【改稿版】トップシークレット☆ ~お嬢さま会長は新米秘書に初恋をささげる~

日暮ミミ♪
日暮ミミ♪

初めての大仕事 ⑥

公開日時: 2023年2月25日(土) 15:00
文字数:4,289

 ――そして、記者会見当日の午後。

 ちなみにこの日は三月三十日、――つまり本当に年度中ギリギリということだ。




「――会長、間もなく会見が始まります。準備はよろしいですか?」



「ええ、大丈夫です」



 一緒に会見に出るため呼びに来てくれた村上さんに頷いてから、わたしはそっと呼吸を整えた。



 この日のわたしは紺色のタイトなスーツに、ほんのりブルーがかった襟付きのブラウスというカチッとしたスタイルで、靴もヒールがそれほど高くない黒のパンプスだった。

 髪もハーフアップにしてシンプルな黒のバレッタで留めてあり、見た目年齢だけなら二十代前半くらいに見えたんじゃないかしら。



「……会長、緊張されていませんか?」



 この時にも就任発表の日のように、貢が優しくわたしのことを気遣ってくれた。



「大丈夫よ、桐島さん。わたし一人で会見に臨むわけじゃないし、マスコミの人たちをジャガイモだと思うのにはムリがあるんじゃない?」



「あ……、それもそうですね。失礼しました」



「何です? 〝ジャガイモ〟って」



 わたしと貢との会話についていけていなかったらしい村上さんが首を傾げた。



「ああ、貴方はご存じなかったんですよね。これは桐島さんから教わった〝緊張を解すおまじない〟なんです」



 わたしは彼に、就任発表の日のくだりを話した。



「なるほど……、そんなことがあったんですね」



「ええ」



 このエピソードは忘れもしない、わたしと貢との原点なのだ。



「――ところで会長、今日はまた随分と気合いが入っていらっしゃいますね。その服装はご自身で選ばれたんですか?」



 貢は決してこういう時、わたしが喜びそうなポイントを外さない。



「ううん、ママがアドバイスしてくれたの。『記者会見の時のファッションでは、誠実さを表すことがいちばん重要なポイントなのよ』って。パパにも同じようにアドバイスしてたんだって」



 露出は少なめに、ヒールの高すぎる靴はNG、濃すぎるメイクもNG……。母は他にも色々とアドバイスをくれた。――もっとも、わたしは普段から派手なメイクもしないし、露出高めの服も高すぎるヒールの靴もあまり好きではないのだけれど。



「心配しないで、桐島さん。わたし、これでもこの数ヶ月でけっこうメンタル強くなったのよ? だからどんな質問が来ても平気!」



「それに、もしも会長が答えにくい質問が来た時には、僕が代わりにお答えすることになっているから大丈夫だよ。だから君は安心して見守っていなさい」



「村上さん、頼りにしてますね。……桐島さん、心配なら貴方も後で覗きに来る? 第二会議室で会見やることになってるから」



 貢にこっそり耳打ちすると、彼はコクンと小さく頷いた。



「――じゃ、行きましょう!」



 わたしは高々と拳を突き上げ、村上社長について会見場に向かったのだった。



 

  * * * *




 ――会見場となった第二会議室には、新聞社やTV局、ネットメディアなどの記者が大勢集まっていた。



 前日各社に送ったメールやFAXには「篠沢商事で発覚した不祥事について説明したい」としか書いていなかったので、彼らはわたしと村上さんがこれからどんな内容について説明しようとしているのかまでは知らなかったと思う。



 卓上マイクがセッティングされた会見席にわたしたち二人が着いた瞬間に数十台のTVカメラが周り、目がくらむほどの光量のフラッシュが焚かれた。



『――本日ここにお集まりの報道機関のみなさま、お待たせ致しました。ただ今より、昨日さくじつお伝えしておりました弊社において発覚した不祥事についてのご説明、およびお詫びをさせて頂きます。――私は弊社社長、また篠沢グループ取締役の村上豪と申します。そして』



『篠沢グループ会長の、篠沢絢乃です』



 わたしと村上社長は、ここで一度お辞儀をした。



『――さっそく本題に入りますが、弊社で発覚しました不祥事というのはパワハラ事案です。ある部署で、所属しております社員の実に九割が管理職から嫌がらせを受けている、と。それも、人事部の調査の結果、それは一年ほど前から現在まで、継続的に行われていたことが判明したんです。――そこで、我々弊社の上層部は現在も出社している当該部署の社員、および退職・休職に追い込まれた元社員全員からの聞き取り調査を行いました』



「全員?」



『はい、全員からです。在職中の社員たちには人事部長や社長の村上が、そして退職者・休職者たちには休日返上でわたし自らが住居までおもむき、一人一人から事情を聞いて回りました。――その結果としまして、全員からパワハラ被害の報告を受けた次第です』



 報道陣がどよめく中、わたしは立て板に水のごとく説明を続けた。

 ちなみに、この会見には原稿が準備されていなかった。というか、貢は準備すると言ってくれたのだけれど、わたしが断ったのだ。

 わたしは自分自身の生の言葉を伝えることで、誠意を示したかったから。



『――わたしはその際、彼らに呼びかけてみました。もしもこの問題が解決したら、会社に戻ってきませんか、と。すると、半数近い人たちから色よい返事をもらうことができました。彼らのためにも、この問題は決してうやむやにしてはならない、というのが我々上層部の総意です。当該部署の管理職もこの事実を素直に認めて謝罪し、わたしから彼に処分を言い渡しました』



『今後は被害に遭っていた社員たちの心のケア、および復職を望む元社員たちの受け入れ態勢を整えつつ、再発防止に努める所存です』



 わたしたちはここで再び、深々とお辞儀をした。顔を上げると、会議室の後ろの方からこっそり会見の様子を覗いていた貢の姿が見えて、わたしは思わず小さく吹き出しそうになった。



『――ではここで、質疑応答に移らせて頂きます。ご質問のある方は挙手のうえ、所属名とお名前をおっしゃって下さい』



 わたしはここで受けた質問のすべてを憶えてはいないけれど、いくつかは記憶に残っている。

 どうしてこのタイミングでの公表になったのか、という問いには、(名前こそ伏せたけれど)ある社員の身内からの告発で問題が露見し、それが偶然年度末のタイミングになったのだと答えた。

 公表することで会社のイメージダウンになるとは考えなかったのか、という問いには、考えはしたけれど一時的なダメージなら回復も早いはずなので公表に踏み切ったと答えた。

 張本人である管理職(島谷さんのことだ)の処分はどのようにしたのか、という問いには、「本来なら懲戒解雇が妥当だと思うけれど、わたしの判断で自主退職扱いとした」と言った。

 当然、この処分は甘いのではないかという鋭い指摘もあった。けれど、「彼にも家庭があり、今後の生活もある。彼が自分の過ちに報いを受けるのは当然のことだけれど、ご家族に罪はないのだから、我々幹部に彼らの生活まで壊してしまう権利はない」とわたしはきっぱり言い切った。



『わたしは、この判断が間違っているとは思っておりません。きっと先代だった亡き父が生きていたとしても、同じ判断を下していたと思うからです。〝罪を憎んで人を憎まず〟、――それが父の信条でしたから』



 この言葉は今、わたし自身の信条にもなっている。



 

   * * * *




 ――会見が終わり、記者たちが引き上げていくと、わたしは何とも言えない気持ちになった。

 一種の脱力感というのか、やり切った感というのか、燃え尽きた感というのか……。ただ、こういう感情は二度と味わいたくないわと思ったことだけは憶えている。



「――お二人とも、会見お疲れさまでした。僕も後ろで拝見してましたよ。本当にありがとうございました」



「やっぱり見に来てたのね。ちゃんと気づいてたよ」



 会長室に戻ったわたしと村上さんに、お茶を出しながらお礼を言った貢に、わたしは笑いながらそう返した。



「いやぁ、すみません。会長が針のむしろにされているんじゃないかと心配で……」



「だから言ったじゃない! 村上さんがちゃんとフォローしてくれるから大丈夫だ、って」



「ですが、僕の出番はほとんどなかったような……。いざとなれば、亡き先代に代わって会長の盾になるつもりでいたんですがね」



 村上さんは肩をすくめながら、何でもないことのようにおっしゃっていたけれど。わたしには、その言い方が少し気になった。



「……もしかして村上さん、この問題の責任を取って社長を辞任するつもりだったんじゃないですか?」



「……はあ。管理職一人だけが退職して、幹部の誰もが無傷というのは筋が通らないのではないかと思いましたので。そうなればやはり、責任を取るべきは社のトップである僕ではないかと」



 彼の言ったことはきちんと筋が通っているし、正論だとは思った。……けれど。正論がいつも正しいとは限らない。



「辞めちゃダメですよ、村上さん」



「はい?」



「会長として、それは認められません。貴方は本部の取締役も務められているから、退任するにも取締役会の承認が必要になるんです。それに、貴方がいなくなったら誰がわたしの右腕を務めてくれるんですか? わたしは貴方のこと、オフィスでは父のように思ってるんですよ」



 やっぱりわたしはファザコンだったらしい。父を早くに亡くした分、父と年齢の近い男性に父の面影を求めるようになってしまったようだ。……もちろん、恋愛感情まで抱くかといえばそういうことでもないのだけれど。


 そして、経営に関してはその当時まだまだ素人同然だったわたしにとって、村上さんは経営の指南役であり、サポート役であり、お手本でもあったのだ。だから、どうしても辞めてほしくなかったというのが本音である。



「……分りました、会長。これからもあなたの片腕として、精一杯働かせて頂きます。では、僕はこれで」



「はい、お疲れさまでした」



 村上さんはそのまま、社長室に戻っていった。……はずだった。



「――桐島さん、やっと貴方との約束果たせたね。貴方もこれで、肩の荷が下りて気持ちが軽くなったんじゃない?」



「はい。会長、僕のために……本当にありがとうございました」



 わたしにしかできない方法で、彼を助けたい。――わたしはそう思って、行動に移した。「社員みんなのため」とか建前ではそう言っても、結局は彼のためというのが着地点。それが恋というものなのよね。



「いいのいいの! わたしは自分で〝やる〟って決めたことはやり遂げるオンナなんだから。『貴方を守る』って約束したもんね」



「会長……!」



 二人きりになったと思って、思いっきり油断してしまった。



「――あの、失礼ですが。会長と桐島君は、本当はどういう関係なんですか?」



「「わぁぁぁっ!?」」



 社長室に戻ったはずの村上さんの声が乱入してきたので、カップルモードに入りかけていたわたしと貢は飛び上がったのだった。 

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