もはや回復ポイントとは思えぬ毒々しい泉に、長居する理由はない。
すぐに僕たちは、また森の出口に向かって進み始めた。
「近くの街に私たちが移ってきたのは、結構最近で……」
歩きながら、事情を語ってくれるクリスタ。
まあ『回復の森』を初めて訪れたのは僕の方が先のようだから、そういう話になるのだろう。
冒険者としてはエグモント団よりカトック隊の方が先輩だが、アーベラインの街を拠点にするパーティーとしては逆になる、ということだ。
彼女の説明によると、以前は王国の南の方で冒険者をしていたそうだ。ニーナとカーリンとクリスタの三人でこちらへ旅する途中、乗合馬車の中でアルマと出会い、カトック隊に加えることになったのだという。
少し前に「アルマはカトック隊の一番新しいメンバー」と言われたのを思い出し、
「なるほど。そういう経緯なのですね」
と、適当に相槌を打ったりしていたが……。
頭の中で、ダイゴローが茶々を入れてくる。
『楽しそうだな、バルトルト。「優しいお姉さんは好きですか?」って、言ってやりたくなるぜ』
いやいや、楽しいとか好きとか、そういうのではなくて。
前を歩く二人――ニーナとアルマ――が僕に話しかけるには、わざわざ振り向く必要がある。でも、いつモンスターが現れるかわからない状況では、よそ見をするのは危険に繋がる。
一方、僕の左にいるカーリンは口数の少ない女性。そうなると、必然的に、右側のクリスタが残るわけで……。
『フッ。じゃあ、そういうことにしといてやるよ』
ダイゴローの声は、鼻で笑うような調子にも聞こえた。
こうして歩く間に出現したモンスターは、ゴブリン系やウィスプ系ばかり。
最下級のゴブリンだけでなく、皮鎧を着たゴブリン――鎧衣ゴブリン――が混じることもあったが、しょせんその程度。長い武器を持って暴れる槍ゴブリンや、金属甲冑で身を固めた騎士ゴブリンなどは出てこなかったし、ましてや巨人ゴブリンほどの強敵と遭遇することは一度もなかった。
ウィスプ系も、ほとんどは最下級の青ウィスプ。稀に緑ウィスプが一匹か二匹くらい加わっていたが、それより高レベルのウィスプを見る機会は皆無だった。
戦闘パターンは、アルマが鞭でモンスターを怯えさせることから始まり、ウィスプ系ならば魔法、ゴブリン系ならば斬撃主体で倒す。ニーナとカーリンの剣技は優れているし、魔法はクリスタが凄くてカーリンもそれなりだから、いつもアッサリ終了した。僕も一応、弱炎魔法を放ったり、ショートソードを抜いて突撃したりしたけれど、お世辞にも「大きく貢献した」とは言えないだろう。
やがて。
進む先が、明るくなってきた。それまでは生い茂った葉に日差しが遮られていたが、ようやく届くようになってきたのだ。
つまり、森の終わりだった。
「森の出口ー!」
無邪気な声を上げながら、アルマが両手を広げて走り出す。
「あんまり遠くへ行っちゃダメよ! この辺りは、まだモンスター出るんだから!」
「はーい!」
ニーナに言われて、少し先で立ち止まるアルマ。
小さな子供ではないから真似しないが、彼女の気持ちは僕にもわかるような気がした。
森から出た僕たちの目の前には今、豊かな自然の草原地帯が広がっている。開放感を与えてくれる光景であり、その緑を割るようにして敷かれた土の道は、これを行けば街に辿り着く、という安心感にも繋がっていた。
そろそろ夕方のはずだが、まだ見上げても赤は混じっておらず、一面の青空。この分ならば、暗くなる前にアーベラインの街まで戻れるのは確実だった。
一応ニーナの言う通り、こうした野外フィールドにはモンスターも出没するのだが……。隠れるところだらけの森とは異なり、これだけ視界が開けていれば、前後左右どこから現れてもすぐに発見可能で、余裕で対処できるはず。
『なるほどねえ。一気に気持ちが緩むわけかい……』
冒険者とは違う目線で、ダイゴローが感想を述べる。油断とまでは言わないが、そういう感じにも見えるのだろう。
実際、アルマを戒めたばかりのニーナが、自分からフォーメーションを崩し始めた。少し後ろに下がって、僕に話しかけてきたのだ。
「どうせ、キミも街へ帰るんでしょ? じゃあ、このまま街までは一緒に行くよね? もう危険な森は出たけど」
「うん。同行させてもらえるなら……」
「もちろん! じゃあ、決まりね!」
と、最初は、必要な打ち合わせだったが。
すぐに、単なる世間話に変わっていった。
「同い年の冒険者と一緒なのって久しぶり……。いや、初めてかな? どちらにせよ、新鮮な気持ちだわ! ねえ、キミはどこの冒険者学院だったの?」
「僕が勉強したのは東の学院だったけど……。そこで見かけた覚えはないから、ニーナは別のところだよね?」
「うん、私は王都の学院出身」
この王国で『冒険者学院』と呼ばれる教育機関は五つあるが、中でも王都の学院は、他よりもランクが上の扱いになっていた。
「へえ、じゃあエリートなんだ! 凄いなあ……」
「そんなことないよ。だから遠い人を見るような目は止めてね?」
僕が感心した態度を示すと、少し照れて嫌がるようなニーナ。
そこにクリスタが追い打ちをかける。
「ニーナの凄いところは、王都で学んだことより、その学院を普通より二年早く卒業したことね」
「えっ、それは凄い!」
反射的に、そう言ってしまった。ニーナの態度を見て、あまり『凄い』を連発するのは控えるつもりだったのに。
ここで、前を歩くアルマが振り返って、こちらの会話に参加する。
「私も三年早い卒業だったんだよ! 王都じゃなくて南の学院だけどね」
「へえ、アルマも! 凄いなあ」
今度は、少しお世辞混じりの『凄い』だった。15歳で冒険者をしている以上、アルマの学院卒業が早かったのは当然であり、今さら驚くべき情報ではなかったのだ。
本来、冒険者に出自を尋ねるのはタブー、という考え方もある。だが、この話の流れならば、少しくらい構わないだろう。ニーナならば大丈夫だろう。
そう思った僕は、最初に会った時から気になっていた点を直接、尋ねてみることにした。
「ニーナの鎧、ずいぶんと立派だけど……。もしかして貴族のお姫様なの?」
王都の学院出身というのも、ニーナ貴族説に合致する。庶民でも優秀ならば王都で学べるが、貴族ならば無条件で王都の冒険者学院に入れる、という噂があった。
しかしニーナは、笑いを浮かべながら首を横に振った。
「ううん、そんなわけないよ。これで勘違いさせちゃったみたいだけど……」
チラッと視線を落として、自分の鎧を一瞥してから彼女は続ける。
「……昔は私も、こんな騎士鎧じゃなくて、普通の皮鎧を着てたんだ。ちょうど、キミやカーリンが着てるようなタイプ」
僕の茶色の鎧とカーリンの青い鎧は、かなり形状が異なる気もするが……。話を促す意味で、とりあえず頷いてみせた。
「カトック隊のリーダーを引き継いだ時に、この鎧に変えたの」
「先代のリーダーの格好を真似たのよね。彼の金属鎧は、装飾部分がピンクではなく赤だったけど、ベースは同じ白だったから」
と、クリスタが説明を補足する。
言われてみれば、いくら学院卒業が早めだったとはいえ、僕と同い年のニーナが、いきなり冒険者パーティーのリーダーをやるはずもない。カトック隊は、エグモント団のような新人の集まりとは違うのだ。
ならば、ニーナの前にリーダーだった人がいるはずで……。
「普通なら、前のサブリーダーがリーダーをやるべきでしょうけど……。カーリンが嫌がってねえ」
言いながらクリスタは、いつもとは少し違う、面白がっているような笑みをカーリンに向けた。
するとカーリンは、わずかに眉間にしわを寄せて、ポツリと呟く。
「仕方ないだろう。無口な俺では、リーダーは務まらん」
ああ、呪文詠唱以外で、彼女の声を久しぶりに聞いた気がする。
『あんまり久しぶりだから、カーリンが俺っ娘だってこと、忘れるところだったぜ』
と、ダイゴローも言うくらいだが……。
いや、それは嘘だろう。カーリンの言葉遣いが『俺』であることは、ダイゴローから見たら、彼女の一番の特徴みたいだから。
僕は心の中で、ついツッコミを入れてしまった。
このように。
もうすぐお別れという今頃になって。
僕はカトック隊に関して、さらに深く知ることになるのだった。
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