まさかアルマが「自分は足手まといではないか」と悩んでいたとは……。
驚いて言葉も出ない僕とは対照的に、すぐに反応を返したのが、アルマの隣を歩くニーナだった。
「そんなわけないじゃない。アルマは役に立ってるからさ。難しく考え過ぎるの、アルマらしくないよ?」
表情も口調も、アルマの言葉を笑い飛ばす感じだ。もちろん馬鹿にしているのではなく、深刻な問題にしたくないから、敢えてそういう態度をとったのだろう。
「うーん。でも……」
「アルマはテイマーでしょ? 攻撃力は気にする必要ないよ。戦闘開始と同時にモンスターの動きを止めてくれるだけで、とっても助かってるから!」
まだ渋い顔をするアルマに対して、ニーナは具体的な貢献例を持ち出す。これにクリスタも続いた。
「戦闘が始まってからだけでなく、始まる前の貢献も大きいわ。いつもアルマが、誰よりも早くモンスターを察知してくれるのだから」
アーベントロートの森における最終決戦では、そのアルマでも気配を感じられないモンスターが出てきたが……。あれは魔族がらみだったから、例外中の例外のはず。
「クリスタの言う通りだぞ。おかげでカトック隊は、モンスターに後ろを取られずに済む」
無口なカーリンまでもが、慰めの言葉を口にする。
これでは、僕一人だけ黙っているわけにもいかないだろう。
「そうだよ、アルマ。みんながみんな、攻撃役に徹する必要ないよね? むしろアルマみたいに、戦わずに全体を見渡せる人がいた方が、何かと便利で……」
「バルトルトくん、無理して私を慰めようとしてるー?」
僕の慰め方が、一番不自然に聞こえたのだろうか。名指しで、そう言われてしまった。
アルマにありがちな語尾を伸ばす言い方だが、今回は『るー?』というようにウ母音なのもあって、口を尖らせている表情にも見える。
「別に私、司令役じゃないよ? 私が見回して状況判断できても、あんまり意味ないから……」
「でも、バルトルトの言うことにも一理あるわ」
アルマの反論を遮って、クリスタが僕に賛同してくれた。
「ほら、この間だって、いつもの人の名前が『ダイゴロー』だと一早く気づいたのはアルマでしょう? みんなも『ダイゴロー光線』という言葉は耳にしたかもしれないけど、はっきり意識できたのは、余裕のあるポジションだからこそ、よ」
「それはそうだけど……」
まだ釈然としない表情だが、みんなから言われて、一応はアルマも受け入れる気持ちになったらしい。
自分はお荷物ではないのだ、と。
『アルマの攻撃力が乏しいのは事実だが……。でも、そういうこと言い出したらキリがないよなあ』
黙り込んだアルマに代わるように、僕の頭の中で、ダイゴローが語り出す。
『自分は必要ないんじゃないか、とか、自分がいなくても戦えるんじゃないか、とか。その考えでいくと、強い冒険者以外は存在価値がない、ってことになるだろ?』
そこまでいくと乱暴な言い方だが……。極論すれば、そういう話に辿り着くのだろうか。
『アルマは彼女自身と他のメンバーを比べちまったが、そもそもカトック隊だって、そこまで強いわけじゃないからな? 何度かピンチに陥って、バルトルトが変身したからこそ助かった、って状況あっただろ?』
間違っても「俺様のおかげだ」みたいな顔はしたくないけれど、確かに「転生戦士ダイゴローの存在がなければ危なかった」という場面もあった。だからといってカトック隊は不要、という話にはならないのだから、アルマも同じだろう。
アルマはアルマで、カトック隊の大事なメンバーだ。みんなの足を引っ張っているなどと考えるのは、やはりアルマの考え過ぎなのだ。
僕は、そう結論づけるのだった。
いつもは陽気なアルマが黙々と歩いているのは、まだ何か考え込んでいるのだろうか。
そんな雰囲気を変えるかのように、クリスタが新しい話題を持ち出す。
「ねえ、ニーナ。あなた、さっき、帰りの馬車の予約の話をしてたけど……。それ、やめにしない?」
穏やかな口調と笑顔だった。かなり聞き慣れてきたけれど、今でも時々、クリスタの声を耳にするだけで心が安らぐ、と感じる時がある。ちょうど今この瞬間も、それに当てはまっていた。
「どういうこと? 予約せずに飛び込みで乗ろう、ってこと?」
不思議そうなニーナ。
冒険者組合を介した予約でなければ、冒険者割引が適用されないのだ。僕もニーナと同じく、クリスタの意図がわからず、顔に疑問の色を浮かべてしまう。
「ええっと、別に予約しても構わないけど……。アーべラインまで予約するのではなく、次の街までにしてはどうかしら。それが私の提案なの」
「ああ、なるほど。帰りは急がず、のんびり行こう、ということか」
真っ先に理解したのは、クリスタと付き合いの長いカーリンだった。
でも僕のように、まだわかっていない者もいたので、
「つまり……」
クリスタは噛み砕いて説明してくれた。
本来ならば、ここブロホヴィッツからアーべラインまで、同じ馬車に乗って帰ることになる。途中で立ち寄る街では、それぞれ一泊するだけで、翌朝には出発するわけだ。
でも、せっかく遠くまで来たのだ。それに、慌ててアーべラインに帰ったところで、僕たちを待っているような急ぎの用事もない。ならば宿泊した街で『一泊』ではなく、乗ってきた馬車の便はやり過ごして、次の便あるいは次の次の便に乗り込めば良いではないか。
それが彼女のプランだった。
「……といっても、乗合馬車のルート上にあるのは、来る時も寄った街ばかり。今さら何日も滞在したら飽きちゃうかもしれないけど……。ほら、ブロホヴィッツから一日でアーベントロートへ行けるように、数日の余裕があれば、近隣の村へ行くこともできるでしょう? あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、いい気分転換になるんじゃない?」
「気分転換ね……」
考え込むような口調で、クリスタの言葉を繰り返すニーナ。
おそらくニーナもわかっているのだろう。誰よりも『気分転換』が必要なのはニーナ自身である、と。
この冒険旅行の目的は、カトックと再会して、カトック隊に戻ってもらうこと。しかし、いざ蓋を開けてみれば、その『カトック』が偽物だった。つまり、大失敗に終わったのだ。
カトック探しに一番執着しているニーナは、今は平気な顔をしているが、内心では大きく落胆しているに違いなかった。
一応、魔族との戦いにおいて少しは収穫があったから、全く無駄な旅だった、とは言えないが……。少しでも「無駄ではなかった」感を強めるためにも、気分転換の意味でも、帰路を行楽の旅にするのは面白い試みだろう。
「うん、いいかもしれない」
ニーナは小さく頷いてから、隣を歩く者に尋ねる。
「クリスタの提案、アルマはどう思う?」
「楽しそう! 私も賛成!」
アルマらしい明るい声だった。
それを聞いて、僕はふと考えてしまう。
ニーナだけでなく、むしろそれ以上に気分転換が必要だったのはアルマであり、クリスタは二人のことを想ってこの話を持ち出したのかもしれない、と。
「じゃあ、決まり! 帰りの馬車は予約せず、足の向くまま気の向くまま、色々と回ってみよう!」
クリスタの申し出を採用して、ニーナが方針を決定。
楽しそうな予定が出来たことでアルマも気を良くしたのか、前を歩く彼女たちの雰囲気も少し変わったようだ。
僕は僕で、二人の背中を眺めながら、微笑ましい気分になっていたのだが……。
だからこそ、隣から聞こえてきたカーリンの言葉に、ギョッとするのだった。
「単なる気分転換ではないだろう、クリスタ。魔族関連だな?」
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