「ハハッ! 魔王による人間支配だって? やっぱり、誇大妄想や大言壮語の類いだねえ。あんた、悪魔崇拝者だったのかい」
マヌエラがカトックを嘲笑う。驚いて言葉が出ない僕とは大違いだった。
「あんたに教えといてやるよ。魔王とか魔族とか、そんなの伝説に過ぎないんだよ。だから早く目を覚まして……」
「そこまで愚かなのですか。目を覚ますのはあなたの方ですよ、マヌエラさん」
再びマヌエラの言葉を遮るカトック。
彼は胸元に手をやって、銀色の紋章を掲げてみせた。カトック隊の星形ペンダントとは微妙に異なる、三本の棒を組み合わせた形状のやつだ。
「これこそが、魔族実在の証です!」
チャラチャラと振ってみせるが、意味がわからない。話の流れ的には、魔王や魔族を信仰する邪教のシンボルマークなのだろうか。だから同じものを大量に用意させて、自警団の連中に配ったのだろうか。
僕はそう考えたし、クリスタも似たような思考だったらしい。
「なるほどね。どうしてカトック隊のペンダントではなく、わざわざ変えたのか不思議だったけど……。特別な思い入れがあったからなのね。私たちと同じペンダントにしておかないと、カトックのふりをする上ではマイナスなのに」
改めて、部屋で二人で話し合った場面を思い出す。彼女がカトックを偽物と考える根拠の一つが、あのペンダントだったのだ。
そうやって、僕が頭を整理しようとする横で、
「カトックのふり……? いったいクリスタは何を言ってるの……?」
ようやく最初の絶句から立ち直ったニーナが、思いっきり混乱している態度を示した。
見かねたような顔で、アルマが彼女に声をかける。
「ニーナちゃん、そろそろ気づこうよ。この人、ニーナちゃんの探してるカトックくんじゃないよ。全く別の人だよ」
今まで黙っていたアルマだが、事情はきちんと理解していたようだ。
ならば、もう一人無言だった仲間はどうなのだろうか。ふとカーリンの方を見ると、彼女は槍を構えたまま、モンスターや自警団の者たちを厳しく睨みつけていた。それだけで抑えられるとは思えないが、話の途中で彼らが襲ってこないよう、少しでも目で牽制しておこう、というつもりらしい。
「これはこれは……。ニーナさんが混乱するのも無理はありません。私はカトックの姿を借りていますからね」
その言葉は、偽物だと宣言しているに等しかった。
彼は改めて自己紹介する。
「名前を騙るのは終わりにしましょう。本当の私は、仲間から『機械屋』と呼ばれる存在。あなた方の分類で言えば、魔族の一人です」
「おいおい! 魔王や魔族の存在を信じるどころか、自分がその一員だと思い込むとは……」
「あなた方は、アーべラインという街から来たのでしょう?」
また馬鹿にするマヌエラに対して、やはり言葉を被せる偽カトック。もはや否定の言葉すら出さず、完全に呆れた表情をしながら、口調としては淡々と説明していく。
「ならば『毒使い』の噂を聞いていませんか? 神々が用意した設備の一つを破壊するために、あの辺りの森で活動していたはずですが……」
「『回復の森』にいた、黒フードの怪人ね」
ポツリと呟いたのはクリスタだ。彼女はチラッとマヌエラに視線をやる。
泉の汚染事件において僕たちが戦った怪人だが、もともとはマヌエラからの目撃情報だった。
「おお! やはり知っているではないですか!」
偽カトック――自称『機械屋』――は、嬉しそうな声で、ニッコリとした笑顔をクリスタに向ける。
「そうです。彼も私の同輩、つまり魔族ですよ」
「人間じゃないのはわかっていたけど、まさか魔族だったとはね。でも……」
クリスタは一瞬だけ難しい顔をしてから、自問自答するかのように、小さく頷いた。
「……納得できるわ。モンスターは普通、あんなにペラペラおしゃべりしないもの」
怪人が人間の言葉を発していたこと。
あの緊迫した現場においても、僕が気になっていた点だった。どう見ても人間ではないのに、しゃべる以上はモンスターとも思えない。ならば何者なのか、という問題だ。
『ああ、覚えてるぜ。お前、毒の泉で朦朧とする中、それが頭に出てきてたよな』
僕が引っかかったくらいだから、他の仲間たちも――特に聡明なクリスタならば――当然、同じく疑問に思ったはず。しかし、システム的に経験値や討伐料が入ってきたことで「怪人もモンスターだった」と、みんな納得してしまった。
『彼女たちは知らないからな。転生戦士ダイゴローの正体がお前だ、って。モンスター換算なら、大物としては黒衣の怪人だけでなく、ヴェノマス・キングとかっていう怪物と、巨人ゴブリンの分も入らないとおかしいんだが……。その点、みんなは勘違いしちまった』
冒険者組合『赤天井』の医務室で、ダイゴローと二人で考察したポイントだ。
あの時、事件解決という穏やかな雰囲気でありながら、僕だけはスッキリできなかったのだが……。
ようやく理解できた。
あの怪人と怪物は、魔族だったのだ!
分類上モンスターではなく、だから倒しても経験値などは得られない存在だったのだ!
『でもバルトルト、お前、言ってたよな? この世界に魔王や魔族なんていない、そんなもの伝説だ、って』
ようやく胸のつかえが取れた気分の僕に、ダイゴローがツッコミを入れる。
確かに、ダイゴローと出会ったばかりの頃、この世界の説明をする中で、そんな話も出てきていた。まだ僕が正式なカトック隊のメンバーではなく、でも一時的にパーティー入りしたせいでソロパーティーも設立できなくて、宿屋に泊まった晩の出来事だったはず。
ぼんやりした目標としてダイゴローが『いつの日か、魔王のような親玉を倒してみたい』と言ったのに対して、僕がその存在を否定してしまったから、彼は少し根に持っているのかもしれない。
『そこまでじゃねえよ。気にするな、俺もわかってるさ。ほら、マヌエラだって、あれだけ呆れられながらも「魔王も魔族もいるわけない」って言い続けてるからな。それがこの世界の常識なんだろ?』
そう言ってもらえると助かる。
そして。
僕とダイゴローが脳内会話をしている間に、現実では、偽カトックがクリスタ相手に話を進めていた。
「おお! 噂を聞くどころか、あなた方は実際に彼と会って、話をしたのですね? ならば、この紋章を目にしているのでは?」
偽カトックは、再び銀色のペンダントを強調してみせるが、クリスタは首を横に振る。
「見てないわ。黒フードの怪人は、全身すっぽりとローブに包まれていたから。もしかしたら中にあったかもしれないけど、私たちには見えなかった」
「それは残念」
本当に悲しそうな顔で、偽カトックは、ブツブツと独り言を口にした。
「『毒使い』のやつ、ちゃんと持ってなかったのかな? だから魔王様の加護が届かなくて、人間ごときに始末されたのか……。あいつだけじゃ心配だから、私と『怪物いじり』とで共同開発した改造ゴブリンを、わざわざ貸してやったというのに……」
「共同開発した改造ゴブリン……だと?」
「あの特別な巨人ゴブリンのことかしら? 金属鎧みたいなものが体に張り付いて、一体化していた……」
偽カトックの発言に、珍しくカーリンが反応して、クリスタも続く。
二人の言葉を耳にして、偽カトックは表情を変えた。
「おや? 知っているということは、私の改造ゴブリンと戦ったのですね! ならば『毒使い』を滅ぼしたのも、あなた方だったのですか!」
彼は微妙に勘違いしているが、誰も敢えて指摘しなかった。
その改造ゴブリンは――僕やダイゴローがメカ巨人ゴブリンと呼んでいたモンスターは――、黒い怪人『毒使い』に使役されて現れたのではない。それより前に、勝手に『回復の森』を徘徊していたのだ。そして単独でカトック隊と遭遇した際、変身した僕に倒されたわけだが……。
「今さら! 黒ローブの怪人の話なんて、どうでもいいわ!」
それまでの会話を白紙に戻す勢いで、突然、ニーナが大声で叫んだ。
「重要なのはカトックよ! 本物のカトックはどうなったの? 彼は今どこにいるの?」
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