翌日。
朝食の後すぐ部屋に戻り、いつもの冒険者としての支度を整えてから、僕たちは出かけることにした。
「昨日の話では結局、モンスターがどこから来てどこへ帰るのか、その情報はゼロだったね」
「がっかりすることないわ、ニーナ。噂通りの特殊なゴブリンだ、というのは確かめられたのだから……」
「そうだぞ。特に興味深かったのは、あのパトリツィアの話だ。思った以上に高度な遮蔽性能を備えている、と判明したからな」
「子供と仲良しの、おとなしいゴブリン! そこも重要だよー!」
そんな会話をしながら一階へ降りていき、
「小さな村だけど、たっぷりと楽しんでおくれよ! いってらっしゃい!」
女将さんに見送られながら、宿屋を出発。
今日一日、適当に歩き回るつもりだったが……。
建物から出た途端、二人の村人の姿が視界に入る。
「思った通り、出てきたな」
「おはようございます、冒険者の方々」
僕たちを待ち構えていた、カールとパトリツィアだった。
「ゴブリンの調査へ行くのでしょう? でしたら、私が案内しますわ」
「俺も同行させてもらう。パトリツィア一人に任せたら、何を吹き込まれるか、わかったもんじゃない」
昨日も一緒だった二人だ。喧嘩するほど仲が良い、という言葉が頭をよぎるが、本人たちの耳に入れたら猛反対されそうだ。カールの発言にある通り、モンスターに対する見解が正反対だからこそ、互いを牽制する意味でセットにならざるを得ないのだろう。
理由はどうあれ、僕たちにとっては都合の良い申し出だった。
「案内してもらえるんですか? ありがとうございます!」
「ゴブリンが現れそうな場所まで、連れて行ってもらえるのかしら? それなら、本当に助かるけど……」
純粋に感謝するニーナに続いて、少しの疑問を挟むクリスタ。
すると、パトリツィアが苦笑いする。
「いえいえ、次に現れる場所なんて、さすがにわかりませんよ。あなた方冒険者と違って、モンスターの専門家じゃないですからね。でも、過去五回の出現ポイントを見せて回るくらいは出来ますわ」
「これまで現れた場所を見れば、あんたたちなら、今後の予測も出来るんじゃないか? ゴブリン相手に先手を打てるようになるなら、俺も協力させてもらいたい」
この件に関しては、カールとパトリツィアの利害も一致しているらしい。
村の地理に疎い僕たちにとっても、案内役を二人確保できるというのは、願ってもない話だった。
「ここが、三度目にゴブリンが現れた公園ですわ」
「本当は出現した順番の方がいいだろうが、一番近いのがここだからな」
カールとパトリツィアが僕たちを案内した先は、宿屋のある広場から歩いて十分か二十分くらい。小さな一軒家がスッポリ入るくらいの広場だった。
緑の木々に囲まれた、土のグラウンドだ。ただの空き地ではなく、一応は公園として整備された土地なのだろう。くぐって遊ぶ木製トンネルや、同じく木で作られた滑り台とブランコ、親たちが座って休めるベンチなどが設置されていた。
『こういうファンタジー世界の公園って、どんな感じかと思ったが……。案外、しっかりしてるんだな』
感心したような声で、ダイゴローが感想を述べる。
複数の遊具が置かれているという意味で『しっかりしてる』と言ったのであれば、少し補足しておくべきかもしれない。これが標準的な公園ではなく、場所によっては、何もない原っぱだったりするからだ。
クラナッハ村が小さな村であることを思えば、むしろ立派すぎるほど、と僕には感じられた。
『そういうことなら、あれじゃねえか? ほら、工芸品が名産だとか、からくり玩具を作ってるとか、そんな話があっただろ?』
ダイゴローの指摘で、僕も思い出す。確かに、ブロホヴィッツで最初に聞かされた中に、そういう情報も含まれていた。なるほど、木製の大型遊具も、木彫り細工の一種と言えるかもしれない。
こうして僕とダイゴローが脳内会話を交わしている間に、
「わーい!」
話題の滑り台の方へアルマが駆け寄り、早速それで遊び始めていた。アルマにとっても、これだけ立派な公園遊具は珍しい、ということなのだろう。
「あれも調査の一環ってことか? ああやって、ゴブリンが遊んだ跡をなぞっている、みたいな……」
訝しげな顔をするカールの横では、パトリツィアが苦笑いを浮かべていた。そんなはずないと彼女は理解しているようだ。
「まあ今朝は誰もいないから、特に問題にはなりませんけど……」
パトリツィアの言う通り、僕たち以外は誰もいない、静かな公園だった。まだ時間が早いせいだろうか。
彼女の言葉が呼び水になったわけではないが、ちょうど村の子供が一人、公園にやってきた。五、六歳くらいの男の子だ。
「あっ、大きなお姉ちゃんが滑って遊んでる! 大きなお姉ちゃんなのに!」
「年齢は関係ないよー。楽しいものは、いくつになっても楽しいんだよー」
と返すアルマと一緒になって、村の子供も、滑り台で遊び始める。親しそうな二人の様子は、まるで旧知の間柄のようだった。
「なるほど、あんな感じだったのね」
「そうですわ。ああやって子供たちは、誰とでも仲良くなってしまうのです。たとえ相手がモンスターであっても」
ニーナの言葉に頷くパトリツィア。
偶然ではあるがアルマのおかげで、ゴブリン出現当時の光景が一つ、再現できたのかもしれない。
僕たちがその公園を一通り見て回る間に、さらに数人の子供たちがやってきた。
「バイバーイ!」
「また遊ぼうね、お姉ちゃん!」
子供のための遊具だから子供たちに明け渡す、ということなのだろう。一緒に遊んだ子供に手を振って、アルマはこちらへ戻ってきた。
「楽しかったー!」
「うん、よかったね。ちょうどこっちも終わった感じだし……。じゃあ、次へ行こうか?」
ゴブリン調査といっても、とりあえず現場を直接この目で見て、カールやパトリツィアから改めて話を聞く、という程度だ。ニーナの提案に従って、僕たちは最初の公園を後にするのだった。
実際に村の中を歩いてみると、クラナッハ村は本当に平和なところであり、『ゴブリンの村』と呼ばれているのが信じられないくらいだ。
すれ違う村人の空気にもピリピリした緊張感はなく、見慣れぬ僕たちに好奇の目を向ける者がいたとしても、それは余所者に対する反感ではなく、逆に「冒険者が来てくれた!」という安心感が伝わってくる視線だった。
穏やかな田舎村だから自然豊かな場所ではあるが、むしろ二、三日前まで滞在していたアーベントロートの方が『緑』のイメージは強かった。農業に従事するフランツとリーゼルの家に泊めてもらったから、という理由もあるだろうが、あの街の方がクラナッハ村よりも農地の割合が多かった気がするのだ。
『それも、この村の基幹産業が工芸品作りだからじゃねえか?』
そうかもしれない。
何であれ、『穏やかな田舎村』であることは間違いない。こうしてゴブリンを探して歩くカトック隊の仲間たちの間にも、緩やかな空気が流れているように感じられた。
そんな雰囲気でカールとパトリツィアに案内されて、徒歩数分。
「ここが、四度目にゴブリンが現れた公園だ。つまり……」
足を止めたカールは、隣に立つパトリツィアへ、チラリと目をやる。
それを受けて、彼女は複雑な笑みを浮かべた。
「私があのゴブリンを目撃した場所ですわ」
公園の規模自体は、先ほどの場所――三度目にゴブリンが現れた公園――と同じくらいだろう。
木々の多い公園であり、周囲だけでなく、公園内にも大木がいくつか植えられていた。やはり大型遊具が置かれているが、わかりやすいのは雲梯くらい。子供が一人か二人入っただけでいっぱいになりそうな、木造の小屋とか、何を模しているのか不明の、彫像らしき石柱とか、遊び方がわからない設備の方が多かった。
それでも子供にとっては、立派に遊び道具なのだろう。小屋や石柱の周りでは、何人かの子供たちが、思い思いに楽しんでいた。
「ちょうど、かくれんぼをして遊んでいる時でしたわ。障害物に身を隠す子供たちを微笑ましく眺めていたら、あそこの後ろにゴブリンがいて……」
説明しながらパトリツィアが指し示したのは、丸い石柱の一つ。それほど太くないので、大人どころか子供が隠れるにも不十分に思える。
『子供のかくれんぼなんて、そんなもんだろ? 頭隠して尻隠さず、っぽいのが多いからこそ、面白いんじゃねえか』
そんな意見をダイゴローが述べたタイミングで、
「カール! パトリツィア! ここにいたのか!」
一人の村人が、騒ぎながら公園に駆け込んできた。
年齢も背格好もカールと同じくらいで、服装は職人のような感じの男だ。同じ村人だからもちろんカールとは顔見知りであり、カールは少し心配そうに声をかける。
「おいおい、どうした。そんなに慌てて……。大丈夫か?」
男は息を切らしており、一休みして深呼吸するべきだと僕も思ったが……。そんな余裕はないと言わんばかりに、一気に捲し立てた。
「カールとパトリツィアが二人で、冒険者を案内して回ってる、って聞いたからさ。それで探してたんだ。二人を見つけりゃ、冒険者も確保できると思って……」
カールに答えていた男は、ここで僕たちの方へ視線を向ける。
「……ゴブリンを退治しに来た冒険者って、あんたたちだろ? さあ、一緒に来てくれ! 出たんだよ、あのゴブリンが!」
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