午後に案内してもらった先は、遊具設備のある公園ではなく、ただの空き地だった。転んだ時のクッションになりそうな柔らかい草も植えられておらず、硬めの土が剥き出しの、純粋な空き地だ。
それでも、ここも子供の遊び場の一つには間違いなく、何人かの子供たちが元気に走り回っていた。
『こうして見て回ると、バルトルトの言った通りだったな』
ダイゴローが何を言い出したのか、一瞬わからなかったが……。
『ほら、お前、昨日の一番目の公園で言ってただろ? こんなに遊具が設置されてる公園は珍しい、何もない原っぱみたいなところも多い、って』
そう言われて、僕も思い出す。
あの時、僕とダイゴローは、工芸品が名産の村だから木製の大型遊具も多いのだろう、と勝手に納得したものだった。でも、それは深読みし過ぎだったようだ。
考えてみれば、昨日の公園巡りは、宿屋に近い順という話だった。つまり、村の入り口にある広場からも近い、ということだ。旅人など余所者の目に触れる機会も他の公園よりは多いので、その分、しっかりした設備になっていたのかもしれない。
『俺たちみたいに、公園の遊具を見て、この村の名産を思い出す者もいるだろうしな。余所者に対する体面ってだけでなく、一種の宣伝効果もありそうだ』
そうやって公園そのものに関して考えてしまうのは、ある意味、暇だったからだろう。結局この日は、前日とは違って、ゴブリンの顔を見る機会は一度もなかった。やはり、二日連続で出現することはないようだ。
これまでの出現地点を見て回っても、特に新たな情報は得られなかったし……。パトリツィアからもらった村の地図が、この日の一番の収穫だったかもしれない。
翌日。
それまでと同じく、僕たちはクラナッハ村を歩いて回るつもりで、やはり朝のうちに部屋を出た。
昨日までにゴブリン出現ポイントは全て見せてもらったし、村の地図もある。もう案内役は不要と思ったが、カールやパトリツィアも同じ考えだったのだろう。
一階の受付では、宿屋の女将さんから、
「今日は出待ちは来てないよ」
という言葉をかけられた。
宿屋を出た僕たちは、いつものようにニーナとアルマが前、僕とクリスタとカーリンが後ろという布陣で、ゆっくりと歩き始める。
クラナッハ村の入り口に当たる広場から、村の中心へ向かう形だ。先頭のリーダーは、行く先を決めているのだろうか?
ちょうど同じ疑問を、アルマも思い浮かべたらしい。
「ニーナちゃん、私たち、どこへ向かってるの?」
「北じゃないかしら?」
問われたニーナより先に、後ろからクリスタが答えを代弁する。
ニーナとアルマは、歩きながら振り返った。ニーナの顔には、ニンマリとした笑みが浮かんでいる。
「当たり。さすがクリスタね。一昨日の馬小屋へ、また行ってみようと思うんだ」
転移装置と思われる魔法陣が用意されていた場所であり、あのゴブリンが吸い込まれるように消えた小屋でもある。
「調べ直そう、ってこと?」
「それもあるけど、それよりも……」
アルマに尋ねられて、ニーナは意図を説明し始めた。
あの馬小屋が秘密の出入り口になっており、あそこからゴブリンが出てくるのであれば……。どの公園や広場に現れるのかを考えるよりも、最初から馬小屋を見張っていた方が早いのではないか。
「カールには知られたくないから、彼が一緒なら無理だけど。今日は私たちだけだからね」
「でもニーナちゃん、それだと、行き違いになるかもよ?」
問題点を指摘するアルマ。
僕たちが行く前に既に馬小屋から出てどこかの公園へ行ってしまった、という普通の『行き違い』の他に、
「ギギちゃん、姿を消せるかもしれないんだよね? あそこだけ見張ってても、見逃しちゃうんじゃないかなー?」
という可能性を持ち出したのだ。
ブロホヴィッツの宿屋の食堂で話し合った、ゴブリンの遮蔽機能の件。それに関しては、実際にゴブリンを目にした後で、少し意見も変わっていたのだが……。
『ちょうど、アルマはゴブリンと話しながら、前を歩いてたからな。あの時の会話は聞こえてないぜ?』
すかさずダイゴローが状況を思い出させてくれたので、僕も納得する。
その間に、アルマに聞かせるため、クリスタが改めて考えを披露していた。
「ギギちゃんには特殊な装備はない、ってわかったでしょう? そうなると、視覚的に姿を消す能力なんてないのかしら、って考え直したの」
「それに関しては、実際にゴブリン出現の瞬間に居合わせなければ、まだ断言できない。俺は、そう言ったのだがな」
「可能性としては、クリスタの意見に一理ある、って私も思うんだけど……」
カーリンに続いてニーナも考えを口にした後、彼女はアルマに尋ねた。
「……遮蔽能力の話、ギギちゃん本人は、何か言ってた?」
こちらには、ゴブリンと会話できるアルマがいるのだ。ゴブリンに直接、問いただすのも可能なはずだった。
しかしアルマは、少しだけ考え込む表情を見せてから、首を横に振る。
「わかんなーい。今度、聞いてみるねー」
「うん、そうして。とりあえず今日のところは、行き違いにならないことを祈って、あの馬小屋を押さえようと思う」
そんな会話を交わしながら、村の北の外れへ向かっていたのだが……。
村の中心部を過ぎた頃、
「ギギッ!」
僕たちを呼ぶような調子で、ゴブリンの鳴き声が聞こえてきた。
まだ村の中なのに、という驚きと、あのゴブリンならば不思議ではない、という納得。二つの感情を抱きながら、声のする方へ視線を向ければ、緑の原っぱがあった。
子供たちの遊び場の一つだ。
まだ子供は一人も来ていないが……。その広場の中央に、ゴブリンのギギが、ペタリと座り込んでいるのだった。
僕たちを見て手招きしている。「おいで、おいで」と言っているかのように。
「ギギちゃん!」
嬉しそうに走っていくアルマ。
僕たちも進路を変更して、広場へ足を向ける。
「まるで私たちの通り道を予想して、待ち構えていたみたいね」
「それは考え過ぎだろう、クリスタ。あのゴブリンに、そこまでの知能はなさそうだぞ?」
「わかってるわ。だから『まるで』と言ったのよ」
クリスタとカーリンの言葉を耳にしながら、僕はニーナに目を向けた。パーティーのリーダーに指示を乞う、という意味で。
「どうする?」
「どうするも何も……。私たちは見守るしかないわ。ゴブリンと話せるのは、アルマだけなんだし」
珍しく無力感を覚えたのだろうか。ニーナの顔に浮かぶ表情は、苦笑いのようにも、乾いた笑いのようにも見えた。
「わあっ、ギギちゃんがいる!」
「ラッキー! 今日はギギちゃんと遊べるんだ!」
しばらくすると、村の子供たちもやってきた。一昨日とは場所が違うので、同じ子供たちばかりではないはずだが、既に『ギギちゃん』という名称が広まっているらしい。
子供の他に、付き添いの大人も二人ほど含まれていた。そのうち一人は、ゴブリンの姿を目にした途端、足を止めて、踵を返す素振りを見せたが……。
僕たちの存在に気づくと、それを止めて、その場に留まるのだった。おそらく、最初は他の大人たちを呼びに行こうと思い、でも冒険者が一緒ならば必要ない、と考え直したのではないだろうか。
一昨日と同じように、ゴブリンとアルマと子供たちが遊ぶ様を見守る。
それはつまり、お昼は携帯食で済ませる、ということでもあった。
夕方になって、
「バイバーイ!」
「また遊ぼうねー!」
子供たちが帰っていくのも同じであり……。
まるで一昨日の再現のように、クラナッハ村の者がいなくなった空き地に、僕たちカトック隊とゴブリンだけが取り残される。
遊んでいた子供たちにしてみれば一日の終わりだろうが、僕たちにとっては、これからが重要だ。広場の端にいる僕たち四人のところまで、アルマはゴブリンを連れてきて……。
「ギギちゃん、快く引き受けてくれたよー! 私たちのこと、お家まで連れてってくれるってー!」
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