二度寝が功を奏したらしい。
次に目覚めた時は、とても爽快な気分だった。窓の外は明るくなっていたが、まだ寝坊というほどの時間ではなく、すぐに一階へ降りていくと、ちょうど朝食の準備中だった。
「わーい! 久しぶりに、おうちで朝御飯だー!」
大喜びのアルマ。
果物とミルクだけで出発して、現場で携帯食。このパターンが続いたのは三日間だけだから、久しぶりというのは大袈裟かもしれないが……。
彼女の気持ちも、わかるような気がする。というより、むしろ僕の方こそ、感慨深いくらいだ。
なにしろ僕の場合、このダイニングルームでまともな朝食を口にするのは、最初の朝以来。まだ二回目だから、パンケーキ、トースト、ベーコン、卵、サラダ、フルーツという定番メニューも、新鮮な気持ちで楽しめるのだった。
そんな朝食の途中で、リーダーであるニーナが、みんなに尋ねる。
「今日はどうする?」
アルマは少しだけ小首を傾げたものの、特に何も言わず、食べ続けていた。
クリスタとカーリンは、フォークやナイフを動かす手を一瞬だけ止めて、軽く顔を見合わせる。目と目で会話して二人の意見をまとめたかのように、クリスタがニーナに答えた。
「そうねえ。ちょうど泉の仕事のおかげで、今までとは違うところも探索できたけど、それでも収穫はなかったし……。たまには『回復の森』でなく、違うダンジョンへ行くのもいいんじゃないかしら?」
「そっか。これ以上、あの森へ行くのは無駄足か……」
クリスタの発言に、失望の表情を見せるニーナ。
「あら、そこまでは言ってないわ。あくまでも『たまには』よ。ほら、いつもいつも『回復の森』ばかりだと、飽きちゃうものねえ?」
取り繕うような言葉に続いて、クリスタは、僕とアルマに微笑みを向ける。ニーナよりも、むしろ僕たちの方を気にしているのだろうか。
カトック隊が『回復の森』に執着しているらしい、というのは、以前にダイゴローとの間でも話題になったが……。
『この様子だと、こだわってるのは古参メンバーだけで、アルマは違うっぽいな』
と、ダイゴローが分析する。
でも、これに対して僕が反応を返す暇はなかった。ニーナが話しかけてきたからだ。
「ねえ、適当にモンスター・ハンティングするとしたら、どこかオススメの場所ある? 私たちよりキミの方が、アーベライン周辺のダンジョンには詳しいよね?」
「ああ、うん。だったら……。『東の山の洞窟』なんてどうかな?」
パッと頭に浮かんだのは、街から見える山の中のダンジョン。途中の山道にモンスターが出るだけでなく、山腹の洞窟には、モンスターが――自分たちでは使えないくせに――かき集めてきたアイテムや金貨などが貯め込まれているらしい。
ただし。
エグモント団にいた頃、何度か訪れたのだが、残念ながら、噂の『アイテムや金貨など』を目にする機会は一度もなかった。しょせん噂に過ぎなかったのか、あるいは、僕たちが行く直前に他の冒険者たちに回収されたのか……。
エグモント団でも気軽に足を運べるダンジョンなので、
「ああ、でも、あそこは初心者向け過ぎるかな? ゴブリンもウィスプも最下級しか現れないから、カトック隊には相応しくないかも……」
と、僕は付け足したのだが。
「そこは気にしなくていいよ。キミ、私たちのこと、超ベテラン冒険者か何かと勘違いしてない?」
「昨日、大変な敵を相手にしたばかりだものね。今日くらいは、気楽な場所でモンスター・ハンティングもいいんじゃないかしら?」
ニーナに続いて、クリスタも賛成。カーリンとアルマは、特に反対意見を口にすることはなく……。
「じゃあ、決まり! 今日は、その洞窟ダンジョンへ行ってみよう!」
元気いっぱいの声で、リーダーらしく宣言するニーナ。
先ほどの落胆の色は、もう完全に消えていた。
「バルトルトくんの嘘つきー! お宝、期待してたのにー!」
「だから言ったじゃないか。あくまでも噂だよ、って」
夕方。
一日の冒険を終わらせた僕たちは、とりとめもない話をしながら、街の中を歩いていた。予定通りのダンジョンでモンスター・ハンティングをして、その帰り道だ。
冗談口調でアルマが不満を述べ立てたように、洞窟内に蓄えられているという噂のアイテムも金貨も、全く見当たらなかったわけだが……。
「そういうものよね、初心者向けダンジョンって。みんなが殺到するから、宝に出くわす可能性は、どうしても低くなるわ」
と、年長者らしい意見のクリスタ。納得の笑顔を浮かべている。
実際、僕が思っていた以上に『みんなが殺到する』ダンジョンだったのだろう。山道では特に実感する出来事はなかったが、洞窟内をウロウロしていたら、複数の冒険者パーティーとすれ違ったほどだ。
「うむ。本当に初心者向けだったのだろう。モンスターも弱かった」
思うところあるようで、カーリンも会話に参加してきた。彼女にしては珍しい。
「そうだね。同じモンスターでも、他とは少し違った感じ」
前を歩くニーナが、振り返って告げる。
僕は頷きながら、アルマに視線を向けていた。本日遭遇したモンスターは、『回復の森』でも出没するような最下級のゴブリンとウィスプだったが……。中には、アルマの鞭で操られる個体が混じってたのだ。
先日の早起き鳥とは異なり、完全に仲間になったという雰囲気ではなかった。しかし、一時的とはいえ味方になって、他のモンスターを攻撃したくらいだ。今までの「動きを止める」ではなく、これは「操った」と言っていいのだろう。
『こういうところは、やっぱりゲームとは違うよなあ。同一種族の個体差を見せつけられると、改めて「モンスターも生き物だ」って思い知らされるぜ』
ダイゴローにも、印象深い出来事だったらしい。
当のアルマにとっても、いくら相手が弱かったとはいえ、テイマーとして操るのが成功したのは、嬉しい経験だったに違いない。ちょうど僕と同じように、今の会話からその件を思い出したらしく、
「えへへ……」
アルマは、ニッコリと笑顔を浮かべていた。
話しながら南の丘を上がっていく頃には、既に夕焼けの時間帯は終わり、空は暗くなり始めていた。
もちろん、まだ真っ暗ではないので、カトック隊の住居――赤い屋根をチョコンとのせた二階建て家屋――が見えてくる。
同時に。
「あれ?」
先頭のニーナが呟いたように、視界に入ってきたのは、一つの人影。敷地を囲む柵の前に、僕たちを待つようにして、誰かが立っていたのだ。
近づくにつれて、その正体がハッキリしてくる。若い女性であり、着ているものは、白と黒のコントラストが鮮やかなメイド服。ベッセル男爵の屋敷の使用人だった。
「お帰りなさいませ、冒険者の皆様。主人からの伝言がございます」
翌日の午後。
指定された時刻ぴったりに、僕たちは、ベッセル男爵の屋敷へ赴いた。
「こちらでお待ちください」
案内された先は、深い赤色の絨毯が敷き詰められた、木目調の部屋。つまり、前回と同じ会議室だった。
「今日は、私たちだけみたいだね」
と言いながら、前と同じ椅子に座るニーナ。自然と、残りの僕たちも、前回と同じ席順で腰を下ろす。
そして、ちょうど僕が座ったタイミングで、バンッと激しい音を立てながら、扉が開いた。
「……!」
音に驚きながら視線を向けると、入ってきたのはベッセル男爵ではなく、冒険者の格好をした者たち。エグモント団の四人――ゲオルク、ザームエル、ダニエル、シモーヌ――だった。
『ああ、やっぱり、この連中も呼ばれてたんだな』
泉の汚染問題を解決する上で、エグモント団は何も出来なかったはず。それでも、二つのパーティーが競合する、という仕事だったから、報告会には同席する必要があるのだろう。
彼ら四人も、前回と同じように、僕たちの正面に座ったが……。ダニエルやシモーヌが前を向いているのとは対照的に、ゲオルクとザームエルの二人は、明後日の方向へと視線を逸らして、露骨に嫌そうな表情を浮かべていた。
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