「もう! ニーナちゃんに続いて、バルトルトくんまで!」
「ギギ……?」
「うん、びっくりしちゃったね。大丈夫だよ、ギギちゃん。私たち、ギギちゃんのお父さんのこと、名前だけ聞いたことあって……」
アルマとギギが話をする傍らで、クリスタとカーリンも言葉を交わしていた。
「これで確定したわね。この事件に魔族が関わっていることが」
「うむ。あの改造ゴブリンが出てきた時点で、薄々わかっていたことだが……。あれの生みの親が昨日の森にいる、というわけだ」
カーリンの『生みの親』という言葉を耳にして、僕も会話に参加してみる。
「そういえば、アルマが通訳した中にもありましたね。その『お父さん』がギギの生みの親だ、って話が。つまり……」
「そういうこと。改造ゴブリン同様、ギギちゃんも『怪物いじり』に作られたモンスターだったのね」
ゴブリンのギギに対して、クリスタが向けた視線は、哀愁を帯びていた。
その名の通り『怪物いじり』は、おそらく、モンスターの生体改造を専門とする魔族なのだろう。これでゴブリンの特殊性も説明できるわけだから、スッキリした気分になってもおかしくないのだが……。
むしろ僕は、少し暗い気持ちになってしまう。アルマや子供たちと楽しく遊ぶこのゴブリンは、いわば人造モンスター。自然に生まれたのではなく、何らかの目的で作り出された命だったのだ。
『難しく考えるなよ、バルトルト……』
ダイゴローは、慰めの言葉を口にしようとしたのだろうか。
だが、そちらに意識を向けている場合ではなかった。
「そうなの? じゃあギギちゃんのお父さん、ちょうど今、お家にいるの?」
「ギギッ!」
アルマの問いかけに、首を縦に振るゴブリン。
モンスターが「もちろん!」と言っているのが、言葉のわからぬ僕たちにも、ハッキリと伝わってきた。
「ねえ、アルマ。ギギちゃんに聞いてもらえるかしら?」
いつもの微笑みを浮かべて、クリスタがアルマに声をかける。
「お父さんのところまで、今から私たちを案内してもらえないか、って」
「村まで来たのは、やっぱり子供たちと遊ぶためなのかな? そうなると、無理なお願いになるけど……」
「うん、頼んでみる!」
ニーナが心配そうな顔を見せるが、アルマは笑顔で引き受けて……。
「どうかな、ギギちゃん?」
「ギギッ! ギギ、ギギギッ!」
「大丈夫だって! 私たちのお願い、優先させてくれるって言ってるー!」
こちらへ振り返ったアルマの表情は、さらに明るくなっていた。
「私たちがお父さんのこと知ってるって聞いて、ギギちゃんも興味が出たみたい。早く私たちを引き合わせたい、ってワクワクしてるよー」
「決まりだね! じゃあ早速、森にある魔族のアジトへ……」
ニーナが力強く宣言しようとした、その瞬間。
騒々しい音を立てて、一台の馬車が、クラナッハ村に入ってきた。
僕たちが乗ってきたような小型馬車とは違うし、もちろん大陸横断の乗合馬車とも違う。馬が牽引しているのは、旅人を乗せるキャビンではなく、屋根のない台車だった。
『荷馬車ってやつだな、これは?』
ダイゴローの言う通りだが、大きな積荷に混じって、人の姿も見える。台車の上に座らせる形で、荷物と一緒に人間も運んできたらしい。
僕たちは広場の真ん中に立っていたから、
「ギギちゃん、後ろへ下がろうね!」
モンスターの手を引くアルマと共に、邪魔にならないよう場所を空ける。そこまで馬車は進んできて、まるで僕たち目当てだったかのように、すぐ目の前で停車した。
「おう、ちょうど良かった。これが問題のゴブリンと冒険者たちだろ?」
「そうです、親方。夜通し馬車を走らせた甲斐がありましたね」
御者台に座っていた二人が、そんな言葉を交わしている。
五十代か六十代くらいと、三十代前半くらいの男性二人組。二人とも職人の作業着のような格好だが、年上の方は――『親方』と呼ばれていた方は――さらに赤茶色のチョッキを羽織っており、商人という雰囲気もあった。
よく見れば、若い方の顔には見覚えがある。三日前ゴブリンのギギが村に現れた際、僕たちを呼びに来た職人だった。確か名前はデニスだったと思う。
『ついでに言うと、もう一人の「親方」の名前がオーラフだろうな。あの時デニスが「親方の店」と言ったのを、パトリツィアが「オーラフさんの玩具屋」と言ってたから」
ダイゴローは、僕より詳しく覚えていた。
そのオーラフが、後ろの荷台に顔を向けて、乗っていた者たちに声をかける。
「それじゃ、頼んだぞ。依頼料に見合う分、きちっと仕事してくれよ」
「もちろんだ!」
元気の良い返事と共に、三人の若者が荷台から飛び降りた。
三人のうち二人は、二十代の半ばくらい。
赤い髪の男は、髪色と同じ、真っ赤な鎧で身を固めていた。皮鎧ではなく金属鎧だが、ニーナの鎧よりも防御面積の広いタイプであり、鎧を着ているというより、装甲で覆われているというイメージだ。
青い軽装鎧の男は、肌が少し浅黒く、全身の筋肉がパンパンに膨れ上がっていた。徒手空拳が得意と言わんばかりの鍛え方だ。
最後の一人は、年齢不詳だった。格好は、裾を引きずるほどダボダボした紺色のローブと、つばの広い黄色のとんがり帽子。目を覆い隠すくらいに深々と被っている上に、ローブはローブで、口が完全に隠れるほど首回りを上げている。年齢どころか性別もわからないくらいに、顔も一部しか見えないのだが……。
三人が一般市民ではなく冒険者であることは、一目瞭然だった。外見から判断すると、戦士と武闘家と魔法士に違いない。
「まずは挨拶しよう。俺たちはドライシュターン隊といって、こちらのオーラフさんに雇われた冒険者チームだ」
赤髪の戦士が、僕たちの顔を見回しながら、よく響く声で宣言する。
呼応するようにして、ニーナが一歩前に出た。
「カトック隊よ。私たちに何か用事?」
「用があるのは君たちではなく……」
戦士の視線が向けられた先は、ゴブリンのギギ。新たな冒険者の出現に怯えたらしく、ギギは、アルマの背中に隠れるような態度を見せていた。
「……そこのモンスターだ。そいつを討伐するよう、頼まれたのでね」
いずれブロホヴィッツの冒険者組合から、ゴブリン討伐部隊が派遣されるかもしれない……。
ブロホヴィッツで、宿屋の主人から聞かされた話だ。ただし、依頼主は個人ではなくクラナッハ村そのものという話だったから、それとは少し違うらしい。
今回は、オーラフという個人が勝手に雇った討伐部隊なのだろう。例えばカールとパトリツィアが対立していたように、村全体の意見は、まだ統一されていなかったのだから。
「そのゴブリンは村に何度もやって来て、つい先日は、オーラフさんの店を荒らしたそうだな? それで退治することになった」
ドライシュターン隊のリーダーは、いきなりゴブリンに危害を加えようとはせず、まずは落ち着いて事情を語る。
むしろ感情的な対応を見せたのは、こちらの方だった。
「ギギちゃんは、お店を荒らしたりしてない!」
アルマが大声で叫んだのだ。
確かに三日前、ゴブリンは玩具屋で暴れたわけではなく、ただ黙って木彫り人形の一つを手にしていただけだが……。
「ふざけるな! うちの店が、どれだけ被害を受けたと思ってる! あんたたちが弁償してくれるのか?」
アルマ以上に大きな声で、オーラフが怒鳴り返してきた。アルマの一言が、彼を怒らせてしまったようだ。
「モンスターに居座られたら、商売にならないじゃないか!」
「それだけでなく、後で見たら、陳列した商品もメチャクチャに散らかってましたからね……」
親方の横から、デニスも言葉を加える。その場にいなかったオーラフより、実際にゴブリンの様子を見届けたデニスの方が、証言に重みがあった。
破壊の痕跡がなかったので僕たちの目には「店は荒らされていない」と見えたが、店の者からすれば、整然と並べた品々が散らかされただけで「荒らされた」という認識になるのだろう。
「村の連中は手緩い! こんな危険なモンスターを、野放しにするなんて! だから私が、自腹で……」
「まあまあ、オーラフさん。落ち着いてください」
雇い主の言葉を遮ってから、三人組のリーダーである赤髪が、再び僕たちに向き直る。
「依頼を遂行する前に、君たちに一つ確認したい。そちらにはテイマーがいるようだが……。そのゴブリンは、君たちの正式な仲間なのか? テイマーが調教済みの、パーティーの一員なのか?」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!