転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第51話 カトック隊西へ(2)

公開日時: 2020年11月25日(水) 17:30
更新日時: 2023年5月8日(月) 16:19
文字数:3,582

   

「座りなさい、ニーナ」

 クリスタがピシャリと言い放つ。命令口調というほどではないが、少し厳しい言い方だった。

「ごめん、ごめん。また恥ずかしいところ見せちゃって……」

 おとなしく腰を下ろすニーナに対して、マヌエラは余裕の笑みを返す。

「気にしなくていいよ。あんた、それだけカトックさんのことが気になってたんだろ?」

「うん。私たちの、先代のリーダー……。私がパーティーに加わった頃の、カトック隊の中心だったから」

「そうかい、そうかい。じゃあ、従姉妹いとこの言ってたカトックさんが、本当にあんたの探してる人だといいねえ」

 自分からカトックの話を持ち出してきたにもかかわらず、もしかしたら別人かもしれないという可能性を、マヌエラは改めて強調する。

『ニーナの食いつき方が、予想以上だったんだろうさ。期待を持たせておいて違ったら、ガッカリさせちまう……。そう心配になったから、予防線を張ってるんじゃねえのか?』

 ダイゴローが彼女の気持ちを推察している間に、

「行方不明になった時期が一致する、とか言ってたけど、それだけが根拠だと……。ほら、背格好には特徴なく、ありきりたりな中肉中背だろ」

 マヌエラが口にしたのは、さらにニーナをトーンダウンさせる方向性だった。

 ここでクリスタが、手助けとなるような言葉を挟む。

「あら、それだけじゃないのよ。こちらの事情を詳しく言うのは控えるけど……」

 ニーナやカーリンに対してチラッと目配せしてから、発言を続けるクリスタ。

「……カトックは森で見つかるんじゃないか、って予測もあったの」

「へえ。だったら、森で記憶喪失で発見されたカトックさんで、間違いなさそうだね」

 マヌエラは納得したようだが、僕も別の意味で、合点がてんがいく気がしていた。

 そうした『予測』があったからこそ、カトック隊は『回復の森』を探索することに、あれだけこだわっていたわけだ。

 僕の理解を裏付けるかのように、

「うん。私たちが聞いた情報では、アーベラインの近くの森、って話だったんだけど……」

 と、苦笑いするニーナ。

「……本当はアーベラインじゃなくて、アーベントロートだったんだね」

「いいじゃないの、ニーナ。こうしてアーベラインに来たことで、巡り巡って、アーベントロートの話が聞けたのだから」

 クリスタが、ニーナに慰めの言葉をかける。僕には、別にニーナが落ち込んでいるようには見えなかったのだけれど。


『アーベントロートって聞いて、バルトルトが紛らわしい地名だと思ったのは、いい着眼点だったんだな』

 ダイゴローの指摘で、僕は改めて考えてしまう。

 紛らわしさゆえに情報の伝達過程でミスが生じて、その結果、間違ってカトック隊はアーベラインの街に来たのだから……。紛らわしい地名のおかげで僕はニーナたちと出会えた、と言うことも出来るだろう。

『そんなもんだよな、人の縁なんて。人生は偶然の積み重ねで成り立ってるのさ』

 僕とダイゴローの出会いだって偶然みたいなものだから、彼がこう言うのは、なんだか感慨深く思えるのだった。


「それじゃ、あんたたちは近々、アーベントロートへ向かうのかい?」

 二杯目の林檎酒シードルからにしながら、これからの行動を尋ねるマヌエラ。

 ニーナが喜び勇んで「もちろん、決まり!」と言い出すかと思いきや、

「即答は出来ないわ。相談の上で決めることだから」

 と、機先を制するかのように、クリスタが口を挟む。

 見れば、その隣ではカーリンが、黙ったまま大きく頷いていた。

 そして、肝心のニーナは……。

「そうだね。みんなの意見も聞かないとね。……家に帰ってから、今晩にでも早速、相談しようか」

 口元に笑みを浮かべているものの、顔全体としては、少し困ったような表情にも見えた。この様子だと、本当はリーダーとして、アーベントロート行きを即断したかったに違いない。

「そうかい。この場では決められないのか……」

 少し残念そうな声を出してから、三杯目の林檎酒シードルに口をつけるマヌエラ。

 僕は少し不思議に感じた。僕たちカトック隊の行動予定に、それほど彼女が関心を持っているとは思わなかったからだ。

 先ほどの質問は、軽い野次馬根性とか、当たり障りのない世間話とか、その程度ではなかったのか……?

 同じような疑問は仲間たちの頭にも浮かんだようで、

「あら、何かあるの?」

 と、クリスタが口に出して尋ねる。

 すると。

 待ってましたと言わんばかりに、マヌエラはニヤリと笑った。

「ああ、ひとつ提案なんだが……。あんたたち、あたしを雇わないかい?」


 フリーの冒険者として、色々なパーティーを渡り歩いているマヌエラ。少し前までは早起き鳥アーリー・バード捕獲の助っ人をしていたが、その仕事は終わり、ちょうど体がいているのだという。

「あたしも、実際にアーベントロートを訪ねた経験はないんだが……。従姉妹いとこから話を聞いてる分、あんたたちより詳しいからね。案内役には適してるだろ? それにアーベントロートへ着いた後も、あたしの従姉妹いとこに頼めば、すぐにカトックさんのところへ案内してもらえるだろうし……」

 今度は、クリスタが止める暇もなかった。ニーナが、この提案に飛びついたのだ。

「ありがとう、マヌエラ! こっちからお願いしたいくらいだよ!」

 続いて、仲間の顔を見回す。

「今ここで決めちゃおう! アーベントロート行き、みんなはどう思う?」

 期待に満ちた目をしていた。この期待は裏切れない、と僕は思う。

 だから、真っ先に賛成の意を示した。

「いいんじゃないかな。だって、今までカトック隊が探してた人なんでしょ?」

 敢えて『ニーナが』ではなく『カトック隊が』という言葉を使う。古参メンバーであるクリスタやカーリンは当然賛成するべき、というニュアンスを込めて。

 アルマも別に反対意見など出さずに、はしゃぐだけだろう、と僕は思ったのだが……。

 予想に反して慎重な態度で、重要な問題を口にする。

「私も構わないけど……。それって、アーベラインのおうちを引き払ってアーベントロートへ行く、って話じゃないよね?」


 考えてみれば。

 以前にクリスタが言っていたように、もともとカトック隊は、南の方で活動していた冒険者パーティーだ。アーベラインの街へ来たのがカトックを探すために過ぎないのであれば、カトックの居場所がアーベラインではなくアーベントロートと判明した以上、もはやこの街にとどまる理由はないわけか……?

「心配しないで、アルマ」

 クリスタの言葉は、アルマだけでなく、僕の不安も払拭するものだった。

「この街に腰を据えるつもりで、あの家を借りたのよ。カトックを迎え入れることも想定して、男子部屋も用意していたくらいだもの」

 僕の方を見て、ニッコリと笑顔を浮かべるクリスタ。

 あの二人部屋は本来そのためだったのか、と理解した僕は、カトックとの同室に異論はないと示す意味で、軽く頷いてみせた。

「……それに、アルマやバルトルトもいるのに、この街から出ていくわけないでしょう?」

 ニーナたち三人だけならば、場所を移るのも簡単かもしれない。しかし現在のカトック隊は三人ではなく、アルマや僕もいるのだ。アルマの場合は、アーベラインで冒険者をするつもりだったからこそ加わったのだろうし、僕に至っては、既にアーベラインで冒険者をしていたくらいだ。だから余計に、今の家を引き払うことはありえない……。

 クリスタは、そう言っているのだった。

 その視線を受けて、ニーナも同意を示す。

「そうだね。アーベントロートへ行くのは、カトックを連れてくるため……。それだけだね!」

 まるで、自分に言い聞かせるような口ぶりだった。もしもクリスタに釘を刺されなかったら、この街から完全に出ていく気持ちもあったかもしれない。


「とりあえず、アーベントロートへ向かうことは決まったんだね?」

 マヌエラが確認する。いつの間にか、三杯目の林檎酒シードルも飲み終わっていた。

 今度は、おかわりをカーリンが取りに行く様子はなかった。そろそろお開きだから必要ない、という判断だろう。

「うん。案内役、正式にお願いするよ!」

「それじゃ、報酬額なんだが……」

 ニーナとマヌエラの間で、ちょっとした交渉が行われて……。

 双方が納得する条件に落ち着いたところで、食堂ホールでの会合は解散となるのだった。


 まあ解散とはいえ、離れていくのは、もちろんマヌエラ一人。

 僕たち五人はバラバラになるわけではなく、南の丘にある一軒家へ全員で帰宅した。

 そろそろ夕方という時間なので、

「少し早いけど、夕食の準備、始めるわね」

 クリスタはカーリンと共に、ダイニングルーム奥のキッチンスペースへ。

 僕は自分の部屋で一休みと思って、階段を上る。ニーナとアルマも同じだったが……。

「ねえ、キミ、時間ある?」

 二階の廊下を歩き始めたところで、ニーナに呼び止められる。

 何かと思って振り返ると、彼女は少しモジモジした顔で、扉を指し示した。

「ちょっと話したいことがあるの。私の部屋に来てくれないかな?」

   

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