転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第3話 ダイゴロー大地に立つ(3)

公開日時: 2020年10月13日(火) 17:30
更新日時: 2023年5月6日(土) 15:35
文字数:3,434

   

 その声は、不思議な聞こえ方をしていた。

 耳から入ってくるというより、直接、頭の中に伝わってくる感じ。つまり『音』のたぐいではないようだった。

『さすがは神様だ。いいところに送り込んでくれたぜ』

 僕が事態に戸惑っている間も、不思議な光球の独り言は続く。

『異世界の現地住民が、モンスターに襲われてる場面……。そこに颯爽と登場した俺! まさにヒーロー参上、ってわけだ!』

 やたらとハイテンションな光球は、一番近くのゴブリンに突進する!


「グゲッ!」

 光球に腹を貫かれて、苦痛に呻くモンスター。

 メロンサイズの球が貫通したら、さぞやグロテスクな光景になりそうなものだが……。

 腹部を中心に大きな風穴が空いたわけではない。外見的な損傷は皆無だった。

 まあ光球そのものが物質的な存在らしくない見え方だから、ある意味、納得できる話なのだけれど。

 とはいえ、外傷はなくても、ゴブリンにダメージを与えたことは確実だった。やられたゴブリンはバッタリ倒れて、ピクリとも動かなくなっていた。

『まずは一丁上がり!』

 ゴブリンの死体を振り返る様子もなく、光球は、隣の一匹へ向かう。

「グゲッ!」

 全く同じようにして、二匹目のゴブリンも地に伏して……。

「グゲッ!」

「グゲッ!」

「ギギッ!」

「グゲッ!」

 たまに悲鳴が違う個体は混じるものの、大部分は、断末魔の叫びすら同じ。僕を取り囲んでいたモンスターの群れは、バタバタと倒れていく。

 ぐるりと光球が一周し終わった時、森の大地を踏みしめて立っているのは、僕だけになっていた。


『フーッ。まあ、ざっとこんなものかな』

 ひと仕事終わらせた、という口調の光球。額の汗を拭う、という仕草が似合いそうな言い方だった。残念ながら手なんてないから、それは出来ないけれど。

 だが、すぐに雰囲気が変わる。

『いや、そうとも言えないか。肉体がないと、この程度の力しか出せないのか……』

 なんだか悔しそうな声。

 窮地を救ってくれた光球に対して、僕は何か言葉をかけるべきだと思った。

「『この程度の力』だなんて、謙遜しないでください。十分じゃないですか! どこのどなたか存じませんが、ありがとうございました」

『おおっ? お前、俺の声が聞こえるのか!』

 ペコリと頭を下げた僕を見て、明らかに驚いた様子の光球。続いて、

『十分じゃねえよ! 見ろ!』

 どこかを指し示すような口調だが、もちろん光球には指すら存在しない。どこだかわからず、僕はキョロキョロと左右を見回してしまう。

『よそ見すんな! 正面だよ、正面! 一番でかいやつ!』

 その『一番でかいやつ』という言葉で、さすがにピンときた。

 改めて、真ん前に注目すると。

 両腕を少し動かして、地面を押すようにしながら……。巨人ギガントゴブリンが、ゆっくりと起き上がろうとしていた。


『一匹だけ、あからさまに違うからな。こいつがボスなんだろ?』

 僕のイメージとしては、この巨人ギガントゴブリンは、ゴブリンたちを率いているというより、むしろ頼まれて助太刀に来た用心棒だけれど……。

 とりあえず、頷いておく。

 すると、

『異世界転生を司る神様が、ウスノロでなあ。新しい肉体をくれなかったから、このざまだ……』

 僕にはわからない単語が含まれているが、光球が神様を非難しているニュアンスだけは、伝わってきた。

 とんでもない話だ! 神様を悪く言うなんて!

 そもそも、この光球だって、最初は「さすが神様」とか言っていたのに!

 ……という僕の心の声が聞こえたはずもないが、それっぽいタイミングで、再び光球が話しかけてくる。

『おい、お前! 力が欲しいか?』

「……え?」

『いや、これじゃ厨二っぽい言い方になっちまうな』

 と、やはり僕には理解できない単語を使いながら、

『いいか、時間がないから、よく聞け。俺の声が聞こえるってことは、俺と波長が合うってことだ。そんなお前がいるからこそ、神様は俺をこの場に送り込んだに違いない……。逆に言えば、お前は俺の器として、神様に選ばれた存在なのだ!』

 早口でまくし立てる最後にあったのは、僕に優越感を与えるような言葉。

 だがそれは別にしても、目の前で巨人ギガントゴブリンが起き上がろうとしている以上、時間がないというのは強く同意できた。

「よくわかりませんが……。出来ることがあるなら、ぜひ協力させてください!」

『よし、俺を受け入れて融合しろ! 俺がお前に、超人的な力を授けてやるから!』

 受け入れる……? 融合……?

 よくわからないけれど、これでいいのだろうか。

 受け入れの意思を示す意味で、両手を大きく広げたら、

『行くぞ!』

 光球が、僕に突進してきた!


 先ほど同じようにして、ゴブリンたちが殺されたのを目撃したばかりだ。

 僕も死んでしまうのではないか、と躊躇したくなったが、止めるもなく、光球は僕の体の中へ。

 その瞬間、

「うっ!」

 頭が割れるような痛みに襲われた。見たこともないイメージが次々と、僕の脳内に浮かび上がる。

 驚くほどたくさんの馬車。いや、馬に牽引されたものではなく、馬車のキャビン部分だけが、ただの鉄の箱のはずなのに勝手に動いている。それも、道路いっぱいになるくらいに。

 その道路も、王都にすら存在しないような横幅だ。なんて広さの道なのだろう! 土が剥き出しでもなく、石畳でもなく、不思議な素材で舗装された道路だった。

 道路脇の建物も、木材建築や石造りではなかった。少しカラフルな、謎の材質で出来ている。しかも首が痛くなるくらい見上げないと、先端が視界に入らないほど高い構造……。

 映像的なものだけではない。誰かの一生に相当する伝記とか、分厚い哲学書とか、ギュッと凝縮されたのを一瞬で頭の中に叩き込まれたような……。そう、他人の大量の思考や経験を強制的にインプットされたような、脳がオーバーヒートする感覚だった。

「モンスターたちは、これを食らって、精神が破裂して死んだのか……」

 その思いが言葉になると同時に。

 僕は、意識を失った。


「ここは……?」

 気が付くと、赤い空間の中に浮かんでいた。上下左右の感覚もなく、ただプカプカと……。実に不思議なところだ。

 どちらを向いても赤ばかりの中、少し離れたところに例の光球があり、そこだけ白いから異様に目立っていた。

『悪かったな。別に、ああやってゴブリンたちを屠った、ってことじゃないぞ。お前に害を与える気はなかったんだ』

 と、まずは謝罪っぽいセリフ。

『俺も初めてだから知らなかったよ。完全に意識がリンクすると、肉体を持つ者の脳がパンクしそうになるとは……。もう二度としないから、安心してくれ』

 続いて、ようやく僕の質問に答えてくれる。

『ここは精神世界……。いや、異次元空間と呼ぶべきかな? とにかく、まだ巨人ギガントゴブリンの脅威が去ったわけじゃない』

「ありがとうございます、ダイゴローさん」

 いつの間にか光球が巨人ギガントゴブリンという名称を使っているように、僕も相手の名称を知っていた。

 ダイゴロー。

 それが、彼の名前だった。

 彼の言うところの『完全に意識がリンク』した一瞬の間に、共有された情報があるのだ。よくわからないまま泡と消えたのが大部分だが、少しくらいは頭に残っていた。

『よせやい。そんな他人行儀な呼び方じゃなくて、ダイゴローって呼び捨てでいいぜ、バルトルト。今じゃ俺とお前は一心同体。同じ肉体を使う相棒だからな』

 少し照れたような口調に続いて、彼は説明する。

『とにかく、これでお前は、ヒーローに変身できる能力を身に付けたんだ。右手を見てみな』

 言われて気づいたが、いつの間にか僕は、銀色のアイマスクを手にしていた。

 アイマスクといっても、眠る時に目を覆うやつではなく、お偉いさんが身分を伏せるようなパーティーで使うやつ。顔の一部を隠しながら、目の部分だけは穴だったり色ガラスだったりして、視界が確保されているタイプだ。

『正体を隠すため、兼、変身アイテムだと思ってくれ。理由は後で話すが、変身できるって誰かに知られちゃいけないし、変身状態は十分間しか続かない』

 今ではなく後で補足説明があるということは……。この空間においても、時間がないという状況は同じらしい。

『そう、そういうことだ』

 あれ?

 精神のリンクは切った、という話だったが、僕の思考は筒抜けなのか?

『筒抜けってほどじゃないが、俺は精神体だから、心の声くらいならば……。って、余計な説明をさせるな! いいか、現実世界に戻るぞ? 転生戦士に変身して、あの巨人ギガントゴブリンを倒せ!』

「わかりました!」

 大きく頷いた僕は……。

 その勢いのまま叫んで、アイマスクを目にあてがった。

「変身! 転生戦士ダイゴロー!」

   

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