転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第92話 いたのは誰だ(10)

公開日時: 2021年1月11日(月) 17:30
更新日時: 2023年5月8日(月) 16:28
文字数:3,456

   

「わあ! 今朝は人がいっぱい! 昨日より賑やかだー!」

「そうだね。私たちの見送りかな?」

 明らかに冗談という口調で、苦笑すら浮かべて、ニーナはアルマに返す。昨日までのアーベントロートの人々の態度から判断して、そんなことはありえないと考えているのだろう。

 しかし。

「あながち間違ってないんじゃないか? あんたの言う通りだと思うよ、あたしは」

 マヌエラの声には優しい響きが含まれており、気休めや慰めではなく、本心からそう思っているのが伝わってきた。


 魔族との激闘から一夜明けて。

 心地よい青空の下、僕はカトック隊の仲間たちと一緒に、街の入り口にある広場まで来ていた。

 僕たちがこの広場を訪れるのは、今日が三度目。三日前には、襲撃してきたモンスターと戦うために来て、昨日は外の森へ行くために通り抜けた。

 最初の時は、モンスターに荒らされて誰も彼もが逃げ出した後であり、二度目は人々の活気に満ちた状態。いわば両極端だったが、どちらかといえば、今日は昨日の雰囲気に近いだろう。

 ただし、最初にアルマが歓声を上げたように、賑わいの程度は昨日以上だ。まるで祭りでも開かれているかのように、街の住民がたくさん集まっているのだが……。

 僕たちが来たのに気づいて、彼らの視線が、一斉にこちらへ向けられる。彼らの表情は、昨日までとは明らかに異なっていた。


「マヌエラの言う通りね。街の人々の反応、すっかり変わったみたい」

 というクリスタの言葉に、僕は隣で、大きく頷いてみせた。

 ここまで街中まちなかを歩く間、僕も薄々感じていたのだ。すれ違う人々の雰囲気が変わった、ということに。

「ああ、おそらくジルバだね。あいつは昨日……」

 前を歩いていたリーゼルが振り返り、説明してくれる。

 まず、僕たちも把握していたのは、自警団にかけられた洗脳が完全に消えたこと。あれは人間が人間に対して行うような洗脳、つまり様々な出来事を積み重ねたり、心の弱みに付け込んだりするたぐいのものではなかった。魔族にしか出来ないような、特殊な術を用いていたのだろう。だから術者である魔族が滅ぶと同時に、洗脳効果もリセットされたのだ。

 ただし洗脳された者には、その間の記憶がハッキリと残っているらしい。彼らは罪悪感にさいなまれて、あの森の中で早速、僕たちに謝罪した。それこそ、こちらが恐縮するくらいの勢いで。

 ここまでは、当事者である僕たちの方がリーゼルよりも詳しく、むしろ昨日の夕食の席で語って聞かせたくらいだが……。

 今回、リーゼルからもたらされた新情報。ジルバは森から戻った後、街中まちじゅうを奔走して、人々に真相を説いて回ったのだという。

「もちろん彼一人じゃなくてさ。他の自警団メンバーも協力したんだけど、でも中心となって頑張ったのは、あのジルバだよ」

 偽カトックが消えたことにより、自警団のリーダーに返り咲いたジルバ。彼と仲間たちが、街の人々に懇々と説明してくれたおかげで、僕たちに対する風当たりもガラッと変わったらしい。

 カトックが悪者だったこと、街にモンスターをけしかけた張本人だったこと。それがアーベントロートの共通認識となったのだ。

 今まで英雄視していた者を悪者扱いしたところで、普通ならば、なかなか信じてもらえないはず。それでも、わずか一日足らずで、街中まちじゅうの人々を説得できたのだから……。

「ああ見えて、案外あいつ、人望あるからね」

 そうジルバを評して、リーゼルは話を締めくくった。


「それじゃ、元気で帰りなよ!」

「うん、ありがとう。色々と世話になったね」

 ニーナは笑顔を浮かべて、マヌエラに言葉を返す。

 この会話からもわかるように、マヌエラは一緒に帰る側ではなく、僕たちを見送る側だった。彼女は、もう少しアーベントロートに残ることになったのだ。

 アーベントロートにいるカトックと僕たちを引き合わせるのが、今回のマヌエラの仕事。結局は偽物だったとしても、一応は「カトックと名乗る者」に会うことが出来たのだから、これで依頼は終了という判断だった。

 最初の日の再会後も彼女は僕たちに付き合ってくれたが、それはいわばアフターサービスであり、もう終わりということだ。マヌエラとしては、せっかく従姉妹いとこの住む街まで来た以上、しばらく彼女のところに滞在したいのだろう。

 ここでマヌエラはカトック隊から抜けると決まったため、昨夜のうちにカトック隊の紋章――星形ペンダント――も返してもらった。僕たちが最寄りの冒険者組合に立ち寄った際に、そこでマヌエラ脱退の手続きをする手筈であり、あらかじめマヌエラも手紙でその旨を報告しておくという。


 マヌエラへの挨拶に続いて、リーゼルにも礼を述べる。

「本当に、色々とお世話になりました」

 深々と頭を下げるニーナ。泊めてもらった感謝の気持ちを込めて、僕たちも彼女と同じ態度を示した。

「いやいや、礼を言うのはこっちの方だよ。街を救ってもらったようなものだからね」

 これで親しい者との別れは済んだ、と判断されたのだろう。遠巻きに見ていた街の者たちも、僕たちに声をかけに来た。

「ありがとう」

「誤解して悪かった」

「迷惑かけたね」

「すまなかった」

 今まで僕たちに不快な視線を送っていた者だけでなく、一昨日の暴動に参加して、石を投げつけてきた者も含まれているようだ。

 そんな人々の中から、一歩前に出て来たのは……。

「改めて、俺からも詫びと礼を言わせてくれ。本当に悪かった。あんたたちのおかげで、目が覚めたよ。ありがとう」

 リーゼルの話にも出て来たばかりの、ジルバだった。


 既に見慣れた、いつもの金属鎧を着ている。

 彼としては僕たち冒険者に対する正装のつもりかもしれないが、鎧は本来、戦うための装束だ。今までの敵対的な態度もあって、外見的には物騒に感じてしまう。

『リーゼルが言ってたのもあるし、ジルバ自身の言葉もある。あいつが心を入れ替えたこと、頭では理解できてるだろうが……。それでも、感覚的には受け入れ難いよなあ?』

 と、僕の心中しんちゅうを察するダイゴロー。

 一方、僕たちのリーダーであるニーナは、すっかり水に流したという表情で対応していた。

「ああ、うん。まあ仕方ないよ、あの場合は。私がキミの立場でも、洗脳されちゃったかもしれないしね」

 そう返すニーナだが、もしもニーナならば洗脳されなかった、というのはジルバにもわかっていたはず。冒険者は魔族に洗脳されないからこそ、昨日のような戦いが勃発したのだ。

 それでもジルバは、敢えて反論しようとはしなかった。代わりに、彼が差し出したのは……。

「これ、受け取ってくれないか? 謝罪の品というだけでなく、餞別の意味でも」

 小型の斧だった。

 ニーナが昨日まで使っていた武器とよく似ている。

「斧か……。じゃあ、ありがたくもらっておくね。ちょうど、ひとつくしたばかりだから」

 あのキング・ドールを倒す決め手となっただけでなく、僕がカトック隊に加わったばかりの頃にも助けてもらった、ニーナの投擲武器。それは昨日の戦いで、キング・ドールと一緒に失われていた。

 機械人形の爆発に巻き込まれて粉々に砕け散ったのか、あるいは、それ以前にダイゴロー光線に飲まれた段階で消滅したのか、その点は不明だが……。

『どちらにせよ、バルトルトは少し責任感じてたんだろ? 良かったじゃねえか、こうして代替品が手に入って』

 ダイゴローの言う通りだ。これで僕も、いくらか気持ちが軽くなった。


 アーベントロートのような小さな街でも、小型馬車を借りられる場所くらいは存在するらしい。徒歩で帰るという僕の予想は外れて、帰りも馬車に乗ることが決定していた。

 考えてみれば、この街を訪れる旅行者だっているのだ。旅人が帰る際に使う馬車や御者が用意されているのは、当然の話だった。

 とはいえ、前もっての予約もなく、こうして昨日の今日で準備されたのは、街の人々が協力してくれたからなのだろう。これまでの態度についての謝罪だったり、偽カトックを倒したことへの礼だったりするようで、馬車の代金もアーベントロート側で負担してくれるという。

 ただし馬車が出発するのは、本来の発着場――日時計らしき石柱を中心とした小さな広場――ではなく、玄関口である広場からだった。モンスター襲撃事件の際にダイゴローが想像したように、この街の人々にとっては、こちらの方が一般的らしい。僕たちがアーベントロートに来た際の小型馬車は、日時計の広場の方へ入ったわけだが、あれはブロホヴィッツの御者が、ここの習慣を知らなかっただけかもしれない。


 こうして。

 アーベントロートの人々に見送られて、僕たちは帰りの馬車に乗り込み……。

   

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