転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第82話 街の空気(11)

公開日時: 2020年12月31日(木) 17:30
更新日時: 2023年5月8日(月) 16:26
文字数:3,461

   

「さあ、ここです。到着しました!」

 先頭のカトックの言葉は、仲間の自警団ではなく、一番後ろを歩く僕たちに向けられていた。


 そこだけポッカリと木が生えていない、かなり広々としたスペースだ。炭焼小屋くらいならば建てられそうな、ちょっとした広場になっていた。ただし、土が剥き出しになっているわけではなく……。

『広場というより、自然の庭園だな。これ全部、野草なんだろ?』

 と、ダイゴローが言うように。

 赤や白や黄色など、色とりどりの花が、辺り一面に生えていた。

「わあ! きれいー!」

「そうね。見ているだけで、気持ちが穏やかになるわ」

 花の方へ駆けていくアルマを注意する仲間はおらず、のんびりしたコメントをクリスタが口にするくらいだ。

 自警団の連中から「大事な薬草があるから近づくな!」と怒られるかと思ったが、それもなかった。この広場に来たら彼らも気が緩んだようで、立ち止まるだけでなく、木の幹に寄りかかったり草地に座ったり、思い思いに休み始めた。

 それは、僕たちとカトックの間で壁になっていた者たちが消えた、という意味でもあり……。

「ここの花々が、特殊なポーションの材料になる植物なの?」

 ニーナがカトックに歩み寄り、話しかけた。

「そうです。いつも私たちは、ここで必要な薬草の採取をするのです。今日のところは、あなたがたに『これが私たちの日常だ』と見せるために来ただけですから、そのポーズだけ。必要もないのに薬草を摘むことは控えますが……」

「それよりも、あの連中はいいのか?」

 カトックの説明を遮って、カーリンも質問する。

「いつモンスターが現れても不思議ではない森だろう。実際、ここまでかなり出没している。だらけて休むのではなく、警戒の必要があるのではないか?」

 カーリンは、周りの自警団の者たちを見回していた。

 それに対して、カトックは微笑みを浮かべる。

「大丈夫ですよ、心配しないでください。ここはモンスターが現れないのです」

「あら、どうして?」

 今度はクリスタだ。

「さあ、仕組みはハッキリしませんが……。推測としては、モンスターにとっても貴重な薬草だから、ここを戦いで荒らしたくないのか。あるいは逆に、モンスターが忌避するような成分や匂いが含まれていて、近づくことすら出来ないのか。どちらにせよ、この場所でモンスターに襲われたことは一度もありません」

 だから自警団の者たちにとって、ここは休憩所の感覚。それがカトックの説明だった。

 今日の場合は自警団とカトック隊で森に入ったわけだが、本来ならば、ポーション作りの職人をエスコートする形で、ここまで来るのだ。いざこの広場に到着したら、薬草採取の間、自警団の面々がやるべき作業はない。ましてやモンスターも現れないとなれば、なるほど、彼らはホッと一息つきたくなるのだろう。


 カトックの話に満足したらしく、用件は済んだと言わんばかりに、カーリンは彼から離れていく。クリスタが彼女と一緒なのを見ると、まるで「途中でクリスタが会話に参加したのは、カーリンをカトックから引き離すためだった」というようにも思えた。

 つまり、ニーナをカトックと二人だけにしてあげよう、という配慮だ。

「話の途中でしたね。もちろん、これ全部がポーションの材料というわけではなく……。興味があるのでしたら、私の知る範囲で、それぞれの野草について説明しましょうか?」

「うん、教えて!」

「では、まず、こちらの白い花が……」

 ニーナは満面の笑みを浮かべて、カトックの話に聞きっている。見ているだけで、微笑ましくなる光景だった。

 いや、今日が最後だと思えば、むしろ切なくなる状況だろうか。どちらにせよ、ニーナとカトックの場所だけを切り取って眺めるならば、花々に囲まれた、二人だけのハイキングかピクニックだった。

『たった一日の逢瀬を楽しむ、織姫と彦星みたいだぜ』

 と評するダイゴロー。

 おそらく僕と同じような気持ちなのだろうが、また彼の世界に由来する言葉を使われた以上、そこはハッキリしなかった。


 ……というような考えを、頭に浮かべるべきではなかった。

『あー。織姫と彦星というのは……』

 天の川とか、七夕とか。

 夜空の星座の話から始まって、夏の行事の説明まで含めて、延々と聞かされてしまった。でも要するに、離れ離れにされた恋人の伝説に過ぎなかった。

『いや、そういう言い方したら、身も蓋もないだろ。これはもっとロマンチックな話で……』


 カトックの言葉に耳を傾けて、彼に寄り添うニーナ。

 花をでるアルマと、それに付き合うマヌエラ。

 大木に寄りかかるカーリンと、一緒にいるクリスタ。

 どのグループにも属せずに一人でいたものだから、僕は脳内の相棒と話し続けるしかなかったのだが……。

「さあ、みなさん! もう休憩は十分ですね。そろそろ移動しましょうか?」

 カトックの声が、この退屈な時間を終わらせてくれた。

『おい、バルトルト! そんな迷惑そうな言い方するな!』

 ダイゴローのツッコミを聞き流して、カトックの話に意識を集中する。

 今度は僕たちというより、むしろ自警団の仲間たちへ向けた言葉のようだ。

「今日は冒険者の方々が一緒です。せっかくですから、いつもは行かないような奥地まで、足を踏み入れてみましょう」

 自警団の者たちが、顔を見合わせて頷く。

 突然「奥地まで行く」と言われても驚いた様子はないのだから、あらかじめ打ち合わせ済みだったのだろう。サブリーダーのジルバの顔には、ふてぶてしい笑みすら浮かんでいた。

「私たちも異存ないわ!」

 すかさず、ニーナが叫ぶ。

 彼女としては、カトックと一緒に過ごす時間を、少しでも引き伸ばしたいのだ。でも、それだけではないはず。

 確認するかのようにこちらを見るので、僕も仲間たちも、彼女に頷いてみせた。


『カトックの「せっかく冒険者が一緒だから」という言葉の意味か』

 その通り。

 自警団だけでは立ちらない領域まで、今日は僕たちがいるからという理由で、進もうというのだ。ならば、万一そこで危険なモンスターに出くわしても大丈夫、という想定に違いない。

 その時こそ、いよいよ僕たち冒険者の出番だ。今までのような見物だけではなく、戦闘に参加させてもらえるだろう。

 歩き始めると、またカトックを先頭にして、自警団の集団、そしてカトック隊の前衛三人と後衛三人、という布陣になった。だから僕の位置的に、カーリンやクリスタの横顔は視界に入りやすかったのだが……。

 チラッと見ると、カーリンは珍しく笑顔を浮かべていた。戦いの予感があるようだ。

 僕もますます冒険者の血が騒ぎ、ワクワクしてくるのだった。


 しかし。

 そんな予感とは裏腹に、薬草の広場から先は、モンスターに出くわさない。広場の手前までは、ロルフが「いつもより多い」というくらい、頻出していたのに……。

『だからといって気を緩めるなよ。嵐の前の静けさ、って可能性もある』

 ダイゴローだけではなく、経験豊かな冒険者たちも、同じ考えなのかもしれない。カーリンもクリスタも、少し険しい表情になっていた。

 カーリンだけならば、戦えないことに対する不満という可能性もあるが、クリスタにそれはないはず。また、前衛三人組の中でも、マヌエラが妙に静かになっていた。今までは、アルマと雑談することも多かった彼女なのに。

 そんな雰囲気で歩くうちに、再び、少し開けた場所に出くわした。

「この辺りでいいでしょうか……」

 ポツリと呟くカトック。

 全体の行軍も止まる。

『また自警団の休憩か?』

 薬草の広場とは異なり、土が剥き出しになっている地帯だった。

 モンスターが現れないという理由も特になさそうだから、ここで休むのであれば、全員が一度に休憩するのではなく、周囲を警戒する者も必要だ。それこそ、僕たち冒険者がその役割を果たしても良いのだが……。

「ここならば、街の人々が来てしまうおそれもないでしょう。大切な薬草が荒らされる心配もないし、戦うには十分な広さもある」

「カトック……? 何を言ってるの?」

 ニーナは直接的な疑問を口にしたし、僕にも彼の発言の意味が理解できなかった。カトック隊の仲間たちも、やはり怪訝な表情を浮かべている。

 だが、問いただす暇はなかった。

 ガサゴソと音を立てて、周囲の木陰から、モンスターが現れたのだ!


 十や二十ではなく、かなりの大所帯だ。

 しかも、今日さんざん見てきた最下級のゴブリンとも違う。一昨日のモンスター襲撃事件で目にした、特殊な鎧衣アーマーゴブリンだ。ショートソードを武器にして、不思議な鎧を着ているゴブリンばかりだった。

 そんなモンスター集団に、僕たちは取り囲まれてしまったのだ!

   

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