「アルマの意見に、私も賛成だわ」
クリスタがそう言い出したのは、朝食の最中だった。
宿屋の食堂ホールだが、昼や夜と違って外から食べに来る村人は少ない。今日は僕たち以外、誰もいない状態だった。
昨日は三人組の冒険者からゴブリンのギギを守る戦いがあり、特にカーリンやクリスタなどは、酷く傷ついたり疲れたりしたが……。一日ゆっくり休んだことで、もう完全に回復している。
いつも通りのケロッとした様子で、食べながら真面目な話を始めたのだった。
「クリスタちゃん、何の話?」
「ほら、あなた言ってたでしょう? ダイゴローって人のこと。今回は敵だ、って」
その言葉だけで、アルマは納得したらしい。興味を失くしたかのように、食事に戻った。ムシャムシャと美味しそうに、パンケーキを口に頬張っている。
代わりにクリスタに応じたのは、ニーナとカーリンだった。
「うん、アルマの言う通り三つ巴だね。ギギちゃんの奪い合い」
「うむ、楽しみだな。あのダイゴローと、今回は戦えるかもしれないのか……」
顔に笑みすら浮かべるカーリンだが、それを見たクリスタの表情からは、微笑みが消える。
「あら、ダメよ。今のあなたでは、とてもダイゴローには敵わないわ」
「そう言い切ることはないだろう? 戦ってみるまで、勝負の行方はわからないのだから……」
「呆れたわねえ。そんな自信、どこから出てくるのかしら。昨日だって、ドライシュターン隊の一人に、こてんぱんにやられたくせに……」
「いや、あれは相性の問題に過ぎない。槍を使う俺にとって、素手で戦う武闘家は少々やりにくい相手だった、というだけだ。あちらの手の内もわかったし、次はやられんぞ!」
二人のやり取りの横で、ニーナは面白がっている表情だった。
クリスタもカーリンも真剣に言い争っているのではなく、親友同士の軽い掛け合いに過ぎないのだ。だから仲裁に入る必要はない、という判断なのだろう。
「しかも、あなたに勝った武闘家だって、ダイゴローには敵わなかったのよ。そうでしょう?」
最後にクリスタは、同意を求めるような目を僕に向けた。
流されるようにして「そうですね」と答えそうになったが、僕は思い留まる。
青い鎧の武闘家が転生戦士ダイゴローに軽くあしらわれたのは事実だが、それは僕が知らないはずの出来事。そもそも転生戦士ダイゴローが関わってきたこと自体、アルマから聞かなければ『知らないはずの出来事』だった。
そのアルマの話では、二人は延々と戦い続けていたはずであり……。
「どうでしょうねえ。どちらかが一方的だったならば、勝った方が、すぐにアルマたちを追いかけたでしょうけど……」
僕の知り得る情報としては、こんな判断が妥当だろうか。
この回答に飛びついてきたのは、質問者であるクリスタではなく、彼女と討論していたカーリンの方だった。
「そうだろう? 俺たちとダイゴローの間に、クリスタが思っているほど圧倒的な力の差はないわけだ」
ほら見たことか、という顔をクリスタに向けるカーリン。
そんなつもりで言ったのではないので、僕は慌てて補足する。
「いや、でも、理屈としてはそうですけど、この目で戦いの顛末を見届けてないから、実際のところはわからないですよね。感覚としては、むしろクリスタの言っていることが正しい気がします」
「『感覚として』とは、どういう意味だ……?」
カーリンの睨むような視線に気圧されそうになるが、僕はグッとこらえた。
「だって、今までの魔族相手の戦いを見たら、あのダイゴローって人、凄く強いでしょう? でも昨日の武闘家は、そこまでの手応えじゃなかった。カーリンだって戦ったのだから、わかるんじゃないですか?」
そもそもカーリンは、つい先ほど「次はやられん」と宣言したばかりなのだ。あの武闘家の力を高く評価しているわけではなく、不承不承といった顔で、僕の言葉に頷いてみせた。
さらに、クリスタが別の事例を持ち出す。
「ダイゴローの強さに関して言うのであれば、魔族との戦いよりも、あの改造ゴブリンの方が、良い指標じゃないかしら。私たちが最初、巨人ゴブリンの亜種だと思っていた、例のモンスターよ」
僕たちが一昨日の夜に倒したばかりの、メカ巨人ゴブリンの話だ。
「私たちは全員で協力して、ようやく倒したじゃない? でも以前に『回復の森』でダイゴローは、同じモンスターを一人でアッサリやっつけちゃったでしょう? それくらい、歴然とした差があるのよ」
つまり、転生戦士ダイゴローだけの力と、カトック隊の総力が同じ。あるいは、カトック隊のみんなを合わせてもわずかに及ぼない、というのが、クリスタの評価だった。
これには説得力があったとみえて、カーリンは黙ってしまう。
「だから……。あのダイゴローと正面からやり合うのは、得策じゃないわ」
クリスタは、そう結論づけるのだった。
途中で僕も会話に参加せざるを得なかったが……。
正直、こうして転生戦士ダイゴローが話題に上がるのは、僕としては複雑な気分だった。
僕がその正体だから、というだけではない。昨日の変身は失敗だった、という強い後悔があるからだ。
『人間って、面白いもんだよなあ。自分で自分の行動理由がわからず、後になってから「そういう理由だったのか」と気づいたりするんだから』
僕の中でダイゴローが、何やら哲学じみたことを言い出した。
唐突な発言には珍妙さも感じられたが、僕は笑い飛ばせなかった。まさに昨日の僕が、自分の気持ちをわかっていなかったのだから。
青い鎧の武闘家との戦いにおいて、人間相手に転生戦士ダイゴローの力を振るい、僕は罪悪感を覚えていた。その罪悪感こそが、あの時に感じたモヤモヤの正体だと思っていたのだが……。
それだけではなかったのだ。
今朝。
とても嫌な夢を見た。本当に酷い夢だ。
その夢の中で、僕は極悪非道の盗賊団のボスに収まっていた。罪のない人々を平気で傷つけて、時には命すら奪って、金品を巻き上げる。正真正銘の悪党だった。
悪者に憧れる気持ちなんてないのに、いったい何故そんな夢を見たのだろうか。
夢の中の僕は、盗賊団に襲われた人々から、
「なんてことをするんです! あなた、血も涙もないんですか?」
と非難されても、笑いながら彼らを足蹴にしていた。
「うるせえ! 俺には力があるんだ! 力のある者が力を行使して、なぜ悪い?」
そう主張している場面で、僕は目が覚めた。
そして起きた瞬間、理解したのだった。
この夢は、昨日の変身を意味しているのだ、と。
程度の差こそあれ、転生戦士ダイゴローになって冒険者の武闘家と戦うことは、盗賊団が無辜の民を襲うのと同じなのだ、と。
ポイントは、相手が誰なのかではなく、変身した理由だ。
これまでの変身はモンスターや魔族が相手だったから、一見すると、戦う対象が違うだけ、と思えてしまう。だから昨日は「人間相手なので罪悪感」という形で、自分の中の不快感を説明してしまったのだが……。
モンスターや魔族を倒すのであれば、それは客観的に見ても良いことだろう。それこそ昔の僕がおぼろげに考えていた、世界平和に繋がる行為だ。変身して戦う理由として、何の問題もない。
一方、昨日の武闘家はどうだろうか。もしも彼が悪人であれば、それほど罪悪感は覚えなかったに違いない。少なくとも、悪者相手に力を振るうことは、正しい行いだと言えるはず。
でもあの武闘家は、たまたま僕たちと対立していただけで、決して悪人ではなかった。モンスターを討伐しようというのだから、むしろ平和的な方向性であり、彼らこそ善人だったのではないか。その善行を妨害するのは、僕たちカトック隊の勝手な都合に過ぎず……。
つまり昨日は、カトック隊の私利私欲のために変身して戦った、と言えるのだった。
『バルトルト的には、それは正義とは言えない。私利私欲のために変身するのであれば、己の力を誇示して暴れ回る悪党集団と同じ。深層心理ではわかっていたから、夢という形で現れた。……そういうことだろ?』
ダイゴローの言葉に、僕は内心で頷いてみせる。
『まあ昨日の場合は、俺も変身をけしかけちまったからなあ。すまなかった』
ダイゴローもダイゴローなりに、反省しているようだ。僕の考えに同意してくれたのだろう。
ならば、昨日のような状況では、どうするべきだったのか。
改めて考えてみると……。
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