「カトックを知ってるの? ねえ、教えて! どこ? 彼は今、どこにいるの!」
紫髪の女性武闘家に詰め寄るニーナを見て。
呆気にとられたのは、僕だけではなかった。ふと仲間に目を向ければ、アルマが口をポカンと開けている。
一方、クリスタやカーリンには、そのような態度は見られなかった。このニーナの行動は、予想の範囲内なのだろう。
クリスタは笑みを浮かべているし、カーリンは無表情に近いが……。二人とも、少しだけ「やれやれ」と言いたそうな顔にも見えるのは、僕の気のせいだろうか。
「あんた、凄い剣幕だな? ちょっと痛いくらいだぞ」
当の女性武闘家は、ニーナの質問に答える前に、まず彼女の手を振り払っていた。
それを見て、慌ててクリスタが二人の間に入る。
「あら、ごめんなさい。うちのニーナが迷惑を……」
まずは謝罪を口にしてから、続いてニーナへ。
「ねえ、ニーナ。とりあえず、あなたは受付窓口で用事を済ませてきて。私たちは先に、この人と一緒に奥のホールへ行っておくから」
話が長くなりそうなので、食堂ホールで座って話そう、という提案だった。
確かに、冒険者組合の入り口で立ち話というのは、他の冒険者の迷惑になるし、僕たちだって少し恥ずかしい。現に今も、ニーナが女性武闘家に掴みかかったように見えたらしく、こちらに好奇の視線を向ける者がいるくらいだった。
「そうだね。それじゃ、行ってくる!」
ニーナが窓口へ向かうと同時に、
「さあ、私たちも行きましょう」
クリスタに促されて、僕たちはホールへと動き始めた。
とっくに昼食は終わっており、でも、まだ夕食には早い時間帯だ。食堂ホールは空席の多い状態で、僕たちは手近なテーブルの一つを占領した。
「ニーナの失礼を謝る意味でも、ここは私たちにおごらせてね。また林檎酒でいいかしら?」
「ああ、あたしは林檎酒にしてくれ。でも悪いなあ、気を使ってもらって……。この間も、代金はそっち持ちだったからな。既視感あるくらいだよ。メンツは少し増えてるけど」
女性武闘家はクリスタに答えてから、話の流れで、軽くアルマに目を向ける。
すると、
「私、アルマ! よろしくー!」
「あらあら。まだ私たちも名乗ってないのに……」
笑いながら、クリスタも続いた。
「私はクリスタ。こっちの男の子がバルトルトで、飲み物を取りに行っているのがカーリン。あなたに質問を浴びせたのがニーナね。五人とも、カトック隊のメンバーよ」
僕も名乗ろうと思ったが、クリスタが全員の紹介を済ませてしまう。だから軽く頭を下げるに留めておいた。
「ああ、みんなよろしく。あたしはマヌエラ。前にも言った通り、フリーの冒険者さ」
彼女が名乗ったタイミングで、ちょうどカーリンが飲み物を運んできた。マヌエラには林檎酒、酒がダメなアルマには葡萄ジュース、他の者には葡萄酒。なお葡萄酒は四つあるので、この場にいないニーナの分も、もう用意されていた。
マヌエラは早速、自分の前に置かれたグラスを口に運ぶ。ゴクゴクと一気に半分くらい飲んでしまってから、言葉を続けた。
「あのピンクの髪の、ニーナって娘……。よっぽどカトックさんにご執心のようだね。私の知ってるカトックさんと、あんたたちのカトックさんが同じかどうかわからないけど」
確かに、名前が同じだけ、という可能性もある。それを考慮した慎重な口ぶりだった。この慎重さは、フリーの冒険者ならでは、という感じだろう。
「ええ。カトックは、私たちのパーティーの、先代のリーダーでね。ニーナは、とても世話になったから、熱心に彼を探していて……」
「ああ、それで『カトック隊』かい。前リーダーの名前を残してるんだね?」
「そうなの。今はニーナがリーダーだけどね」
「おや、あんたがパーティーを率いてるんじゃないのかい?」
マヌエラは誤解していたらしい。
前回の僕たちは三人だけで、クリスタが会話の中心だったし、今回は今回で、いきなりニーナが慌てた様子を見せつけたのだ。マヌエラがそう思ってしまうのも、無理はなかった。
「あらあら、そんなわけないでしょう? 私はリーダーの器じゃないもの」
僕から見たら謙遜にしか思えない言葉で、クリスタはマヌエラの発言を笑い飛ばす。
そんなタイミングで、
「報告、済ませてきたよ!」
明るい声のニーナが戻ってきた。
先ほどの動揺は、すっかり収まっているようにも見えるが……。僕にはむしろ、作り笑顔のような、少し無理している態度に思えた。
「それで、どこまで話は進んだ?」
ニーナは僕たちに向かって尋ねたのだろうが、誰よりも先に応じたのは、マヌエラだった。
「まだ始まってないよ。互いに名乗っただけだ。あんたはニーナって名前で、カトック隊のリーダーなんだろ? あたしはマヌエラ、よろしく」
「うん、よろしく。さっきは、恥ずかしいところ見せちゃって……」
「いいってことよ。さあ、まずは一杯飲んで、少し落ち着きな」
ニーナの着席を促しつつ、葡萄酒を勧めるマヌエラ。
それに従って、軽く喉を潤してから、ニーナは質問する。
「早速だけど、カトックのこと、聞かせてもらえるかな?」
「ああ、構わないよ。あんたの探してるカトックさんなのか、あるいは、名前が同じだけの別人なのか。それは保証できないけどね」
口元に微妙な笑みを浮かべてから、マヌエラは話を始めた。
「アーベントロートって街を知ってるかい? ここから西へ向かって、馬車で一週間……。いや、二週間くらいかな? それくらいの距離にある、小さな街だ」
彼女の言葉に、ニーナは首を横に振る。
僕にも聞き覚えのない地名であり、ただ「アーベラインと似たような名前で紛らわしいな」と感じるだけだった。
「知らなくても無理ないさ。本当に小さな街だからねえ。むしろ村って言った方がいいくらいだ。もちろん乗合馬車のルートからも外れてるから、アーベントロートへ行こうと思ったら、乗合馬車の停まる街で個人用の小型馬車を借りるか、あるいは、そこから歩いて行くか……」
いったん言葉を切って、再びグラスを傾けるマヌエラ。ほとんど空になってしまったが、前回の彼女の飲みっぷりを思えば、当然のペースだろう。
前回を思い出すといえば。
ふとカーリンの席に視線を向けると、いつの間にか彼女の姿は消えていた。また、おかわりを取りに行ったに違いない。
「そんな辺鄙なところなのさ、アーベントロートは。その街に、私の従姉妹の一人が住んでいてね。彼女とは、結構頻繁に手紙のやり取りをしてるんだが……」
おやおや。
最初にアーベントロートという地名を聞かされた時は、「そこにカトックがいる!」みたいな単純な話かと思ったが……。
従姉妹云々が出てくるとなれば、かなり前置きが長くなるのだろうか。泉の怪人についての情報を引き出した前回も、早起き鳥の話があって、遠回りだった印象だ。これが、このマヌエラという人の話し方の癖なのだろう。
『いや、バルトルト。これくらい普通だろ? おしゃべりを楽しむのが、女性ってもんだからな』
僕の脳内では、ダイゴローが偏見じみたコメントを述べているが……。
現実では、カーリンが戻ってきて、マヌエラの前に二杯の――『二杯目の』ではなく『二杯の』――林檎酒を置いていた。おかわりを一杯ずつ取りに行くのが、面倒になったらしい。
「ああ、わざわざ悪いね。ありがとう」
そのうち一つに口をつけてから、マヌエラは話を続ける。
「その従姉妹の手紙の中に、面白い話があったのさ。ふらりと街に現れて、教会に居ついた男……。正確には『現れて』というより『助けられて』って感じらしいけどね」
僕の予想に反して、本題に入るのは早かった。
見れば、ニーナは少し前のめりになって聞き入っている。そればかりか、先を促すかのように、軽い質問を挟んだ。
「助けられた、っていうのは、どういうこと……?」
「なんでも、街の近くの森で倒れてたらしいよ。記憶喪失で、覚えていたのは『カトック』という自分の名前だけ。数ヶ月前の出来事だった、って」
これこそ、重要な情報だったのだろう。
バネ仕掛けの人形のような勢いで立ち上がり、ニーナが叫んだのだ。
「決まりだわ、私たちのカトックよ! 行方不明になった時期も、一致するじゃない!」
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