転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第71話 再会、カトックよ(9)

公開日時: 2020年12月18日(金) 17:30
更新日時: 2023年5月8日(月) 16:23
文字数:3,774

   

 細かいことに気が付く……。そうクリスタに言われるのは、悪い気がしなかった。

『さっき帰る途中で話してた時も、似たようなこと言われてたもんな。あの時もバルトルト、ちょっと天狗になってたぞ。「優しいお姉さんに褒められて嬉しい!」って』

 ダイゴローはニヤニヤ口調なので、わざと大袈裟な言い方をしているだけだ。だからそちらは冗談として聞き流し、いっそうの注意をクリスタに向けて、彼女の言葉に耳を傾ける。

「……カトックのこと、少し意識して、見ておいてくれないかしら?」


『ほら、俺の睨んだ通りだろ? やっぱりクリスタは、カトックを怪しんでるんだぜ!』

 僕の中で、ここぞとばかりに騒ぎ立てるダイゴロー。

 そう強く主張する必要はないのに……。彼の観察眼とか洞察力とか、僕は十分に認めているのだから。

 それよりも。

「カトックのこと……ですか?」

 クリスタの疑惑のまなざしに、僕は気づいていなかったのだから、その前提で接するべき。そう考えて、わざと不思議そうに聞き返した。

「ええ。ほら、この家に戻ってくるまでの会話にもあったでしょう? カトックの戦い方が、カトック隊とは違う……。あなたが言い出したのをきっかけに、あれは本来のカトックのやり方じゃない、って話になって」

「はい、ありましたね。でも、それって、記憶喪失の影響で変わってしまった、ということですよね?」

「まあ、そう考えるしかないんだけど……」

 クリスタは、少し顔をしかめる。

「……でもね。戦っている途中に、カーリンが指摘した話。昔とは太刀筋が違う、ってこと。それも『記憶喪失の影響で』って説明になるのかしら?」

 グイグイ追求してくる感じだった。それこそ帰り道で話題に出した時は「難しく考えることはない」と言ってくれたのに……。

『あの場じゃ、話を掘り下げるのは無理だったんだろ。すぐ前にはニーナたちも歩いてたからな。ニーナに聞かせたい話じゃないだろ?』

 確かに、ただでさえ、カトックから雑に扱われて落ち込んでいたニーナだ。「カトックが怪しい」なんて彼女の耳に入れるのは酷だし、それどころか、カトックを信奉している彼女と、大喧嘩になる可能性もあっただろう。

 心の中でダイゴローに頷きながら、クリスタに対しては、少し身を乗り出してみせた。

「どうでしょうね。他の解釈、僕は思いつかないのですが……」

「カーリンの早朝鍛錬、あなたも見たのよね。だったらわかると思うけど……」

 僕の態度を見て、クリスタが微笑みを浮かべる。

「……剣とか槍とかの型って、ああやって素振りを繰り返して、体に覚えさせるものでしょう? 魔法士の私が魔法剣士のあなたに今さら言うのも、ちょっと変でしょうけど」

『釈迦に説法ってやつだな』

 ダイゴローも苦笑する。彼の世界のことわざか何かだろう。

 でも僕は、クリスタから剣術について説かれても、別に嫌な感覚はなかった。魔法士の専門分野ではないにしろ、クリスタはカーリンの親友であり、カーリンの稽古についてそれなりに見聞きしてきたはず。ならば一家言あってもおかしくない、と思えたのだ。

 それに、そもそも僕は、カーリンのように鍛錬を繰り返しているわけでもなかった。これまでの戦いの経験から、考えずに体が動く部分も一応ある、という程度だ。

「言われてみれば、その通りですね。体に染み付いた動きならば、無意識で出てくるはずだから、記憶云々は関係ないはず……」

「剣を武器にするあなたも、やっぱり同じ考えなのね。良かったわ」

 深々とソファーに座り直すクリスタ。彼女の顔には、満足そうな笑みが浮かんでいたが、すぐにそれも曇る。

「その上、カトックの持っていた紋章が私たちのとは違う、という新事実も出てきたでしょう? だから、私は心配になるの。この街にいるカトックは、本当に私たちのカトックなのかしら、って」


「えっ?」

 今度は『わざと』ではなく素直に、僕は驚きの声を上げてしまう。それほどの爆弾発言だったのだ。

 クリスタは苦笑いを浮かべる。

「そうよね。ここまでは同意してくれたあなたでも、さすがに『あのカトックは別人だ』みたいな話、受け入れにくいわね」

「いや、別に否定するつもりは……。ただ、あまりにも予想外の言葉だったから……」

『馬鹿だなあ、バルトルトは。カトックを怪しむってことは、そういう意味だろ?』

 慌てる僕の中で、呆れ声のダイゴロー。

 一方、クリスタは優しく対応してくれた。

「あら、構わないのよ。あなたの態度も、想定の範囲内だったから。むしろ、やっぱり他の人たちに相談しなくてよかった、と再確認できたわ」

 笑う彼女を見て、一つの考えが頭に浮かぶ。

「ということは、この話、僕が初めてなのですか?」

「ええ」

「カーリンにも話してない? クリスタの親友なのに?」

「あら、カーリンこそダメよ。この件に関しては」

 僕の言葉を大袈裟に打ち消す勢いで、クリスタは大きく手を振ってみせた。

「バルトルトにはわからないかもしれないけど……。ああ見えてカーリンは、カトックを心酔している部分があるの。ニーナほどじゃないけどね」

 特定の誰かにカーリンが傾倒するなんて、ちょっと想像できないが……。

 でも、改めて考えてみると。

 カーリンが戦闘やそれに関するものにしか興味を示さないのは、僕も既に理解していることだった。今回だって、カトックの戦いぶりを見て、一目で太刀筋の違いを見抜いたくらいだ。他人を評価する際も、剣術とか武術とか、そういう観点から見てしまうのであれば……。

「カーリンって、戦闘能力の高い人ならば、それだけで尊敬しそうですからね」

「ええ、ちょっと危なっかしいでしょう? 将来あの子、ただ強いだけの、たちの悪い男に引っかかりそうで……」

 カーリンが屈強な女たらしに騙される様子を想像して、僕は苦笑いしてしまう。

 クリスタの顔にも、僕と似たような笑みが浮かんでいる。

 和やかな雰囲気になったが、それは同時に、かなり話が脱線したという証でもあった。

 察して、クリスタが話をまとめようとする。

「まあ、そんなわけだからね。今回、カーリンには期待できないの。それで、あなたに頼むのよ」

「わかりました。とりあえず、そういう意識で、注意してカトックを見ておけば良いのですね?」

「ええ、お願い」

 クリスタからの密命だ。

 二人だけの秘密が出来たみたいで、なんだか僕は、嬉しいと感じてしまった。


「へえ! それは大変だったねえ!」

「大変なもんかい。むしろ逆だよ。暴れ足りないくらいだったさ」

 大袈裟に反応したリーゼルの言葉に、肩をすくめてみせるマヌエラ。

 夕食はリーゼルやフランツと一緒であり、その場の話題に上ったのは、昼間のモンスター襲撃事件。二人が聞き及んでいたのは噂程度に過ぎないので、特にリーゼルの方が、当事者である僕たちから詳しく聞きたがったのだ。

 従姉妹いとこのマヌエラだけでなく、僕たちもわるわる、語って聞かせる形になった。リーゼルには聞き上手な部分があって、僕たちは巧みに話を引き出してもらった、と言えるかもしれない。

 そして。

 こちらの経験談が一段落ついたところで、ふと、クリスタが尋ねた。

「そういえば……。自警団の中に一人、結構立派な鎧の人がいたけれど。あれって、特別な人だったのかしら?」

「うむ。髪が銀色の男だった。カトックが来るまでの間、自警団を取り仕切っている様子だったが……」

 カーリンも横から言葉を添える。

 リーゼルはフランツと顔を見合わせてから、

「ああ、おそらく、それはジルバだね。今の自警団のサブリーダーだよ」

 と、情報提供。

 なるほど、サブリーダーならば、リーダー不在時のまとめ役になるのも当然だろう。また、他のメンバーより装備が優れているのも、一応は納得できる気がする。

 そう僕は理解したのだが……。

 クリスタは、さらに質問を重ねていた。

「今は……? ということは、以前は……?」

「おお、さすがは冒険者だ。鋭いねえ。カトックが自警団に加わるまでは、ジルバがリーダーだったんだよ。そのせいかもしれないけど、ちょっとした騒ぎがあってね……」

 リーゼルの顔に、面白がっているような笑みが浮かぶ。

「……マヌエラへの手紙に書いたから、みなさんも聞いてるかな? ほら、今日みたいに、街にモンスターが現れた時の話だ。あの時、カトックが来たからモンスターも来たんじゃないか、って言い出したのがジルバだったのさ」

「そういや、そんな話、あったねえ」

 しみじみと呟くマヌエラに、クリスタが続く。

「馬車の中で聞かせてもらったわね。でも今では逆にカトックを慕って、『まるで信者みたい』って感じなのでしょう?」

「ハハハ……。私が手紙に書いた言葉そのまんま、みなさんに伝わってるようだね」

 リーゼルは軽く笑ってから、

「で、どうだった? みなさんの目から見ても、ジルバは、カトックさんの熱狂的な信奉者だったかい?」

 そう尋ね返したのだが。

 クリスタや他の者が答える前に。

 リン、リンと、呼び鈴の音が鳴り響いた。


「おや、誰か来たようだ」

「こんな時間に来客とは、珍しいねえ?」

 フランツとリーゼルが、ほぼ同時に反応。特にフランツは「ちょっと失礼」と席を立ち、扉を開けに向かう。

 そして。

 すぐに戻ってきた彼の背後には、突然のゲスト。

「邪魔するぜ」

 と、粗暴な挨拶を口にしたのは……。

 金属製の鎧を身に纏った、銀髪の男。

 今まさに話題になっていた、自警団サブリーダー、ジルバだった。

   

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