転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第5話 捨てる神あれば拾う神あり(1)

公開日時: 2020年10月14日(水) 05:30
更新日時: 2023年5月6日(土) 15:35
文字数:3,314

   

「……」

 放心状態で佇む僕の頭に浮かんだのは、現状に至った経緯。

 エグモント団というパーティーを追い出されて、その結果がこれだ。ダイゴローは「正体バレ厳禁!」と言っていたから、あの時、もしも僕が一人でなかったら、僕と融合なんてしなかったのだろう……。

 などと、考えていると。

『おい、ボーッとするな! 終わったんだから、早く変身を解除しろ!』

 ああ、そうか。変身できる時間は一回につき十分間だっけ。

『それもあるが、もう一つの理由だ! 誰かに見られたらどうする!』

 正体を隠さねばならない、という条件については、たった今、僕も思い浮かべたばかり。厳密には、変身する瞬間とか、逆に元に戻る場面を見られなければ問題ないだろうけど……。

 確かに、無駄に変身状態を続けていたら、その危険性も増すはずだった。

「あれ? でも……」

『イメージするだけでいい!』

 こういう時、思考が筒抜けなのは、ちょっと便利だ。どうやって変身を解くのか、疑問を口にする前に、ダイゴローが教えてくれる。

 うん。

 頭の中で意識するだけで、元の姿になった。

 薄茶色の皮鎧も、腰につけたショートソードも復活している。それは良いことだが……。

 体の大きさも瞬時に戻った分、物の見え方が急に変わって、少し気分が悪くなったり、大地を踏みしめる足の感触が微妙に変わって、転びそうになったり。

『まあ、その辺は、これから慣れていくことだな』

 頭の中で鳴り響くダイゴローの声は、苦笑しているようにも、僕をいたわっているようにも聞こえた。


 こうして変身を解いたのは、実はギリギリのタイミングだったらしい。

「あ! やっぱり誰かいる!」

 少し鼻にかかった、いかにも女の子という感じの甘い声が、後ろから聞こえてきたのだ。

 慌てて振り返ると、森の小道を歩いてくる、一人の小柄な少女。

 その少し後ろに、さらに三人の姿も見えた。全員女性であり、おそらく冒険者パーティーなのだろう。

『黄色、桃色、青、緑……。カラフルな四人組だな』

 ダイゴローの言葉に、思わず僕は吹き出しそうになった。

 確かに、髪色で識別するのがわかりやすい。

「ねえ! これ、全部、お兄ちゃんがやったの?」

 地面に横たわるゴブリンたちの死体を指差しながら、先頭の子が、馴れ馴れしく声をかけてくる。

 金髪のツインテールだから、この子のことを、ダイゴローは『黄色』と言い表したに違いない。

 薄い薄いクリーム色の――ほとんど白と言えるほどの――ブラウスの上に、オレンジ色のチェック柄のベストを重ねている。ベストよりは淡いがスカートもオレンジ色で、服装を含めても、やはり『黄色』のイメージだった。

 なお、スカートは形が少し独特。ヒラヒラしたフリル付きなので、僕の目には少女趣味に映る。背の高さだって子供という感じだし、おでこが広めだったり目が大きかったり、顔立ちにも幼さが表れていた。

 そこまでは、声や話し方に相応しく思えるが……。

 胸だけは、大人の女性に勝るとも劣らない、立派なものだった。巨乳と言っても構わないくらいで、その点を重視するならば、それほど子供ではないのかもしれない。

『おい、この黄色、鞭を持ってるぞ。こんな子供が、女王様っぽい気質なのか?』

 ダイゴローが、わけのわからないことを言う。確かに、この少女が腰に下げているのは、剣やナイフではなく鞭のような武器だった。握りの部分には、花の形をした飾りがあしらわれており、ちょっと可愛らしい。『花』のイメージで見ると、鞭の先端の膨らみも、蕾のように思えてくる。

 珍しいといえば珍しい装備だけれど、別に『鞭』に女王様のイメージはないはず。いったいダイゴローは、どんな王国からやって来たのだろう……?

 だが、そんな話は後回しだ。脳内会話はいつでも出来るから、とりあえず今は、目の前の彼女の質問に答えよう。


「いや、違うよ。まあ僕も、少しは倒したけど……。ほとんどは、通りすがりの冒険者の戦果かな。風のように現れて、僕を助けたら、また風のように去っていったよ」

 本当は、このゴブリンたちを全滅させたのは、魂状態のダイゴローなのだが……。

『いいじゃねえか。どうせ俺のことは秘密なんだから、全て自分の手柄にしちまえば……』

 いやいや、さすがに、それは気が引ける。でも、消滅して死体がないからカウントできない巨人ギガントゴブリン、あれを倒す際には僕も貢献したということで……。

 その分をスライドさせて、このゴブリンたちの一部は僕が倒しました、というストーリーにさせていただきました。

『いや、だからさあ。お前だって頑張ったんだから、もう少しお前の成果にしてもいいじゃないか、って俺は思うんだけど?』

 と、聞いてくるダイゴローに対して。

 心の中で僕が反応するより早く、きちんとした声の形で、新たな質問が耳に飛び込んできた。

「その通りすがりの冒険者って、どんな感じの人だった? キミと同じくらいの背格好?」


 今度は『桃色』だ。

 金髪少女より後ろにいたはずの彼女が、いつの間にか、一番前に来ていた。

 僕と同じくらいの年頃だろう。やや丸顔で、瞳がクリッとしていて……。ルックスは悪くないどころか、むしろ可愛らしいと言えるレベル。そんな少女がグイッと顔を近づけてきたものだから、僕は少しドギマギしてしまう。

「ええっと……」

 軽く後退あとずさりする僕。改めて距離を置きながら、彼女を観察する。

 ピンク色の長髪は、後ろでアップにまとめられていた。真正面からだと見えにくいが、金色か銀色の髪留めのようなものを使っているらしい。

 体型が比較的わかりやすい皮鎧ではなく、スタイルを隠すような金属製の鎧。首回りまでガードしているタイプで、庶民ではなく騎士が纏うような鎧だ。彼女は、どこぞのお嬢様なのだろうか?

 さすがに鎧まで『桃色』ではなく、基本カラーは白だが、それでも縁取りや飾り模様など、あちこちにピンクが入っていた。鎧の下には、赤色のインナーを着込んでいるらしい。

「もしかして、こんなペンダント下げてなかった?」

 きちんと僕が答え終わる前に、彼女は次の質問を被せてきた。右手で、自分の首にぶら下げた記章を指し示している。

 銀色の星形ペンダントだ。ほんの少し前まで僕がエグモント団の紋章を下げていたように、おそらく、これが彼女たちのパーティーの証なのだろう。

 よく見れば『桃色』だけでなく、先ほどの『黄色』も――こちらはリボンに重ねる形で――、同じものを首に付けていた。パッと見た感じ、後ろの二人にはないようだが……。ならば、懐にしまう形で、身に付けているに違いない。


『女の子をジロジロと眺めてる場合じゃないだろ。それより、早く質問に答えてやれ』

 ダイゴローに言われずとも、そのつもりだった。というより、どう誤魔化すべきか考える時間を作ろうして、彼女を観察していたわけで……。

『言い訳しなくていいぞ。そりゃあ、同世代の女の子には興味津々だよなあ? バルトルトだって、男だもんな。若さだもんな』

 下衆な言い方をされるのは悔しいが、言い訳じみているのは、僕にも自覚があった。とにかく、でっち上げたストーリーを口に出してみる。

「いや、僕とは似ても似つかない背格好で……。一回りくらいサイズの違う、大男の冒険者でした」

 パッと頭に浮かんだのは『転生戦士ダイゴロー』の姿だった。『転生戦士ダイゴロー』に変身することで助かったのだから、『転生戦士ダイゴロー』が助けてくれた、というのも嘘ではないはず。

 全身にフィットした赤青銀の三色スーツ、というのは少し恥ずかしいから、詳しい外見は言わないでおこう。

「そっか……。じゃあ、違うのか……」

 僕の答えを聞いて、あからさまに失望した態度を示す『桃色』。

 その肩の上に、後ろからポンと手を乗せたのは『青』の少女だ。

 慰めのつもりかもしれないが、敢えて彼女は何も言わず、そんな感じの言葉をかけたのは『緑』の方だった。

「仕方ないわ、ニーナ。そう都合の良い偶然は起こらないでしょうし。あまり期待し過ぎないようにしましょう?」

 聞いているだけで安らぎに包まれそうな、優しい声。

 何についての話かわからないのに、僕まで心がホワーッとしてしまう。

 同時に。

 この『緑』の発言によって、『桃色』の名前がニーナであることを、僕は知ったのだった。

   

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