「――ところで、クレジットカードの申請はもうされたんですか?」
神宮外苑に向かう車内で、貢が問うてきた。……そういえば、「十八歳になったらクレジットカードを作るんだ」的な話をこの二ヶ月くらい前に彼としていたのだ。
「ううん、まだ。明日ママと一緒に行くつもりよ」
「明日、ですか」
「うん。わたしの学校、明後日から新学期始まるじゃない? 明日、三年生用の教科書を買いに行くついでに、クレカの申し込みもしに行こうってことになったの」
〈篠沢グループ〉ではすでに新年度がスタートしていて、大勢の新入社員も迎えていたけれど。女子高生・篠沢絢乃としてはこの二日後から新学年がスタートするのだった。
それに、クレジットカードが申し込めるようになるのは満十八歳以上。誕生日だったこの日は貢と一緒に過ごすことにしていたので、必然的に申し込みはその翌日以降ということになっていたのだ。
「………あの、絢乃さん。以前にも申し上げましたけど」
「分かってる。カードができたからってムダ使いしないように、でしょ? わたし、自分のためにお金使うっていうのはあんまりないの。その代わり、ほかの人のためならいくらでもお金使っちゃうんだ。投資したり寄付したり、誰かのためにプレゼント買ったりね」
それ以外にも、この後からはTV番組のスポンサーになったり、創作活動や音楽活動に励んでいる人たちに出資したり。わたしの財産の使い方は多岐に及んでいるのだ。
「――あ、そうだ! ねえ、貴方の誕生日って来月の十日だったよね? わたしからも何かお返ししないと」
せっかく彼からいいものをプレゼントしてもらったのだから、わたしからも彼に何かいいものをあげたいと思った。だって、彼にあげたものなんて、それまではバレンタインデーの手作りチョコだけだったから。
「えっ? どうして僕の誕生日を……。ああ、そうか。社員名簿で」
「うん。まだパパみたいに、完全な脳内データベース化はできてないけどね。貴方のデータはいちばん最初に憶えたから。――ね、何か欲しいものある?」
彼もわたしの誕生日前には、何が欲しいのかインタビューしてくれた。
ましてやわたしにとっては初めてできた彼氏の誕生日なのだから、絶対にプレゼント選びで失敗はしたくなかったのだ。……彼が昔、そうだったように。
男の人が欲しがるものって何だろう? ネクタイは色とか柄の好みが分からないと、それこそ失敗しそうだし……。
「欲しいものは……、う~ん、そうですね……。腕時計と通勤用の靴は、そろそろ買い換えたいなと思ってますけど」
「分かった。じゃあそれ、わたしにプレゼントさせてくれない?」
わたしに買ってくれたネックレスだって、決して安かったわけではないだろう。彼のお財布事情も鑑みると、少しでも出費を抑えさせてあげたいなと思ったのだ。
「……えっ、いいんですか!? ありがとうございます!」
「うん、いいのいいの。じゃあ……、当日は平日か。そうだ、G.W.の間に早めにお祝いしよっか。プレゼントを買うついでに材料も買い出しして、ケーキも買って、わたしの手料理でパーティーしよう。何が食べたい?」
そういえばこの日まで、わたしがお菓子作りだけじゃなくお料理全般が得意なんだということを、彼には話したことがなかった。「家庭科が得意」ということくらいは、彼も成績の話が出た時に分かったと思うけれど。
「えっ、絢乃さんの手料理が食べられるんですか!? 嬉しいなぁ、何がいいかな……。えーっと……、じゃあカレーで。僕もお手伝いしますよ」
「オッケー☆ カレーね。味の好みは辛め? 甘め?」
彼氏に食べ物の好みを訊くなんて、いかにも〝カップルの会話〟って感じじゃない?
「う~ん、辛いのは平気なんですけど、あんまり辛すぎるのはちょっと。その日は絢乃さんに合わせて甘めでお願いします」
「了解。二人で美味しいカレー作ろうね! 具のお肉は奮発していい牛肉買っちゃおう」
「やった! ありがとうございます!」
まるで子供みたいにはしゃぐ彼が、わたしにはたまらなく微笑ましくて愛おしいと思った。
「………っていうか貢、お料理できるの?」
はたと気づき、わたしは初歩的な疑問を口にした。
「〝できる〟というほどはできませんけど、簡単な工程くらいなら。兄が料理関係の仕事をしている関係で、よく手伝わされてるんです。普段自炊なんかしないんで、食事は実家に頼るか兄が作ってくれるか、あとは外食ですね。安い牛丼とか、弁当とか」
「そうなんだ……。まあ、実家が近いって言ってたもんね」
彼の栄養管理がちゃんとできていたのは、ご両親とお兄さまのおかげだったのか。もし実家の近くに住んでいなかったら、彼は一体どうなっていたのかしら? ――これからは、わたしがしっかり彼の栄養管理をしてあげられるからいいけど。
わたしはそれから、彼に靴のサイズは何センチかとか(二十六センチらしい)、腕時計のベルトは革がいいか金属製がいいかとか(革製がいいと言ってくれた)、ケーキはどんなのがいいかとか(「クリスマスはいちごショートだったので誕生日はチョコレートケーキがいい」と答えていた)、プレゼントに関する質問を続けた。
「――わたし、このネックレス、一生の宝物にするんだ。もう絶対に外さない! 学校に行く時も制服の下につけていくから」
彼からの初めてのプレゼントが嬉しすぎて、わたしは彼にそう宣言した。
「えっ!? そう言って頂けるのは、プレゼントした側としては非常に光栄なんですが……。学校にまでつけて行かれるのは大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫。ウチの学校、校則でアクセサリー禁止されてないから」
――わたしはその後、その公約(?)を見事に果たしている。
学校を卒業するまで制服の下にちゃんとつけて行っていたし、今日の結婚式にもつけている。このシンプルなネックレスに合わせて、ドレスもシンプルなデザインを選んだくらいだ。
「いえ、そうじゃなくて……」
「ん?」
それでも、彼は何だか困ったような顔をしていた。
自分がプレゼントしたものを肌身離さずつけると言われたことが、束縛されるような気がしてイヤだったのかな? くらいにしかわたしは思っていなかったのだけれど……。
「………いえ、何でもないです。――あ、そろそろ神宮外苑が見えてきますね」
「うん。……わぁっ! キレイな桜……!」
目的地に到着するまでの間に通りかかった公園にも桜の木が植えられていて、もう満開を迎えていた。
篠沢商事の敷地にも桜並木があって、それはまだ七分咲きくらいだった。満開になったら、社員たちは清々しい気持ちで出社してくるのだろう。
「ここもキレイだけど、外苑の桜はもっとキレイなんだろうなぁ。今日は写真いーーっぱい撮ろうね! そのために、スマホのメモリーをガラ空きにしておいたの☆」
わたしはトートバッグからスマホを取り出し、ドヤ顔で彼に言った。
「メモリーをガラ空きって……、じゃあそれまで保存していた画像はどこに消えたんですか?」
「全部メモリーカードに移した。ガラ空きになってるのは本体のメモリーだけよ」
「そうなんですね」
彼は安心したように微笑んでいた。
ちなみに、わたしは貢との関係を公にするまでSNSはやっていなかった。不用意にアップした写真で、彼との交際がバレてしまい、騒がれるのがイヤだったから。というか、彼に迷惑がかかるのがイヤだったのだ。
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