転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第91話 いたのは誰だ(9)

公開日時: 2021年1月10日(日) 17:30
更新日時: 2023年5月8日(月) 16:27
文字数:3,526

   

 銀色の金属光沢で、全身が覆われているはずのキング・ドール。

 形だけでなく、よく見れば、色も微妙に変化していた。ところどころが、表面の輝かしい銀色とは明らかに違う、黒光りする鈍い金属の色になっている。

 変形合体の過程で、接合面が一部露出した状態なのだ。人間や動物、あるいはモンスターが深い傷を負った場合に、赤黒い――肌の色とは異なる――肉や内臓を見せるようなものなのだろう。

『おい、バルトルト!』

「わかってる!」

 ダイゴローに答えてから、

「ええいっ!」

 超炎魔法をイメージして、僕は右手を前に突き出した。

 向こうが合体にモタついている今ならば、いきなり必殺技ではなく、その前にテストする時間もあるはずだ!


 キング・ドールが巨大な火球に包まれた。

 これまでは魔法の炎に耐性があったのに、合体途中の不完全な状態では、全体の強度も十分ではなくなるらしい。黒く焦げる程度ではあるが、表面の金属装甲にも若干のダメージを与えることが出来た。

 しかし、もっと効果的だったのは、合体の隙間。つまり、黒光りしていた部分だった。内部構造が剥き出しになっている箇所を焼かれるのは、いくら『機械屋メカ・アーティスト』の最高傑作といえども、大きな痛手に違いない。黒く露出した部分は全て炎上して、炎と煙と火花を派手に吹き出していた。

『これで確認できたな。こいつは今、反射板を使えねえ!』

 今の状態で魔法を食らえばどうなるか、偽カトックにもキング・ドールにもわかっていたはず。それなのに、あの恐るべき反射板を出さなかった。いや、出せなかったのだ!

「キング・ドール!」

「ギギギ……」

 創造主たる魔族の呼びかけに対しても、もはや機械人形は満足に答えられなかった。今までの甲高い鳴き声とは異なる、油をさし忘れた工作機械のような音を立てるだけだった。

『行け、バルトルト!』

「今よ!」

「やっちゃえー!」

 脳内のダイゴローだけでなく、現実の仲間たちの声援も聞こえる中。

 右手と左手にそれぞれ炎と氷の魔力をイメージして、両腕をクロスさせることで重ね合わせる!

「ダイゴロー光線!」


 僕の叫びと共に放たれた光のラインは、グルグルと渦を巻きながら、キング・ドール目がけて進んでいく。

「ギギギ……」

 機械人形は不完全な姿のまま、腕を顔の前で動かして、反射板を出そうと試みたらしい。だが『腕』と呼べるほどの長さもない、中途半端に筒状のパーツに過ぎず、それを顔の近くまで持ってくることすら出来なかった。

 キング・ドールは、その無駄な努力ごと、すさまじい破壊力の光に飲み込まれて……。

「クヮン、クヮン……!」

 かろうじて取り戻した、独特の機械音。それを最期の鳴き声として、あっけなく爆散するのだった。


『やっぱり爆発するのか。こいつは見るからに機械だったから、この間の魔族や怪物よりも、自然に感じるけどな』

 冷静にコメントするダイゴローとは対照的に、

「おお! 私のキング・ドールが……!」

 まるで今にもその場に崩れ落ちそうな勢いで、魔族が嘆きの声を上げる。

 そう、まだ戦いは終わりではなかった。キング・ドールを操っていた魔族、偽カトックこと『機械屋メカ・アーティスト』が残っているのだ。

 僕は、改めて彼の方へ向き直ったが……。

「安心して! あなたも、すぐに後を追わせてあげる!」

 魔族の近くまで、ニーナが迫っていた。

 彼女の声を耳にした途端、うつむき加減だった偽カトックは顔を上げる。ニーナへ向けた声には、それまでの自信を取り戻したような響きが感じられた。

「ほう? まだ私を倒せる気でいるのですか? たとえキング・ドールなくとも、私は魔族。魔王様の加護がある限り……」

 その言葉もろとも斬り裂くかのように、バッサリと剣を振り下ろすニーナ。

 ところが、その切っ先は、魔族の体に届いていなかった。

 カーリンの時みたいな、突き刺したはずの槍が貫けなかった、という意味とは違う。そもそも目測を誤ったらしく、ギリギリで空振りだったのだ。

「おやおや。やはりニーナさんは愚かですねえ。この土壇場で、自慢の剣技も衰えるとは……。カトック姿の私が相手だと、やりにくいですか?」

「いいえ、これでいいのよ」

 馬鹿にする偽カトックに対して、ニンマリと笑みを返すニーナ。

 同時に、彼女は剣を斬り上げる。少し踏み込んだ分もあって、今度は、ピッタリの距離だった。

「何度も言ったでしょう? 人間の剣では、たとえ命中しても、私を斬ることなど不可能……」

「あんたじゃないわ!」

 ニーナの狙いは、魔族そのものではなかった。彼が首から下げている、銀色のペンダント!

 つまりニーナは、下からそれをすくい上げるために、わざといったん剣を振り下ろしただけ。別に『目測を誤った』わけではなかったのだ!

「あっ!」

 小さく叫ぶ魔族。

 ペンダントの鎖も魔族の体の一部なのか、あるいは、そこまで『魔王様の加護』が及んでいるのか。どちらにせよ、ニーナのやいばでも斬ることは出来なかった。

 しかし、鎖の輪っかに引っ掛けるには十分。振り上げた彼女の剣により、大切なペンダントは魔族の首から外れて、ポーンと宙を舞い……。

 偽カトックの視線が、それを追う隙に。

「どう? 魔王とやらの加護がなくなった気分は」

 ニーナは深々と、偽カトックの腹部を刺し貫いていた、


 もともとニーナの鎧は、カトックが着ていたのを真似たのだという。だから彼女は、その金属鎧の構造を知り尽くしており、一見きちんと防御されているようでありながら実はやいばの入る隙間がある、という箇所を貫くことが出来たのだろう。

 あるいは。

 偽カトックの鎧は『毒使いポイズン・マスター』の黒ローブ同様、実際には鎧でも何でもなく、魔族の体の一部。魔王の加護を失えば、普通に剣が通る状態だったのかもしれない。

 どちらにせよ、『機械屋メカ・アーティスト』と名乗る魔族は今、ニーナの一撃により致命傷を負ったらしい。全身からバチバチと黄色の火花を発して、いかにも爆発しそうな見た目になっていた。

「『機械屋メカ・アーティスト』って名前の通り、しょせん技術畑ね。戦闘向きじゃなかったわ。だって……」

 魔族の体から剣を引き抜きながら、ニーナが侮蔑の言葉を投げかける。

「……魔王の加護に頼りきりで、あなた自身は、低級のゴブリンにも劣る脆弱さだもの」

 言い切った彼女は、大きく後ろに跳んで、偽カトックから十分な距離をとった。さらに、しゃがみ込んで低い体勢になったのは、『毒使いポイズン・マスター』が死ぬ時に爆風で飛ばされたから、その失敗を繰り返さないためだろう。

 そんなニーナに対して、魔族は最後の悪あがきを試みる。

「この私が、あなたのような愚かな人間に滅ぼされるとは……。残念です。せめて最後に、後味の悪い思いを残してあげましょう」

 手にしていた『カトック』の仮面を、黒いモヤモヤだった顔に戻す。仮面がカチリとはまった瞬間、穏やかな『カトック』の表情が蘇る。

 教会で初めて見た時と同じ、カトックそのままの姿だった。

「どうです? 愛する男と同じ顔をした人間を殺す気分は?」

「どっちも違う! 愛する男でもないし、人間でもない!」

 ニーナのセリフだけ聞くと少々わかりにくいが、文脈的には「カトックを愛しているわけではない」、「魔族は魔族であって人間ではない」と言いたいのだろう。

「クックック……。それは負け惜しみでしょう? ニーナさんの心に深い傷が残ったこと、私にはハッキリわかりますよ。人間の負の感情には敏感なのが、私たち魔族というもので……」

 偽カトックの言葉こそ、僕には『負け惜しみ』に聞こえたが。

 最後まで言い切ることは出来ず、彼は大爆発。

 これが、カトックの名前を騙ってアーベントロートで暗躍していた魔族『機械屋メカ・アーティスト』の最期だった。


『こっち相手には結局、お前の出番なかったな』

 もはや冗談口調のダイゴローだ。

 だが僕には、まだやるべきことが残っていた。

「キミ! この間も助けてもらったけど、キミは……」

「じゃっ!」

 こちらに向けられたニーナの言葉を遮って、瞬間移動テレポーテーション。もとの木陰こかげに戻り、変身を解く。

 今回はダイゴロー光線は一発しか撃っていないが、キング・ドールとの殴り合いがあったからだろうか。ドッと疲労感が押し寄せてきて、僕はその場に倒れ込んだ。

『殴り合いというより、一方的に殴られてただけだろ?』

 ダイゴローの軽口に、反論する気力もない。

 そうやって、僕が倒れたままでいると……。

「バルトルトくん、大丈夫かなー?」

「あらあら。本当に傷だらけね」

 アルマやクリスタの声が聞こえてくる。顔を上げると、仲間たちの姿が視界に入った。

「無理に動かないで。今、治してあげるから」

『ちょうど良かったじゃねえか。キング・ドールにボコボコに殴られたおかげで、お前の「動けそうにない」も嘘じゃなくなったぞ。さあ、クリスタに癒してもらえよ』

 明るいダイゴローの言葉通り。

 僕はクリスタの回復魔法に身を委ねるのだった。

   

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