僕のところにも、モンスターや自警団は群がってきていた。
魔族特製の鎧を着たゴブリンは、僕が一刀のもとに斬り捨てられるような、雑魚モンスターではない。二の太刀、三の太刀を費やして、場合によっては、
「ファブレノン・ファイア!」
弱炎魔法も交えることで、なんとか始末していく。
ただし、これは、あくまでもモンスター相手の戦い方だった。自警団の人々を魔法で燃やすわけにはいかないし、ショートソードで斬り殺すわけにもいかない。とはいえ、僕はニーナやカーリンほど器用ではないので、同じ武器で手加減するような使い分けは難しく……。
「えいっ!」
モンスター相手と同じく、ショートソードを振りかざすしかなかった。ただし、なるべく傷つけたくないので、人間の場合は武器の方を狙うようにしていた。
弾き飛ばせたら一番良いのだが、それが無理だとしても、相手の武器を押さえつける。グッと押し込んで、片手持ちでも構わない体勢に持ち込んだ後、ショートソードから放した右手で、相手を殴りつけるのだ。
武闘家ではない僕のパンチでも、みぞおちに決まれば、一撃で失神させることは可能だった。
「やるねえ、バルトルト。あんた、素手もいける口かい」
偶然こちらが視界に入ったらしく、マヌエラが軽口を叩いてくる。彼女だって余裕があるはずもなく、モンスターからアルマを守っている最中だというのに。
「とっさに体が反応しただけです!」
とりあえず僕はそう返しておくが、本当は違うとわかっていた。
これまで何度か転生戦士ダイゴローに変身して、武器なしで戦ってきた経験があるからだ。おかげで、自然に体術が身についたに違いない。
こうして。
魔族が差し向けるゴブリン集団や自警団メンバーと戦うだけで、僕たち全員が手一杯であり……。
偽カトックそのものも、その傍らに控える機械人形キング・ドールも、放置せざるを得ない状況になっていた。
「ハッハッハ! どうしたのです、みなさん? 私を倒すとか言っておいて、でも威勢が良いのは口だけじゃないですか」
魔族は高みの見物をしながら、僕たちを笑い飛ばす。自分が戦わないだけでなく、せっかく呼び寄せたキング・ドールをこちらに差し向けようともしない。それだけ僕たちを見下している、という証だった。
「私やキング・ドールと戦いたいのであれば、そのゴブリンたちくらい、軽く一掃できなきゃダメですよ」
「クヮン、クヮン、クヮン……!」
キング・ドールが体を揺らしながら鳴き声を上げるのは、創造主である『機械屋』に賛同して、一緒になってこちらを馬鹿にしているのだろうか。
『ふざけた野郎だぜ、あの魔族は。戦わせるつもりかと思いきや、機械人形、見せびらかしたいだけじゃねえか!』
ダイゴローは、偽カトックの態度に腹を立てているようだ。
一方、僕は自分の周りの敵をどうにかするだけで精一杯であり、何を言われても仕方ないと思えたのだが……。
仲間たちの中には、ダイゴローと同じく、魔族の発言が気に食わない者もいた。
「だったら、あたしがやってやるよ!」
マヌエラが、そう叫んだのだ!
彼女だって、それどころではなかったはず。特にマヌエラは、彼女自身に群がる連中だけでなく、アルマを襲う者たちまで引き受けていたのだから。
それでもマヌエラは、周囲の敵を殴り飛ばしながら道を作り、着実に前へ進んでいく。ならばアルマの守りはどうするのか、心配になって見てみると、マヌエラが抜けた穴をカバーする形で、いつの間にかカーリンがそのポジションに収まっていた。まあ『アルマの守り』といっても、一応はアルマ自身も鞭を振り回しているのだから、カーリンがサポートするならば十分だろう。
「ほう? マヌエラさんが……?」
近づくマヌエラに対して、まだ偽カトックは余裕綽々の態度。
キング・ドールの方は、少し立ち位置を変えて、魔族を守る壁となっていた。
「クヮン、クヮン、クヮン……!」
「そうかい。それじゃ、あんたからだ!」
敵の目前まで辿り着いたマヌエラが、キング・ドールの攻撃より先に、素早く拳を叩き込む。もちろん素手ではなく、黒い鉤爪を装着した一撃だ。
しかし。
「チッ! 外見通りの硬さだねえ!」
僕のところから見る限り、全く攻撃は効いていない様子だった。マヌエラ自身も、手応えを感じていないようだ。
「クヮン、クヮン、クヮン……!」
甲高い機械音を発しながら、両腕を振り上げるキング・ドール。左右の肘を直角に曲げた独特のポーズであり、己の頑丈さを誇示する姿にも見えた。
「当然です。殴るしか能がない武闘家の拳では、私のキング・ドールに傷一つつけるのも不可能でしょう」
絶対の自信を持つ魔族は、とても誇らしげな声を響かせるが……。
「ずいぶんと武闘家を舐めてくれるじゃないか。だったらさ、こっちも、とっておきを見せるしかないね」
魔族とその機械人形を前にして、大胆にもマヌエラは、ニヤリと笑った。
「殴るしか能がない、って言うけどねえ……。これはどうだい?」
マヌエラは右手の鉤爪を取り外して、懐にしまう。代わりに出したのは、やはり鉤爪のようだが、色も形も違っていた。鮮やかな赤色に塗られており、全体的に丸みを帯びたデザインだった。
「行くよ! 炎の爪だ!」
鉤爪をはめたマヌエラの拳が、真っ赤に光る。
魔力を流し込んで、攻撃力を高めるタイプの武器なのだろう。魔法が使えぬ武闘家でも、潜在的な魔力に応じて、あたかも魔法を発動させたかのような効果が得られるのだ。この鉤爪の場合『炎の爪』というくらいだから、炎魔法が付与されるに違いない。
「これが……。あたしの奥の手だよ!」
魔法の炎に包まれた一撃を、武闘家の腕力に乗せて、キング・ドールの土手っ腹に叩き込む!
「クヮン、クヮン、クヮン……!」
相変わらず同じポーズのまま、平然と機械音を発するキング・ドール。こうなると、機械人形のくせに胸を張っているようにも見えてくる。
マヌエラの渾身の一撃を食らっても、ビクともしなかったのだ。金属光沢の表面には傷一つついておらず、魔法の炎で焦げたような黒ずみも、全く見られなかった。
「チッ! これでもダメかい……」
苦々しく吐き捨てながら、マヌエラは大きく後退する。
ただし、もともとのポジションであるアルマの方ではなく、クリスタの近くへ下がっていた。間違えたのであれば、大きく落胆したために動揺している、という彼女の内心を表しているのだろうか。
『おい、これ、メカ巨人ゴブリンの金属装甲より上じゃねえか?』
僕は僕で周りの敵と戦いながらなので、じっくりとマヌエラの攻撃を観察できたわけではない。チラリチラリと見えた範囲で判断するしかないが、それでもダイゴローの意見には同意できた。
僕の「メカ巨人ゴブリンの装甲と同じ材質」という判断は、どうやら間違っていたようだ。
「ご覧なさい! これが私の最高傑作、キング・ドールですよ! 改造ゴブリンとは、わけが違います!」
自信作を披露するのが、よほど嬉しいのだろう。興奮した口調の魔族は、さらに解説を加えていた。
「物理的な強度に加えて、魔法耐性も備えていますからね。改造ゴブリンを倒せた程度で、このキング・ドールを相手できるとは思わないでください!」
『こうやってペラペラしゃべるうちに、ポロッと弱点も言っちまうのが、典型的な悪役ってもんだが……』
僕の心の中で、ダイゴローが魔族を揶揄したタイミングで。
落ち込んでいたはずのマヌエラが、元気に叫ぶ。
「だったら、ご自慢の魔法耐性を貫くくらいの、その防御力も上回るレベルの魔法をさ、ぶつけたらいいんだろ?」
たった今『炎の爪』――彼女としては精一杯の魔法攻撃――が通用しなかったばかりなのに、マヌエラは何を言っているのだろう?
そう思って彼女に視線を向けた瞬間、僕は気が付いた。
マヌエラがクリスタの横へ行ったのは意図的だった、ということに。
今の発言もクリスタへ向けたものだった、ということに。
「ファブレノン・ファイア・シュテークスタ!」
超炎魔法を詠唱するクリスタ。
彼女もモンスターや自警団メンバーに襲われていたが、そちらはマヌエラが引き受けてくれると理解したからこそ、キング・ドール目がけて魔法を放ったのだ!
彼女が得意とする炎系統の第三レベル、つまりクリスタの最大威力の魔法攻撃のはずだった。
込めた魔力の大きさだけでなく、詠唱時にイメージした炎も強力だったのだろう。それほど極大の火炎球がキング・ドールへと向かっていき……。
「なるほど、そう来ましたか。しかし、それこそ人間の浅知恵でしょう。いかに人間が愚かな存在なのか、その確固たる証拠です」
声を聞くだけで、顔のない魔族がニヤリと笑ったように感じられた。
「キング・ドール! あなたの性能を見せてあげなさい!」
「クヮン、クヮン、クヮン……!」
機械人形が、両腕を顔の前でスライドさせる。すると、胸が左右にパカッと開いて、巨大な板が現れた。
鏡のような、ツルツルの平面だ。見た瞬間、僕の頭に浮かんだのは『反射板』という言葉であり……。
『まずいぞ、バルトルト!』
僕やダイゴローの予想通り。
クリスタの魔法の炎を全て、キング・ドールは弾き返すのだった。
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