その声は、不思議な聞こえ方をしていた。
耳から入ってくるというより、直接、頭の中に伝わってくる感じ。つまり『音』の類いではないようだった。
『さすがは神様だ。いいところに送り込んでくれたぜ』
僕が事態に戸惑っている間も、不思議な光球の独り言は続く。
『異世界の現地住民が、モンスターに襲われてる場面……。そこに颯爽と登場した俺! まさにヒーロー参上、ってわけだ!』
やたらとハイテンションな光球は、一番近くのゴブリンに突進する!
「グゲッ!」
光球に腹を貫かれて、苦痛に呻くモンスター。
メロンサイズの球が貫通したら、さぞやグロテスクな光景になりそうなものだが……。
腹部を中心に大きな風穴が空いたわけではない。外見的な損傷は皆無だった。
まあ光球そのものが物質的な存在らしくない見え方だから、ある意味、納得できる話なのだけれど。
とはいえ、外傷はなくても、ゴブリンにダメージを与えたことは確実だった。やられたゴブリンはバッタリ倒れて、ピクリとも動かなくなっていた。
『まずは一丁上がり!』
ゴブリンの死体を振り返る様子もなく、光球は、隣の一匹へ向かう。
「グゲッ!」
全く同じようにして、二匹目のゴブリンも地に伏して……。
「グゲッ!」
「グゲッ!」
「ギギッ!」
「グゲッ!」
たまに悲鳴が違う個体は混じるものの、大部分は、断末魔の叫びすら同じ。僕を取り囲んでいたモンスターの群れは、バタバタと倒れていく。
ぐるりと光球が一周し終わった時、森の大地を踏みしめて立っているのは、僕だけになっていた。
『フーッ。まあ、ざっとこんなものかな』
ひと仕事終わらせた、という口調の光球。額の汗を拭う、という仕草が似合いそうな言い方だった。残念ながら手なんてないから、それは出来ないけれど。
だが、すぐに雰囲気が変わる。
『いや、そうとも言えないか。肉体がないと、この程度の力しか出せないのか……』
なんだか悔しそうな声。
窮地を救ってくれた光球に対して、僕は何か言葉をかけるべきだと思った。
「『この程度の力』だなんて、謙遜しないでください。十分じゃないですか! どこのどなたか存じませんが、ありがとうございました」
『おおっ? お前、俺の声が聞こえるのか!』
ペコリと頭を下げた僕を見て、明らかに驚いた様子の光球。続いて、
『十分じゃねえよ! 見ろ!』
どこかを指し示すような口調だが、もちろん光球には指すら存在しない。どこだかわからず、僕はキョロキョロと左右を見回してしまう。
『よそ見すんな! 正面だよ、正面! 一番でかいやつ!』
その『一番でかいやつ』という言葉で、さすがにピンときた。
改めて、真ん前に注目すると。
両腕を少し動かして、地面を押すようにしながら……。巨人ゴブリンが、ゆっくりと起き上がろうとしていた。
『一匹だけ、あからさまに違うからな。こいつがボスなんだろ?』
僕のイメージとしては、この巨人ゴブリンは、ゴブリンたちを率いているというより、むしろ頼まれて助太刀に来た用心棒だけれど……。
とりあえず、頷いておく。
すると、
『異世界転生を司る神様が、ウスノロでなあ。新しい肉体をくれなかったから、この様だ……』
僕にはわからない単語が含まれているが、光球が神様を非難しているニュアンスだけは、伝わってきた。
とんでもない話だ! 神様を悪く言うなんて!
そもそも、この光球だって、最初は「さすが神様」とか言っていたのに!
……という僕の心の声が聞こえたはずもないが、それっぽいタイミングで、再び光球が話しかけてくる。
『おい、お前! 力が欲しいか?』
「……え?」
『いや、これじゃ厨二っぽい言い方になっちまうな』
と、やはり僕には理解できない単語を使いながら、
『いいか、時間がないから、よく聞け。俺の声が聞こえるってことは、俺と波長が合うってことだ。そんなお前がいるからこそ、神様は俺をこの場に送り込んだに違いない……。逆に言えば、お前は俺の器として、神様に選ばれた存在なのだ!』
早口で捲し立てる最後にあったのは、僕に優越感を与えるような言葉。
だがそれは別にしても、目の前で巨人ゴブリンが起き上がろうとしている以上、時間がないというのは強く同意できた。
「よくわかりませんが……。出来ることがあるなら、ぜひ協力させてください!」
『よし、俺を受け入れて融合しろ! 俺がお前に、超人的な力を授けてやるから!』
受け入れる……? 融合……?
よくわからないけれど、これでいいのだろうか。
受け入れの意思を示す意味で、両手を大きく広げたら、
『行くぞ!』
光球が、僕に突進してきた!
先ほど同じようにして、ゴブリンたちが殺されたのを目撃したばかりだ。
僕も死んでしまうのではないか、と躊躇したくなったが、止める間もなく、光球は僕の体の中へ。
その瞬間、
「うっ!」
頭が割れるような痛みに襲われた。見たこともないイメージが次々と、僕の脳内に浮かび上がる。
驚くほどたくさんの馬車。いや、馬に牽引されたものではなく、馬車のキャビン部分だけが、ただの鉄の箱のはずなのに勝手に動いている。それも、道路いっぱいになるくらいに。
その道路も、王都にすら存在しないような横幅だ。なんて広さの道なのだろう! 土が剥き出しでもなく、石畳でもなく、不思議な素材で舗装された道路だった。
道路脇の建物も、木材建築や石造りではなかった。少しカラフルな、謎の材質で出来ている。しかも首が痛くなるくらい見上げないと、先端が視界に入らないほど高い構造……。
映像的なものだけではない。誰かの一生に相当する伝記とか、分厚い哲学書とか、ギュッと凝縮されたのを一瞬で頭の中に叩き込まれたような……。そう、他人の大量の思考や経験を強制的にインプットされたような、脳がオーバーヒートする感覚だった。
「モンスターたちは、これを食らって、精神が破裂して死んだのか……」
その思いが言葉になると同時に。
僕は、意識を失った。
「ここは……?」
気が付くと、赤い空間の中に浮かんでいた。上下左右の感覚もなく、ただプカプカと……。実に不思議なところだ。
どちらを向いても赤ばかりの中、少し離れたところに例の光球があり、そこだけ白いから異様に目立っていた。
『悪かったな。別に、ああやってゴブリンたちを屠った、ってことじゃないぞ。お前に害を与える気はなかったんだ』
と、まずは謝罪っぽいセリフ。
『俺も初めてだから知らなかったよ。完全に意識がリンクすると、肉体を持つ者の脳がパンクしそうになるとは……。もう二度としないから、安心してくれ』
続いて、ようやく僕の質問に答えてくれる。
『ここは精神世界……。いや、異次元空間と呼ぶべきかな? とにかく、まだ巨人ゴブリンの脅威が去ったわけじゃない』
「ありがとうございます、ダイゴローさん」
いつの間にか光球が巨人ゴブリンという名称を使っているように、僕も相手の名称を知っていた。
ダイゴロー。
それが、彼の名前だった。
彼の言うところの『完全に意識がリンク』した一瞬の間に、共有された情報があるのだ。よくわからないまま泡と消えたのが大部分だが、少しくらいは頭に残っていた。
『よせやい。そんな他人行儀な呼び方じゃなくて、ダイゴローって呼び捨てでいいぜ、バルトルト。今じゃ俺とお前は一心同体。同じ肉体を使う相棒だからな』
少し照れたような口調に続いて、彼は説明する。
『とにかく、これでお前は、ヒーローに変身できる能力を身に付けたんだ。右手を見てみな』
言われて気づいたが、いつの間にか僕は、銀色のアイマスクを手にしていた。
アイマスクといっても、眠る時に目を覆うやつではなく、お偉いさんが身分を伏せるようなパーティーで使うやつ。顔の一部を隠しながら、目の部分だけは穴だったり色ガラスだったりして、視界が確保されているタイプだ。
『正体を隠すため、兼、変身アイテムだと思ってくれ。理由は後で話すが、変身できるって誰かに知られちゃいけないし、変身状態は十分間しか続かない』
今ではなく後で補足説明があるということは……。この空間においても、時間がないという状況は同じらしい。
『そう、そういうことだ』
あれ?
精神のリンクは切った、という話だったが、僕の思考は筒抜けなのか?
『筒抜けってほどじゃないが、俺は精神体だから、心の声くらいならば……。って、余計な説明をさせるな! いいか、現実世界に戻るぞ? 転生戦士に変身して、あの巨人ゴブリンを倒せ!』
「わかりました!」
大きく頷いた僕は……。
その勢いのまま叫んで、アイマスクを目にあてがった。
「変身! 転生戦士ダイゴロー!」
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