転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第56話 カトック隊西へ(7)

公開日時: 2020年11月30日(月) 17:30
更新日時: 2023年5月8日(月) 16:20
文字数:3,657

   

 カトックらしき人物の噂を耳にした時点で、それまでの方針――ザルムホーファーの街に残ってカトックからの連絡を待つ――を放棄する気になったニーナ。

 いても立ってもいられない、という心境だったのだろう。

『今も同じだな。本当はアーベラインじゃなくアーベントロートだった、って判明したから、早くそっちへ行きたいんだろうぜ』

 というダイゴローの言葉に、心の中で僕は頷いた。

 これで、だいたいの事情は理解できたわけだが……。

 ふと横を見れば、アルマは少し不思議そうな顔をしていた。まだ何か、疑問が残っているのだろうか。

 その表情のまま、チラッと僕と目が合う。それからニーナに視線を戻して、アルマは尋ねた。

「でも、ニーナちゃん。それだと、カトックくんと入れ違いになる可能性もあったよね?」

 当時のニーナたちの想定では、カトックはワームホールで戻ってくるつもりではないか、という話だったはず。ならば、馬車に揺られてニーナたちがそちらへ向かう間に、カトックがザルムホーファーへ――ワームホールを介して一瞬で――戻ってきてしまうかもしれない。

 アルマは、そんな『入れ違い』の可能性を指摘したのだった。


「それは私たちも考えたんだけどね」

 ニーナの口元に、小さな苦笑いが浮かぶ。

「そもそもワームホールが発生する見込みは薄いだろう、ってクリスタは言うし、私もカーリンもそれには賛成できたから」

 今までの話から考えて、ザルムホーファーの森ダンジョンへ、ニーナたちは足繁くかよっていたに違いない。でもワームホールに遭遇したのは、カトックが消えた時のただ一度のみ。ならば滅多に起こらない現象のはず、と彼女たちが結論づけたのも、よく理解できる話だった。

「でも、ならば何故カトックはワームホールの再発生を信じていたのか、って疑問も生まれたけど……。今にして思えば、彼がワームホール経由で戻ろうと計画してる、って私たちの想像自体、大間違いだったのね」

「そうだね、ニーナちゃん。ニーナちゃんたちに合流しよう、ってアクション、全く起こしてなかったんだね。カトックくん、記憶喪失だったから」

「うん。待ってるだけじゃ、絶対に合流できなかったんだから……。私たちの選択、間違ってなかったんだわ……」

 しみじみと呟くニーナは、安堵の表情を浮かべていた。まるで、もうカトックと再会できたかのように。


「じゃあ、ザルムホーファーをつところから、話を続けるね」

 ニーナたちは一応、ザルムホーファーの冒険者組合に「アーベラインへ向かう」という伝言を残しておいたそうだ。カトックから連絡が入ったり、カトック本人が戻ってきたり、という可能性もゼロではないと考えて。

 さらに。

「旅立ちにあたり、私が新しいリーダーに指名されたの」

 それまでは、サブリーダーなのでカーリンが、リーダー不在時の代理役を引き受けていた。しかし嫌々ながらのため、ダンジョンにおける戦闘を指揮する場合のみ。それ以外は、むしろクリスタが三人のまとめ役だった。そのように役割分担していたのだが……。

「クリスタに言われちゃったんだ。カトックを迎えに行く、って決断したのは私だから、私が隊の責任者になるべき、って」

 なるほど、それで三人の中で一番経験の浅いニーナが、リーダーに就任したわけか。カトックを探すことが基本方針となったカトック隊において、その探索に執着している彼女がリーダーとなるのは、よく理解できる話だった。

 このように納得した僕とは対照的に、

「それじゃニーナちゃんのリーダーって、暫定的なものなの? カトックくんが見つかるまでの間だけで、合流したらカトックくんがリーダーに戻るの?」

 と、新たな疑問を口にするアルマ。

「どうだろうねえ。アーベラインに来るまでは、そのつもりだったけど……」

 それまで遠い目をしていたニーナは、ハッとした顔で、アルマや僕の顔を見つめ直す。

「……今は、キミたちもいるからね。いきなり、よく知らない人がリーダーになるのは、ちょっと嫌でしょ?」

「そんなことないよ、ニーナちゃん。だってカトックくんは、ニーナちゃんやカーリンちゃんやクリスタちゃんが、とっても信頼してる人なんだよね? だったら私も信じるよー!」

「僕もアルマと同意見だよ、ニーナ」

 口では『同意見』と言ったが、厳密には少し違う。そもそも僕の場合、成り行きでカトック隊に加入したようなものであり、その時点ではニーナも他のみんなも『よく知らない人』だったのだ。だから、今さらその点を気にする必要はなかった。

『本当にそうか、バルトルト? 最初はどうあれ、今じゃ彼女たちとも、かなり親密になってるだろ。そこに割り込んでくる男が新リーダーになる……。これって、結構やりにくいんじゃねえか?』

 ダイゴローの言葉は、当然ニーナには聞こえないので、彼女は安堵の笑みを浮かべる。

「ありがと。二人がそう言ってくれて嬉しいよ。でも、ほら、今のカトックは記憶喪失だって話だし……。そうなると、私がリーダーを続けることになるのかな?」

「大丈夫だよ、ニーナちゃん! ニーナちゃんたちと会えば、きっとカトックくんの記憶も蘇るよ!」

 アルマの発言は、根拠のない無責任な慰めとは違うのだろう。カトックとニーナたちとの間には深い絆があるから、記憶を取り戻すきっかけになるはず、という考え方だ。

「うん。私もそう期待してる。それで……」

 ニーナは回想を締めくくるために、話を戻した。

「……とにかく、そういう理由で、私たちはアーベラインに来たの。途中、乗合馬車の中でアルマと知り合ったり、その後『回復の森』でバルトルトを拾ったり……。キミたちと知り合ったわけ!」


「ニーナちゃん、頑張ろうね! あと少しで、カトックくんと再会できるよ! 私たちも出来る限りの協力、するからねー!」

 アルマは椅子から立ち上がって、ベッドに座るニーナに歩み寄り、彼女の手を両手で包み込んだ。

 さらに、僕にチラッと目配せをする。『私たちも出来る限りの協力』という言葉があったので、アルマの意図は僕にも理解できた。

 小恥ずかしく思いながらも、アルマを真似てニーナに近寄り、二人の手の上に、僕も手を重ねて……。

 何か言わなければ格好がつかないから、励ましの言葉を口にした。

「そうだよ、ニーナ。きっとカトックは大丈夫。ほら、努力は必ず報われるものだから!」

「ありがとう、二人とも……」

 目を潤ませるニーナ。

 最後は決起集会のような雰囲気になったが、こうして、ニーナとアルマの部屋での長話は終了した。


 まだ夕飯までは、少し時間があるらしい。だから僕は、いったん自分の部屋に戻った。

 もう家の中なので、皮鎧を脱ぐ。椅子代わりでもあるベッドに腰を下ろし、軽く横になった。

『寝るなよ。すぐ食事だからな』

「わかってる」

 と短く返したら、

『なかなか面白かったな、バルトルト』

 ダイゴローは、さらに話しかけてきた。

 確かに、これでようやく、ニーナたちのカトック探しについて理解できた、と言えるだろう。

 欲を言えば、問題のカトックという男性の人となりを、もっと聞かせてほしかったが……。ニーナの執着ぶりを見れば、よほどの人物だったと想像できるので、それで十分かもしれない。

『いやいや、俺の言う面白いポイントはそこじゃねえよ。見ず知らずの男について聞かされても、退屈なだけだろ? それより、アルマだ』

「アルマ……?」

『ほら、バルトルトも言ってただろ。意外にも冷静に考えてる、とか、頭の回転が速い、とか』

 ダイゴローは話の本題よりも、どうでも良いことに関心を向けていたらしい。

『どうでも良くねえよ。アルマは大事な仲間の一人だろ。パーティーの仲間のことをもっと理解するのは、冒険者として大切なことなんじゃねえか?』

 別の世界から来たダイゴローに『冒険者として』と言われるとは……。でも、一理あるかもしれない。

 それに、珍しいアルマを見られたのは事実だった。彼女の頭の冴えには、ちょっとクリスタっぽく感じられる部分もあったくらいだ。

 ならば、いつもの能天気な振る舞いは、実は演技だったのだろうか。

『それも違うような気がするぜ』

 と、すかさず僕を否定するダイゴロー。

『意識して演じてるというより、それこそクリスタに頭脳役を任せてるから、出しゃばらないように抑えてるんじゃないか? その結果、能天気っぽく見える部分だけ浮き上がってくる、って感じで……』

 なるほど、確かに、そう考えた方がスッキリ出来る。三人になって、しかもニーナの落ち込む姿もあったから、自分がしっかりしようとアルマは思ったのだろう。そして『しっかりしよう』と思えば、案外、理論派になるのがアルマなのかもしれない。

 ……などと、ダイゴローと二人でアルマについて考察していたら。

「食事の準備できたってー!」

 そのアルマが、僕を呼びに来てくれた。

 三人で話していた時とは微妙に雰囲気が違う、子供っぽい笑顔を浮かべた、いつもの陽気なアルマだった。



 それから三日後の朝。

 僕たち五人は、街の北外れにある広場まで来ていた。

 乗合馬車の発着場、つまり『駅』と呼ばれる場所だ。

   

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート