「アーベントロートにいたのは、結局、カトックではなかったのね」
馬車の中。
この辺りの景色も見納めだろうと思って、なんとなく窓に視線を向けていたら、ニーナの呟きが耳に入った。
しんみりとした彼女の声が気になって、ハッとした僕は、ニーナの顔を見つめる。
落胆しているようには見えないが、もちろん満足の表情ではなかった。とはいえ、無理に笑顔を作るよりは、この方が良いのだろう。
「ええ。ここにいたのは、魔族だったわ。でも……」
と、クリスタがニーナに応じる。
「……それなりに収穫、あったんじゃないかしら」
「そうだね。ここのカトックは偽物だったし、本物のカトックが今どこにいるのか全くわからない。それだけだと、話は振り出しに戻ったみたいだけど……」
ニーナの口元に、微かな笑みが浮かんだ。
「……あの魔族の言い方からして、カトックは生きている。それだけは確実になったよね?」
「そうよ、ニーナ。いったんカトックは魔族の手に落ちたけれど、ちゃんと逃げ出したんだわ」
そこまで偽カトックは明言しなかったけれど、クリスタの考え方は、僕にも理解できた。
魔族がカトックの名前と姿を借りていた以上、少なくとも一度はカトックと会っているはず。それなのに現在の居場所を知らないのだから、捕らえたカトックに逃げられた、と解釈するのが妥当だろう。
『改めて考えると、凄い話だよなあ。相手は魔族だぜ? 俺たちでも苦労する強敵だ。そこから一人で脱出するとは……。さすがはカトック隊の前リーダーじゃねえか!』
感心するダイゴローに、僕が内心で頷いているうちに、ニーナとクリスタの会話へ、カーリンも加わってきた。
「二人とも、普通に『魔族』という言葉を使っているが、その点は良いのか?」
「ええ、もちろん。黒フードの怪人の件もあったでしょう? 魔族が実在するのは、もう紛れもない事実よ」
「ついでに言うと、魔族が『魔王』と呼ぶ存在もね。ほら、今回『魔王様の加護』ってやつがあったわけだし」
ニーナがクリスタの言葉を補足すると、二人に対してカーリンは深々と頷く。いかにも「納得した」と言わんばかりの仕草だった。
「クリスタの言う通り、カトックが魔族に捕まってた時期があるなら……」
ニーナの声が、だんだんと明るくなってきた。こうして話す間に、前向きな気持ちになれたのだろう。
「……カトックを探すには、魔族がらみの事件を追うのがいいかもね」
「私も賛成。どういう関わりかは別にして、カトックと魔族が無関係じゃないのは確かだもの。それと、もう一人、魔族に関わるって判明した人がいるわ」
「誰のことです?」
黙って聞いているのも何なので、この辺りで僕も口を挟んでみた。あまり意味のない合いの手のつもりだったが……。
こちらに笑顔を向けた彼女の言葉に、僕はドキッとする。
「あなたが言うところの『森の守護者』よ」
「えっ……」
「ほら、魔族が言ってたでしょう? 神が差し向けた戦士、みたいなこと」
微妙に表現は違う気もするが、それっぽいことを言われたのは、僕も覚えていた。
「『神』の側なのだから、あの人、魔族と敵対しているのよ。おそらく……」
彼女の笑顔のニンマリ感が強くなる。
「……魔族を倒すために世界中を飛び回っているのね、『森の守護者』は」
「そっか! だから、こんな遠くの森にも現れたんだね!」
納得の声を上げるニーナ。
確かに、今までは、アーべラインの『回復の森』で強敵を狩っているという認識だったはず。ならば、アーベントロートの森に登場したのは不自然だったのだ。
「そういうこと。私たちがカトックを探そうとして魔族を追うのであれば、また彼にも出会うでしょうね」
クリスタはニーナの言葉を肯定してから、僕に対しても微笑みかけた。
「ああ、そうですね」
と、曖昧に返すしかないのだが……。
『良かったじゃねえか、バルトルト。これで今後は、いくら変身しても大丈夫だぜ。「なぜカトック隊のところにだけ現れるのか」みたいな詮索、されずに済むからな!」
そう考えると、このクリスタの解釈には、深く感謝するべきなのだろう。
「『森の守護者』といえば、もう一つ。アーべラインの『回復の森』からアーベントロートの森まで、どうやって来たと思う?」
「それは……」
そこまで考えていなかった、という態度のニーナ。
僕も同じ表情を見せておく。
「私が思うに、ワームホールを使ったのよ。この世界には、森と森とを繋ぐような、ワームホールのネットワークがあるんじゃないかしら?」
「あっ! それじゃザルムホーファーの森も……」
「そうよ。カトックが消えた例のあれ、やっぱりワームホールだったのよ!」
クリスタとニーナは、二人で盛り上がっている。
前提である「『森の守護者』はワームホールで移動した」という説が、そもそも間違っているのだが、僕の立場では指摘するわけにはいかなかった。
少しもどかしい気分になっていると、
「クリスタちゃんもニーナちゃんも、いつまで『森の守護者』って呼ぶのかな? ちゃんとダイゴローくんって呼んであげようよ」
アルマの言葉で、僕は思いっきり驚かされる!
「えっ、ダイゴロー?」
思わず、聞き返してしまった。
それまでアルマは会話に参加せず、外の景色を眺めていたはずなのに、いきなりの爆弾発言とは……。
「そうだよ、バルトルトくん。あの人、自分で言ってたもん」
「あら。彼は昨日、名乗ったかしら?」
「違うよ、クリスタちゃん。『ダイゴロー光線』って言ったの」
なるほど、そちらを耳にしたのか。
とりあえず正体がバレたわけではないとわかり、僕はホッと一安心。
「最後にビームみたいな魔法、使ったでしょ? あの時、そう叫んでたよ!」
「言われてみれば、私も聞いた気がする。そんな言葉、口にしてたかも」
「なるほどね。あの人、呪文詠唱なしで魔法が使えるみたいだけど……。それなら、わざわざ『ダイゴロー光線』って言ったのは、必殺技の名前でしょうね。おそらくは、自分の名前を冠した技の」
と、ニーナもクリスタも、アルマの話を受け入れた。
「残念だったね、バルトルトくん。バルトルトくんが『森の守護者』って名付けたの、もう却下だよ!」
「ははは……」
僕はアルマに、乾いた笑いを返す。
こんな形で名前を言い当てられて、少し複雑な気持ちだった。
話が一区切りついたところで、僕は視線を窓へと戻した。
といっても、外の景色を眺めたいわけではない。ただ、少し考えたいことがあったのだ。
『どうした、バルトルト。今の話で、何か気になることでも?』
気になるというほどでもないが……。
改めて、魔族や魔王の実在を意識させられたのだった。
『ああ、それか。お前、最初は「そんなもの伝説だ」って俺に言ったくらいだからなあ』
そう、その話だ。
僕がダイゴローにそう説明したのは、そもそも彼が『いつの日か、魔王のような親玉を倒してみたい』と言い出したからであり……。
あの時は絵空事に過ぎなかったダイゴローの発言が、その実在を知った今、現実味を帯びてきたのだ!
僕だって、世界平和のためにモンスターを一匹でも多く始末したい、みたいな夢を語ったこともある。でも改めて考え直すと、『世界平和』を言い出すのであれば、魔王こそが倒すべき親玉ではないだろうか。
つまり、僕とダイゴローの気持ちは重なっていて……。
『なあバルトルト、俺は今、心の底から思えるぜ。この世界に転生できて良かった、お前と出会えて良かった、ってな!』
僕たちの最終目標は、魔王を滅ぼすこと!
その決意を胸に秘めて。
大切な仲間たち――僕の中にいる相棒ダイゴローとカトック隊の女の子たち――と共に、僕は帰路の馬車に揺られるのだった。
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