カトックらしき人物の噂を耳にした時点で、それまでの方針――ザルムホーファーの街に残ってカトックからの連絡を待つ――を放棄する気になったニーナ。
いても立ってもいられない、という心境だったのだろう。
『今も同じだな。本当はアーベラインじゃなくアーベントロートだった、って判明したから、早くそっちへ行きたいんだろうぜ』
というダイゴローの言葉に、心の中で僕は頷いた。
これで、だいたいの事情は理解できたわけだが……。
ふと横を見れば、アルマは少し不思議そうな顔をしていた。まだ何か、疑問が残っているのだろうか。
その表情のまま、チラッと僕と目が合う。それからニーナに視線を戻して、アルマは尋ねた。
「でも、ニーナちゃん。それだと、カトックくんと入れ違いになる可能性もあったよね?」
当時のニーナたちの想定では、カトックはワームホールで戻ってくるつもりではないか、という話だったはず。ならば、馬車に揺られてニーナたちがそちらへ向かう間に、カトックがザルムホーファーへ――ワームホールを介して一瞬で――戻ってきてしまうかもしれない。
アルマは、そんな『入れ違い』の可能性を指摘したのだった。
「それは私たちも考えたんだけどね」
ニーナの口元に、小さな苦笑いが浮かぶ。
「そもそもワームホールが発生する見込みは薄いだろう、ってクリスタは言うし、私もカーリンもそれには賛成できたから」
今までの話から考えて、ザルムホーファーの森ダンジョンへ、ニーナたちは足繁く通っていたに違いない。でもワームホールに遭遇したのは、カトックが消えた時のただ一度のみ。ならば滅多に起こらない現象のはず、と彼女たちが結論づけたのも、よく理解できる話だった。
「でも、ならば何故カトックはワームホールの再発生を信じていたのか、って疑問も生まれたけど……。今にして思えば、彼がワームホール経由で戻ろうと計画してる、って私たちの想像自体、大間違いだったのね」
「そうだね、ニーナちゃん。ニーナちゃんたちに合流しよう、ってアクション、全く起こしてなかったんだね。カトックくん、記憶喪失だったから」
「うん。待ってるだけじゃ、絶対に合流できなかったんだから……。私たちの選択、間違ってなかったんだわ……」
しみじみと呟くニーナは、安堵の表情を浮かべていた。まるで、もうカトックと再会できたかのように。
「じゃあ、ザルムホーファーを発つところから、話を続けるね」
ニーナたちは一応、ザルムホーファーの冒険者組合に「アーベラインへ向かう」という伝言を残しておいたそうだ。カトックから連絡が入ったり、カトック本人が戻ってきたり、という可能性もゼロではないと考えて。
さらに。
「旅立ちにあたり、私が新しいリーダーに指名されたの」
それまでは、サブリーダーなのでカーリンが、リーダー不在時の代理役を引き受けていた。しかし嫌々ながらのため、ダンジョンにおける戦闘を指揮する場合のみ。それ以外は、むしろクリスタが三人のまとめ役だった。そのように役割分担していたのだが……。
「クリスタに言われちゃったんだ。カトックを迎えに行く、って決断したのは私だから、私が隊の責任者になるべき、って」
なるほど、それで三人の中で一番経験の浅いニーナが、リーダーに就任したわけか。カトックを探すことが基本方針となったカトック隊において、その探索に執着している彼女がリーダーとなるのは、よく理解できる話だった。
このように納得した僕とは対照的に、
「それじゃニーナちゃんのリーダーって、暫定的なものなの? カトックくんが見つかるまでの間だけで、合流したらカトックくんがリーダーに戻るの?」
と、新たな疑問を口にするアルマ。
「どうだろうねえ。アーベラインに来るまでは、そのつもりだったけど……」
それまで遠い目をしていたニーナは、ハッとした顔で、アルマや僕の顔を見つめ直す。
「……今は、キミたちもいるからね。いきなり、よく知らない人がリーダーになるのは、ちょっと嫌でしょ?」
「そんなことないよ、ニーナちゃん。だってカトックくんは、ニーナちゃんやカーリンちゃんやクリスタちゃんが、とっても信頼してる人なんだよね? だったら私も信じるよー!」
「僕もアルマと同意見だよ、ニーナ」
口では『同意見』と言ったが、厳密には少し違う。そもそも僕の場合、成り行きでカトック隊に加入したようなものであり、その時点ではニーナも他のみんなも『よく知らない人』だったのだ。だから、今さらその点を気にする必要はなかった。
『本当にそうか、バルトルト? 最初はどうあれ、今じゃ彼女たちとも、かなり親密になってるだろ。そこに割り込んでくる男が新リーダーになる……。これって、結構やりにくいんじゃねえか?』
ダイゴローの言葉は、当然ニーナには聞こえないので、彼女は安堵の笑みを浮かべる。
「ありがと。二人がそう言ってくれて嬉しいよ。でも、ほら、今のカトックは記憶喪失だって話だし……。そうなると、私がリーダーを続けることになるのかな?」
「大丈夫だよ、ニーナちゃん! ニーナちゃんたちと会えば、きっとカトックくんの記憶も蘇るよ!」
アルマの発言は、根拠のない無責任な慰めとは違うのだろう。カトックとニーナたちとの間には深い絆があるから、記憶を取り戻すきっかけになるはず、という考え方だ。
「うん。私もそう期待してる。それで……」
ニーナは回想を締めくくるために、話を戻した。
「……とにかく、そういう理由で、私たちはアーベラインに来たの。途中、乗合馬車の中でアルマと知り合ったり、その後『回復の森』でバルトルトを拾ったり……。キミたちと知り合ったわけ!」
「ニーナちゃん、頑張ろうね! あと少しで、カトックくんと再会できるよ! 私たちも出来る限りの協力、するからねー!」
アルマは椅子から立ち上がって、ベッドに座るニーナに歩み寄り、彼女の手を両手で包み込んだ。
さらに、僕にチラッと目配せをする。『私たちも出来る限りの協力』という言葉があったので、アルマの意図は僕にも理解できた。
小恥ずかしく思いながらも、アルマを真似てニーナに近寄り、二人の手の上に、僕も手を重ねて……。
何か言わなければ格好がつかないから、励ましの言葉を口にした。
「そうだよ、ニーナ。きっとカトックは大丈夫。ほら、努力は必ず報われるものだから!」
「ありがとう、二人とも……」
目を潤ませるニーナ。
最後は決起集会のような雰囲気になったが、こうして、ニーナとアルマの部屋での長話は終了した。
まだ夕飯までは、少し時間があるらしい。だから僕は、いったん自分の部屋に戻った。
もう家の中なので、皮鎧を脱ぐ。椅子代わりでもあるベッドに腰を下ろし、軽く横になった。
『寝るなよ。すぐ食事だからな』
「わかってる」
と短く返したら、
『なかなか面白かったな、バルトルト』
ダイゴローは、さらに話しかけてきた。
確かに、これでようやく、ニーナたちのカトック探しについて理解できた、と言えるだろう。
欲を言えば、問題のカトックという男性の人となりを、もっと聞かせてほしかったが……。ニーナの執着ぶりを見れば、よほどの人物だったと想像できるので、それで十分かもしれない。
『いやいや、俺の言う面白いポイントはそこじゃねえよ。見ず知らずの男について聞かされても、退屈なだけだろ? それより、アルマだ』
「アルマ……?」
『ほら、バルトルトも言ってただろ。意外にも冷静に考えてる、とか、頭の回転が速い、とか』
ダイゴローは話の本題よりも、どうでも良いことに関心を向けていたらしい。
『どうでも良くねえよ。アルマは大事な仲間の一人だろ。パーティーの仲間のことをもっと理解するのは、冒険者として大切なことなんじゃねえか?』
別の世界から来たダイゴローに『冒険者として』と言われるとは……。でも、一理あるかもしれない。
それに、珍しいアルマを見られたのは事実だった。彼女の頭の冴えには、ちょっとクリスタっぽく感じられる部分もあったくらいだ。
ならば、いつもの能天気な振る舞いは、実は演技だったのだろうか。
『それも違うような気がするぜ』
と、すかさず僕を否定するダイゴロー。
『意識して演じてるというより、それこそクリスタに頭脳役を任せてるから、出しゃばらないように抑えてるんじゃないか? その結果、能天気っぽく見える部分だけ浮き上がってくる、って感じで……』
なるほど、確かに、そう考えた方がスッキリ出来る。三人になって、しかもニーナの落ち込む姿もあったから、自分がしっかりしようとアルマは思ったのだろう。そして『しっかりしよう』と思えば、案外、理論派になるのがアルマなのかもしれない。
……などと、ダイゴローと二人でアルマについて考察していたら。
「食事の準備できたってー!」
そのアルマが、僕を呼びに来てくれた。
三人で話していた時とは微妙に雰囲気が違う、子供っぽい笑顔を浮かべた、いつもの陽気なアルマだった。
それから三日後の朝。
僕たち五人は、街の北外れにある広場まで来ていた。
乗合馬車の発着場、つまり『駅』と呼ばれる場所だ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!