「わあ! 今朝は人がいっぱい! 昨日より賑やかだー!」
「そうだね。私たちの見送りかな?」
明らかに冗談という口調で、苦笑すら浮かべて、ニーナはアルマに返す。昨日までのアーベントロートの人々の態度から判断して、そんなことはありえないと考えているのだろう。
しかし。
「あながち間違ってないんじゃないか? あんたの言う通りだと思うよ、あたしは」
マヌエラの声には優しい響きが含まれており、気休めや慰めではなく、本心からそう思っているのが伝わってきた。
魔族との激闘から一夜明けて。
心地よい青空の下、僕はカトック隊の仲間たちと一緒に、街の入り口にある広場まで来ていた。
僕たちがこの広場を訪れるのは、今日が三度目。三日前には、襲撃してきたモンスターと戦うために来て、昨日は外の森へ行くために通り抜けた。
最初の時は、モンスターに荒らされて誰も彼もが逃げ出した後であり、二度目は人々の活気に満ちた状態。いわば両極端だったが、どちらかといえば、今日は昨日の雰囲気に近いだろう。
ただし、最初にアルマが歓声を上げたように、賑わいの程度は昨日以上だ。まるで祭りでも開かれているかのように、街の住民がたくさん集まっているのだが……。
僕たちが来たのに気づいて、彼らの視線が、一斉にこちらへ向けられる。彼らの表情は、昨日までとは明らかに異なっていた。
「マヌエラの言う通りね。街の人々の反応、すっかり変わったみたい」
というクリスタの言葉に、僕は隣で、大きく頷いてみせた。
ここまで街中を歩く間、僕も薄々感じていたのだ。すれ違う人々の雰囲気が変わった、ということに。
「ああ、おそらくジルバだね。あいつは昨日……」
前を歩いていたリーゼルが振り返り、説明してくれる。
まず、僕たちも把握していたのは、自警団にかけられた洗脳が完全に消えたこと。あれは人間が人間に対して行うような洗脳、つまり様々な出来事を積み重ねたり、心の弱みに付け込んだりする類いのものではなかった。魔族にしか出来ないような、特殊な術を用いていたのだろう。だから術者である魔族が滅ぶと同時に、洗脳効果もリセットされたのだ。
ただし洗脳された者には、その間の記憶がハッキリと残っているらしい。彼らは罪悪感に苛まれて、あの森の中で早速、僕たちに謝罪した。それこそ、こちらが恐縮するくらいの勢いで。
ここまでは、当事者である僕たちの方がリーゼルよりも詳しく、むしろ昨日の夕食の席で語って聞かせたくらいだが……。
今回、リーゼルからもたらされた新情報。ジルバは森から戻った後、街中を奔走して、人々に真相を説いて回ったのだという。
「もちろん彼一人じゃなくてさ。他の自警団メンバーも協力したんだけど、でも中心となって頑張ったのは、あのジルバだよ」
偽カトックが消えたことにより、自警団のリーダーに返り咲いたジルバ。彼と仲間たちが、街の人々に懇々と説明してくれたおかげで、僕たちに対する風当たりもガラッと変わったらしい。
カトックが悪者だったこと、街にモンスターをけしかけた張本人だったこと。それがアーベントロートの共通認識となったのだ。
今まで英雄視していた者を悪者扱いしたところで、普通ならば、なかなか信じてもらえないはず。それでも、わずか一日足らずで、街中の人々を説得できたのだから……。
「ああ見えて、案外あいつ、人望あるからね」
そうジルバを評して、リーゼルは話を締めくくった。
「それじゃ、元気で帰りなよ!」
「うん、ありがとう。色々と世話になったね」
ニーナは笑顔を浮かべて、マヌエラに言葉を返す。
この会話からもわかるように、マヌエラは一緒に帰る側ではなく、僕たちを見送る側だった。彼女は、もう少しアーベントロートに残ることになったのだ。
アーベントロートにいるカトックと僕たちを引き合わせるのが、今回のマヌエラの仕事。結局は偽物だったとしても、一応は「カトックと名乗る者」に会うことが出来たのだから、これで依頼は終了という判断だった。
最初の日の再会後も彼女は僕たちに付き合ってくれたが、それはいわばアフターサービスであり、もう終わりということだ。マヌエラとしては、せっかく従姉妹の住む街まで来た以上、しばらく彼女のところに滞在したいのだろう。
ここでマヌエラはカトック隊から抜けると決まったため、昨夜のうちにカトック隊の紋章――星形ペンダント――も返してもらった。僕たちが最寄りの冒険者組合に立ち寄った際に、そこでマヌエラ脱退の手続きをする手筈であり、あらかじめマヌエラも手紙でその旨を報告しておくという。
マヌエラへの挨拶に続いて、リーゼルにも礼を述べる。
「本当に、色々とお世話になりました」
深々と頭を下げるニーナ。泊めてもらった感謝の気持ちを込めて、僕たちも彼女と同じ態度を示した。
「いやいや、礼を言うのはこっちの方だよ。街を救ってもらったようなものだからね」
これで親しい者との別れは済んだ、と判断されたのだろう。遠巻きに見ていた街の者たちも、僕たちに声をかけに来た。
「ありがとう」
「誤解して悪かった」
「迷惑かけたね」
「すまなかった」
今まで僕たちに不快な視線を送っていた者だけでなく、一昨日の暴動に参加して、石を投げつけてきた者も含まれているようだ。
そんな人々の中から、一歩前に出て来たのは……。
「改めて、俺からも詫びと礼を言わせてくれ。本当に悪かった。あんたたちのおかげで、目が覚めたよ。ありがとう」
リーゼルの話にも出て来たばかりの、ジルバだった。
既に見慣れた、いつもの金属鎧を着ている。
彼としては僕たち冒険者に対する正装のつもりかもしれないが、鎧は本来、戦うための装束だ。今までの敵対的な態度もあって、外見的には物騒に感じてしまう。
『リーゼルが言ってたのもあるし、ジルバ自身の言葉もある。あいつが心を入れ替えたこと、頭では理解できてるだろうが……。それでも、感覚的には受け入れ難いよなあ?』
と、僕の心中を察するダイゴロー。
一方、僕たちのリーダーであるニーナは、すっかり水に流したという表情で対応していた。
「ああ、うん。まあ仕方ないよ、あの場合は。私がキミの立場でも、洗脳されちゃったかもしれないしね」
そう返すニーナだが、もしもニーナならば洗脳されなかった、というのはジルバにもわかっていたはず。冒険者は魔族に洗脳されないからこそ、昨日のような戦いが勃発したのだ。
それでもジルバは、敢えて反論しようとはしなかった。代わりに、彼が差し出したのは……。
「これ、受け取ってくれないか? 謝罪の品というだけでなく、餞別の意味でも」
小型の斧だった。
ニーナが昨日まで使っていた武器とよく似ている。
「斧か……。じゃあ、ありがたくもらっておくね。ちょうど、ひとつ失くしたばかりだから」
あのキング・ドールを倒す決め手となっただけでなく、僕がカトック隊に加わったばかりの頃にも助けてもらった、ニーナの投擲武器。それは昨日の戦いで、キング・ドールと一緒に失われていた。
機械人形の爆発に巻き込まれて粉々に砕け散ったのか、あるいは、それ以前にダイゴロー光線に飲まれた段階で消滅したのか、その点は不明だが……。
『どちらにせよ、バルトルトは少し責任感じてたんだろ? 良かったじゃねえか、こうして代替品が手に入って』
ダイゴローの言う通りだ。これで僕も、いくらか気持ちが軽くなった。
アーベントロートのような小さな街でも、小型馬車を借りられる場所くらいは存在するらしい。徒歩で帰るという僕の予想は外れて、帰りも馬車に乗ることが決定していた。
考えてみれば、この街を訪れる旅行者だっているのだ。旅人が帰る際に使う馬車や御者が用意されているのは、当然の話だった。
とはいえ、前もっての予約もなく、こうして昨日の今日で準備されたのは、街の人々が協力してくれたからなのだろう。これまでの態度についての謝罪だったり、偽カトックを倒したことへの礼だったりするようで、馬車の代金もアーベントロート側で負担してくれるという。
ただし馬車が出発するのは、本来の発着場――日時計らしき石柱を中心とした小さな広場――ではなく、玄関口である広場からだった。モンスター襲撃事件の際にダイゴローが想像したように、この街の人々にとっては、こちらの方が一般的らしい。僕たちがアーベントロートに来た際の小型馬車は、日時計の広場の方へ入ったわけだが、あれはブロホヴィッツの御者が、ここの習慣を知らなかっただけかもしれない。
こうして。
アーベントロートの人々に見送られて、僕たちは帰りの馬車に乗り込み……。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!