細かいことに気が付く……。そうクリスタに言われるのは、悪い気がしなかった。
『さっき帰る途中で話してた時も、似たようなこと言われてたもんな。あの時もバルトルト、ちょっと天狗になってたぞ。「優しいお姉さんに褒められて嬉しい!」って』
ダイゴローはニヤニヤ口調なので、わざと大袈裟な言い方をしているだけだ。だからそちらは冗談として聞き流し、いっそうの注意をクリスタに向けて、彼女の言葉に耳を傾ける。
「……カトックのこと、少し意識して、見ておいてくれないかしら?」
『ほら、俺の睨んだ通りだろ? やっぱりクリスタは、カトックを怪しんでるんだぜ!』
僕の中で、ここぞとばかりに騒ぎ立てるダイゴロー。
そう強く主張する必要はないのに……。彼の観察眼とか洞察力とか、僕は十分に認めているのだから。
それよりも。
「カトックのこと……ですか?」
クリスタの疑惑のまなざしに、僕は気づいていなかったのだから、その前提で接するべき。そう考えて、わざと不思議そうに聞き返した。
「ええ。ほら、この家に戻ってくるまでの会話にもあったでしょう? カトックの戦い方が、カトック隊とは違う……。あなたが言い出したのをきっかけに、あれは本来のカトックのやり方じゃない、って話になって」
「はい、ありましたね。でも、それって、記憶喪失の影響で変わってしまった、ということですよね?」
「まあ、そう考えるしかないんだけど……」
クリスタは、少し顔をしかめる。
「……でもね。戦っている途中に、カーリンが指摘した話。昔とは太刀筋が違う、ってこと。それも『記憶喪失の影響で』って説明になるのかしら?」
グイグイ追求してくる感じだった。それこそ帰り道で話題に出した時は「難しく考えることはない」と言ってくれたのに……。
『あの場じゃ、話を掘り下げるのは無理だったんだろ。すぐ前にはニーナたちも歩いてたからな。ニーナに聞かせたい話じゃないだろ?』
確かに、ただでさえ、カトックから雑に扱われて落ち込んでいたニーナだ。「カトックが怪しい」なんて彼女の耳に入れるのは酷だし、それどころか、カトックを信奉している彼女と、大喧嘩になる可能性もあっただろう。
心の中でダイゴローに頷きながら、クリスタに対しては、少し身を乗り出してみせた。
「どうでしょうね。他の解釈、僕は思いつかないのですが……」
「カーリンの早朝鍛錬、あなたも見たのよね。だったらわかると思うけど……」
僕の態度を見て、クリスタが微笑みを浮かべる。
「……剣とか槍とかの型って、ああやって素振りを繰り返して、体に覚えさせるものでしょう? 魔法士の私が魔法剣士のあなたに今さら言うのも、ちょっと変でしょうけど」
『釈迦に説法ってやつだな』
ダイゴローも苦笑する。彼の世界のことわざか何かだろう。
でも僕は、クリスタから剣術について説かれても、別に嫌な感覚はなかった。魔法士の専門分野ではないにしろ、クリスタはカーリンの親友であり、カーリンの稽古についてそれなりに見聞きしてきたはず。ならば一家言あってもおかしくない、と思えたのだ。
それに、そもそも僕は、カーリンのように鍛錬を繰り返しているわけでもなかった。これまでの戦いの経験から、考えずに体が動く部分も一応ある、という程度だ。
「言われてみれば、その通りですね。体に染み付いた動きならば、無意識で出てくるはずだから、記憶云々は関係ないはず……」
「剣を武器にするあなたも、やっぱり同じ考えなのね。良かったわ」
深々とソファーに座り直すクリスタ。彼女の顔には、満足そうな笑みが浮かんでいたが、すぐにそれも曇る。
「その上、カトックの持っていた紋章が私たちのとは違う、という新事実も出てきたでしょう? だから、私は心配になるの。この街にいるカトックは、本当に私たちのカトックなのかしら、って」
「えっ?」
今度は『わざと』ではなく素直に、僕は驚きの声を上げてしまう。それほどの爆弾発言だったのだ。
クリスタは苦笑いを浮かべる。
「そうよね。ここまでは同意してくれたあなたでも、さすがに『あのカトックは別人だ』みたいな話、受け入れにくいわね」
「いや、別に否定するつもりは……。ただ、あまりにも予想外の言葉だったから……」
『馬鹿だなあ、バルトルトは。カトックを怪しむってことは、そういう意味だろ?』
慌てる僕の中で、呆れ声のダイゴロー。
一方、クリスタは優しく対応してくれた。
「あら、構わないのよ。あなたの態度も、想定の範囲内だったから。むしろ、やっぱり他の人たちに相談しなくてよかった、と再確認できたわ」
笑う彼女を見て、一つの考えが頭に浮かぶ。
「ということは、この話、僕が初めてなのですか?」
「ええ」
「カーリンにも話してない? クリスタの親友なのに?」
「あら、カーリンこそダメよ。この件に関しては」
僕の言葉を大袈裟に打ち消す勢いで、クリスタは大きく手を振ってみせた。
「バルトルトにはわからないかもしれないけど……。ああ見えてカーリンは、カトックを心酔している部分があるの。ニーナほどじゃないけどね」
特定の誰かにカーリンが傾倒するなんて、ちょっと想像できないが……。
でも、改めて考えてみると。
カーリンが戦闘やそれに関するものにしか興味を示さないのは、僕も既に理解していることだった。今回だって、カトックの戦いぶりを見て、一目で太刀筋の違いを見抜いたくらいだ。他人を評価する際も、剣術とか武術とか、そういう観点から見てしまうのであれば……。
「カーリンって、戦闘能力の高い人ならば、それだけで尊敬しそうですからね」
「ええ、ちょっと危なっかしいでしょう? 将来あの子、ただ強いだけの、質の悪い男に引っかかりそうで……」
カーリンが屈強な女たらしに騙される様子を想像して、僕は苦笑いしてしまう。
クリスタの顔にも、僕と似たような笑みが浮かんでいる。
和やかな雰囲気になったが、それは同時に、かなり話が脱線したという証でもあった。
察して、クリスタが話をまとめようとする。
「まあ、そんなわけだからね。今回、カーリンには期待できないの。それで、あなたに頼むのよ」
「わかりました。とりあえず、そういう意識で、注意してカトックを見ておけば良いのですね?」
「ええ、お願い」
クリスタからの密命だ。
二人だけの秘密が出来たみたいで、なんだか僕は、嬉しいと感じてしまった。
「へえ! それは大変だったねえ!」
「大変なもんかい。むしろ逆だよ。暴れ足りないくらいだったさ」
大袈裟に反応したリーゼルの言葉に、肩をすくめてみせるマヌエラ。
夕食はリーゼルやフランツと一緒であり、その場の話題に上ったのは、昼間のモンスター襲撃事件。二人が聞き及んでいたのは噂程度に過ぎないので、特にリーゼルの方が、当事者である僕たちから詳しく聞きたがったのだ。
従姉妹のマヌエラだけでなく、僕たちも代わる代わる、語って聞かせる形になった。リーゼルには聞き上手な部分があって、僕たちは巧みに話を引き出してもらった、と言えるかもしれない。
そして。
こちらの経験談が一段落ついたところで、ふと、クリスタが尋ねた。
「そういえば……。自警団の中に一人、結構立派な鎧の人がいたけれど。あれって、特別な人だったのかしら?」
「うむ。髪が銀色の男だった。カトックが来るまでの間、自警団を取り仕切っている様子だったが……」
カーリンも横から言葉を添える。
リーゼルはフランツと顔を見合わせてから、
「ああ、おそらく、それはジルバだね。今の自警団のサブリーダーだよ」
と、情報提供。
なるほど、サブリーダーならば、リーダー不在時のまとめ役になるのも当然だろう。また、他のメンバーより装備が優れているのも、一応は納得できる気がする。
そう僕は理解したのだが……。
クリスタは、さらに質問を重ねていた。
「今は……? ということは、以前は……?」
「おお、さすがは冒険者だ。鋭いねえ。カトックが自警団に加わるまでは、ジルバがリーダーだったんだよ。そのせいかもしれないけど、ちょっとした騒ぎがあってね……」
リーゼルの顔に、面白がっているような笑みが浮かぶ。
「……マヌエラへの手紙に書いたから、みなさんも聞いてるかな? ほら、今日みたいに、街にモンスターが現れた時の話だ。あの時、カトックが来たからモンスターも来たんじゃないか、って言い出したのがジルバだったのさ」
「そういや、そんな話、あったねえ」
しみじみと呟くマヌエラに、クリスタが続く。
「馬車の中で聞かせてもらったわね。でも今では逆にカトックを慕って、『まるで信者みたい』って感じなのでしょう?」
「ハハハ……。私が手紙に書いた言葉そのまんま、みなさんに伝わってるようだね」
リーゼルは軽く笑ってから、
「で、どうだった? みなさんの目から見ても、ジルバは、カトックさんの熱狂的な信奉者だったかい?」
そう尋ね返したのだが。
クリスタや他の者が答える前に。
リン、リンと、呼び鈴の音が鳴り響いた。
「おや、誰か来たようだ」
「こんな時間に来客とは、珍しいねえ?」
フランツとリーゼルが、ほぼ同時に反応。特にフランツは「ちょっと失礼」と席を立ち、扉を開けに向かう。
そして。
すぐに戻ってきた彼の背後には、突然のゲスト。
「邪魔するぜ」
と、粗暴な挨拶を口にしたのは……。
金属製の鎧を身に纏った、銀髪の男。
今まさに話題になっていた、自警団サブリーダー、ジルバだった。
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