転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第2章 カトック隊西へ

第50話 カトック隊西へ(1)

公開日時: 2020年11月23日(月) 17:30
更新日時: 2023年5月8日(月) 16:18
文字数:3,295

   

「カトックを知ってるの? ねえ、教えて! どこ? 彼は今、どこにいるの!」

 紫髪の女性武闘家に詰め寄るニーナを見て。

 呆気にとられたのは、僕だけではなかった。ふと仲間に目を向ければ、アルマが口をポカンと開けている。

 一方、クリスタやカーリンには、そのような態度は見られなかった。このニーナの行動は、予想の範囲内なのだろう。

 クリスタは笑みを浮かべているし、カーリンは無表情に近いが……。二人とも、少しだけ「やれやれ」と言いたそうな顔にも見えるのは、僕の気のせいだろうか。


「あんた、凄い剣幕だな? ちょっと痛いくらいだぞ」

 当の女性武闘家は、ニーナの質問に答える前に、まず彼女の手を振り払っていた。

 それを見て、慌ててクリスタが二人の間に入る。

「あら、ごめんなさい。うちのニーナが迷惑を……」

 まずは謝罪を口にしてから、続いてニーナへ。

「ねえ、ニーナ。とりあえず、あなたは受付窓口で用事を済ませてきて。私たちは先に、この人と一緒に奥のホールへ行っておくから」

 話が長くなりそうなので、食堂ホールで座って話そう、という提案だった。

 確かに、冒険者組合の入り口で立ち話というのは、他の冒険者の迷惑になるし、僕たちだって少し恥ずかしい。現に今も、ニーナが女性武闘家に掴みかかったように見えたらしく、こちらに好奇の視線を向ける者がいるくらいだった。

「そうだね。それじゃ、行ってくる!」

 ニーナが窓口へ向かうと同時に、

「さあ、私たちも行きましょう」

 クリスタに促されて、僕たちはホールへと動き始めた。


 とっくに昼食は終わっており、でも、まだ夕食には早い時間帯だ。食堂ホールは空席の多い状態で、僕たちは手近なテーブルの一つを占領した。

「ニーナの失礼を謝る意味でも、ここは私たちにおごらせてね。また林檎酒シードルでいいかしら?」

「ああ、あたしは林檎酒シードルにしてくれ。でも悪いなあ、気を使ってもらって……。この間も、代金はそっち持ちだったからな。既視感あるくらいだよ。メンツは少し増えてるけど」

 女性武闘家はクリスタに答えてから、話の流れで、軽くアルマに目を向ける。

 すると、

「私、アルマ! よろしくー!」

「あらあら。まだ私たちも名乗ってないのに……」

 笑いながら、クリスタも続いた。

「私はクリスタ。こっちの男の子がバルトルトで、飲み物を取りに行っているのがカーリン。あなたに質問を浴びせたのがニーナね。五人とも、カトック隊のメンバーよ」

 僕も名乗ろうと思ったが、クリスタが全員の紹介を済ませてしまう。だから軽く頭を下げるにとどめておいた。

「ああ、みんなよろしく。あたしはマヌエラ。前にも言った通り、フリーの冒険者さ」

 彼女が名乗ったタイミングで、ちょうどカーリンが飲み物を運んできた。マヌエラには林檎酒シードル、酒がダメなアルマには葡萄ジュース、他の者には葡萄酒ワイン。なお葡萄酒ワインは四つあるので、この場にいないニーナの分も、もう用意されていた。

 マヌエラは早速、自分の前に置かれたグラスを口に運ぶ。ゴクゴクと一気に半分くらい飲んでしまってから、言葉を続けた。

「あのピンクの髪の、ニーナって……。よっぽどカトックさんにご執心のようだね。私の知ってるカトックさんと、あんたたちのカトックさんが同じかどうかわからないけど」

 確かに、名前が同じだけ、という可能性もある。それを考慮した慎重な口ぶりだった。この慎重さは、フリーの冒険者ならでは、という感じだろう。

「ええ。カトックは、私たちのパーティーの、先代のリーダーでね。ニーナは、とても世話になったから、熱心に彼を探していて……」

「ああ、それで『カトック隊』かい。前リーダーの名前を残してるんだね?」

「そうなの。今はニーナがリーダーだけどね」

「おや、あんたがパーティーを率いてるんじゃないのかい?」

 マヌエラは誤解していたらしい。

 前回の僕たちは三人だけで、クリスタが会話の中心だったし、今回は今回で、いきなりニーナが慌てた様子を見せつけたのだ。マヌエラがそう思ってしまうのも、無理はなかった。

「あらあら、そんなわけないでしょう? 私はリーダーの器じゃないもの」

 僕から見たら謙遜にしか思えない言葉で、クリスタはマヌエラの発言を笑い飛ばす。

 そんなタイミングで、

「報告、済ませてきたよ!」

 明るい声のニーナが戻ってきた。

 先ほどの動揺は、すっかり収まっているようにも見えるが……。僕にはむしろ、作り笑顔のような、少し無理している態度に思えた。


「それで、どこまで話は進んだ?」

 ニーナは僕たちに向かって尋ねたのだろうが、誰よりも先に応じたのは、マヌエラだった。

「まだ始まってないよ。互いに名乗っただけだ。あんたはニーナって名前で、カトック隊のリーダーなんだろ? あたしはマヌエラ、よろしく」

「うん、よろしく。さっきは、恥ずかしいところ見せちゃって……」

「いいってことよ。さあ、まずは一杯飲んで、少し落ち着きな」

 ニーナの着席を促しつつ、葡萄酒ワインを勧めるマヌエラ。

 それに従って、軽く喉を潤してから、ニーナは質問する。

「早速だけど、カトックのこと、聞かせてもらえるかな?」

「ああ、構わないよ。あんたの探してるカトックさんなのか、あるいは、名前が同じだけの別人なのか。それは保証できないけどね」

 口元に微妙な笑みを浮かべてから、マヌエラは話を始めた。


「アーベントロートって街を知ってるかい? ここから西へ向かって、馬車で一週間……。いや、二週間くらいかな? それくらいの距離にある、小さな街だ」

 彼女の言葉に、ニーナは首を横に振る。

 僕にも聞き覚えのない地名であり、ただ「アーベラインと似たような名前で紛らわしいな」と感じるだけだった。

「知らなくても無理ないさ。本当に小さな街だからねえ。むしろ村って言った方がいいくらいだ。もちろん乗合馬車のルートからも外れてるから、アーベントロートへ行こうと思ったら、乗合馬車の停まる街で個人用の小型馬車を借りるか、あるいは、そこから歩いて行くか……」

 いったん言葉を切って、再びグラスを傾けるマヌエラ。ほとんどからになってしまったが、前回の彼女の飲みっぷりを思えば、当然のペースだろう。

 前回を思い出すといえば。

 ふとカーリンの席に視線を向けると、いつの間にか彼女の姿は消えていた。また、おかわりを取りに行ったに違いない。

「そんな辺鄙なところなのさ、アーベントロートは。その街に、私の従姉妹いとこの一人が住んでいてね。彼女とは、結構頻繁に手紙のやり取りをしてるんだが……」

 おやおや。

 最初にアーベントロートという地名を聞かされた時は、「そこにカトックがいる!」みたいな単純な話かと思ったが……。

 従姉妹いとこ云々が出てくるとなれば、かなり前置きが長くなるのだろうか。泉の怪人についての情報を引き出した前回も、早起き鳥アーリー・バードの話があって、遠回りだった印象だ。これが、このマヌエラという人の話し方の癖なのだろう。

『いや、バルトルト。これくらい普通だろ? おしゃべりを楽しむのが、女性ってもんだからな』

 僕の脳内では、ダイゴローが偏見じみたコメントを述べているが……。


 現実では、カーリンが戻ってきて、マヌエラの前に二杯の――『二杯目の』ではなく『二杯の』――林檎酒シードルを置いていた。おかわりを一杯ずつ取りに行くのが、面倒になったらしい。

「ああ、わざわざ悪いね。ありがとう」

 そのうち一つに口をつけてから、マヌエラは話を続ける。

「その従姉妹いとこの手紙の中に、面白い話があったのさ。ふらりと街に現れて、教会に居ついた男……。正確には『現れて』というより『助けられて』って感じらしいけどね」

 僕の予想に反して、本題に入るのは早かった。

 見れば、ニーナは少し前のめりになって聞きっている。そればかりか、先を促すかのように、軽い質問を挟んだ。

「助けられた、っていうのは、どういうこと……?」

「なんでも、街の近くの森で倒れてたらしいよ。記憶喪失で、覚えていたのは『カトック』という自分の名前だけ。数ヶ月前の出来事だった、って」

 これこそ、重要な情報だったのだろう。

 バネ仕掛けの人形のような勢いで立ち上がり、ニーナが叫んだのだ。

「決まりだわ、私たちのカトックよ! 行方不明になった時期も、一致するじゃない!」

   

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