転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第45話 その後(1)

公開日時: 2020年11月18日(水) 17:30
更新日時: 2023年5月11日(木) 15:50
文字数:3,392

   

「ここは……?」

 意識を取り戻した僕は、妙にボーッとした頭で、天井を眺めるだけだった。

 なんだか眠り過ぎた直後のように、頭の中にもやがかかっている。状況はよくわからないが、視界いっぱいに天井が広がっている以上、横になっている姿勢なのは間違いない。まあ難しく考えなくても、眠っていたのだから、横になっているのは当然だろうけれど。

 それにしても。

 この無機質なタイル張りの天井は、僕には馴染みのないものだった。全く見覚えがない、というほどでもないが……。

 少なくとも、エグモント団で使っていた冒険者寮ではないし、それより昔の、冒険者学院時代の寄宿舎でもない。最近加入したカトック隊の家とも違うし、街の宿屋でもなさそうだ。

 ……と、考えていくうちに。

 エグモント団とか、カトック隊とか、自分が所属していた――あるいは所属している――冒険者パーティーの名前を思い浮かべたところで、ここ最近の出来事の記憶が鮮明に蘇ってきた。

 そう、僕はカトック隊を追放されて、それから……。

『ようやく思い出したかい、俺のことも』

 ここで、タイミングを見計らったかのような、相棒の声。もちろん、僕の頭の中だけに響く言葉だった。


『ここは医務室。冒険者組合の二階だぜ』

 言われて見れば、確かに、冒険者組合――通称『赤天井レッド・ルーフ』――の一室だ。何度も訪れている医務室であり、数日前にも、ニーナやカーリンがメカ巨人ギガントゴブリン戦で負傷したために、一緒に来たばかりだった。

 医務室の奥には、白いカーテンで仕切られた区画があり、重症患者のためのベッドがいくつか用意されている。今まで入ったこともないエリアだが、現在の僕は、そこで寝かされていたらしい。

 なるほど、医務室だから、一応は天井に見覚えがあったわけだ。しかしベッドで横になることはなく、意識して天井に視線を向ける機会もなかったため、見覚えあるはずなのに『馴染みのないもの』となったのだろう。

『おいおい、バルトルト。見知らぬ天井について、そんなに深く考える必要ねえだろ。もっと重要なことがあるぞ。右手だよ、右手!」

 苦笑じみたダイゴローの言葉で、意識を右手へ。

 そこで初めて気づいたのが、柔らかい感触だった。

 天井の景色以上に『馴染みのないもの』であり、慌ててそちらを見ると……。

 アルマが両手で、僕の右手をギュッと握りしめていた。


 見舞い客用の椅子を、ベッドのきわまで引っ張って来たのだろう。

 アルマはそこに座り込んで、僕の手を握ったまま、ウトウトと居眠りしていた。

 言動などから小さな女の子というイメージもあるが、実際には、それほど年齢が離れているわけではない。この状態は照れ臭いので、僕は右手を引き抜こうとしたのだが……。

 そのせいで、アルマが目を覚ましてしまった。

 起き抜けとは思えないくらいに、彼女はパッと顔を明るくする。

「あっ、バルトルトくん! 目が覚めたんだね!」

 それはこちらのセリフだ、と返すもなく。

「じゃあ、みんな呼んでくるー!」

 アルマは僕の手を放して、カーテンの向こう側へ、バタバタと走っていった。

 彼女の姿が見えなくなると、一瞬、静かになるが……。

 すぐに、さらなる喧騒が訪れる。

「元気になったね!」

「よかったわ……」

「うむ。もう大丈夫のようだな」

 ニーナとクリスタとカーリンを連れて、アルマが戻って来たのだ。


 上半身を起こしてベッドに座る僕を、カトック隊の四人が取り囲む。

「回復が遅いから、心配したんだよ……」

 と言うアルマに続いて。

 仲間たちが、事情を説明してくれた。

 まず。

 僕が意識を失う直前に予想していた通り、ニーナたち三人が雑魚ゴブリンを一掃して駆けつけて、倒れている僕とアルマを発見。クリスタが解毒魔法と回復魔法を駆使して、その場で可能な限りの治療をほどこしてくれた。

 それでも二人とも意識を取り戻さなかったので、それだけ毒のダメージが深いのだろう、と彼女たちは判断。僕とアルマを、ここの医務室に担ぎ込んだそうだ。

 僕たちは重病人として扱われて、ベッドに寝かされた状態で、医務室の魔法医に治療されて……。

「魔法で出来るのはここまでだから、あとは本人の体力次第。おとなしく寝かせておくように、と言われたの」

「言われた通り休ませていたら、一時間くらいで、まずはアルマが目覚めたのよ」

 ニーナとクリスタに続いて、

「私、ビックリしたんだよ! 私を助けようとして、バルトルトくんが泉に飛び込んだ、って聞いて……。しかも、私よりバルトルトくんの方が、ダメージが深いなんて……」

 アルマも口を開くが……。その時の気持ちが蘇ったのだろうか、先ほどとは違って、悲壮感いっぱいの表情になっていた。


『微妙な立場だな、バルトルト』

 脳内では、揶揄するようなダイゴローの声が響く。

『実際にアルマを毒の泉から助け出したのはバルトルトだけど、カトック隊の女の子たちから見たら、お前じゃないもんな』

 ああ、そうだ。

 転生戦士ダイゴローに変身した上で救助したのだから……。彼女たちの視点では、アルマの命の恩人は僕ではなく、通りすがりの謎の冒険者になるはず。むしろ僕は、助けるつもりで飛び込んだ結果、逆に救助の必要な人間を二人に増やしただけ、と思われているだろう。

『ミイラ取りがミイラになる……とは少し違うが、結果だけ見れば、むしろ迷惑な話だよなあ。まあ彼女たちなら、少なくとも「助けようとした心意気は買う」程度の評価はしてくれそうだけどな』

 ここで重要なのは、評価云々ではない。僕も『通りすがりの謎の冒険者』に助け出されたことになっている、という点だ。ならば……。

「ところで、疑問なんだけど……。三人が来た時には、僕とアルマは、もう岸辺に倒れてたんだよね? じゃあ、誰が泉から引き上げてくれたのかな?」

 僕が白々しく質問すると、ニーナが聞き返してきた。

「キミ、覚えてないの?」

「うん。毒で汚れた泉の中を泳いで、なんとかアルマをキャッチしたまでは良かったんだけど……。そこで力尽きて、僕も意識を失っちゃったから……」

 あくまで僕は『通りすがりの謎の冒険者』を見ていない、という立場を貫くことにしたのだ。

 よくよく考えてみると、いくら『通りすがり』とはいえ、いきなり毒の泉の中から出現するのは、あまりにも不自然すぎる。いったい彼は水中で何をしていたのか、という疑問が、当然のように生まれるだろう。

 もしも僕が「泉の中で謎の冒険者に出会った」と言ってしまうと、その時の状況を根掘り葉掘り質問されそうだから……。

『うまいぞ、バルトルト。これで少なくとも、お前がツッコミを食らうことはないもんな!』

 と、脳内でダイゴローが僕の方針に賛成する間に。

「そっか。じゃあ、キミも見てないのか……」

 少し残念そうなニーナに続いて、クリスタが説明してくれる。

「戦いながらだったから、私たちも詳しく見てたわけじゃないんだけど……。また現れて、助けてくれたのよ。この間の、通りすがりの冒険者が。ほら、巨人ギガントゴブリンの亜種に苦戦してたら出てきた、あの人……」

「ああ、あの……。おかしな全身スーツを着た、大柄な冒険者ですね」

『おい、バルトルト。言うに事欠いて「おかしな全身スーツ」とは、ちょっと酷いんじゃねえか?』

 即座にダイゴローが苦言を呈するが、あの格好は間違いなく、一般的な冒険者のセンスから大きくかけ離れている。自分の姿でもある以上、あまり悪く言いたくないのだが、僕が「何も知らない、関係ない」という立場を続けるためには、こう言っておくのが無難と判断したのだ。

 案の定、僕の『おかしな全身スーツ』発言は受け入れられて、

「そう、それ! 私とカーリンは初めて見たんだけど、聞いてた通りの三色スーツね。凄く目立つ色合いだったわ!」

 とニーナは言うし、カーリンも無言で頷くくらいだった。


「とりあえず、装備の外見的センスはともかくとして、実力そのものは凄い人なのよね。だけど……」

 クリスタが、軽く眉間にしわを寄せる。転生戦士ダイゴローに関して、少し気になる点があるらしい。

 先ほど想定したような「泉の中で何をしていたか」という疑問かと思いきや、別の問題だった。

「……あなたが助けられたのは、これで三度目。私たちも、もう二度目になるわ。それも、わずか数日の間に」

 そう言って、僕に視線を向けるクリスタ。

 まるで「特別な理由があるのでしょう? あなたは何か知ってるのではないかしら?」と詰問しているかのような、鋭い目つきだった。

   

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート