのだろう。
『黄色、桃色、青、緑……。カラフルな四人組だな』
ダイゴローの言葉に、思わず僕は吹き出しそうになった。
確かに、髪色で識別するのがわかりやすい。
「ねえ! これ、全部、お兄ちゃんがやったの?」
地面に横たわるゴブリンたちの死体を指差しながら、先頭の子が、馴れ馴れしく声をかけてくる。
金髪のツインテールだから、この子のことを、ダイゴローは『黄色』と言い表したに違いない。
薄い薄いクリーム色の――ほとんど白と言えるほどの――ブラウスの上に、オレンジ色のチェック柄のベストを重ねている。ベストよりは淡いがスカートもオレンジ色で、服装を含めても、やはり『黄色』のイメージだった。
なお、スカートは形が少し独特。ヒラヒラしたフリル付きなので、僕の目には少女趣味に映る。背の高さだって子供という感じだし、おでこが広めだったり目が大きかったり、顔立ちにも幼さが表れていた。
そこまでは、声や話し方に相応しく思えるが……。
胸だけは、大人の女性に勝るとも劣らない、立派なものだった。巨乳と言っても構わないくらいで、その点を重視するならば、それほど子供ではないのかもしれない。
『おい、この黄色、鞭を持ってるぞ。こんな子供が、女王様っぽい気質なのか?』
ダイゴローが、わけのわからないことを言う。確かに、この少女が腰に下げているのは、剣やナイフではなく鞭のような武器だった。握りの部分には、花の形をした飾りがあしらわれており、ちょっと可愛らしい。『花』のイメージで見ると、鞭の先端の膨らみも、蕾のように思えてくる。
珍しいといえば珍しい装備だけれど、別に『鞭』に女王様のイメージはないはず。いったいダイゴローは、どんな王国からやって来たのだろう……?
だが、そんな話は後回しだ。脳内会話はいつでも出来るから、とりあえず今は、目の前の彼女の質問に答えよう。
「いや、違うよ。まあ僕も、少しは倒したけど……。ほとんどは、通りすがりの冒険者の戦果かな。風のように現れて、僕を助けたら、また風のように去っていったよ」
本当は、このゴブリンたちを全滅させたのは、魂状態のダイゴローなのだが……。
『いいじゃねえか。どうせ俺のことは秘密なんだから、全て自分の手柄にしちまえば……』
いやいや、さすがに、それは気が引ける。でも、消滅して死体がないからカウントできない巨人ゴブリン、あれを倒す際には僕も貢献したということで……。
その分をスライドさせて、このゴブリンたちの一部は僕が倒しました、というストーリーにさせていただきました。
『いや、だからさあ。お前だって頑張ったんだから、もう少しお前の成果にしてもいいじゃないか、って俺は思うんだけど?』
と、聞いてくるダイゴローに対して。
心の中で僕が反応するより早く、きちんとした声の形で、新たな質問が耳に飛び込んできた。
「その通りすがりの冒険者って、どんな感じの人だった? キミと同じくらいの背格好?」
今度は『桃色』だ。
金髪少女より後ろにいたはずの彼女が、いつの間にか、一番前に来ていた。
僕と同じくらいの年頃だろう。やや丸顔で、瞳がクリッとしていて……。ルックスは悪くないどころか、むしろ可愛らしいと言えるレベル。そんな少女がグイッと顔を近づけてきたものだから、僕は少しドギマギしてしまう。
「ええっと……」
軽く後退りする僕。改めて距離を置きながら、彼女を観察する。
ピンク色の長髪は、後ろでアップにまとめられていた。真正面からだと見えにくいが、金色か銀色の髪留めのようなものを使っているらしい。
体型が比較的わかりやすい皮鎧ではなく、スタイルを隠すような金属製の鎧。首回りまでガードしているタイプで、庶民ではなく騎士が纏うような鎧だ。彼女は、どこぞのお嬢様なのだろうか?
さすがに鎧まで『桃色』ではなく、基本カラーは白だが、それでも縁取りや飾り模様など、あちこちにピンクが入っていた。鎧の下には、赤色のインナーを着込んでいるらしい。
「もしかして、こんなペンダント下げてなかった?」
きちんと僕が答え終わる前に、彼女は次の質問を被せてきた。右手で、自分の首にぶら下げた記章を指し示している。
銀色の星形ペンダントだ。ほんの少し前まで僕がエグモント団の紋章を下げていたように、おそらく、これが彼女たちのパーティーの証なのだろう。
よく見れば『桃色』だけでなく、先ほどの『黄色』も――こちらはリボンに重ねる形で――、同じものを首に付けていた。パッと見た感じ、後ろの二人にはないようだが……。ならば、懐にしまう形で、身に付けているに違いない。
『女の子をジロジロと眺めてる場合じゃないだろ。それより、早く質問に答えてやれ』
ダイゴローに言われずとも、そのつもりだった。というより、どう誤魔化すべきか考える時間を作ろうして、彼女を観察していたわけで……。
『言い訳しなくていいぞ。そりゃあ、同世代の女の子には興味津々だよなあ? バルトルトだって、男だもんな。若さだもんな』
下衆な言い方をされるのは悔しいが、言い訳じみているのは、僕にも自覚があった。とにかく、でっち上げたストーリーを口に出してみる。
「いや、僕とは似ても似つかない背格好で……。一回りくらいサイズの違う、大男の冒険者でした」
パッと頭に浮かんだのは『転生戦士ダイゴロー』の姿だった。『転生戦士ダイゴロー』に変身することで助かったのだから、『転生戦士ダイゴロー』が助けてくれた、というのも嘘ではないはず。
全身にフィットした赤青銀の三色スーツ、というのは少し恥ずかしいから、詳しい外見は言わないでおこう。
「そっか……。じゃあ、違うのか……」
僕の答えを聞いて、あからさまに失望した態度を示す『桃色』。
その肩の上に、後ろからポンと手を乗せたのは『青』の少女だ。
慰めのつもりかもしれないが、敢えて彼女は何も言わず、そんな感じの言葉をかけたのは『緑』の方だった。
「仕方ないわ、ニーナ。そう都合の良い偶然は起こらないでしょうし。あまり期待し過ぎないようにしましょう?」
聞いているだけで安らぎに包まれそうな、優しい声。
何についての話かわからないのに、僕まで心がホワーッとしてしまう。
同時に。
この『緑』の発言によって、『桃色』の名前がニーナであることを、僕は知ったのだった。
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